静かな告白
志道がへえ、と御堀に尋ねた。
「御門って食事時間、ばらけてんのか」
「朝は一緒だけど、夕食は必ず揃って、とかはないよ」
御堀が言うと、幾久も頷いた。
「桜柳祭の時なんか、絶対っていうほどバラバラだったもん。最近はそこまででもないから、大抵は一緒だけど」
「人数少ねえもんな。そういう融通はきくよな」
大抵の寮は人数がそこそこ居るので、食事時間は決まっている。
報国寮なんかはとんでもない人数が入っているので、毎日戦争みたいなもの、と伊藤も言っていた。
志道と御堀が互いの寮について話始めたので、幾久は服部に尋ねた。
「昴の事、タマが褒めてたよ」
え、と服部が顔を上げる。
「ほら、恭王寮ってタマのトラブルで退寮者が三人出て、その代わりに昴と二年の入江先輩が呼ばれたじゃん」
うん、と服部が頷く。
「人数あわせで大人しい奴選んだのかなって思ってたら、昴って気遣いがすげえから、自分にはないものだって。雪ちゃん先輩は、そういうのちゃんと見て、昴を選んだんだろうなって」
服部は、目を見開いて幾久を見つめていた。
幾久は、にこっと笑って服部に頷いた。
「オレもそう思う。昴って絶対に声かけたりしてくれるよね。そういう所、オレにはないからスゲーって思う」
素直に服部を褒めたが、服部は寂しそうな表情でうつむいて言った。
「……俺にもなかったよ」
服部の言葉に、幾久は驚いて顔を上げた。
「俺、そういうの全然なくて、全然駄目で。それで、スゲー失敗したの」
本当に心から後悔している、といった苦し気な顔で言われてしまい、幾久は言葉を飲み込んでしまう。
「ちょっと気遣いしたら、なんでもない事だったのに。俺がサボったせいで馬鹿みたいな事しちゃって。それ、すごい後悔して。だから、もう二度としないって決めてる」
幾久は胸が締め付けられるように苦しくなった。
(そっか、みんな、いろんな失敗してるんだ)
自分が高杉に、そうと意識せずに酷い事を言って傷つけた事も。
児玉が、そんなつもりはなくても同じ寮の面々にそっけなかった事も。
御堀が、一生懸命目指していても、それが結果、安売りになって自分を苦しめた事も。
きっと見えないだけで、みんな苦しんで、一生懸命頑張って、後悔を繰り返しているんだ。
服部を救いたい、というのは大げさでも、なにか少しでも軽くしたい。
こういう時、どうすればいいのだろう。
でもいきなり自分の失敗を話すのも重いし、かといって児玉や御堀の事を話す訳にもいかないし。
(案外、話って難しいな)
雪充や、二年の先輩達や、認めたくはないけれど山縣のように、上手に一言で、なにか伝えることが出来たらいいのに。
でも当然そんな事が出来るはずもないし、感情の押し付けも困るだけだろう。
結局、今の自分が思う事を伝える事しかできない、と納得すると幾久は言葉を思ったまま使えた。
「でも、昴のおかげでオレはスゲー助けられたよ。ありがとう」
幾久が言うと、昴は一瞬、泣きそうな顔になった気がした。
けれどすぐ、いつものぼやっとした顔に戻って、「へへ」と笑ったのだった。
寮に帰ったら、予餞会について高杉に聞いてみてくれ、と山田に頼まれたので、幾久と御堀は早速、夕食の時間に高杉に尋ねた。
「予餞会?そりゃ、お前らがやる気なら、出来る限りは協力しちゃるが」
面倒くさがりの高杉の言葉とは思えずに、幾久と御堀は互いに目を見合わせて驚いた。
「なにびっくりしちょるんか」
「や、だってハル先輩だったら『面倒くせえ』の一言で終わりそうな気がするし」
幾久が言うと高杉はため息をついて言った。
「面倒くせえ」
「ほらー」
「……が、もし一年がやりたいと言ったら、二年は協力せんにゃいけん事になっちょる伝統での」
「へ?」
幾久が目を丸くすると、久坂が苦笑して言った。
「つまり、一年が何も言わなければ定番通り、適当に挨拶しておしまい。けど、もし一年生が、なにかやりたい、と言った場合は協力する事、ってなっててね」
「じゃあ、オレらがなんにも言わなかったら、挨拶だけだったって事っスか?」
驚く幾久に高杉は頷いた。
「そういう事じゃ。まあ、それなりに二年は二年で考えてはおったがの。大したことはせん」
「でも、去年は先輩達が演劇をやって物凄く盛り上がったと、御空が言ってましたけど」
御堀が言うと、高杉が苦笑した。
「桜柳の先輩から聞いたんか」
「多分、そうだと思います」
ふーとため息をついて、高杉と久坂が顔を見合わせた。
「―――――ワシ等も去年、桜柳祭の舞台では、前の三年に世話になっての。予餞会でなにかさせてくれ、ちゅうて、桜柳祭の時にやった演劇を、かなり省略してじゃが、再演させて貰おた」
久坂も頷き、言った。
「ひとつの部活に与えられる時間は十五分からニ十分程度だからね。評判の良かったシーンだけ引っこ抜いて。物凄く喜ばれたから、やって良かったとは思ったけど」
「……ふぅん」
この面倒くさがりの二人が、自分からやりたいと言って送ったなんて、前の三年生はどんな人たちだったのだろう。
疑問に思ったが、今はそれより自分たちの事だ。
「じゃあ、持ち時間十五分強で、なんかできるって事っスね」
「おう。必要なら申請を出しちゃろう」
「お願いします」
御堀が早速頭を下げたので、高杉は面白そうに御堀に尋ねた。
「なんじゃ、あれだけ嫌がっちょった奴が」
「嫌ですけど、でも三年になにかしたいし、僕一人でやることでもないので」
高杉と同じく、面倒な事は極力避けたい御堀でも、やっぱり三年生になにかしたい気持ちはあるのだと思うと、幾久は嬉しくなった。
「御空が言い出しっぺだけど、多分昴も参加してくれるし、普もやりたがるだろうし」
「そうなると、一年地球部は殆ど揃うんじゃない?」
久坂が言うと、御堀も頷く。
「多分、そうなると思います。試験があるのでどれだけできるかはわかりませんけど」
「じゃったら、レンジ……来島に声をかけちゃろう。あいつが誘や、二年連中も参加したがるじゃろう」
来島はジュリエットの父役をやった、幾久をよく面倒見てくれた二年の先輩だ。
「来島先輩、人当たりいっすもんね」
地球部の部室でのんびりとしている事が多くて、いつも周りに人が集まっている。
高杉の言う通り、来島が言えば二年生も集まってくれるだろう。
「ハル先輩と、瑞祥先輩は協力してくれないんスか?」
「なにをするか決めてから言え。でねーと面倒じゃろうが」
あーやっぱり本当は面倒なんだな、と思ったが、常に首席を争う二人だからそれは仕方がないな、と幾久も納得した。
「じゃあ、なにするか決めます。御空とかにこれ、言っていいっスよね?」
「むしろ、早く教えちゃれ。そしたら明日、どうせ学校に行くんじゃろう?ついでに打ち合わせをしたらエエ」
高杉の言葉に、たしかにそうだな、と幾久は思って頷いた。
「じゃあ、オレ、御空と話してくる」
喋る方が早いとふんで、幾久はスマホを持って、皆の邪魔にならないよう、ダイニングを出てまだ誰もいないだろう応接間に向かう。
「僕も、来島先輩に相談してみます」
「そうじゃの、先輩との窓口はお前がえかろう」
交渉事は御堀の方が得意なので、高杉も頷くと早速御堀もスマホを持って来島へ連絡を始めた。
すぐ行動を始めた二人に、児玉は感心して先輩たちに言った。
「すげーな、二人とも行動早い」
「ま、遅くしても意味はねえし、早めに準備せんと、出来ることも出来んようになるからの」
高杉が言うと久坂も頷いた。
「なにをするのか知らないけど、ちょっと面白そうだし」
「なんじゃ、珍しいのお前が面倒がらんとは」
「だってさ、見たくない?雪ちゃんが驚く顔」
久坂が言うと、高杉は少し考えて、ニヤッと笑った。
「見たい」
「だろ?だったら僕らがなにか考えるより、一年連中に投げたほうが絶対にいいよ。あいつら絶対、ロクな事考えないもん」
「ひでえの」
久坂の言葉に高杉は笑うが、児玉は一体、幾久達はなにをする気で、久坂たちはなにを期待しているのだろうか、とちょっと不安になったのだった。
「……っていうわけなんだけどさ」
幾久がスマホでカメラ越しに山田と話していると、傍で聞いていた三吉普が顔をのぞかせた。
『はいはいはーい!僕も参加希望!』
『わたくしめも参加します!』
『参加しないほうがめんどくさそう』
瀧川、品川も乗り込んできて、幾久は良かった、と笑った。
「じゃあ、誉が来島先輩と話してるから、そのへんも明日、話をしたいんだけど」
山田が言った。
『じゃあ、学校がいいんじゃないか?寮だったらネタバレこえーし、三年それどころじゃないとは思うけどさ』
実際、いま桜柳寮の面々は談話室に集まっているのだが、三年は図書室に籠って勉強しているのだという。
学校ならこの土日は試験もなく、地球部の部室も使えるのでそのほうが良いだろうという事になった。
山田と話していると、御堀が部屋に入って来た。
「幾、話は?」
「いま御空たちと話してた。学校で打ち合わせしようってなった」
「こっちも話ついたよ」
ひょいっと御堀が幾久のスマホを覗き込む。
『あ、みほりんだ』
「こんばんは普。明日だけど、僕らは午前中、ホーム部に参加しなくちゃいけないから、その後でいい?」
『いいよ、じゃあ明日、待ち合わせしようか』
どうせ桜柳寮は学校から近いし、ホーム部の部活が終わる時間に合わせて、地球部の部室で落ち合おうという事になった。




