その程度で諦めるなんて本気じゃないとか君を責める奴はくたばれ。君はただ、我慢強いだけだよ
幾久がぶつかったのは、三年の鷹クラスの赤根で、隣には時山と三年の入江が立っていた。
「わりーな、一年」
そう言ったのは時山で、幾久は小さく頭を下げた。
時山とは本当は仲がいいのだが、学校で、特に赤根には関係がばれないようにしているからだ。
隣に居るのは入江三兄弟の長男である入江一寿で、この人は愛想も良く、穏やかで良い人だった。
「こっちこそ、スンマセン」
面倒は嫌なのでそう言って幾久はぺこりと頭を下げ、さっさとこの場から逃げようとした、その時だった。
「乃木。お前、どっかのユースに所属してたって本当なのか」
赤根に言われ、幾久は足を止めた。
「……本当、っス、けど」
「なんで辞めた」
「なんでって」
なぜ赤根にそんな事を聞かれる必要があるのだろう。
そもそも、尋ねるにしてもどうしてこうも横暴な口の利き方なのだろう。
むっとしつつも、幾久は素直に答えた。
「辞めたんじゃなくて、落とされたんス。才能がないって」
その言葉に、三年連中の表情が歪む。
いくら幾久が平気そうに言っていても、平気ではないだろう事は判るからだ。
「それでサッカー辞めたのか」
「まあ、そっすね」
小学校を卒業する頃、才能がないと落とされて、中学時代は塾と学校の往復でしかなく、たまに多留人とフットサルで遊ぶ程度で、試合にも出た事もないし部活もやっていなかった。
近頃はやっているけれど、あくまで遊んでいるに過ぎないだろうレベルだ。
赤根は露骨に軽蔑するような表情で幾久に言った。
「その程度の気持ちだったのか」
―――――こういうのは、幾久にとって凄く辛かった。
その程度ってなんだよ。
毎日、努力していたしユースでの練習もきつかった。
夜遅くなるまで練習して、課題をクリアえして、嫌味を言う母親に無理に試合に来て貰って。
幾久だってサッカーが好きだったし必死に努力したけれど。
「……気持ちでサッカーは、うまくなんないっす」
気持ちでどうにかなるわけねえだろ。
そんなレベルじゃねえんだよ。
そう言ってやりたくても堪えるのは、三年だとか、怖いとかじゃない。
言っても理解されないからだ。
だが、赤根は幾久の言葉に言い返した。
「もっと気持ちがあったら、やろうって思えただろ」
「どうっすかね」
むかついて幾久がそっけなく言うと、赤根がむっとした表情になった。
なんだこいつ面倒くせえ。
幾久が思った時、がたんと雪充が椅子から立ち上がった。
「いいかげんにしろ赤根」
そう言って幾久の肩を持ち、自分に寄せた。
雪充の体が幾久の背にくっつくと、途端、幾久はなにがおきても大丈夫だ、という気になって、とんと雪充によっかかると、思わず自分の頬が緩むのが判った。
絶対に守ってくれる人がいるのは、こんなに安心できるのか。
だが、雪充に喧嘩を売られたと思ったのだろう、赤根は雪充にうなるように言った。
「俺とこいつの話だろ。割り込むな」
「三年の立場を使って関係ない事を責めるのはただの暴力だろ」
雪充は幾久の顔を覗き込み、幾久に尋ねた。
「いっくんは赤根と話がしたい?」
幾久は一瞬迷ったが、雪充の目を見ると、『正直に言って良い』と言われていると思い、首を横に振った。
話なんかしたくないし、いきなりこんな事を言われる意味も判らないからだ。
赤根は機嫌を損ねたようだったが、雪充は胸に幾久の顔を押し付けるように抱き寄せて隠した。
「ほら見ろ、ただの脅しだろ。関わるな」
雪充に言い返そうとした赤根に、横から声がかかった。
「赤根くんは我慢しないのがエライって思ってますからねー」
そう煽ったのは山縣だ。
あきらかに馬鹿にした言い方に、赤根が山縣に言い返した。
「なにが我慢だ。子供みたいなのはお前のほうだろ」
だが、山縣はどこ吹く風、といった飄々とした雰囲気で赤根に言った。
「一年の気持ちは知らんけどさ、そいつがどんだけ我慢して堪えて、やっと諦めるとこまでいってたとしても、お前にとっては我慢しない空気読まないバカのほうがエライのな。諦めるのはその程度って、だったら我慢強いやつばっか損じゃねえかよ。んな事もわかんねえのかよ」
「なんだと」
「だからお前は一生鷹なんだよ。こっちくんな」
しっし、と山縣が手を振ると、赤根の目に怒りが灯ったように憎しみのこもったものになる。
だが、時山が「たはっ」と笑って言った。
「確かに鳳様には勝てねーもんな。行こうぜ赤根。鷹は鷹らしく鳳様には刃向かわないこった」
「お前は悔しくないのか?」
赤根の言葉に時山は「全然?」と首を横に振った。
「だってお前、ケートスがマンUに試合で負けて悔しいとか思うかよ。レベルが違う。試合あんがと!胸借りてあんがとーだよ」
そう茶化すように言うと、入江も言った。
「あんまりこの時期に鳳に関わると、先生に嫌味を言われるぞ。入試の邪魔してるのかってな」
「俺はそんなつもりじゃ」
赤根が言うと、雪充が言った。
「自分が何を言ったかより、何が届いたかのか考えろ。いっくんも僕たちも、お前の母親じゃない。甘えるな」
雪充の言葉に、まだ何か言いたげだったが赤根は時山と入江に「行こうぜ」と宥められると、その場所を後にした。
隣で見ていた普は、はらはらしていたが、赤根が去ってやっと安心して幾久の腕を掴んだ。
「いっくん、大丈夫?」
そこに居た三年連中も思う事は一緒で、心配して幾久の様子を見たのだが、幾久は雪充の胸から顔を上げ、言った。
「雪ちゃん先輩、かっこいいっすねぇ」
へらっと笑って言う幾久に、皆が驚くも、幾久は続けた。
「なんかもう、オレ少女漫画の主人公みたい。雪ちゃん先輩かっこよすぎじゃん!マジかっこいい!」
盛り上がる幾久に普が露骨に呆れた。
「心配することなかった」
「な?こいつこういう奴なんだよ」
幾久から貰ったお菓子をもりもり食べながら言う山縣に、なるほどな、と三年生は頷く。
確かにこれなら山縣が振り回されるわけだ。
「本当に大丈夫?」
雪充が真剣にそう尋ねる。
目が、本当に幾久を心配しているのが判るので、幾久はにこっと笑って言った。
「いや、やっぱ関係ない人に言われるのムカつくんで、今度はオレがやっつけます」
雪充はふっと笑って頷いた。
「僕の目のある所でやるんだよ?」
「はいっす!」
「いや止めろ。止めとけ馬鹿」
山縣が突っ込むも、元気よく返事をした幾久に、雪充は目を細めて言った。
「御門の子はこうじゃなきゃね」
お菓子を買い終わった幾久と普は地球部の部室へと移動すると、一年鳳の面々は地球部の部室で勉強しつつ、お喋りをしていた。
「へー、じゃあ赤根先輩に喧嘩売られてたのか」
山田が言う。
「そう。あの先輩苦手なんだよオレ」
幾久が言うと、勉強の為に地球部にお邪魔している児玉も頷く。
「イケメンでサッカーのユース所属で、鷹だからまあまあっちゃまあまあなんだよな」
赤根は実際、他校の女子人気はかなりあるそうだし、バレンタインも沢山お菓子が届いたそうだ。
「言ってる事は正しいし、本人は喧嘩売ってるつもりないんだろうけどむかつくはむかつく」
関係ねーのに、と幾久が言うと、まあね、と御堀も頷いた。
「あの人は鳳とか御門って感じじゃないよね。どっちかといえば朶って雰囲気だし」
朶寮に所属している入江万寿が頷いた。
「わかるうー、ガツガツしてるとこ、朶感ある」
「お前はそうじゃないのにな」
山田が言うと入江が言った。
「だって俺は兄貴連中が朶居るから突っ込まれたんだし。適当過ぎるわ」
「でもオレも、ギリギリだったから人数合わせ面倒で御門ってモウリーニョ言ってた」
幾久と入江は顔を見合わせた肩を落とす。
「報国院って雑だよなあ」
「もうちょっと相性考えて欲しい」
すると寮を移動した二人が言った。
「でも変わろうと思えば寮移れるし」
「そうそう、努力でどうにかなるってありがてーじゃん」
御堀と児玉が言うと、幾久と入江がじっと見つめて返した。
「説得力ないんだけど」
「そうだぞ。お前らどっちもかなり強引な手を使ってんじゃん」
しれっと御堀が言った。
「結果伴えばそれでいいんだよ。こういうのは実力っていうの」
「買収がか!」
入江が突っ込むも、御堀はふふんと笑って答えた。
「どんな手段でも使えれば使うよ。実際うまくいったし」
「あーやだやだ!これだからお金持ちキライ!俺だけなんも得してねーし!」
「なんだ、自分だけ何もないの悔しいだけじゃん」
普が言うと入江が言った。
「たりめーだろ!俺も買収されたかった!」
「じゃあ勉強教えてあげようか」
御堀が言うと、入江が言った。
「ホントお前きらい。電子マネーくれ」
「嫌だよ」
ふんと御堀が言うと山田が呆れて言った。
「ふざけてると時間がなくなるぞ。それでなくても予餞会の準備があるってのに」
山田の言葉にそうだった、と全員が背を正した。
「そうそう、僕が書いた懇親の脚本を見てよ!」
普が言い、全員にコピーしたものを回す。
なぜか一緒に居る児玉にもだ。
「大まかな内容だけで、あとはセリフをいろいろ考えて貰おうと思ってさ!」
渡された脚本を全員が開いた。
タイトルはすでに決定している。
『ロミオとジュリエット、巌流島の決戦』
タイトルだけで面白そうだと全員一致したのだが、内容は全くの未知数だ。
気になっていたので早速全員が脚本を読んでみたのだが。
「……」
無言で読みふける面々に、脚本を書いた普はじっとして皆の反応を見ていたが、暫くすると全員が肩を震わせ始めた。
「ど、どう?」
普が尋ねると、全員は顔を上げ。
「あはははは!普、これめちゃくちゃ面白い!」
「スゲー!本当に面白い!これ絶対うける!」
そう言いながら、爆笑して読んでいて、普はほっと胸をなでおろした。
「良かったー、自信はあったしタッキーもいいよって言ってたから行けるとはおもったけど」
「これ本当にいいよ!絶対に面白い!」
幾久も大絶賛だ。




