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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【23】戦場のハッピーバレンタインデー【拍手喝采】
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男子校でチョコ作るから男子に渡しても問題はない

「え?本当にいっくんだ」

 そう言って顔をのぞかせたのは、同じく三年の演劇部副部長、時山の彼女の豊永(とよなが)杷子(わこ)と衣装を作ってくれた松浦だった。

「先輩達。お疲れ様です」

 幾久が頭を下げると、皆、頭を下げて久しぶり、と挨拶しあった。

「どうしたのいっくん。買い物?」

 杷子が尋ねるので幾久は頷いた。

「そうっす。もうすぐバレンタインなんで、カードを買いに」

 幾久の言葉に、全員の頭の上に「?」が出ていたので、御堀が説明した。

「幾、雪ちゃん先輩にバレンタインのチョコを上げたいから、それにつけるカードを買いに来たんです」

 三人が、「なーるほど」と納得した後、やっぱり「?」となっているので幾久が言った。

「だって、雪ちゃん先輩もうすぐ卒業じゃないっすか。でもオレ、お世話になるばっかでなんもできないから、せめてバレンタインはしたくって」

 やっと何が起こっているのか理解した大庭が、「なるほど」頷くと途端、ぷるぷる震えだした。

「……いっくん、相変わらず可愛いね」

「えっ、そうっすか?」

 そうかなあ、と小首をかしげるが、その仕草すら大庭にとっては破壊力がありすぎるのを、幾久は全く気付かない。

「それよりさ、いっくんはみほりんと一緒にバレンタイン、お菓子配るんでしょ?」

 杷子が言うと、幾久は頷いた。

「そっす」

 御堀のファンクラブである誉会だが、実際に奥様が入っている誉会とは別に、報国院に入っている間限定の、安価な誉会がある。

 その会では幾久とのツーショットは勿論、今回のバレンタインではチョコレートを受付するのではなく、幾久と御堀が作ったお菓子を、逆に女子に配る事になったのだ。

 貰うのは問題でも、配るのは問題ない、儲かるなら尚更よし、という学院長の判断で、幾久と御堀はバレンタインのお菓子を販売することになっていた。

「私ら、もうとっくに申し込んでるよ!」

「えっ、本当ですか?杷子先輩!ありがとうございます!」

「そりゃね、私らとしてはなんか協力しないとさ!みほりんが主催してるわりに、けっこうお値段もお手頃だったし」

 御堀が頷く。

「ええ。お子さんの参加もあった上、学校から補助も出たので、今回はかなりサービスできたので」

「そんなのあったの?」

 幾久が驚くと、御堀が頷いた。

「うん。ホーム部と合同にしたから、材料とか大量にまとめて発注できるだろ?それで学校がかなりこちらに融通してくれたんだ」

「それでお菓子を作る事にしたのか」

「そう。最初はうちの和菓子屋の方で特別に、とか考えていたけど、父が正直それどことじゃないらしくて」

 御堀が正月に見合いをしてしまったせいで、本来なら退学レベルの処分が下される上、幾久までも犯罪行為に巻き込まれた被害者となってしまった事で、御堀の父はいたくダメージを食らったらしい。

 報国院の資料を集め、内情を調べ、寄付や協力をどうするかと頭を悩ませているらしく、それどころじゃないらしい。

「だったら学校でやるって決めたらさ、学院長も先輩もみんな協力してくれたし、これなら僕らもホーム部に手伝いに入れるし、報国院には良い事だらけだろ?」

「確かに」

 成程、なんでも自分でやっちゃうのは確かにお得だよな、と幾久も頷く。

「それより先輩達、三年生なのに大丈夫なんですか?」

 幾久が尋ねると、三人とも笑って頷き、杷子が言った。

「わたしは安全圏だし、推薦だからほぼ大丈夫。まっつんは服飾の専門学校だからこっちも問題なし。茄々は一般入試残ってるけど、こう見えて頭いいから」

「こう見えてってなに」

 大庭が言うも、杷子は「まあまあ」と宥めた。

 大庭が言った。

「実際、来週試験あるけどね、もうすぐ私らも卒業でしょ?だからちょっと息抜き。でも来て良かった。いっくんと会えるとか思ってなかったから」

 大庭が言うので幾久は照れて笑う。

「そういって貰えたら嬉しいっス」

「雪にカードなら、ピーターラビットがいいよ。あいつ好きでしょ」

 大庭が言うので幾久は驚いた。

「茄々先輩、雪ちゃん先輩と親しいんスか?」

「幼馴染よ。昔から知ってる。そうそう、この前センター試験あったじゃない?私も同じ会場だったけど、雪のネックウォーマーとうさぎのキーホルダー、あれいっくんがあげたんでしょ?」

 幾久が頷き、驚いた。

「なんで知ってるんスか?」

「雪がもうデレデレで自慢してたから。いいでしょって見せびらかされたわよ。試験なのに」

「えー、マジっすか?なんか嬉しい」

 にこにこと微笑む幾久に、大庭は思わず立ち眩みを起こしそうになった。可愛すぎて。

 幾久は言った。

「ネックウォーマーもすげー悩んだけど、雪ちゃん先輩が喜んでくれてるなら買って良かった」

「……いっくんがいいならいいけど」

 そう、大庭は知っている。

 雪充がわざわざうさぎのキーホルダーに小さい眼鏡をつけたことも、試験中でありながら、あちこちで雪充を狙う女子達へ、牽制の意味でも、わざと大庭に言ったということも。

(こっちも判って煽ったけどさ)

 試験中だというのに、雪充の制服も本人も目立ち過ぎた。

 元々地元だから雪充を狙っている連中も多いし、ここぞとばかりに雪充に声をかけようとした連中も居た。

(試験中っていうのに、なに考えてるんだか)

 大庭が呆れつつ、声をかけようとする連中が居る度に援護射撃に入ったが、大庭の想像以上に雪充はのってきた。

『雪、可愛いのつけてるじゃない。プレゼント?』

 高校生男子が、やたら可愛いうさぎのキーホルダー、しかも雪充の外見からして、自分から喜んでつけるようには見えないタイプの男子が目立つようにカバンにつけているあたり、見ていた女子もなんとなく、と察していたものの、それをきっかけに声をかけよう、なんて思っているのは判っている。

 雪充だって当然そういった手合いは慣れているし、試験中に面倒は避けたい。

 だから適当に濁すかと思いきや、雪充は満面の笑みで大庭に言った。

『そうだよ。僕の可愛い子から。お守りなんだ』

 ほら、そっくりだろ?と眼鏡まで作って貰ったと見せびらかしてきた時、ひょっとしてこいつは素なのでは?と大庭も思った程だ。

 雪充の『僕の可愛い子』宣言で、近くにうろついていた女子の大半はがっかりした顔をしていたが、雪充はさらに追い打ちをかけ、ネックウォーマーを見せながら言った。

『こっちもクリスマスプレゼントでくれたんだよ。趣味良いよね。こうなったら絶対に合格しないと申し訳なくってさ。受験だから仕方ないけど、会えないの我慢してくれてるんだし』

 そう、雪充に会えた瞬間にすり寄ってくるお前らとは違う。

 そこまでを察した女子は、あらかたささっと姿を消した。

 大庭は雪充の策略を知りつつ、『へえ、相変わらず仲いいね』と苦笑いをしていたのだが。

 雪充はニヤッと笑って言った。

『受かったら、あの子と一緒に旅行に行くつもりなんだ。内緒で計画してる。それモチベに頑張ってるよ』

 雪充のその言葉で、残っていた全ての女子が散った。


 初日にそれをかましたおかげで、二日目は雪充はたいそう静かに試験を受けることができたそうで、聞かなくても判るが結果は上々だろう。

 大庭は長いつきあいなので、雪充の一筋縄じゃない性格もよく知っているが、幾久は雪充の良いところというか、王子様みたいなところしかきっと見てないのだろうなとも思う。

(ま、本人が喜んでやってるなら突っ込みようもないけど)

 楽しそうにカードを選ぶ幾久の姿はとても可愛らしくて、つい頭を撫でてしまう。

「何すか?」

 きょとんとして振り返る幾久は、警戒心もなにもない。

 まだ幾久より背が高い大庭は「いや、可愛いから」と返すと、幾久は照れて「へへっ」と笑う。

 ホント可愛いな、と頭を撫でていると、大庭が気づく。

「あれ?いっくん、背が伸びてない?」

 以前より、手を置くポジションが高い気がする。

 すると幾久はぱあっと表情を輝かせて言った。

「わかります?伸びたんす!」

 小さいのを気にしていたのだろう幾久は、にこにこと大庭に言って、嬉しさを全身で表しているようだ。

「判るよ。なんかちょっと肩もがっしり」

 さりげなく幾久の肩に手を置くと、以前より体がしっかりしている。

「あ、実は筋トレつきあってるんス!同じ寮のヤツの」

 成程、成長期な上に筋トレもしていたら、そりゃ成長も早いはずだ。

「いっくん、あっという間におおきくなっちゃうね」

 ちょっと寂し気に大庭が言うと、幾久はふんす!とふんぞり返って言った。

「そっすよ!すぐ茄々先輩抜いちゃいますからね!そしたら今度はオレがお姫様抱っこします!」

 桜柳祭でロミジュリの撮影会で茄々は幾久とのツーショットを選んだが、その際幾久は茄々にお姫様抱っこをされた状態で写真を撮った。

 外見はただのイケメンにしか見えない茄々とのツーショットはどう見ても幾久がイケメンにお姫様抱っこされている図でしかなかった。

 どうだ、と威張る幾久に、茄々はじーんとして、「いっくん、大きくおなりね」と頭を撫でたが、やっぱりまだ茄々よりは小さいので、幾久は「すぐになります!」とむくれた。

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