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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【23】戦場のハッピーバレンタインデー【拍手喝采】
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ちゃんと愛されていた

「忘れてたのかよ」

 呆れる児玉に幾久は頷いた。

「なんかもう先輩って感じじゃないじゃん」

「幾にとって先輩ってどういう感じ?」

 御堀が尋ねると幾久は言った。

「尊敬出来るけどたまに面倒くさい。雪ちゃん先輩以外」

「それって青木先輩じゃないの」

「やっぱり先輩だね、確かにそういえば面倒くさい」

 うん、と頷く幾久に、児玉は心の中で(俺だけはちゃんと尊敬しています)と誰ともなく誓った。


 恭王寮に到着すると、雪充が門の前に立って待っていた。

 吐く息が白く、幾久を見つけるとにこっと微笑んで手をあげた。

 勿論、以前幾久がプレゼントしたネックウォーマーをつけている。

 幾久は思わず駆け出し、雪充へ駆け寄った。

「雪ちゃん先輩、おはようございます」

「おはようみんな」

 ぺこっと三人で頭を下げ、幾久は持っていた小さな紙袋を渡した。

「雪ちゃん先輩、バレンタインのお菓子です!いつもお世話になってます!」

 幾久がそう言って差し出すと、雪充が「うん、ありがとう」と笑って受け取った。

「それより三人とも、ちょっと中に入りなよ。時間まだあるから、あったかいお茶でも飲んで」

「え、いいんすか」

「そのつもりで、早い時間を指定したんだ。もう用意もしてるからどうぞ」

 幾久達は顔を見合わせて頷いた。



 御堀は恭王寮に入るのは初めてだ。

 御門寮の門をミニチュアにしたような和風の門を抜け、入ると驚いた。

「恭王寮ってこんななんだ」

 庭園は和風なのに、寮の建物は英国風のレンガ造り。

 所々、和風の雰囲気があって、かなりモダンな作りになっている。

 正面玄関のすぐ脇にサンルームのような応接室があり、そこに案内された。

「なんか懐かしい」

 恭王寮に所属していた頃、ここで勉強していた事を思い出し児玉が言う。

 幾久も入学した頃、ネクタイを取られてここに来たことを思い出す。

「オレは何回か来た事あるよ。お洒落だよね、恭王寮」

「いい雰囲気だね」

 御堀は珍し気にきょろきょろ見渡し、その様子に気づいた雪充が笑って言った。

「ヤッタに言えばゆっくり案内して貰えるよ。急いで覚えなくて大丈夫だって」

「じゃあ、そうします」

 頷く御堀に、幾久も笑った。

「誉って、こういうお洒落な雰囲気も似合うから、今度写真とかに使ったら?」

「いいね。誉会の特典に使おう」

 すでに部屋は暖められていて、外の寒さが嘘のようだ。

 暖かい部屋で雪充が給仕をしてくれ、全員にコーヒーを出してくれた。

「早速だけど、僕はこれ、頂くね」

 さっき幾久が渡したカヌレを雪充は取り出した。

 いますぐ食べるのかと驚く幾久に、雪充は笑顔で幾久に言った。

「早く食べておかないと、取られちゃうんだ。毎年ホーム部のお菓子は人気だしね」

「じゃあそれで早い時間ならいいって」

「そう。いっくんが一生懸命作ったんだろ?」

「はいっす!」

 力いっぱい返事をする幾久に、御堀と児玉が苦笑する。

「幾、かきまぜただけじゃん」

「オレが作ったには間違いないし!」

「俺らお邪魔だったな」

 そう言って笑う児玉に「わりとそう」と頷く幾久に、雪充が噴き出す。

「ほんっと、いっくんって僕の事大好きだね」

「大好きっす。卒業阻止したいくらいには」

「あはは。留年は嫌だな」

 でもありがとう、と雪充は幾久の頭に手を置いた。

「御門寮でもないし、ろくに役にたってないけど、そう言って貰えるのは嬉しいよ」

 とんでもない、と幾久は慌てて首を横に振る。

「オレ、雪ちゃん先輩いなかったら、絶対にこんなに楽しくなかったっス」

 来た事もない、知っている人も居ない、そんな場所に逃げて来た。

 目的もなく、かといって何かをしようとも思わず。

「入学早々、ガタ先輩とは喧嘩するし、ネクタイは取られて迷惑かけるし」

「それは幾久のせいじゃねーだろ」

 幾久を助けた児玉が言う。

「そうかもだけど。なんか思い返したら、物凄く雪ちゃん先輩にいろいろして貰って」

 入学も終わって、花見に行った時、雪充はずっと幾久の傍に居てくれた。

 何もわからない幾久と、どうでもいい話をたくさんして、報国院がどんなに素晴らしいか、なんて面倒な話は一切せず。

「今だから判るんス。お花見の時、雪ちゃん先輩がずっと、オレに気を使ってくれていたのも。あの時はなにも判らなかった」

 父親に駄々をこねる幾久を見て、東京に戻りたいという話を聞いて、心穏やかだったはずはない。

 雪充がどんなに報国院に思い入れがあって、どんなに御門寮に帰りたかったか。

 だけど何も知らない幾久を、たしなめることもなく、叱る事もなく、ただ穏やかに、話をして、そこに居てくれた。

「―――――ずっとオレは、ちゃんと大事にされてたんだって」

 最初から報国院の、御門寮の後輩として。

 何の実力もないのに、それだけで。

「結果として、いっくんは報国院に居てくれて、御門に居てくれて。おまけに地球部にも所属して、桜柳祭も成功させてくれた。僕としては感謝してもしきれないけどね」

 ありがとう、と雪充は幾久に告げた。

「我儘を言えるなら、いっくん、御堀、タマ。三人で御門を守って、次の桜柳祭、絶対に成功させてくれ。ハルや瑞祥は知っての通り、面倒な奴らだけど、お前たちならうまくやれる。幸い、あいつらもお前たちの事は気に入ってるし」

「オレ、失敗しましたよ?」

 秋に高杉を頼りすぎて、結局負担をかけすぎて久坂に叱られた。

 幾久がその事を言うと、雪充が頷いた。

「うん。でも失敗したっていいんだよ。リトライした。そして失敗を修正した。修正できるってのは、大事な事だよ」

 そしてぽつり、と付け加えた。

「……あいつらが、リトライを許すってこともね」

 これまでだったら、そんな事はなかったと雪充は言う。

「もともと、出来がいいから厳しいところはあったけれど、杉松さんが亡くなってからはいろいろあってね。一層冷たい所ばっかり強調されてたけど。最近はそうでもないから、きっとこれからも大丈夫だろうなって」

 だから、と雪充は言った。

「次、新しい一年が入ってきたら、出来る限りでいいから助けてやって。それともうひとつ、三人にお願いがあるんだ」

「はい」

 三人が頷き、雪充をじっと見つめた。

「―――――僕の大事な後輩を、助けてやって。こっちも出来る限りでいいから」

 雪充の大事な後輩、と言われて三人は一瞬、意味が分からなかったが、雪充が苦笑して言った。

「お前らには先輩にあたるだろ?」

「あ、そっか」

「あ」

「そうだ」

 雪充からしたら二年生は後輩だが、幾久達からしたら先輩だ。

 じゃあ、雪充の言う『大事な後輩』とは。

 三人が顔を上げ、雪充をじっと見つめると、雪充は、ふ、と柔らかく微笑んだ。

「次はあいつらも三年生になるし、いろいろ忙しくなると思う。受験のプレッシャーもあるし」

「やっぱしんどいんスか」

 幾久が尋ねると雪充は「そりゃあね」と笑った。

「でもどっちかっていうと、今より桜柳祭の準備してた方がしんどかったかな。勉強の時間をどのくらい確保すればいいかとか、どこまで桜柳祭に時間を使えるかとか、そんな事ばっかり悩んでたよ。今はむしろ、諦めの境地かな。焦っても実力以上は出せないし」

 雪充の受験日までは、あと十日に差し迫っている。

 そんな中、こうして会ってくれるだけでも、どんなに嬉しいか。

「……なんか、我儘言ってすみません。バレンタインでも雪ちゃん先輩は受験前なのに」

 今更だが、幾久がしょんぼりして雪充に言った。

 こんな忙しい時期に、自分がしたいから、とお世話になった気持ちを押し付けて良かったのだろうか。

 すると雪充は幾久の髪をぐしゃっと撫でた。

「逆。だから来いって言ったんだよ」

 驚く一年生三人に、雪充は言った。

「僕だって受験前は不安だよ。でもこうしてわざわざ来てくれただろ。物凄く嬉しいし、絶対にやってやるって気合入るからさ。お前らも僕みたいに三年生になったら判るよ。自分がどんなものを貰ったのか、ってさ」

 そう笑う雪充の笑顔に幾久はほっとした。

「邪魔じゃないなら、嬉しいっス」

「邪魔どころか、物凄いお守りだよ。でもきっと、三年にならないと判らないかも」

 雪充は思う。

 自分も一年生の頃、三年の先輩たちの受験はとても心配だった。

 成績も良かったし、信頼もしていた。

 だけど妙に心配で寂しかった。

 寮に居るとそれが一層感じられた。

 昨日までそこに居た先輩がいなくなる。

 その喪失感を味わう間もなく、騒がしい後輩がまた入って来て。

 賑やかさと静けさの入れ替わりは、一度経験すれば、それは余裕になるのだろうけれど、あの初めての春休みの静けさは、とても寂しかった。

 たとえそれが一瞬であっても、先輩は望む進路に行けたのだとしても。


 だけど今ならわかる。

 あの寂しさは、先輩がいなくなった寂しさではなく、これまでと違う生活への不安だったのだと。


 この一年生連中も、不安になるに違いない。

 それはきっと、優秀な御堀だとか、生真面目な児玉だとか、飄々としているわりにポイントは外さない幾久であっても、例外ではないだろう。

 だから、その時間を作らないために、雪充はある事を考えている。

 自分がそうなってしまった事の理由を考えて、それを伝えていけば、あのわずかな喪失感を感じずにいられれば、どんなに楽しいまま次の世代を迎えられたか。


「だから、僕はお前らが三年になるのも楽しみだよ」


 この三人はどんな三年生になるだろう。

 自分が一年生だった頃は、こんなに可愛くは無かった気がする。

 でも、そう思っていたのは自分だけで、三年の先輩からしたら、やっぱりこんな風に可愛いと思ったのだろうか。

(入学したら、聞いてみよう)

 雪充が狙う大学には、すでにあの頃の三年生が居る。

 受かれば、またあの頃のように寮に住み、あの頃のように過ごすのだろう。

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