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【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【青春】  作者: かわばた
●2年生編【28】二度目の呼吸【麻中之蓬】
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二度目の呼吸

 息を吸う。

 目の前の真っ暗な空間には、きっと沢山の人がこちらを見つめているのだろう。

 ひしめき合った人の雰囲気は暗くとも判る。


(まるで夜の海だ)


 そう思った。

 ざわめきを波と思えるなら、確かにここは海のようだ。


 明治時代の軍服に身を包み、言いたくないと何度も詰まらせたこの言葉から、今日やっと解放される。

 言葉を記号と思えば、どんな言葉も使うことが出来る。

 だけど、もしこの記号に想いと願いがあるなら、どれほどの感情があったのだろう。


 明治時代の元勲、陸軍将軍、乃木(のぎ)希典(まれすけ)


 彼の服を纏い、彼の名を纏い、彼の人生を纏い、ここに立つ。

 ここから自分は彼になる。


 前を見ると、見えるはずのない風景が広がった。

 ここに居るのは、乃木を輝く瞳で見つめ、言葉を待つ、並び立つ生徒ら。

 戦争で軍功を上げた乃木将軍の事を知らぬものは無い。

 子供らが喜びます、さあどうぞ壇上へ、と、案内されるも足を止めた。

 こんな事を、どんな顔をして上から言えと言うのか。


 足を止めて、そのまま目の前の子らを向かい見た。

 親、兄弟を失っただろう子供らの顔を見て、彼らの親を、兄を思う。

 彼らは、どれほどこの目でこの子らを見たかっただろう。

 どれほどまた会いたかっただろう。

 抱きしめるはずの腕は引きちぎられ、足は飛び、地獄さながらの景色の中に強引に塗りこめられ、肉塊となり果てた。

 生臭い匂いを纏い、遠い異国で、なぜ彼らは息絶えた。


 それが戦争だ。それが命令だ。

 そして運悪く、自分は常に生き残る。


 生徒らの前に立ち、すう、と深く息を吸う。

 あふれ出る気持ちを堪え、言葉を紡いだ。


「私が乃木であります」


 静かな声だった。

 だけど声色は気持ちに染まる。


「みなさんの、お父さん、お兄さんを殺した乃木であります」



 世界から音が消え、真っ暗な空間には、ただ静寂があるのみ―――――

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