それにしてもこの後輩、ノリノリである
普は衣裳のせいか、キャラクターになり切り、御堀に杖を向けて叫んだ。
「ジュリエット!そんな奴と結婚なんかしたって、幸せになんかなれない!僕が認めない!」
「でもこいつ外郎くれたんだよ」
そう言いながら早速外郎の箱を開いてもぐもぐと外郎を食べている。
「あいつマジで食ってやがんのな」
山縣が腹を抱えているが、雪充は、あれ、アドリブなのかな、それとも本気なのかな、と本気で疑問に思った。
すると、普は御堀に杖を向け叫んだ。
「即死魔法、ザキをくらえ!」
と、御堀はその場で崩れ落ち、倒れこんだ。
「うわあ!永遠外郎生産マシーンが!じゃなかったロミオが!」
それでも外郎を掴んだままの幾久に、普は叫んだ。
「眠れ!ラリホー!」
すると幾久もその場にばったりと倒れこんだ。
その瞬間、舞台のライトがかっと照り付け、橋に居た真っ黒い服を着た三人衆が現れた。
「ロミオがやられたようだな……」
「フフフ……奴は四天王の中でも最弱……」
「僧侶ごときに負けるとはモンタギューの面汚しよ」
そう喋っていると、今度は品川が現れた。
「ここに居たのか!見つけたぞ!」
格好はまた見慣れないコスプレで、雪充は山縣に尋ねた。
「品川は何のキャラクターなんだ?」
「すげーなクラウドじゃん。あいつら気合入ってんなー」
山縣が感心しているということは、それなりに手間のかかるキャラクターなのだろう。
ゲーム好きは多いのか、クラウドだー!頑張れー!とか応援する声まで上がっている。
「ロミオの仇!」
「えっ、ちが、人違い、人違いだって!」
「うるさい!悪者め!」
慌てる四天王がおろおろと舞台を逃げ回り、品川が大きな剣を振り回す。
強そうな雰囲気だけある黒い布をまとった面々が走り回って逃げ回るのは見ているだけで面白く、生徒がどっと笑う。
突然、効果音が鳴った。
ばーん、とヒーローが登場するときのような音楽と同時に、マイクから「弱い者いじめはやめろ!」と舞台に登場したのは。
「とうっ!」
その途端、舞台は大爆笑の渦に巻き込まれた。
(あれは)
もう全く誰か、見ただけでは判らない格好だが、雪充にはそれが誰だかよく判った。
一年鳳の山田だ。
山田は筋金入りのヒーロー好きで、ヒーロースーツを作りたいから地球部に入ったと言っていたが、まさかもうこんなものを作っていたなんて。
フルフェイスのマスクをかぶり、全身はスーツにブーツ、つまりヒーロースーツに身を固め、ばばっとポーズを決める。
あまりのスーツの見事さに、どよめきが起こった。
すげえ、とかなんだよアレ、と皆笑っている。
山田がびしっとヒーローの決めポーズを見せた瞬間、ぴかぴかと装飾が光りだした。
そこで拍手が沸き起こった。
「へえー、技研もやるなあ」
梅屋が言って、成程、服部のしわざかと雪充はそこでやっと気づいた。
ここ何日か、忙しそうにしていたが服部はいつも何かに集中していたからいつもの事だろう、としか考えていなかったのだが。
「本当に……凄いよ」
桜柳祭でもないのに、一体何なんだ、この張り切り具合は。
ヒーローに扮する山田は何度も決めポーズをしながら、黒づくめの四人を庇うように、品川の前に出た。
四人はさっと舞台から消えた。
「弱い者いじめはよくないぞ!」
「いや、あいつら仇だし」
「なにそうか。だが、多勢に無勢はよくない!」
そう言いながらポーズを決めるも、品川が言う。
「いや、こっちのが数少ないし」
「うむ、そうか」
うーん、と舞台の上で悩む品川と山田に、くすくすと観客が笑いだす。
ゲームのキャラクターと仮面ライダーのヒーローが二人で頭を抱えているのはちょっとシュールだ。
「だったらこうしよう!」
山田が手をぽんと打って、品川に提案した。
「ロミオとジュリエットの件は、決闘で勝負をつけよう!」
「いやお前ヒーローが決闘とか言っていいのかよ」
品川の突っ込みに、観客から笑いが起きる。
「いや、ヒーローって毎週そんなんが仕事だし」
山田のセリフに、更にどっと笑いが起きた。
「確かにそうだな」
品川も頷き、山田も頷く。
そして山田が言った。
「こうなっては仕方がない!ロミオの代理一名、ジュリエットの代理一名で決闘を行う事にする!」
おお、とどよめきが沸き上がる。
そして山田が言った。
「ロミオの方からは、二年鳳、御門寮の久坂瑞祥!」
ん?と観客が首を傾げ、雪充も驚く。
あの面倒くさがり屋の瑞祥が、わざわざ表に出てくるのは珍しい。
すると、瑞祥が舞台の上手から現れた。
さっきの舞台で着ていた着物姿に、たすき掛け。
そして腰には刀を差している。
まるで若侍然とした格好に、思わず見ているもののため息が漏れた。
「ジュリエットの方からは、二年鳳、御門の高杉呼春!」
そして下手から出てきたのは、高杉だったが、こちらもさっきと同じ着物姿だ。
どちらもさっきの着物に袴を着て、高杉もたすき掛けに、腰には刀を差している。
「うおー高杉かっけぇええ!侍じゃん!」
そう言って山縣はスマホで高杉を撮りまくっている。
勿論、在校生からも好奇心に満ちたざわめきが起こり、皆興味津々で舞台を見つめている。
雪充は、まさか、と思った。
(あの格好で、刀ってことは、あいつら)
勿論刀は木刀に違いないが、あの二人、まさかこの舞台で剣術の勝負をするつもりなのか。
高杉と久坂は、子供のころからずっといろんな習い事をやっていた。
かくいう雪充も同じだったが、あの二人はそれこそ毎日、なんらかの習い事に出かけていた。
酷い日は、同じ日に二度別の種類をやるほどで、高杉なんかは自宅に居るより、久坂の家や武道場に居る事の方が多かったのではないかという程だ。
おかげで二人とも、知り合いも仲間も多く、道場を利用するいろんな技術を持った人々に余計な事を教わっていた。
例えば毛利の師匠と呼ばれている人は『自称忍者』で、よく判らない武術を使っていたし、その結果、プロレスラーになった親友のよしひろとも対等に戦っている。
やがて同じ年頃の子よりずっと上手になってしまい、逆に指導する側にばかりまわされてしまい、高杉と久坂は習い事を辞めた。
といってもとっくに師範クラスの実力はあるし、たまに道場にも顔を出していたし、なにより、あの二人にはお互いが存在する。
気が向けばいつでも、真剣勝負が出来るわけなので技術が衰えることもなかった。
その二人が、今、着物姿で舞台で向かい合っている。
さっきまでにぎやかで、げらげら笑っていた雰囲気が、さっと変わった。
「―――――さて、どういう事かわからんが、勝負することになったぞ」
そう言ったのは高杉だ。
襷の色はジュリエットの属するキャピュレット家のテーマカラーの赤。
「そうみたいだね」
片や、ロミオの属するモンタギュー家のテーマカラーである青の襷をかけている。
どちらも着物を着慣れているだけあって、惚れ惚れするほど似合っている。
高杉が、舞台の隅をちらっと見る。
舞台に再び現れたものの、ロミオとジュリエットは死んだふりで倒れている。
高杉はするっと腰から剣を抜くと、その切っ先をどんっと床に突いた。
「起きい!」
響く声に、御堀と幾久が飛び起きた。
「おはようございます」
「ハル先輩、おはようございます」
死んでいたはずのロミオと、眠らされていたジュリエットが起きると、高杉が言った。
「さあ、よう見ちょけよ。ワシとこいつの真剣勝負じゃ」
すると久坂が言った。
「残念なことに真剣じゃないんだけどね」
そう言って久坂も刀を抜く仕草を見せる。
二人が剣を構えると、おお、かっけえ、と声が上がった。
成程、ロミオとジュリエット成分はあの二人で、巌流島の戦いは久坂と高杉の二人に真剣勝負をさせるつもりか、と雪充は苦笑した。
「さて、行くぞ瑞祥。舞台の上じゃからって手加減はせん」
「こっちこそ、遠慮はなしだよ」
そう言って二人はあっという間に真剣モードへ突入した。
舞台は、二人の独壇場だ。
掛け声とともに高杉が久坂へと剣をふるうも、久坂はそれをいなし、高杉の胸元に入り込もうとすると高杉がばっと体を引く。
(これ、絶対に道場でやったら怒られる奴だな)
高杉と久坂の剣術は、互いにそれなりの実力を持ってはいるが、当然本気でやれば怪我をする。
道場では子供も居るし、実力が伴っていない連中も多いので、久坂や高杉の技を見て、真似をして結果怪我に至る事もある。
だからこそ、あの二人は二人でやるしかないし、本気でするにも互いしかない。
いつもなら寮でやっているだろうことを、大勢の前で見せれば、緊張感も雰囲気も違う。
おまけに真剣な勝負でないなら派手に見せても怒られない。
成程、これはいい言い訳に使われたと雪充は思ったが、勿論生徒はそんなことに気づかない。
さて、高杉と久坂が打ち合っていると、突然、普が入って来た。
「高杉先輩、助太刀します!」
「おお、よく来てくれた!」
ゲームの僧侶姿の普が杖を久坂に向けると、そこでどっと笑いが起きたのだが、高杉はすっと下がって久坂に怒鳴った。
「次はこいつじゃ!勝負に勝てるかの?」
「僕が負ける訳ないだろ」
そう久坂は言うも、刀の切っ先を下げて様子を伺う。
皆はまたギャグの要素かと笑って見ていたが、普は杖を構え、すっと腰を落とした。
本格的な構えに、あれ?とざわめきと笑いが起きるも、雪充は面白そうだと身を乗り出した。
「あいつ、なんかやってんのか?」
山縣が尋ねると雪充は答えた。
「三吉先生と同じだろうから、杖術だね」
「へー、そりゃ面白そうだ」
山縣がスマホを録画へと変えた。
久坂と普が向かい合った。
「久坂先輩、お手柔らかにお願いします」
「良く言うね。油断はしないよ」
そう言って、普が踏み込んだ。
笑いが一瞬で消え、あっという間に戦いに生徒たちは飲まれた。
久坂と普での剣と杖での勝負は見もので、普の方が分があった。
刀で杖をいなし、かわすも普は杖を短く持ったり、距離をつくったり、見ている観客もどよめいた。




