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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【27】僕たちはサッカー選手になれない【鳳鳴朝陽】
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美女が居たら寂しくなんかないし、飯がうまけりゃ言う事もない

「雪ちゃん先輩、ホントーにピーターラビット好きなんスね」

「可愛い後輩がくれたものは特別だよ」

 ぬけぬけと言う雪充に久坂も高杉も苦笑するが、幾久は満足げに胸を張った。

「オレ、可愛い後輩っすもんね!」

「そうだよ」

 そう言って微笑む二人に久坂が「あーあ」と呆れた顔になる。

「ほんっとたらしこむよね、雪ちゃんは」

「あはは、上手だろ?」

 今では隠さなくなった雪充だが、幾久にはそんな事はどうでもいいらしい。

「雪ちゃん先輩、一年間、だけだったけど。すっごくお世話になりました」

「うん。僕も楽しかった」

 荷物を足元に置き、雪充が腕を広げると、幾久がぼすんと雪充にしがみつく。

 幾久の頭を撫でながら、雪充が言った。

「みんなもありがとう。わざわざ見送ってくれて」

「どうせ来年そっちに行くしの」

「準備しといてね、雪ちゃん」

 やっぱり、久坂も高杉も、二人とも雪充と同じ大学に進むつもりなのだろう。

 幾久は顔を上げて雪充に言った。

「オレも!オレも絶対に行きます!」

 今度こそ、ちゃんと雪充と同じ寮で生活するのだ、と幾久は決心している。

 雪充は頷き、言った。

「待ってるよ」

 幾久は雪充にぎゅっとしがみついて、そして自分から離れた。

 久坂が言った。

「あれ、いっくん泣かないんだ」

「泣かないっス。めちゃめちゃ遊んでもらったし」

 卒業式の後、寮に泊まっている間もべったり一緒に居てくれて、その後デートもしたし、旅行でもずっと一緒だった。

 流石に幾久も、かなり満足できた。

 それにどうせ、二年後に向かうのだ。

「再来年、同じ寮、っスもんね」

 にこっと微笑む幾久に、高杉と久坂が突っ込んだ。

「うまくいくかの」

「そうそう、僕らはともかくいっくんはどうかな」

「やるっス!」

 ふんっと言い返す幾久に、児玉と御堀も苦笑する。


 車を無事置いてきた毛利や宇佐美、三吉も遅れてホームへやってきた。

 雪充は頭を下げ、世話になった礼を告げた。

「まあ元気でやれ、なんかあったらあっちに連中、いるだろ」

 毛利が言うと、雪充は微笑んで「はい」と頷く。

 これから雪充が入る寮には、御門の先輩が居ると幾久も聞いている。

 きっと楽しみなんだろうな、と思うとちょっと悔しくなる。

(でも、オレも行けばいい)

 二年後、雪充の寮に向かうのは楽しみにも思える。

 発車時間が近づいたので、雪充は菫に言った。

「じゃあ、行ってきます、姉さん」

「行ってらっしゃい」

 そう言って菫が雪充を抱きしめると、美女とイケメンと言う図柄に、まるで絵のようなシーンだと幾久は思った。


 雪充は新幹線の窓際の席から、ピーターラビットのぬいぐるみを取り出し、ぬいぐるみの手をぴこぴこと振った。


 発車のベルが響き、新幹線が進みだす。

 思わず身を乗り出しそうになった幾久の肩を、高杉が後ろから掴んだ。

「お前は子供みたいじゃのう」

「ちょっとつられただけっす」

 いくらなんでもそこまで子供じゃないというと、「そうか」と高杉は笑った。

 新幹線が京都へ向かい、去っていく。

 新幹線に遅れて風が吹いた。


(行ってらっしゃい、雪ちゃん先輩。絶対、追いつきます!)


 幾久は心の中でもう一度言う。

 寂しさよりも、見送る誇らしさが強かった。



 新幹線の改札を出ると、幾久は伸びをして言った。

「あーなんか腹減ったなあ」

 幾久の言葉に、次々と皆が頷く。

「そういやそうだね。お腹すいた」

 急にスイッチが入ったみたいに、高校生たちが「お腹がすいた」と言い出したので、毛利が言った。

「じゃあどこでも好きな所にしなさい。俺はラーメンを食う」

「俺も久しぶりにラーメン食いたいな」

 宇佐美も賛同すると、児玉も挙手した。

「俺もラーメンがいいです!」

 すると栄人も頷いた。

「おれも!」

 幾久は「ラーメンかあ」と首を傾げるが、菫が言った。

「じゃあ、いっくん、天ぷらはどう?定食いけるでしょ?」

 菫の言葉に、久坂と高杉は「あの店だ」と判ったらしく、言った。

「ワシは天ぷら!」

「僕もそっちがいい」

「天ぷらか。エビとか?」

 幾久が尋ねると菫が言った。

「エビにお魚のセットもあるわよ?」

「おさかな!そっちにします!」

「じゃあ僕もそっち」

 御堀もそう言うので、二手に分かれる事になった。



 ラーメン屋も天ぷらの店も、駅から歩いてすぐとの事で、ラーメン組と天ぷら組に分かれて向かう事にした。

 菫に連れられて歩くのだが、通りすがりの人が皆、菫を見て驚いている。

(そりゃそうかあ。こんなに美人だもんなあ)

 先頭を歩いてどんどん進む菫に、声をかけようとする大人も居たが、後ろから久坂と高杉が睨みをきかせているのに気づくとさっと避けた。

「美人って大変だあ」

 ぼそりと幾久が呟く。

 もしこれが菫一人だったら、素直に天ぷら屋までたどり着けないだろう。

 菫はビルの地下へ続く階段をどんどん歩いていく途中で高校生らに尋ねた。

「おなかすいてエビ天たっぷり食べられる人!」

 菫が言うと、全員が挙手したので、菫は「よーし!」と頷いた。

 階段の途中でメニュー表があり、そこを越えるとすぐに店内で、カウンター席が厨房をぐるりと囲んでいる。

「五人、定食ひとつとエビ天よっつ!合計いつつ!」

 菫が言うと、「はい、定食ひとつにエビ天よっつね」と帰って来た。

 成程、菫は常連なのか、と幾久は思った。



 普通のお洒落でもなんでもない、いかにもおじさんが行きそうな天ぷら屋だったが、味はとてもおいしかった。

 学食みたいにそっけないプラスチックのトレイにごはんと味噌汁、どんっと大盛の天ぷらが出た時にはどうしようと思ったが、菫は楽しそうに「いただきまーす!」と食べ始めたので幾久も習ったが、とてもおいしい天ぷらだった。

(この量、このクォリティでこの値段……!)

 御堀も「おいしい」と言って食べているので実際その通りなのだろう。

「ここなら来れそう。値段安いのにこんなに食べれる」

 感心する幾久に、話を聞いていた菫が笑った。

「じゃあ、宇佐美にタカったらいいわよ。あいつだったらすぐ連れてきてくれるし奢ってくれるし」

「そりゃそうかもっスけど」

 幾久は菫に尋ねた。

「菫さんも宇佐美先輩にタカるんすか?」

「―――――あたしあいつ嫌いなのよね」

 眉を思い切りしかめた菫に、幾久は(ん?)と思った。

「だから思い切りタカって給料使ってやれ」

 菫が言うと、久坂と高杉が「はーい」と返事をした。

 天ぷら屋を出た後、近くの和菓子屋に寄って買い物をすることになった。

「ここの栗饅頭がね、おいしいの」

「知ってます、食べた事ある!」

 幾久はこの店を知っている。

 というのも、秋に失敗した時、山縣に連れてこられたのがこの店だったからだ。

 大きいな和菓子屋は広く、奇麗なお菓子が所狭しと並んでいる。

「ここの系列にケーキ屋さんもあるの。おいしいわよ」

「へえ、食べたいなあ」

 幾久が言うと、菫は頷く。

「じゃあ買う!この後ケーキ屋さんね!」

 そして菫は和菓子を大量に購入し、その後ケーキ屋さんにも寄って更にケーキを購入したのだった。



 菫に連れられた全員がケーキ屋を出た所で、毛利たちが立っていた。

「やっぱここか。そーじゃねえかと思った」

 幼馴染で行動パターンは把握しているのだろう、毛利の読みに菫は「あったりー」と指さした。

「先生ら、なに食ってんスか」

 幾久が尋ねた。

 毛利も買い物をしていたが、手提げ袋を幾久に渡す。

「肉まんだ。うめーぞ。これ土産だから寮で食え」

「えっ、やったー!これ、あの店のっスよね!」

 たまに宇佐美が差し入れに買ってきていたのは小倉でも有名な店の肉まんだった。

 お持ち帰り用の肉まんを買ってくれたらしい。

「で、なに食ってんスか」

「パン。そこの安いやつ。うめーぞ」

 道路に面した広いパン屋では大量にパンを売っていて地元では昔からある店だ。

「ラーメンに肉まんにパンって、炭水化物ばっかじゃん」

 呆れる菫に、毛利が返した。

「おめーなんか天ぷらにケーキとかあぶらもんばっかじゃん」

「女子は油が必要なのよ」

「妖怪かよ」

 そんな他愛もない会話をしながら、全員、駅へと向かった。


 御堀の希望で、ロールスには幾久と御堀、そして菫に運転手の毛利が乗ることになった。

 とにかくロールスは悪目立ちする。

 駐車場から駅の裏へ入って来た時も物凄く注目を浴びたし、そこに美人の菫が乗り込むのもまた大注目だった。

 幾久と御堀はいそいそと自分で乗り込んだが、毛利は悪乗りして「お嬢様、どうぞ」とかやって菫を助手席へ案内して、菫も「うむ、ご苦労」と言って乗り込む。

(この二人、ずっとコントしているみたいだなあ)

 学生時代からずっとこんな風だったのだろうか。


 車は大きなホーンの音を鳴らし、駅を出たのだった。


 ロールスはゆったりと長州市へと向かうが、途中、宇佐美の車とは別の方へと進んだ。

「毛利先生、どこ行くんスか?」

「高速。ロールスでトンネルとか怖くて通れねえよ」

 九州から本州を繋ぐルートは、一般道路ならトンネルしかない。

 他には橋があるのだが、そこは高速のルートになるので、橋を渡るには前もって高速に乗るしかない。

「じゃあまた橋渡るんスね!」

 幾久がわくわくと身を乗り出す。

「お前、本当に橋好きな」

「だって高い所から海が全部見えるじゃないっすか」

 高速を通り、九州と本州の関門を繋ぐ、その名の通り関門橋は長さが一キロメートル、海からの高さが六十メートルを超える吊り橋だ。

 設置された当初は東洋一の長い吊り橋だったが、今では次々に橋が作られ、その肩書もない。

 だが、狭い海峡を見下ろし、短い距離だが車で走り抜ける爽快感は中々のもので、ドライブであえて橋を通る人も居る。

「俺は嫌だ。怖い」

 運転手のくせに毛利がそんな事を言う。

「確かに場所は高いっすけど、見晴らし最高じゃないっすか」

「確かに、景色はいいよね」

 海が大好きな御堀が言うと、幾久と「ね」と顔を見合わせる。

「俺は嫌だ。高速高いし」

「ロールス乗ってんのにケチっスね」

「俺の車じゃないから!」

 ふんっと毛利は言って、ハンドルを握った。

 車は高速に入り、関門橋へ向かったのだった。

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