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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【25】どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく【芙蓉覆水】
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思いがけない来訪者

 幾久だって本当にここに居てくれと言っているわけじゃない。

 だけどあまりに寂しくて、何をどう言えばいいのか判らない。

 べそべそ泣く幾久を雪充はずっと撫でてくれた。

 幾久はぐしゃぐしゃになった顔のまま雪充に言った。

「雪ちゃん先輩、なんかください」

「なにか欲しいの?」

 雪充が尋ねると、幾久はこくんと頷く。

「タマ、は、寮バッジ、持ってるし、タイも。ヤッタもバッジ、貰ってて」

 うらやましい、とぐずると雪充はやれやれと苦笑した。

「……いっくん、桜柳祭の時、僕の我がままをなんでもきいてくれるって言ったよね」

 すっかり忘れていた話を雪充が覚えていてくれた事に驚き、幾久の涙は止まった。

(そういや、んな事)

 雪充の姉の菫を紹介された、桜柳祭の夜、学校のまわりを一緒に歩いて話をした。

 姉の菫の我がままを聞いてくれてありがとう、と雪充は言った。

 幾久は雪充に、雪充の我儘をかなえたいと告げた。

 きっと我慢する事が多いだろう立場を少しでも手助けしたかった。

(そうだ、あの時雪ちゃん先輩、卒業までに考えておくって)

 じっと雪充を見つめていると、雪充は着ていたジャケットを脱いだ。

 どうしたのだろう、と思っていると雪充は自分の脱いだ制服のジャケットを幾久の肩に制服をかけ、ぐいっと右腕で幾久を抱き寄せた。

 驚く幾久に、雪充は耳元でささやく。


「いっくん、京都においで」


 え、と驚く幾久がみじろぎできない程強い力で抱きしめられ、幾久は雪充の言葉を静かに聞いた。

「大学は四年ある。いっくんがストレートで入ったら、二年一緒に居られるよ」

 寮にもね、と雪充が言うと、幾久は目を見開いた。

「寮って、大学の寮、っスか」

「そう。報国院が運営する寮があるんだ。実は御門の先輩もそこに居てね。僕も入るし」

 そして雪充が入るなら、当然久坂も高杉も追いかけるだろう。

「どうかな。僕の我儘、かなえられる?」

 雪充が笑って言うので、幾久は思い切り頷いた。

「か、叶えます!!!オレ、絶対、絶対、絶っ対に!雪ちゃん先輩と同じ大学行きます!!!同じ大学行って、同じ寮、入ります!」

 何度も頷く幾久に、雪充は「よし!」と笑って笑顔を見せた。

「じゃあ、いっくんが来るまでの二年間で、僕が寮を仕切っておく。安心しておいで」

「―――――はい、絶対、」

 何度も頷く幾久の肩を、雪充はぽんと叩いた。

 幾久はぐっと唇を噛み締めた。

(もう、泣くもんか)

 大好きな雪充は、卒業してからも幾久の道を示してくれた。

 幾久はそこを追いかけるだけだ。


『翼を休めることなく、君たちを待つ』


 雪充の答辞の言葉が幾久の心によみがえる。

 雪充は待っていてくれる。

 だから幾久はおいかけないといけない。

 まだべそをかく幾久の頭を雪充は何度も撫でた。


「よし、じゃあそろそろ、行かないとね」

 雪充が言うので、幾久は目を拭い、慌てて肩にかけられた雪充のジャケットを脱いだ。

「あの、雪ちゃん先輩」

 雪充に渡そうとすると、雪充は、ぷっと笑った。

「欲しいんだろ。あげるよ」

 え、と幾久が驚き、雪充を見上げると、雪充が頷いた。

「どうせ大きくなるし、バッジも僕と変わらないだろ」

 え、え、え?と幾久が何度も雪充を見て、ジャケットを見て、雪充を見た。

 雪充は幾久の持っていたジャケットをもう一度、幾久の肩へひっかける。

「―――――三年、鳳、御門寮。これだけが僕の手に入らなかったものだよ。いっくんなら、叶えてくれるだろ?」

 ぱん、と幾久の肩を叩いた。

「僕だと思って、連れてってくれ」

 幾久がウサギの縫いぐるみを、自分だと思って欲しいと渡したように、雪充もまた、そう思ってくれている。

 幾久が頷くと、雪充は言った。

「託したよ」

 じゃあね、と雪充は晴れやかな笑顔で、他の三年生と一緒に報国院を後にした。

 黒いタイ、黒いベスト、シャツにはカフスボタン。

 手を振る雪充はこれまで見た中で誰よりも最高にかっこよくて、幾久はぎゅっと雪充のジャケットを掴んだ。


 報国院の敷地である神社の境内を抜け、鳥居を抜け、雪充たちは一礼した。

 じゃあな、そんな風に幾久達を見て再び三年生が手を振った。

 鳥居のむこうとこちらがわ。

 彼らは巣立ち、まだひよっこの自分たちは止まり木の中、ここで育つ。

 まだなんだ、幾久はそう思った。

(この中で育たなくちゃ)

 でないときっと、いま追いかけても、きっと届きも追いつきもしないのは判る。


 三年生の姿が見えなくなるまで見送ると、ぽつりと児玉が言った。

「―――――行っちゃったな、雪ちゃん先輩」

「かっこよかったね。悔しいけど」

 御堀が言うので、幾久も頷く。

「うん。めちゃくちゃ、かっこいい」

 制服のジャケットを脱いだ雪充はもう、高校生ではなく大人に見えた。

「あんな風にならなくちゃな」

 児玉の言葉に、そこに立っていた一年生が皆頷いた。

 再来年、あんなふうに、かっこよく、ここを飛び立ちたい。

 その時、きっと今この時を思い出すだろう。

 どんな気持ちになるのだろう。

 まだ判らないけれど、寂しさばかりだった感情に、しっかりしなくちゃ、という思いが混じって、皆でうん、と頷いた。




 寮に帰ってからずっと、幾久は雪充のジャケットをかぶったまま、さめざめと泣いていた。

「よーおあれほど涙が出るもんじゃのう」

 呆れたのは高杉だ。

 三年生を見送り、一年生らで賑やかに話をした頃までは良かったのだが、いざ寮に帰り、おやつを食べていると自然と雪充との思い出話になった。

 最初は楽しんで話していたはずだったのに、子供の頃の話とか、そういった事になってくると幾久の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちてきて、雪充の制服のジャケットをかぶったまま、泣き崩れた。

 子供がぐずるように号泣する幾久に、久坂は呆れて言った。

「お迎えに来ない親を待ってる園児みたい」

 その例えに児玉と御堀が思わず吹き出すと、幾久は頭から雪充のジャケットをかぶったまま、がばっと起き上った。

「そ、そ、そりゃ、先輩らはいっすよ!幼馴染だし、つきあい長いし!」

 かたやこっちは単に学校の先輩、後輩。

 ああは言ってくれたものの、どこまで雪充が本気なのかは幾久には当然判らない。

 久坂が呆れたまま言った。

「そんなに好きならデートでもしてもらえば」

「もう約束したっす!」

「あ、そ」

 そのあたりはちゃっかりしてんだな、と皆、呆れつつ苦笑する。

 卒業と言ってもまだ雪充は恭王寮に居るし、完全に寮を引き払うまでは一週間くらいは居るだろう。

 会いたければ会えるし、その後も報国町の自宅で過ごすから、いますぐお別れという事でもない。

 とはいえ、やはり幾久にとっては学校から雪充がいなくなった事は事件で、それを悲しんで何が悪いとも思う。

 あーあ、と呆れる面々だったが、唐突に玄関から来客を告げるベルが鳴った。

 おや、と山縣含む先輩連中が顔を上げ、高杉が言った。

「おい幾久、お前が出てこい」

「はぁ?!」

 こんなに号泣して顔が涙でぐしゃぐしゃだというのに、一体何を言うんだと幾久は思わず声が出た。

「いやっすよ!ほかにだれか出たらいーじゃないっすか!」

 児玉でも御堀でも、と思ったのに高杉は腕を組んで魔王のようにふんぞりかえって幾久に言った。

「エエからお前が行け。これは総督からの命令じゃ。言う事聞かんと追い出すぞ!」

 山縣が卒業し、正式に御門寮の新総督となった高杉は、早速暴君っぷりを発揮しはじめた。

 高杉の命令は絶対だ。

 くそ、と思いつつも結局玄関開けるだけじゃねえかよと思い、幾久は仕方なく言う事を聞いた。

 なかなか出てこないせいで呼び鈴がもう一度なった。

「あーもう、ハイハイハイ」

 寮の玄関前に立っている、二人くらいの影がガラス越しに見える。

 苛立ちを隠さないままに幾久は玄関のカギを開けた。

「こんな時間に誰だよマジで帰れよ」

 相手に聞こえてもかまやしないと思いながら「はい」と怒りのまま玄関の扉をからりと横に引くと、そこに立っていた人に幾久は目を見開いた。


「あはは、歓迎されないのかな僕」


 立っていたのは私服姿の雪充で、その後ろにはなぜか時山の姿もあった。

「……え?なんで、雪ちゃん先輩が、寮に?」

 さっき卒業式も終わったし、三年生はみんなで打ち上げかなにかに行ってて、それで。

 混乱する幾久の背後から、山縣が言った。

「さっぷら~いずぅ」

 え、と驚き振り返ると、山縣と二年生の三人がニヤニヤしながら幾久を見ていた。

 児玉と御堀は幾久と同じく驚いていたのだが。

 久坂が言った。

「提督の許可があれば、現時点での所属寮じゃなくて他の寮でも、卒業式後は泊まりに行っていいって事になってるんだよ」

 時山がひょこっと雪充の背後から顔をのぞかせて言った。

「つまり、御門寮に所属してたおいら達は、ガタの許可さえありゃ今日と明日、泊まって良い事になってんだよね」

 というわけで、と時山が言った。

「今晩と明日の晩、二泊お世話になりまーっす!よろしくね!」

 びしっと敬礼する時山を見て、幾久は呆然としたまま雪充を見つめた。

 雪充は微笑んで、幾久に頷く。

「よろしくね。邪魔にならないようにするから」

「雪ちゃん先輩が、御門寮に?」

「うん。久しぶりの寮に帰ってきたよ」

 にこにこと微笑んで言う雪充に、幾久はじっと見つめるのだが、雪充はくすっと笑って幾久に言った。

「それにしても、まだ僕の制服かぶってたの?頬もすっごい赤くなってるし、ひょっとしてずっと泣いてた?」

 雪充が幾久の赤くなった頬を指でくすぐると、山縣が呆れて言った。

「ずっとずーっとだよ。おめーの制服かぶったまんま、びーびーびーびーうるせーのなんの。捨てられた犬みてーでクソ面白かったけどな」

 ふんっという山縣に、いつもなら言い返す幾久だが、そんなことより目の前に雪充が居て、御門寮に来てくれている。

 幾久は雪充の袖をぎゅっと掴んで尋ねた。

「雪ちゃん先輩が、御門寮に」

「うん。ただいま」

「雪ちゃん先輩が」

「そうだよ」

「雪ちゃん先輩が」

「そうだってば。ただいまって言ったろ」

 幾久はもう一度、わけがわからない、という風に山縣を見ると、山縣はニヤニヤしながら幾久に言った。

「おもしれーからお前に内緒にしてたんだよ。良かったな後輩。大好きな雪ちゃんセンパイと二晩ごゆっくり……」

 山縣がそこまで言った所で、幾久はあまりの衝撃で限界に達し、雪充の袖をつかんだまま、玄関でひっくり返った。


「わーっ!!!!いっくん!」

「幾?!」

「おい幾久?!しっかりしろ!!!!!!」


 慌てる雪充や高杉に、山縣は「そこまでかよ」と驚きを隠せなかった。

「いやー、絶対に俺よりアイツのほうがやべーオタク気質だと思うわ、俺、ひっくり返った事ねえし」

 雪充は幾久の頬をぺちぺち叩きながら「いっくん?!気をしっかり!」と言っていたが、当の幾久はもう動けず、ぶつぶつと「これは夢だ……」と繰り返して山縣の爆笑を誘った。

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