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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【23】戦場のハッピーバレンタインデー【拍手喝采】
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料理じゃなくて工事だ!!!(心の叫び)

 報国院は全寮制なので当然生徒は弁当がない。

 なので学食で定食を食べるか、もしくは八木のパン屋でパンを買うか、またはコンビニで買ってくるしかない。

 コンビニまで出かけていいのはクラスが限られているので滅多におらず、大抵は学食での定食か、またはパンを買う事が多い。

 食べても食べてもお腹がすく高校生なので、いつでも構内で売っている八木のパンは報国院生にはなじみのある味だ。

「ほんっと報国院って、なんでもかんでもOBで済ましてんだね」

 普が言うと、八木が笑った。

「そうなんだよ!昔は外部も入れてたんだけどな、それで問題になった事があって、それ以来、まずOBから使おうって事になったんだな!」

「食中毒でもおこしたので?」

 瀧川が尋ねると、八木は「いや?」と首を横に振った。

「裏金って奴。業者と昔の学校がグルになってな、学校が指定業者から仕入れる代わりにキックバックっていうよくある奴よ」

「ひょっとして、旧校舎の解体騒ぎの時の?」

 瀧川が尋ねると八木は感心して頷いた。

「よく知ってるな。ってことはお前さん、経済研か」

「彼もです」

 瀧川が御堀と一緒に挙手すると、そっか、と八木は頷いた。

「丁度良い、じゃあ作業しながら昔話でもするか。お前ら、エプロンはあるか?」

 幾久達はホーム部で作業していたので用意していたが、普や瀧川はなにも支度をしていなかった。

「じゃあ、作業服を貸してやるから、中入れ」

 さあさあ、と全員は八木に工場へと押し込まれたのだった。


 普と瀧川は八木ベーカリーのコックコートを借りた。

 胸にヤギのイラストが入っている、白いコートだ。

「じゃあ若者も居る事だし、はりきってくぞ!」

 八木がそう言って早速指示を出したのだが。


 風呂桶のようなバケツを見た時から、幾久には嫌な予感しかしなかった。

「さーて、作業に入るか!ささ、全員、卵を割るぞ!」

 作業テーブルの上に鬼のように乗せられた卵ケースを見て、やっぱりこれを割るのか、と全員は作業に入る前からげんなりしたのだった。


 作業に入ったものの、全員はため息をつきながら卵を次々に割っていった。

「なんだよこれ。料理じゃない。工事だ」

 卵を割り、材料を混ぜるのだが、ホーム部で作った過程と同じでも量が違い過ぎる。

「年末を思い出すなあ」

 幾久はそういって肩を落とす。

「土木工事しにきたみたい」

 ケーキを作るというより、絶対にこれで出来上がるのは家だろ、と幾久は思う。

「これって伝築の仕事だよ」

 普が言うと、八木は笑って頷いた。

「去年は伝築の子に手伝って貰ったぞ?あいつらスコップの扱い上手いからなあ」

「料理じゃない……」

 確かに、周布がスコップを上手に動かすのは容易に想像ができるが、機嫌を損ねる程多かったのなら、とんでもない量だったんだろうな、と幾久は同情した。

「ま、そこまで言うなって。卵割って、ある程度混ぜたら今年は秘密兵器があるんだからよ!」

「秘密兵器?」

「そう。あれあれ」

 八木が示した部屋の奥には、ボールがくっついた機械があって、幾久は首を傾げた。

 なんだろう、と思っていると御堀が言った。

「ミキサーだよ」

 御堀の説明に八木が「そう!」と胸を張った。

「最近、パンの消費が多くてな。うちとしてはありがたいんだが、手が必要なもんで、こいつを買ったんだよ」

「じゃあ、ここで工事終わりなんだ」

 卵をひたすら割る普に八木は「おう!」と返した。

「お前ら運が良かったな。もし去年だったら、この材料、全部人力でかき混ぜなきゃならなかったぞ」

 御堀が尋ねた。

「去年はクッキーだったそうですけど、全部人力でやったんですか?」

「おう。いい運動になったけどな」

 御堀は肩を落とす。

「……カヌレで良かった」

「え、なに、カヌレとクッキーってそんなに違うの」

 幾久の言葉に御堀が頷く。

「全然違うよ。僕らは運が良かったし、去年作業した先輩達には頭が下がるね」

 差し入れ、三年の先輩にも持っていこうと御堀が言うので、幾久はよっぽど去年は大変だったんだな、と想像した。

 小麦粉の袋は小学生の体重くらいあるし、袋を切って抱えて、ミキサーに入れるのもけっこうな重労働だ。

「八木先輩がマッチョなの、判る気がする」

 小麦粉を一生懸命抱える幾久に、八木が笑った。

「粉ものって重いもんなあ。ま、なんでも仕事は体力よ、体力」

 そう言って八木はひょいひょい袋を抱えて持ち上げ、ミキサーにぶちこんでいく。

 ごわんごわん音を立てて、ミキサーが回って材料を混ぜてくれるが、これを全部人力で、と考えたらとてもじゃないが無理だと思う。

「材料混ぜ終わったら、次は型に流しいれてくれ」

「蜜蝋は?」

 御堀が尋ねた。

 カヌレは型に蜜蝋を塗る作業があるはずだが、と首を傾げたが、八木が言った。

「や、初回の分は昨日の連中が塗ってくれてんだよ。だから初回はお前らの仕事はなしだ。良かったな」

「え、やったラッキー」

 幾久が喜んだ。作業工程がひとつでも、量があまりにあるとさすがにうんざりするからだ。

「お前らはホーム部にべったり所属してる訳じゃないだろ?手伝ってくれるだけでありがたいっつってな」

 お礼言っとけよ、という八木に幾久は頷いた。

「ありがたいなー、面倒が減るのスゲー嬉しい」

「その代わり、販売では愛想ふりまけってよ、ロミジュリコンビ」

「あー、そっか、オレら、販売があるんだった」

 たはー、と肩を落とす幾久だったが、でもそっちのほうがいいかな、とも思う。

「型を並べて、タネを流しいれとけ」

 八木が指示を出したが服部が手を挙げた。

「あの、良かったらオーブンとか見たい、んですけど」

 ん?と八木が驚くと、幾久が言った。

「あ、昴、じゃなくて服部君、そういう機械とかスゲー好きなんす。今日もパン屋のオーブン見たいってはりきってて」

 八木は驚きながらも喜んで言った。

「へえ!そういうのに興味あるのか。うちのオーブン自慢なんだ!いくらでも見てよ。できる説明はするし……そうだ、マニュアルとかいるか?」

「見たい!です。できれば、他のやつも」

 そっかそっか、と八木は喜んでいたので、幾久は言った。

「昴、こっちはオレらがやるからさ、八木先輩にオーブン見せて貰ってたらいいよ」

 御堀も頷いた。

「手が必要になったら呼ぶから」

 御堀と幾久の言葉に、服部が頷き、八木もにっこり微笑んで「じゃあオーブンから見るか!」と服部の背を押し、説明に入った。



 型に流しいれ、盆の上に置き、用意されたオーブンに次々に入れていく。

 ホーム部で作業した時は、焼きあがるまで時間がかかったので、それまでのんびりと使った道具を洗ったり、お喋りをしたりしていたけど、パン屋はそうはいかなかった。

「ほら、出来上がったら即効冷ます!そんですぐに次を焼くぞ!」

「えー、そんな早いんスか?」

 せっかちとも思えるくらいにせかされて幾久は言ったが、八木は「早い!」と頷く。

 実際、次の準備をしている間にカヌレはあっという間に焼き上がり、幾久達は作業に追われた。

「うわー、ホーム部のオーブンと全然違うじゃん!」

 量も多いし時間も早い。

 幾久が言うと御堀が言った。

「そりゃそうだよ。業務用ってそんなものだし」

「はー、プロの余裕っすね」

 想像したことはなかったけど、ひょっとして御堀の家も、こんな風に大変なのだろうか。

「食べ物作るって大変なんだなあ。こんなに頑張って作っても食べたら一瞬で終わるし」

 幾久が感心しながら言うと、御堀は言った。

「でも、一瞬で食べちゃうほどおいしいって言われたら、それまでの努力が認められたわけだから、それはそれで嬉しいよ」

「みほりん、プロみたいな事言うね」

 誉が言うと、幾久が答えた。

「誉はもうプロみたいなもんだよ。和菓子作れるし」

「え?マジで?」

 驚く普と山田に幾久は頷いた。

「手先、すげー器用だし、和菓子もおいしいんだ。それにギョーザだって上手だし」

「へえ、やっぱ和菓子屋の跡継ぎって感じだな」

 山田が言うと、御堀の動きがやや止まる。

「……まあね」

 御堀が本当は和菓子職人になりたいことを知っている幾久は、山田がなにか言わなければいいと思ってつい黙りこくる。

 例えば、お前、職人になったらいいのに、とかなるんだよな、とか似合っているとか。

 そんな風に言われたら、御堀が泣くほどの思いで諦めた夢を、多分、きっとまだ諦めきれていない感情に、さざ波が立ったら。

 だけどそれは杞憂だった。

「自分ちの仕事、もう出来るようになってるとかって、カッコいいな」

 山田の言葉に、御堀は一瞬驚いて、でも小さく笑って言った。

「とても職人さんみたいにはできないけどね」

「でも、作れるまでやっぱ努力したんだろ。すげえよ。お前ってなんでも出来るようにやってるよな。サッカーも勉強も。おまけに桜柳祭ではロミオだろ?」

 ―――――そうだった、と幾久はほっとした。

 山田は御堀と同じ桜柳寮で、きっと御堀をずっと見ていて、御堀が逃げ出したのも知っている。

 だからきっと、いろいろ心配してくれていたのだ。

「俺ももっと頑張らなきゃだなあ」

 そう言って、山田は「そうだ!」と御堀に向き合った。

「誉、お前今度さ、時間作って俺に簡単な和菓子教えてくれよ。初心者でも無理なくできそうな奴!」

「え?御空が作るの?」

 驚く御堀に山田は頷いた。

「おう。今回はなりゆきでホーム部手伝ったけど、料理けっこうおもしろいし、俺でもなんかできるって判ったら自信ついてさ。和菓子とか作れたら、寮でもみんなに食わせてやれるし」

 普が頷いた。

「それいい!僕も出来ることは手伝うよ」

 瀧川も頷いた。

「料理できたらかっこいいね。映えそうだし」

「ホーム部、割と自由で先輩の許可があったら材料も揃えてくれるんだ。誉が教えてくれるなら、他の連中も教えて貰いたがるかも」

 山田が言うと、瀧川が言った。

「そうだね、なんたってここいらでも御堀庵は有名だし、誉君が教えてくれたとなったら、それだけでもバズりそうだよ」

「ロミオまんじゅうとか?あはは」

 幾久がそう言って笑うと、御堀が言った。

「じゃあ、ジュリエットせんべいもいるね」

「名物になりそう。売ったら?二人とも」

 普が言うと、御堀は「ちょっと考えてみる」と返した。

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