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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【3】幾久、迷子になる【右往左往】
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あなたもわたしも

「毛利先生ッ!!!校内で、しかも生徒の前で煙草を吸うなんて、一体何やってるんですか!!!」

「うわやべ、三吉(みよし)

 他の先生に怒鳴られ、慌てて毛利は携帯灰皿に煙草を押し付け、さっと携帯灰皿をしまいこんだ。

 ういている煙を手で払う仕草をしているが、そんなのでこの煙草くささは消えないだろう。

(やっぱり禁煙なんだ)

 幾久が呆れていると、毛利がさっと逃げようとする、その襟首を別の先生が掴みこむ。

 見たことがある、確か名前は、そう、さっき毛利も言っていた三吉先生だ。

 毛利と同じ位の年の男性教師で、言葉が丁寧で優しいから人気があるはずだが、毛利の前では違うらしい。

「ったく、千鳥の前ならともかく、鳩の前でとか!なにやってるんですか!」

「うわ出たよ、格差差別発言」

「茶化さないで下さい!これからお説教です!来なさい!」

「なにすんだよ!俺は教師だぞ!」

「私も教師です!」

 三吉が怒鳴るが、毛利が言い返す。

「俺はてめーの先輩だぞ!」

「先輩なのに何やってるんですか!」

 毛利の耳をぎゅっと掴んで、三吉先生が引っ張っている。

 いだだだだ、という毛利を横に、三吉先生は幾久に優しく言う。

「ごめんね、ほんと馬鹿教師が迷惑かけて」

「いえ、大丈夫です」

「なんだてめえらひでえな。乃木、大丈夫ってどういう意味だよオラ」

「だから生徒に対して、その態度はなんだって言ってるんですよ私は!」

「いでででで!マジひっぱんな!いてえよ!」

「あの、毛利先生には酷い目にあってないですし、前お世話になりましたし」

 あまりに可哀想だし、毛利に助けてもらったのは事実なのでそう助け舟を出すと、毛利と三吉は顔を見合わせる。

「ほら、ほら。な?」

「え?本当に?脅されてるわけじゃない?」

「なんだとひでえな三吉」

「普段の行いが悪すぎるんですあなたは!」

「いででで!いてえって!ひっぱんな!」

 ぎゃあぎゃあ騒がしい二人に、もう帰っていいかな、と思っていると丁度そこに、本当にタイミングよく、吉田、久坂、高杉の三人が通りかかった。

「お、丁度いい、コハルちゃん助けろ」

 毛利が言うと、高杉が嫌な顔になって言う。

「誰じゃそいつは」

 高杉の名前は呼春(よぶはる)だが、幼い頃はコハルと呼ばれていたらしい。

 そしてその呼び方を高杉が嫌がっていると教えてくれたのは毛利本人なのに。

 機嫌の悪い高杉に、久坂も知らんふり、吉田も「いっくん、帰ろうよ?」と腕を引っ張る。

「じゃ、オレも失礼しまっす」

「ちょ!ちょ待て!」

 毛利が必死で呼び止めていたが、しばらくしてぎゃああああ、という蛙が潰れたような声が聞こえた。



 四人で一緒に寮に帰りながら、吉田が幾久に尋ねてきた。

「ねえいっくん、モウリーニョと何の話してたん?」

「モウリーニョ?」

 モウリーニョは海外クラブチームのサッカーの監督の名前だ。

 幾久も父の影響でサッカーはそれなりに好きなのでモウリーニョは当然知っていたが。

「毛利先生って、モウリーニョって呼ばれてるんすか?」

「そうそう、なんか名前が似てるから!」

 いや、毛利しか被ってないし、駄洒落じゃんと幾久は思うが、高杉が言う。

「ジョゼ・モウリーニョ」

「ハル先輩、サッカー好きでしたっけ?」

 ジョゼ・モウリーニョとは、その監督であるモウリーニョのフルネームだ。

「いや知らん。でもあの毛利先生の名前も同じ」

「同じ?」

 外人と同じなんてありえるのか?と幾久が思っていると高杉が言う。

「あいつの名前は『毛利じょうせ』って言うんじゃ。常識の『常』と世界の『世』、で、『常世(じょうせ)』」

「ジョゼ・モウリーニョ……」

 毛利常世。じょうせ、もうり。

 ぶはっと幾久が噴出した。

「すっげえ、マジで?!本当に?!」

「マジマジ。本当に」

 ああ、確かにそれは被りまくりだ。モウリーニョ以外のなにものでもない。

「なんでそんな珍しい名前なんですかね」

 幾久が言うと、高杉が答えた。

「読み方は『じょうせ』じゃけど、漢字はそのままで『とこよ』って読むじゃろ?」

 相変わらずの、皆がいう所の「年寄りみたい」な長州弁で高杉が説明してくれる。

「ええ、はい」

 常世、は確かに『とこよ』と読む。

「どんな意味なんすか?」

 久坂が言う。

「常世は、この世じゃない、神様の世界の事だよ。死後の世界とも言われるけど、極楽浄土の意味もあって、不老不死の世界でもある」

「なんかすごい大仰な名前っすね。でもなんでハル先輩と久坂先輩が、そんないわれ、知ってるんすか?」

 本人から聞いたんだろうか、と思っていると久坂が説明する。

「いや、その毛利先生に、『常世』って名前をつけたのが、うちの祖父」

「へ?」

 おじいさん?と幾久は目を見張る。

「このあたりの古い家は全部繋がってるからねえ」

 吉田が言う。

「特に久坂のじっさまは、この当たりじゃすごい頼りにされてて、慕われた人だったから。おれもすごいお世話になったんだよね」

 成る程、それでか、と幾久は納得する。

「モウリーニョはあんな人でも、立派なお殿様なんだもんね、ハル」

「立派かどうかは知らん」

 え、お殿様?と幾久は考えて。

 毛利。殿様。

「え?まさか毛利先生って、あの毛利?!毛利元就の?!」

「え、いっくん知らなかった?」

「知らなかったっす」

 というか、この学校はそんな人ばかりなのでもういい加減、苗字が同じだけなのかその子孫なのか、わからなくなってきた。

 今更だが、父がこの学校を薦めた理由が今更判る気がする。

 東京では、ドラマのタイミングもあっただろうけど幾久が乃木希典の子孫だからとからまれたが、こっちは逆にあまりにもそういう人が多すぎる。

『うちなんかよりよっぽどメジャーな家の子孫が通ってる』

 と父は言っていたけど、本当にこれはあまりにも多い。

「なんすか、長州市、子孫だらけっすか」

 自分もその子孫の中なのに、幾久が言うと吉田が笑って言う。

「そりゃそうだろ、だってさ、志士の子孫なんか一体何人いると思ってる?子供三人でも、もう三倍、その子供に五人ずつ子供がいたら更に五倍、それだけでもう五十人近くになんじゃん」

「確かに」

 幾久が頷く。

「毛利家ったってかなり長いし、家だってやっぱ格みたいなのがあるみたいだし、あっちこっち繋がってるし。そういうの、特にこの辺じゃ珍しくないし」

 実際、ここに居る先輩たちも維新志士の子孫だし、山縣もそうだ。

「本家繋がりと分家の子で、喧嘩したりとかもあったりね、色々よ、色々」

「複雑なんすね」

 親戚づきあいなんかろくになかった幾久はそう思って軽く言ったのだが。

「ていうか、重かったりするよね、ホント」

 ぼそっと言った久坂に、なんだかすごい言葉の重みを感じてしまって、そして皆、この会話をやめてしまった。

「えと、そういや忘れてたけど、いっくん、なんでモウリーニョと話してたん?」

 流れを変えようと吉田が話をふるが、結局は身内の話になってしまう。

 毛利が幾久を呼び止めたのは、久坂の兄のことがあるからだ。

 言っていいのだろうか、と思ったけれど今更隠すのもおかしい気がして、あくまで何もないように幾久が言う。

「久坂先輩の、亡くなったお兄さんの話っした。なんかオレと境遇が似てるとか、先生と親友だったとか、メガネ君とか」

 久坂の表情が一瞬固まったのが判ったが、幾久は続けた。

「その久坂先輩のお兄さんが凄いい人で、だから境遇が似てる俺をハル先輩と久坂先輩が心配してくれるから、それに甘えんじゃねえぞ、とかそういう話っした」

 嘘はついていないし、かなり言葉は選んだけどそういう意味合いの内容だった。

「いっくんは甘えてないよ」

 久坂が言う。

「そうじゃの」

 高杉も言う。

「でも、やっぱ心配なんじゃないんすか?毛利先生からしたら、久坂先輩もハル先輩も、弟みたいなもんなんでしょ?」

 宇佐美があんなにも高杉や久坂を気にかけているくらいだから、きっと毛利先生もそうなのだろう。

 すると急に、さっきまで強張っていた雰囲気がゆるくなって、高杉が「まぁな」と言う。

「それに、幾久は杉松とは違う。幾久のほうが心配はいらん」

 高杉が言うので久坂が「確かに」と頷く。

「ただ、どっか抜けてそうで真面目なのは似とる」

「確かに」

「メガネがクッソださいのも似とる」

「ああ!確かに!いっくん、そのメガネださいよ、どうにかしたほうがいいよ」

「オレだってクッソださいと思ってましたよ!」

 なんなんだ、せっかくフォローしたのに最終的には眼鏡の駄目出しとか!

 幾久は怒るが、久坂と高杉と吉田が顔を見合わせる。

「あれ。やっぱ瑞祥(ずいしょう)もそう思ってた?」

「思ってた。あれはないよねって」

「お洒落『逆』番長の瑞祥が言うとかよっぽどだよ、ね、ハル」

「いかんな。おい、幾久、いまから眼鏡買いに行くか」


「へ?


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