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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【24】ロミオとジュリエット、巌流島にていざ決戦す~白熊を添えて【品行方正】
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後輩からのサプライズ

 明日には卒業式を控える報国院の講堂に、全三年生が集められていた。

 古くに建てられた講堂は生徒全員が入るといっぱいいっぱいで、卒業式になると当然保護者も来るので報国院の半分を占める千鳥クラス、それ以外のクラスと別々に式が行われることになる。

 つまり、全校生徒が集められるのは来賓のいない今日の予餞会が最後となる。

 予餞会は先生方の挨拶はそこそこに、すぐ後輩たちの出し物へ変わった。

 スピーカーから聞きなれた放送部二年、水谷の声が響いた。

『こんにちは、放送部二年水谷です。えー、三年生の皆さま、ご卒業おめでとうございます。といっても本日はまだ卒業式ではないんですけども、予餞会という事で、ぼちぼち、後輩たちからのはなむけを送らさせていただきたいと思います』

 柔らかくちょっと軽い雰囲気もあるが、将来はアナウンサー希望というだけあって、プロ顔負けの聞きやすさだ。

『予餞会と言ってもですね、やはり我々、文化部といたしましても桜柳祭の時にはもうものすっごく頑張って頑張って、滅茶苦茶努力してやってきましたんで、出し物がかぶってもまあいっかとあったか~い目でね、後輩を見守ってやってください』

 講堂の半分から後ろに居る千鳥クラスが、はーい!と声を上げて返事をする。

『あ、いいお返事ありがとうございます。ほぼほぼ千鳥の先輩達ですね、お返事だけは最高です』

 ちくりと嫌味が入るのも、水谷君の特徴だ。

 しかしそれもいつもの事なので、三年生の千鳥連中も、わっと笑うだけだ。

『で、今回は、特にプログラムっていうのも面倒だって事で、ばーっと予餞会する部活の名前だけ、続けてご紹介していきますね。一応、どの部活がいまからやるのかっていうのは私がお知らせしますんで、寝てても自分の部活の時くらいは起きてください』

 寝てしまうことは織り込み済なのか、水谷が言うと千鳥がはーい、と返事をした。

『では、報国院男子高等学校、本年度の予餞会を開催いたします!どうぞ拍手でご歓迎くださーい!』

 水谷の言葉に在校生が拍手し、予餞会は始まった。


 水谷がいろんな部活を紹介しながら、後輩たちは桜柳祭の時と変わりなく、順番に先輩への挨拶を済ませていく。

 企画が面白い部もあれば、少々退屈な、型の決まった挨拶だけの部活もある。

 あとは卒業式を待つばかりの三年鳳、桂雪充はのんびりと舞台を楽しんでいた。

「おい、生意気がサプライズ仕掛けてるって聞いたか?」

 そう雪充に尋ねたのは三年鳳、御門寮の山縣だ。

「聞いてるよ。張り切ってるらしいね」

 雪充は苦笑する。

 山縣と同じく御門寮の一年、幾久はとにかく雪充が大好きで、なにかと雪充と接点を持ちたがる。

 今回も予餞会は適当に終わると思いきや、幾久がなにかやるらしい。

「わざわざ前の日に先輩も巻き込んで準備とか、愛されてんな」

「どうかな。嫌がらせじゃなかったらいいけど」

 幾久一人、もしくは児玉となら素直に喜びもするのだが、二年生も参加していると聞いて雪充は苦笑いしか出ない。

 久坂と高杉の二人が素直に参加しているなんて、絶対にろくなことじゃなさそうだけど、幾久が主権を握っているならそう酷い事もないだろう。

「後輩がなにかしてくれるのは有難いじゃないか。先輩冥利に尽きるな」

 前原がそう言う。

「そりゃ、良い事ならいいんだけどさ」

 幾久、久坂に高杉だけでなく、御堀も参加しているときたら、絶対にそう素直に感激するような内容ではないはず、と雪充は思うのだが。

「なんだ、後輩を疑うのか?」

 前原の言葉に「疑ってないよ」と雪充は笑顔で返す。

 そう、疑ってないからこそ、絶対になにかやるだろうという確信のようなものが雪充にはある。

「なんでも構わないから、お手柔らかにって所かな」

「なんだ、恨まれてる自覚でもあんのか」

 山縣の問いに首を横に振った。

「恨まれてはないと思うけど、厄介ごとを押し付けられたくらいには思われてるだろうなと」

 桜柳祭では、雪充は自分が参加したいので地球部の活動ではなく、祭の運営の方へ携わったが、御堀が優秀な分、負担を多くかけすぎてしまった。

 結果、桜柳寮からも逃げる事になってしまって、雪充は前原にはかなり申し訳ないと思っている。

「嫌味のひとつふたつ言われても、笑って流す気はあるよ」

 雪充が言うと山縣は肩をすくめた。

「ま、あの生意気が仕切る時点でなんかやらかすのは判りそうだけどな」

「山縣、何か知ってる?」

「知らね。興味も全くない」

 実際その通りだろう、退屈そうに舞台を見ているだけだ。

 ちょっと盛り上がったのは軽音部やお笑いをやった部活くらいのもので、後はせいぜい、その部活に所属していないと退屈なだけのものだ。

 もうぼちぼち面倒くさいから、終わってくれないかなあ。

 講堂に居る三年生がそう思い始めた頃、アナウンスが流れた。

『さて皆さま、ぼちぼちお目当ての後輩、部活のご挨拶は終わった所ではないかと思われます』

 水谷のアナウンスに、三年生はやっと終わりか、と思った。

 雪充と山縣、前原に梅屋たちは顔を見合わせた。

 てっきり、幾久のサプライズがあると思い込んでいたからだ。

 これで終わりなのか、と首を傾げ、他の面々が伸びをしたり、スマホを取り出して遊び始めた時だった。

 するすると緞帳がしっかり閉じられ、舞台が隠された。

『ここでラストの部活動のご挨拶となります』

 退屈を持て余していた面々は、まだあるのかと『えぇ~』と声さえ上がった。

 ラストは勿論、地球部に違いはないのだろうけれど、この雰囲気では挨拶してもつまらないだろう。

 退屈な声をちゃんと拾った水谷は言った。

『ラストは我らが地球部、報国院での評判の高い演劇部となっております。地球部は特別に二部構成で行います。まずは、一年不在での挨拶、三年生にしか判らない、懐かしの舞台の再現です』

 水谷が言うと、開演のブザーもなく、降ろされた幕の前に、衣装を着た三人が現れた。


 幕の前に地球部の二年、野々村と梶山、そして来島が立っていた。

 雪充は、はっと気づく。

(あの衣装は)

 ヴェニス風の衣装は、この前の桜柳祭でも使われたものだが、雪充にはその前から見覚えがあった。

『さあ、無駄話はここまでにしよう。どうぞ公正なる裁判官様、法律に基づいた判断を!』

 セリフに三年がざわつき始めた。

 衣装やその雰囲気に見覚えがあり、ひょっとして、と気づいた人も居る。

 セリフを言ったのは、桜柳祭でロミオとジュリエットにも参加した、二年の梶山かじやま侘助わびすけだ。

『まあ待てシャイロック、お前の焦りはもっともだが、ここに証文がある』

 そう言って裁判官役の二年、野々ののむら織人おりとは手に持っていた紙を広げた。

『この証文には、「肉一ポンド」とある。しかし血は証文にはない。よって、証文通り、お前はこの男の肉を奪うがいい、しかし血は一滴も流してはならぬ』

『なんということだ!』

 シャイロック役の梶山は頭を抱え、膝を落とした。

『なんという公正な裁判官だ!そうらシャイロック、金ならもって去るが良い!』

 そう叫んだのはシャイロックに肉を奪われそうになったバサーニオ役の来島だ。

 懐かしい舞台に、三年がざわつきはじめ、懐かしいな、とか、あったあった、とおしゃべりを始めた。

『いや、まだだ。公正な裁判はヴェニスの住人ではないものが、ヴェニスの住人に危害を加える場合、財産を半分にし、その命は公爵の取り計らいによって決まる事となる。さあ、シャイロック、公爵に命乞いをするがいい!』

 裁判官役の野々村が叫ぶと、シャイロックは黙ったまま、肩を落とした。


 舞台に引き付けられ、三年がお喋りを止めて、しん、となった所で三人は立ち上がって並び、三年生にぺこりとお辞儀して、下座へと戻って行った。

 ぱちぱち、といくつかの拍手が上がると、次は緞帳が静かに空いた。

 舞台中央に居たのは着物姿の高杉だ。

 木のベンチに腰掛け、手には小さな盃を持っている。

 静かに杯を見つめる高杉の所に久坂が登場した。

 そこで観客も、再びざわっとした空気に包まれた。

「へえ、懐かしいじゃん」

 山縣が言うと、雪充も「そうだね」と頷く。

 あれは雪充が二年のときに桜柳祭でやった歴史創作劇の一幕だ。

 高杉晋作と久坂玄瑞の友情を描いたもので、地元では子孫が演じるとあって評判が凄く、また売り上げもそれまでで一番良かった、ロミオとジュリエットまでは最高傑作と呼ばれたものだった。

「やあ高杉。また酒を飲んでいるのかい」

 そう穏やかに言ったのは、先祖の久坂玄瑞役を演じる久坂瑞祥だ。

「どうだ、お前も」

「そう思ってね、僕も持ってきたんだ」

 高杉に示す酒瓶に、高杉は小さく笑う。

「では、お前の酒を貰おう」

 そう言って高杉は久坂の持ってきた酒瓶を受け取り盃に注ぎ、くいっとそれを仰いだのだが。

「なんじゃあ、こりゃ水じゃ!」

 高杉が叫ぶと、久坂は微笑んだまま、高杉に言った。

「お別れだ高杉。先に逝ってしまうけれど、お前が居れば長州はどうにかなるだろう」

 久坂の言葉に高杉が戸惑いだす。

「どういうことだ、なぜ」

「ああ、もう行かなくては。どうか、出来るだけ後から来るんだよ」

「待て、待ってくれ久坂、」

 そう言って舞台は暗転し、がしゃん、と盃が割れる音がする。

 人々の叫びや轟音の中、音が突然止まる。

『高杉君、落ち着いて聞いてくれ。やはり久坂君はもう』

 高杉の泣き叫ぶ絶叫が一度だけ響き、舞台は再び静まり返った。

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