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【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【青春】  作者: かわばた
【24】ロミオとジュリエット、巌流島にていざ決戦す~白熊を添えて【品行方正】
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後輩からの可愛いサプライズ……だと思っていたな?

 思い出した懐かしい舞台に、ぱちぱちと拍手が沸き上がり、いつの間にか再び閉じられた緞帳の前に、高杉と久坂が立っていた。

 ぺこりと挨拶すると、わーっと拍手が上がり、千鳥からは口笛や「いいぞ!」みたいな声も上がる。


 なぜかここで開演のブザーが鳴り、生徒が一瞬静まり返った。

 水谷の声が響く。

『さてさて皆さん、そろそろ退屈も落ち着いたことと思います』

 放送部の水谷君の声に、三年はほっと肩の力を落とす。

 柔らかい声に緊張がほどけ、面白かったな、とか懐かしいな、とまたにぎやかになり始める。

『先ほどの舞台は、先輩たちが一年生の頃にありました桜柳祭の舞台、地球部によりシェイクスピア劇、ヴェニスの商人の一幕でした。懐かしい舞台だったのではないでしょうか。そして次にありましたのは、先輩たちが二年生の時に行われた、わが校でも伝説と呼ばれた久坂と高杉の舞台ですね、相変わらず見事でいやーイケメン羨ましいですね』

 そう水谷が言うと、どっと笑いが沸き上がり、舞台の前の退屈さなどすっかり忘れて場が和やかになった。

『この舞台は、地球部の後輩たちが三年生を送りたいとのことで、桜柳祭を思い出してほしくてわずかですが再演となったそうです』

 おお、とどよめきが上がる。

「我々は、いい後輩を持ったな」

 そう言って前原は感激して涙ぐんでいるが、雪充は苦笑した。

(確かに良い舞台だし、嬉しいけど)

 あの連中が。

 あの一筋縄ではいかない問題児どもが、こんなきれいな舞台を見せて、感激させて、ありがとうございましたで終わるはずがない。

(このまま終われば僕だって、そりゃ感激くらいするけど)

 一年連中が全く顔を出さず、雪充の所に情報も入ってきていない。

 ということは、しっかり情報統制されているという事で、幾久がサプライズを仕込んでいるという事も、すでに仕込まれていた情報という事だ。

「やられたな」

 雪充がそう呟くと、山縣が言った。

「おもしれー後輩」

 雪充を大好きなくせに、はめようとするとは、やはり報国院で御門の子は侮れない。

「随分落ち着いてんな。何がおこるかわかんねえのに」

 山縣が笑いながら雪充に言うと、雪充はふっと笑った。

「だってもう僕関係ないし。だったら何が起こっても、片付ける必要なんかないだろ?明日は卒業式だし」

「後からやりまーすっつって逃げりゃいい」

「そういう事」

 山縣とそう言って笑って舞台を見つめると、水谷の声が響いた。


『さて!さてさてさて!皆さま、なにか足りないと思いませんか?そう、先輩たちが見た桜柳祭での舞台は三つ!ひとつはヴェニスの商人!二つ目は久坂と高杉の舞台!そしてもうひとつ!』

 おおお、と千鳥からのどよめきに、雪充はくすくすと笑った。

 ほらやっぱり。

 数あるシェイクスピア劇でも、あまりに恋愛風だからずっと先輩達も避け続けてきた演目を、よりにもよって今年の一年がやったわけだから。

 おかげで盛り上がりも売り上げも過去最高を更新して、いまや一年のロミジュリコンビは報国院の名物だ。

『皆さまお待ちかね、ロミオとジュリエットぉおおおおおお!』

 おーっと叫び声と拍手が上がり、盛り上がったのだが。

『という予定だったんですけれど』

 はあ?という声と、落胆した声があちこちで上がる。

 それは雪充にも想定外で、まさか違うものでもやるのか?と驚いた。

「山縣、なんか聞いてる?」

「いや全く。興味ねえし」

「だよね」

 興味のある事にはプロ顔負けに詳しい山縣は、興味のない事には全く驚くほどノータッチだ。

 一体、なにが起こるんだろう。

「なんか胃が痛い気がする」

 雪充が言うと、山縣が言った。

「諦めろ。一番大人しそうに見えて厄介なのが一年連中だぞ。もうどうせ仕込み終わってるんなら俺らにはどうしようもねえ」

 しかし楽しそうにわくわくしながら舞台を見ている。

「―――――そうだね。諦めよう」

 二年には高杉、一年には御堀。桜柳会には性格に少々難あれど、有能なのは間違いない。

 後始末はちゃんとしろよ、そう思いながら雪充は舞台を見つめた。


 水谷の声が響いた。


『さて、お待たせしました!桜柳祭で大評判だったあのロミオとジュリエットが魔改造されて報国院に帰ってきました!』


 おおおおお!と千鳥が盛り上がってどよめきを上げる。


「魔改造て。ウケる」

「僕は関係ないぞ」

「まるでお前、有能一年みてーな事言うなあ。懐かし」

 山縣が言い、雪充は肩を落とす。

 だが、さすが雪充が見込んだ一年生は、雪充の想像よりよっぽど上を行っていた。


『本日限定!一回限り!卒業生へ送る特別っバージョン!!ロミオとジュリエット特別編!一年生が中心になってお送りします』

 おおお、とまたどよめきが上がると、水谷がすうっと息を吸って大声で言った。


『ロミオとジュリエット、巌流島の決戦、お送りします、どうぞ!』


 タイトルだけでわーっと在校生が盛り上がり、ここでやっと開演の二度目のブザーが鳴ったことに雪充は気づく。

(そっか、おかしいと思ったら)

 ヴェニスの商人の時も、高杉と久坂の時も、始まるときにブザーが一度も鳴らなかった。

 ということはこれまでの舞台は全て。

「前置きに過ぎなかった、ちゅうことか」

 梅屋が言った。

 雪充は思わず神様、と祈りたい気持ちになった。



 ブザーが鳴り響くと同時に、緞帳が開いた。

 するすると開く幕の中、ど真ん中に立っていたのは、御堀だった。

 だがしかし。


 おっと声が上がるほど、イケメンな御堀はこれまた見事な着物、ではなく紋付袴姿だった。

 おお、かっけえな、と声が上がるが、雪充は一目で高そうな着物だな、と苦笑した。

 さすが老舗和菓子屋のお坊ちゃん、着物の格が違う。

 今の御堀に合わせて仕立ててあるので、よく似合っていた。

 そんな御堀は苛立った様子で、足を床に付け、叩いていた。

「遅い、もうとっくに時間は過ぎているのに!」

 背景ではざざーん、という波の音が響いている。

 巌流島といえばこの地域でも有名で、巌流島の決戦を知らない人はいないのだが。

「まだか!ジュリエットはまだ来ないのか!」

 インカムをつけてマイクで喋る御堀の声は、講堂全部に奇麗に響く。

 成程、タイトル通り、ジュリエットを待っているロミオと、佐々木小次郎、宮本武蔵の組み合わせなのかと皆わくわくし始める。

 すると暫くして現れたのはジュリエットだったのだが、その格好に皆面食らった。

「ごめぇん、遅れちゃったあ~待った?」

 そういって登場したのは、一年のジュリエット、幾久だったのだが。

(普段着……)

(衣装は?)

(衣装じゃないんだ……)

 在校生が戸惑うのも無理はない。

 これまでヴェニスの商人も、高杉と久坂の舞台も、ちゃんと衣装を着ていた。

 御堀が現れていても、紋付袴なのでそれが衣装と思い込んでいたのに、現れた幾久が普段着とは。

 水色のパーカートレーナーに、黒っぽいパンツ、足元はスニーカーで、抱えているのは。

(あれ、ウサギ?)

(ウサギだよな……)

(ウサギのぬいぐるみ?)

 赤ん坊くらいの大きさがある、ウサギの縫いぐるみを小脇に抱えていた。

「ピーターラビットだな」

「そうだね」

 雪充も子供のころから大好きなピーターラビットだが、ひとつ違うのはそのウサギが眼鏡をかけている事だ。

 雪充が幾久からプレゼントして貰ったキーホルダーもピーターラビットで、ホーム部の知り合いに頼んでキーホルダーに小さな眼鏡をつけてもらったのだが。

 眠そうにだらだらとしている幾久は、多分寮の中での日常なのだろう。

 舞台に出た幾久は御堀に向かい合う。

 紋付袴のイケメンロミオと、パーカーにパンツ、ウサギの縫いぐるみを小脇に抱えたジュリエット。

 もうすでにカオスな状況に、山縣は楽しそうだった。

「面白れー事考えるなあ。桜柳祭、こっちで良かったのに」

「やめてくれ。僕の仕事が増える」

 そういう雪充だが、舞台は更に進んで行く。

「今日こそ僕のプロポーズを受けて貰う!」

 そう言って花束を抱え、御堀は幾久に跪く。

「結婚してください!」

「えぇ~面倒くさいんだけど」

 心底かったるそうに、ギャルよろしく髪をいじりながら言う幾久に、どっと笑いが起きる。

「では、これではどうか」

 黒子役の生徒がさっと駆け寄り、御堀になにか包みを渡す。

「室町以来の伝統を誇る御堀庵の外郎詰め合わせ!ご贈答にお勧め白、黒、抹茶の三種類を詰め合わせた十二本セット、三千円!」

「えっ、結婚する!」

 よっし、と御堀がガッツポーズを決め、幾久が外郎を受け取ったところで真っ白だった舞台の背景に映像が流れた。

『みほ~りあ~ん、御堀庵の外郎は、ワラビ粉を使った、とろけるやさしい口当たり、大内御堀の、御堀庵、ご進物、ご贈答にどうぞ!』

 地元民にはお馴染みの、御堀庵のローカルCMが流れた。

 いきなりの見知ったCMに当然生徒は大爆笑だ。

「なんだアレWWWWWWWヤバイWWW」

 山縣は辛抱たまらんと爆笑しているが、他の生徒も同じだった。

 雪充はもう体を震わせて必死にこらえるしかない。

「じゃあ、結婚式どうする?」

「うーん、どうしよっかなあ」

 そんなバカップルよろしく手を繋いで会話する二人の前に、「待て待て待てーい!!!!!」と生徒が現れた。

「その結婚、しばし待てぇい!」

 そう怒鳴って出てきたのは、三吉普だった。

「誰だよ。邪魔しないでよ」

 不機嫌そうな声で言う御堀に、普は叫んだ。

「僕はジュリエットのいとこだ!その結婚は許さんぞ!」

 そして出てきたその姿に、生徒たちが爆笑した。

 まるでゲームやアニメの中のキャラクターのような衣装、つまりはコスプレ衣装だったからだ。

 青い生地の中央に大きく十字架が描いてあり、頭にはコックのようなお揃いの帽子、ブーツに手袋、そして手には錫杖のような杖を持っている。

「あれ、何のキャラクターなんだ?」

 こういう事に詳しい山縣に尋ねると、山縣は答えた。

「ドラクエの僧侶の衣装だな。といってもドラクエ3からでドラクエの僧侶と言えば定番の奴だよ」

 そういえば普はゲーム好きだったなと雪充は思い出す。

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