去年の春も、その前の春も
あの三人で寮をまとめるというのなら、やはりバランスを重視しないといけない。
最初から御門寮に所属していたのは幾久なので、順番でいくなら幾久なのだが。
なんといっても残りの二人の存在が大きすぎる。
「お前らの時はそのあたり楽だったよな」
雪充がそう言ってくす、と笑う。
高杉と久坂、栄人の三人は幼馴染で、高杉の考えに誰もが従う。
三年は山縣たった一人だが、その山縣も高杉に絶対服従だったから、寮の方向性は一つで良かった。
「ワシもそういう意味では楽じゃぞ」
多分、高杉が決めた事に、一年生は全員、素直に従うだろう。
そこは想像するまでもなかった。
つまり、来年も御門寮は安泰、という事だ。
「去年の今頃はどうなることかって本当に心配してたけど、心配する事なかったな」
雪充の言葉に、高杉も「ああ」と頷いた。
去年の今頃。
時山も出て行って、雪充も出て行くことを決め、寮が四人になってしまい、一年生は入れない、と決めた。
それでいい、と寮の全員が高杉の決定に従ったそんな時だった。
幾久が突然、報国院を受験したのは。
「―――――そうか。もう、一年か」
高杉はそう言って、ふ、と思い出す。
去年の今頃、報国院の追加試験を受けに来た幾久と、神社の敷地内で会った事を。
毛利に呼び出され、学校に向かった高杉の目に映ったのは、土塀を蹴っ飛ばし塀をよじ登る幾久だった。
「そういや、幾久に顎を蹴っ飛ばされたんじゃった」
高杉はとっくに治った顎をさすり言う。
あの後、幾久の書類を見て、毛利の命令に従った。
次に見たのは、神社の敷地内で鳩に昼食を強奪されている幾久だった。
―――――あの時
久坂と互いにピアスを交換し合った場所で、一年後に幾久と出会った。
どうにも、この時期はいろんな事が起きるのかもしれない。
「あの頃は、まさかこんな風になるとは思っちょらんかったの」
御門寮に押し込まれた幾久が、寮でいろんな騒ぎを起こして、巻き込んで、巻き込まれて、やがて寮になじんで、失敗もして。
こうして寮の面々だけでなく、他の連中と伊勢に行く事になるとは。
「自分でも判らんもんじゃのう」
高杉の言葉に、雪充も「そうだね」と笑った。
さて、こちらはにぎやかに冒険を始めた一年生らである。
カフェの車両に到着すると途端にぎやかになった。
「ウワー、豪華だなあ」
「旅って感じがしていいねー」
「あっ、あっち乗車記念のスタンプあるって!」
はしゃぐ高校生男子らに、近くに居た初老の女性客がくすくすと笑っている。
「こらこらー、他のみなさんのご迷惑になるからお静かにー」
「はーい」
周布の声にはしゃいでいた面々は静かになり、席について流れる風景を眺め始めた。
御堀は静かにコーヒーを飲んでいた。
幾久がのぞき込み尋ねる。
「誉、なにコーヒーなんか飲んでんの」
「注文したらいいじゃん」
食堂車なんだから、当然メニューにはいろいろあってその中にはケーキセットもあった。
「オレ、ケーキセットにしよう!」
幾久が言うと、普と服部もくいついた。
「ぼくもそれにしようっと」
次々、皆飲み物やケーキセットを注文して景色を見ながらにぎやかにお喋りとおやつを楽しむ。
「なんかすげーワクワクする!」
幾久にとって、修学旅行は仕方なく行くもので、サッカーの遠征の方がよっぽど楽しかった。
「そういや、今日はどこ行くんだろ?」
幾久がケーキを食べて言うと、隣に座っていた山田が答えた。
「最初は二見興玉神社ってトコ。伊勢参りはそこから始めるのがセオリーらしいよ」
「ふーん」
「そこから外宮に行って、おかげ通りってとこで観光」
「おいしいものあるかなあ」
伊勢の名物が何か、何も知らない幾久だったが、雪充や友人たちと旅に出る事だけでも充分楽しい。
山田がバッグからノートのようなものを出して見せた。
「俺、御朱印帳持ってきた!」
え、何それ、と幾久がのぞき込む。
御堀が言った。
「お参りして、その神社の御朱印を頂くんだよ。スタンプラリーみたいなものだけど、そう言ったら多分叱られる」
「なんで」
「お札と同じだからね」
「そっか」
確かにそれだと、スタンプ感覚でいたら怒られるだろう。
「でもそれかっこいい!オレも欲しい!」
「学校の購買で売ってるの知らなかったのか?」
児玉が言うと、幾久は首を横に振った。
「なんかみた覚えはあるけど、何に使うのか知らなかった」
山田がびらっと広げると、地元神社やほかにも見たことのある神社の御朱印があった。
「わ、いろんな種類あるんだ!可愛い。オレも御朱印帳、買ってきたらよかった」
幾久が言うと、御堀が答えた。
「だったら最初の神社で買えばいい。多分売ってるよ」
「買ったらすぐ使える?次じゃないと駄目とか」
「ポイントカードじゃねえっつうの」
幾久や山田の会話を聞いて、近くに居た女性客らがやっぱりくすくす笑っている。
「ぼくも持っていないから、買おうかな。いろいろ種類あるんでしょ?」
普が尋ねると山田が頷く。
「あるぞ。俺はこれ、学校のだけど、他の神社でもかっけえの作ってたりするぞ」
「ハル先輩と瑞祥先輩は、伊勢で買ったのを使ってるんだって」
「誉、なんで知ってんの」
「聞いたから。多分持ってきてるから、見せて貰ったら?」
「えー、でも先に買わないと、最初からスタンプ貰えないじゃん」
「スタンプじゃなくって御朱印だってば。御朱印帳なくってもお願いすれば紙をくれるから、あとから貼る事も出来るよ」
「悩むなあ」
お前らどうする?とかお喋りをしたり、ケーキを食べているとあっという間に時間になってしまった。
周布が言った。
「さて、そろそろ席に戻らねーと、間に合わねーぞ」
「えぇー?もうっすか?」
カフェテラスの居心地はよくてもっと乗っていたいのに、と幾久は唇を尖らせたが周布は笑った。
「乗っててもいいけど」
「いやっす」
そう言うと幾久は席を立った。
ぞろぞろと並んで席へと帰り、それぞれが自分の荷物を抱えた。
といっても、先に送れるものは全員宿へ送っているのでそこまでのものはない。
「じゃ、みんないい?全員ちゃんと居るね?」
雪充の言葉に、一年生らがはーい、と答えた。
前原が多分熟睡しているだろう三吉を起こしに向かい、そして特急電車は無事、目的地の駅に到着した。
目的の駅は伊勢市で、そこから乗り換え二駅目、数分で二見浦の駅に到着した。
駅に降りて、幾久は一言呟いた。
「……思ってたより、凄いローカルだ」
「あはは、確かにな」
周布が笑って幾久の髪をくしゃっと撫でた。
「都会っ子には珍しいか?長州市だってはずれに行けばこんなもんだぞ」
「そーなんだ」
幾久からしてみたら、いま住んでいる報国町も東京に比べたらよっぽどローカルなのだが、田んぼが目に入るわけもでないのでそこまでド田舎とも思わなかった。
しかし、ここは見渡すと野原があり、山が見え、民家も少なく線路の周りは草だらけだ。
テレビでも見る『田舎』の風景がそこにあった。
「伊勢って有名だから、もっと観光地化してるかと思った」
「ここははずれのほうじゃからの」
高杉が言った。
「二見興玉神社がはずれになるけ、どうしてもここはこんなもんじゃ。さっき乗り換えた伊勢市になると、もうちょっと町じゃぞ」
それにしたってなあ、と想像とはずいぶんと違うみたいだと幾久は思った。
駅を出てみると、確かに駅の中は最近っぽいし、外装も現代っぽいが、なにせ環境があまりに田舎といった感じで、幾久はきょろきょろしてしまう。
観光や旅行といえば、テーマパークのような場所に行くものと思っていたからだ。
(わざわざ移動してまで、こんな田舎に?)
浮かれていたけど大丈夫かな、と心配になる。
「じゃあ、ここからタクシー使って」
移動、と久坂が言いかけたところで教師の三吉が言った。
「使いません。徒歩でーす」
「えぇっ!そんな!」
「大したことないだろ。せいぜい十五分からニ十分じゃないか」
久坂が驚くのでどんなに遠いかと思ったが、大したことはなさそうで全員がほっとした。
「なんだ、ニ十分くらいなら学校から寮くらいじゃん」
「遠いよ!」
久坂が抗議するも、三吉は首を横に振った。
「人数が多いのでタクシーは駄目。若いので歩きます」
「えぇー!みよちゃん老人なくせに!」
すっかり素が出た久坂が言うも、教師の三吉はごちんと瑞祥を叩く。
「私はまだ若いです。失礼な事を言うな」
歩くぞ!と命令され、久坂以外の全員が「はーい!」と返事して目的地まで歩き始めた。
友達と喋りながら歩いているし、平坦な道なので全く歩くのは苦ではないが、それにしても本当に観光の気配がなく、幾久はついあちこち見てしまう。
「なんか寂れてる町って感じっすねえ」
車もほとんど通らないし、民家も普通の家しかない。
むしろこの環境にあの駅はまだいい方だった。
幾久が言うと、高杉が笑った。
「なんじゃ、テーマパークの方が良かったか?」
「お子様はそっちのほうが良かったよね」
久坂が言うと幾久は「そうかも」と答えて二人の笑いを誘った。
「萩のほうに行ってみたら、街はそうでもないけど、ちょっと外れたらどの場所も似たようなもんだね」
「そうなんすか」
幾久はまだ県内をあちこち回ったことはない。
落ち着いたら観光に行こうという話はしているが、なにせ夏までは進路に迷っていたし、夏から秋までは地球部で目も回るほど忙しかった。
秋から冬にかけては御堀が引っ越してきたり、イベントも多く、今やっとこんな風に出かける余裕が出来た。
「そういやオレ。学校の近くしか全然知らないっすね」
折角観光もできるのに、そんな事考えもしなかった。
せいぜい、多留人と一緒に福岡でラーメン食べたい、くらいしか考えていなかった。
「いっくんは魚食べられたらそれでいいんだろ?」
「水族館で飼われたらエエんじゃないか?」
久坂と高杉がからかうが「いや、アリっすね」というので、二人は呆れ、話を聞いていた児玉と御堀は目を合わせて苦笑した。