二年生になったら
「けど寮ってカラーがあって面白れーじゃん。恭王寮なんか俺は合わなかったけど、面白い連中揃ったし。話聞いてると楽しそうだぞ」
児玉が元々所属していた恭王寮は、大人しい生徒が所属する事が多かった
所が判断が面接の時の態度になってしまうので、児玉のように極度に緊張して『大人しい』と判断されてしまったり、幾久に喧嘩を売った二人のように上手に猫を被ればそこへ回される。
「桜柳寮は、問答無用に成績上位、なんだよね」
「そう。希望は聞かれるけど、判らないし」
首席入学した御堀は、どの寮が良いかと聞かれたそうだが、どこでも良いと言ったので桜柳寮に回された。
高杉が説明した。
「報国院は、生徒の希望を聞きはするが、これといった理由がない限り、大抵は成績順じゃ」
「だったら、俺がもし首席で御門を希望したら、通ったんでしょうか」
児玉が挙手して尋ねると高杉はふっと笑って「ねえな」と答えた。
「雪がおらんようなって、正直、ワシ等だけで新しい一年を面倒見るちゅう気にもなれんかったし、なったとしてもまず問題になったじゃろう」
「僕らだって自分らが面倒な性格してる事くらい知ってるよ」
久坂が言うと幾久が「嘘つきだ」と言うのでやっぱりほっぺを引っ張られる。
「いひゃいれすってば!」
「余計な口を叩くからだ」
「絶対にオレは!一年とタッグ組んで瑞祥先輩倒します!」
「じゃあ誰も入れない」
「おーぼーだ!」
幾久と久坂が喧嘩を始めたので高杉が「やめえ」と二人の頭をひっぱたいた。
ケーキを食べ終わり、宇佐美も寮を出て帰ることになった。
朝早かったので、久坂と高杉は昼寝をすると部屋に帰り、栄人はとっくにバイトに出かけている。
児玉も、ちょっと走ってくるという事になり、寮の中は静かになった。
「誉、ちょっと庭でサッカーしない?それとも海にでも行く?」
そう誘った幾久に、御堀は首を横に振った。
「それより、幾に見せたいものがあるんだけど」
「え?」
「話もあるんだ。学校へ行ってくれないかな。僕と一緒に」
「今から?学校に?」
「そう。いいよね?」
「そりゃいいけど」
今日のスケジュールは朝から早く動いたので、いつもならこれからおやつになるくらいの時間帯だ。
「じゃあ行こうか」
御堀は楽しそうな、でもどこか悪だくみしているような表情で、なにかあるのかな、と幾久は思ったのだった。
なぜ春休みだというのにわざわざ学校に?と思ったが、御堀はどこかうきうきとした足取りだ。
そういえば春休みに入ってからなにかと忙しく、学校に行く事もなかった。
休みなので別に行かなくても良いのだが、桜柳寮へも遊びに行ってないな、と思い出す。
(そっかー、伊勢に行ったもんな)
頻繁に遊ぶ桜柳寮の山田や普とは一緒に旅行に行ってさんざん遊んだのであえて会おうとも思わないし、冬休みみたいに用事で呼び出される事もない。
考えれば夏休みもお盆以降は補修に部活にと毎日学校に行っていたし、冬休みもなんだかんだ、学校に顔を出していた。
「そういや全然、学校に行ってないね」
「用事もないからね」
そうはいっても、毛利の性格を考えたら余計な仕事を幾久に押し付けそうな気もするのに。
「桜柳会とかもなにもないの?」
「ない事もないけど、ない事にしてる」
そのセリフで幾久は「あぁ……」とあきらめのようなため息をついた。
しかし御堀が桜柳会を嫌がっているのは皆知っているのであまり強くも言えないのだろう。
城下町を流れる川は両脇に桜が植えてある。
そろそろ咲きそうな雰囲気はあるが、まだつぼみが固く、一足先に咲いた花が、ぽつぽつと見えるくらいだ。
「桜、いつ満開になるかなー、まだかなー」
「あと一週間くらいかな。入学式の頃には咲くよきっと」
「そしたら花見が出来るね。後輩とできたらいいなあ」
去年、幾久は入学式の後に雪充らに連れられて花見をした。
あの時も満開の桜で、ちょっとだけ報国院を好きになりそうな気配があった。
(雪ちゃん先輩って、最初からカッコよかったよなあ)
思い出してついほくそ笑む。
橋を渡り、恭王寮の前を通り、桜柳寮の前を抜ける。
真正面は報国院の校門とされている、神社の鳥居が立っている。
ばたばたと鳩が飛び立ち、風が動いたような気がして幾久はつい空を見上げた。
高い位置にある境内が遠くに見え、階段を子供が駆け下りて遊んでいる。
報国院の敷地内ではあるけれど、同時に神社の境内でもあるので人は何も気にせず通り過ぎる。
風景に溶け込んだ姿を見て、改めて報国院は昔からここに馴染んでいるのだな、と思う。
「幾?」
「あ、ごめん」
立ち止まったままの幾久に御堀が声をかけ、幾久は駆け出す。
いつものように、鳥居に入る前に一礼して、鳥居を潜り抜ける。
「お参りは?」
「するよ」
やっぱりな、と思って幾久と御堀は手水へ向かった。
手を洗い、口をゆすぐ。
本殿の前に立ち、礼をして柏手を打つ。
そして礼をして、顔を見合わせて、ふ、と二人で笑った。
「なんかいつもって感じ」
「そうだね。帰って来た、って気がするね」
その時、幾久はふと思った。
予感でしかないけれど、御堀とずっとこうしていられる気がした。
この先、二年になって三年生になって、やがて進路は違っても、いつかきっと、神社に来て、こうしてお参りして、同じ言葉を言いそうな気がする。
「あー!なんかただいま!」
誰ともなく幾久が言うと、御堀が笑って「おかえり」と言う。
「うん」
こうしていつでも帰って来れる場所があるのはとても嬉しい。
卒業しても、きっとこんな風に言うのだろうと思った。
「それより用事って何?学校になにしにきたの?」
幾久が御堀に尋ねると、御堀はジャケットの裾を翻しながら「こっち」と指をさす。
御堀が指をさす方向は学校の玄関口ではあったが、通り過ぎて中の通路を抜け、しろくま保育園の方へと向かう。
一体どこへ向かうのかと思ってついていくのだが、突然、見慣れないものが目に入った。
「―――――え?」
幾久は驚いて立ち止まる。
しろくま保育園の敷地の向かい、これまでは報国院の来客用駐車場のサブスペースとして、ほとんど使われていなかった空き地が空き地でなくなっていた。
大きなバーが立ち並び、ネットが張ってある。
そして足元には人工芝。真っ白なラインに、小さなゴール。
「なに、これ」
驚く幾久をよそに、御堀は中へ入って行く。
「いいから入って」
御堀に言われ、幾久は頷き後について入る。
空き地は奇麗に舗装され、その上に人工芝が敷かれてラインも奇麗に引いてある。
ゴールは木製で、幾久が三年の周布が御門寮に作ってくれたものと同じだった。
コートのサイズは、サッカーよりも随分と小さいけれど。
「ひょっとしなくても、フットサルのコート?」
「そう」
驚いて尋ねる幾久に、御堀は頷いた。
「なんで?!なんでコートがあるの?」
これまでこんな場所にこんなものは無かったし、存在もしなかったし話も聞いていない。
「作った」
「作ったって……誉が?嘘!なんで?」
そんなもの作れるはずが、と驚く幾久に、御堀は幾久の手を引いて、中央のセンターサークルに移動した。
「僕から幾にお願いがあります」
御堀は、幾久に向かい合い、両手を取った。
「二年になったら、フットサル部を創ろう」
突然の宣言に、幾久は驚いて目を丸くした。
「フットサルって……確かにここはフットサルコートだけど」
いきなり学校にフットサルのコートが出来ていて、しかもそれを御堀が作って、二年になったらフットサル部を作る?
一体御堀は何を言っているんだと幾久の頭はぐるぐると回るが、御堀はどこまでも真剣だ。
「学校には許可貰ってる。部活としてやっていいって」
「それは―――――えーと、うん、判ったけど」
御堀がフットサル部を作りたいのは判った。
そして活動ができるのも判った。
だけど判らないのは、ここにコートがある理由だ。
報国院の校内にはグラウンドが存在しないし、使えるのは神社の境内だけだ。
それに、報国院にはサッカー部がない。
元々文化部に力を入れている学校なので、部活と言っても殆どが同好会みたいなものだ。
その中でもサッカーについては突出しているのだが、それは地元にある二部のクラブチームと提携していて、サッカーの才能がある生徒は皆、そのクラブチームに所属していた。
だから、サッカーをするならそのクラブチームに所属しないと、なにもやりようがなかったというのに。
「誉のやりたいことは判ったけど。でもなんで、いくら何でもこれは買えないよね?」
さすがにいくら鳳様首席様の御堀の我儘でも通るはずがない。
「そう。いくら僕でも流石にこれは無理」
「だったらなんで、ここにあるんだよ」
御堀は答えた。
「スポンサーの先輩に頼んだんだ」
その答えに、幾久はひょっとして、と驚き尋ねた。
「……スポンサーの先輩ってまさか」
「そう。そのまさか。お金持ちで幾の事が大大大大大―――――っ好きで、こんなレベルのお金をぽーんって出してくれちゃう」
「―――――アオ先輩かぁ」
「だけじゃないけどね」
幾久はその場にへなへなと座り込んでしまった。
「なんなんだ。バカなのかあの人」
「ひどいな、折角大枚はたいてくれたのに」
見てよ、と御堀はコートを見渡した。
「かなり予想よりいいコートになったよ」
そうだろう。
しっかり作られている上に、ナイター用のライトまでついている。
本格的にもほどがあるぞ、と幾久は呆れた。
「……誉、ひょっとして、まさか、あんなにグラスエッジのライヴ行きたがったのって、最初からこのつもりで?」
「正解」
と、いう事は、春休みどころか冬休みに入る前から考えてしかも実行していたという事なのか。
幾久はまるで結び目がほどけた風船みたいに体中から空気が抜けたようになって、ぺしゃんとフィールドの上に倒れ込んでしまった。




