男子高校のバレンタインは戦場です(いろんな意味で)
それでも助けて貰えるのはありがたい。
「でもサンキュー。助かるし、楽ちん」
幾久が言うと志道がにかっと笑顔を見せた。
「こっちもこれで桜柳祭の練習になると思ってるからな。こういうイベントはどんどんやってこーぜ」
「桜柳祭は終わったのに?」
驚く幾久に志道が、何言ってんだよ、と笑った。
「もう今年の桜柳祭の事考えておかないと、突然あれこれってできねえぞ。二年の先輩はつぎ三年だろ。俺らがフォローしねえと」
そうだ、と幾久も驚く。
高校生活はたった三年しかなく、一年目の桜柳祭はもう終わった。
次は二年生として一年を指導しないとならないし、三年になったら参加できるかどうか。
「えっ、だったら今年が俺らの本番みたいなもんじゃん」
「みたいなもんじゃなくて本番だって」
隣で話を聞いていた御堀も苦笑する。
「今年は僕らが、ハル先輩みたいにならないと」
「無理。ぜってぇえええええええ無理」
首を横に振る幾久だが、それでもなんとかしないとならないのは判っている。
「うーん、これはまずいぞ。一回一回、気合いれてレベル上げて行かないと間に合わない」
焦り始めた幾久に志道が笑った。
「だろだろ?毎回毎回、桜柳祭だと思って、腰入れてこーぜ!」
幾久も御堀も、うん、と頷いたのだった。
児玉も手伝いをしてくれるとの事なので、児玉には伊藤と同じくSP部に所属してもらうことになった。
お客は女性が殆どだが、怪我があったりしては大変なので並び方をどうするか、寒くないように火を焚くが、火の粉が飛ぶと服に穴が開く場合もあるから風の方向を考えて、とか使い捨てカイロを配ろうとか、そういった打ち合わせをやってくれる。
誉会には地球部の一年の面々も面白がって協力してくれ、瀧川がスマホで写真や映像を撮ってくれるとの事だし、映像研究部も後世の研究として今回の映像を残すという。
「知らない間に話が大げさになってる気がする」
幾久が言うと、御堀が言った。
「報国院はデータを残すから、毎回こうなるよ。思った以上にきちんと記録してるし」
さて、そろそろ向かいの方から予約の女性陣が流れてきた。
時間近くになったので、あちこちに居た人が集まってきたのだ。
桜柳祭から三か月あまり。
とっくに終わった劇なのに、いまだずっと応援してくれている人も居る。
雪充の姉に習ったいろんなことや、芙綺と関わっていろいろ判ったように、見てくれた人のロミジュリ像を壊さないように、そして幾久を怖がって逃げた芙綺が最後は手を握ってくれたように。
(わざわざ来てくれてるんだぞ)
絶対に、嫌がられるようなことはしない。
そして出来れば、汚くて嫌な奴ばかりじゃないって、そう思ってくれるきっかけになれれば。
幾久は御堀に手を伸ばした。
「やろーぜ、誉」
ふっと御堀は笑って幾久の手を握りしめた。
「気合入れていくよ、幾」
「ロミジュリの結束を見せてやる!」
ぱん、と互いの手を叩き、正面に向き合った。
「報国院男子高校、誉会、ロミジュリのバレンタイン握手会場はこちらでーす!落ち着いて、四列に並んでゆっくりお進みくださーい」
SP部が声をかけ、女の子が並んで待っている列がじりじりと近づいてきた。
幾久と御堀は頷き、とびきりの笑顔を見せた。
「ようこそ、この度はご注文ありがとうございます!」
結局、ウィステリアの演劇部は、まるで部活よろしく全員が揃って報国院へ向かう事となった。
「これじゃ、遠足じゃん」
ふう、と茄々がため息をつく。
三年生が出かけると知って、二年、一年も一緒についていくと聞かなかったのだ。
「みんなばらばらで行けばいいのに」
そう言う茄々だが、二年生が首を横に振った。
「だって先輩たちは、ロミジュリに認識されているじゃないですか!そしたら私たちも認識されるかもだし!」
確かに三年の茄々、杷子、松浦の三人は関りが深かったので勿論面識はあるが、こういったイベント時はかえって気をつかってしまうものだ。
「言っとくけど、いっくんらが忙しそうだったらお菓子だけ受け取って握手はしないからね?」
茄々が言うと、二年、一年は「えーっ」と不満の声を上げる。
「当たり前でしょ。ウィステリアの演劇部がロミジュリの邪魔してどうすんの」
報国院のロミジュリコンビはウィステリアでは圧倒的な人気を誇っていて、もはや独自のファンクラブがいくつもある。
しかしその中でも圧倒的に力を持っているのは同じく演劇部に所属する面々だ。
勿論、部員にはそれなりのルールを守って貰っている。
絶対にロミジュリに迷惑をかけないを鉄則としているので、今のところはそこまで問題も起こっていない。
「それでも絶対に、ロミジュリは先輩らに声かけますって」
「そーだよ、バレンタインのプレゼントだって貰っちゃってー」
ずるーい、と一年、二年に合唱されると、確かに三人は強くは言えない。
「……本当に、チャンスがあったら、だからね?」
茄々が念押しつつ言うと、一年、二年は「はーい!」と元気よく返事したのだった。
報国院に到着し、指示通り商店街の鳥居前から石段を登っていくと、すでに人だかりが出来上がっていた。
「凄い人気。これ全部ロミジュリ?」
驚く茄々だが、傍にいた二年の後輩が頷いた。
「当然ですよ。あの二人、商店街でもファンクラブあるんですから」
「本当に?」
「むしろ知らなかったんですか?しろくま保育園にもお子様用ファンクラブと大人用ファンクラブがあって、ファンレター貰ったんで部室に飾ってるとか、誉会限定のインスタでもやってて」
「全く見てなかったわ」
もうすぐ受験の茄々は全く見ないようにしていたので、その情報は知らなかった。
「スゲエなロミジュリは。去年も凄かったけど」
松浦が感心するが、杷子は言った。
「これ絶対、今年の桜柳祭もチケット貰わないと、争奪戦凄そう」
「そうだ!今のうちに予約しときましょうよ!」
すでに気持ちがはやる後輩らに、んな無茶な、と思いつつも自分もどうにかしないとな、と今から考えてしまう杷子だった。
次々に来るお客さんにこれ以上ないくらいの愛想をふりまき、ロミジュリは握手に勤しんでいた。
食べ物でなければプレゼントは受付するとの情報はでていたので、小さなお子様から大人まで、プレゼントは次々に山になる。
幾久の前に、ちいさな女の子が、オレンジ色の小さな熊のぬいぐるみを抱きかかえて現れた。
「あげる」
そう言って熊のぬいぐるみを幾久に差し出すと、一緒に居た母親が慌てた。
「あなた、これがなくちゃ眠れないでしょ?」
成程、ずいぶんと大切なぬいぐるみらしい。
だけど女の子は首を横に振り、涙目になりながら幾久にぬいぐるみを差し出す。
「あげるの!あげたいの!」
どうも、他の人が幾久にプレゼントを渡しているのを見て、自分もなにかしたくなったらしい。
どうしようと幾久は頭を抱えた。
貰うのは容易だが、そうなるときっとこの子もお母さんも困るだろう。
お母さんはやめないと絶対にあなた泣くでしょ、と言うし、女の子はかたくなに首を横に振る。
どうしたものか、と思っていると、幾久は、ある事を思いつく。
「ちょっと待っててください!」
そういうとカヌレが入っている段ボールに頭を突っ込み、梱包用のリボンを取り出した。
「じゃあ、このぬいぐるみ、貰うね。ありがとう」
そう言ってぬいぐるみを受け取り、にっこり微笑んで、ぬいぐるみの首にぐるっとリボンを結ぶ。
そしてもうひとつ、女の子の髪にも結んであげた。
「じゃあ、これはオレが貰ったから、君にプレゼント!」
そうして女の子にぬいぐるみを返すと、女の子は「キャー!」と言って満面の笑みを見せた。
お母さんは何度も何度も頭を下げ、幾久は良かった、と笑った。
「これでどっちの気持ちも良いほうになったよね!」
御堀に褒めて貰おうと隣を向くと、大真面目な顔をした御堀が言った。
「幾はたらしだよね」
「は?」
「だよね、僕もやられたもんね。忘れてた」
「は?なにいってんの?」
「本当に無自覚って嫌だよね。あーあ」
「ちょ……人聞きの悪い事言わないでよ!今のオレ、褒められていいとこじゃないの?褒めてくんないの?上手にやったろ?」
「上手上手。ほんっとたらし。すけべ。えっち」
「なんで?なんでオレがエッチなんだよ!だったら一緒に寝てるときにオレの服脱がしてくる誉の方がエロいじゃん!」
すっかりそこが握手会場だと忘れていつものように話をしていた二人は、勿論、会話を全て聞かれていた。
「おい、おふたりさん。どえらい事になるからもうやめとけ。続きは寮でやれ、寮で」
背後からこそっと志道が言うも時はすでに遅く、ウィステリアの女子が顔を真っ赤にして「尊い」「ヤバイ」「マジヤバイ」と震えながら繰り返していて、後日誉会で釈明の動画を撮る羽目になったのだった。
のちに、伝説のロミジュリバレンタイン痴話げんかと呼ばれた日の出来事であった。
拍手喝采・終わり




