魅惑のインスタライブ、in 御門寮(2)
ぎゃああああああああ、という叫び声が出そうになり雅は思わず口を押えた。
いや落ち着いて。
そんなベーコンレタスな美味しい展開を期待しているわけではないの!いやあったらおいしくいただいちゃうけど!
(寮なんだから、そりゃどこかで寝っ転がるくらいするわよ!動揺しないの!)
どうせオチはソファーで一緒に寝てるとか、そういうのでしょ。
知ってる、判ってるのよ公式の煽りは。
御門寮は純和風のつくりで、個人の部屋というものがなくて、ジュリエット君と児玉君は、自分の部屋を持っていない情報はすでに取得済だ。
ロミオ君こと、御堀誉様はその横暴さと財力にものを言わせて、御門寮に入るとき、改築までしてしかもおっしゃれでモダンなお部屋にお住いと言うのも誉会に入れば判る情報だ。
ロミオ君の部屋にはお洒落なソファがあって、多分そこでくつろいでるのね、うまくいけば膝枕とかでも見れたらいいなアハハ、そうやって自分の心をガードしつつインスタライブを見つめる雅だったが。
『なに?あいつらまた一緒に寝てんの?』
はいはい、公式乙、煽りには負けない、と雅は流れるメッセージに勝手に妄想する。
『そりゃ誉のベッドはセミダブルででけーし、お高いベッドだから寝心地いいだろ。俺も時々お邪魔するけど、すげー寝心地いいもん』
セミダブル……いまセミダブル、っつった?
いやでもたしかロミオ君はサッカーやってて割とガタイがしっかりしてるとかなんとか情報はあった気が。
するとメッセージが流れた。
『なんでセミダブルなんだよwwwえっろwwww』
そうですよね、それは正しい煽りですよね、うん、私もそれ聞きたかった。グッジョブご友人。
すると児玉は、ナチュラルにするっと発言した。
『幾久と一緒に寝るからじゃね?そう言ってたぞ誉のヤツ』
おい。
おい公式、いまなんつった。
笑いながら児玉は更に爆弾を落とした。
『わりと本気でダブルにするか迷ってたみたいだしな』
『なんなんそれwwwwやばいwwww』
爆笑する級友たちに、ホントだよなー、と児玉も笑っているが、ホントだよなじゃねえよ、どういうことだ、と雅の心臓は変なリズムを刻みだした。
(菫おねーちゃん……なんてところをおしえてくれたの……感謝……)
あああああ、男子高校生尊い、ロミジュリ尊い、ほんともう駄目だ、今の自分に出来るのはひたすらハートを押し続けることしかない。
雅と同じ事を考えている人は他にもいるようで、画面の端からハートマークが飛び交っている。
今更かまうものか、このパッションを表現せずにいられるか!とばかりに雅はハートを送り続ける。
『じゃあ突撃してくるわ。おーい誉、開けるぞ』
軽くノックすると、どうぞ、と声がして児玉は御堀の部屋の戸を開けた。
(―――――っ!!!!!!)
雅が思わず口を押さえたのも無理はない。
和風でモダンなお洒落な部屋に、ベッドがどーんとあって、そのベッドの中にこんもりしたものがある。
ベッドボードに背を預け、休んでいたのはロミオこと御堀だった。
本を読んでいるところだったらしく、膝を立てて本を置き、背にはいくつもクッションが置いてある。
うわ、なんだこのオーラ、まばゆい……部屋奇麗……お洒落雑誌かよこのヤローバカヤロー、そう突っ込みつつも瞬きひとつせずに雅は画面にがぶりよりだ。
ベッドにふたり夫婦よろしく枕を並べて御堀は本を読んでいて、幾久はすやすやとお昼寝中だ。
児玉が小さく笑って御堀にかがみこんで尋ねた。
『なんだ、やっぱ寝てんのか幾久』
『インスタライブ?』
『おう。どうせ殆ど知ってる連中しかいねーし、ヒマだし』
御堀はくすっと笑って児玉に言った。
『映す?寝顔可愛いよ』
キャ―――――ッ!!!!!
と、心の中と脳内で感情を爆発させながら、視線を決して逸らすことなく雅はライブを見続ける。
御堀は幾久がかぶっていた布団、おそらく羽毛布団であろう、ふわっふわの布団を外すと、そこからすやすやと気持ちよさそうに眠っている幾久が現れ、雅はもうたまらんとばかりにのけぞった。
『スクショタイム。どうせジュリエットファンの人いるだろ?』
さすが、ロミオはよく知っている。
勿論雅も心からロミオの気遣いに感謝しながら当然怒涛の勢いでスクショしまくった。
『俺のインスタにわざわざ見に来る奴いんの?』
『ファンを舐めないほうがいいよ。多分、幾のファンの方が濃いだろうし』
御堀の言葉に、雅はまるで心が見透かされたような気になった。
だが今はそれどころではない。
ほんの一瞬の美しさをこのスマホにぶちこまなければ!
『本当だ、知らない奴から流れてくる』
メッセージを覗き見た児玉が言うが、御堀はくすっと笑って言った。
『案外、タマのモテ期とか?』
『え?マジで?』
一瞬児玉は喜ぶも。
『ジュリエットくんかわわ』
『ジュリエット君かわいすぎかよ!』
『ロミオ様、なにしたの?!』
というたまらなくなったジュリエットファンからのコールに児玉はがっかりする。
『やっぱお前と幾久のファンじゃん』
『まあまあ。そうじゃない可能性も大事にしようよ』
そう余裕で笑う御堀に、インスタのメッセージからぎゃーっという文字が上がる。
わかる……ワイももしジュリエット君に萌えてなかったら、きっとこの王子推してた。ヤバイこの王子。
コメントが好意的に受け止められたと解釈した面々は、次々とロミジュリに質問を送り始めた。
『ロミオとジュリエットの二人はどういう関係ですか?(期待)』
児玉が御堀に伝えると、御堀は笑顔で言った。
『そんなの、一緒にお風呂に入るしご覧の通り、一緒にベッドで寝る関係だよ?』
ぎゃあああああと画面の向こうの叫びが雅には聞こえるようだった。
ハートが怒涛の勢いで飛んでいく。
『ベッドってなんかエロい』
誰かが打ったメッセージに御堀が反応した。
『そんなにエロくないでしょ?寝てるだけだよ』
そう言って御堀は隣で眠る幾久の体に手を這わせると、くすぐったいのか幾久が『うん……』と言って寝返りを打った。
(ヤバ―――――イ!!!!!!)
画面の向こうの同志の叫びが雅には聞こえる気がした。
いや、絶対に叫んでいるはずだ。
どこの誰かは知らないが、ここで心の中で握手したい!
そう思いつつも手はしっかりスマホを握る。
御堀は幾久の頬をくすぐりながら、ささやいた。
物凄いサービスタイムだ。やべえ。
『いく。いーく、起きないとずっと寝顔、観察されるよ?』
『うーん、まだねむたい……』
ころんと御堀の方へ転がって目をこする。
(かんわいいいいいいいいいい!!!!!)
ヤバイマジヤバイもうやめてわたしのライフがゼロどころかゲージ突き破ってしまう本当にやめてでもいいぞもっとやれ。
どっちだ。
情熱と冷静のはざまで揺れ動く自分のマインドをなんとか落ち着かせながら、雅は画面から目をそらさない。
『起きないと、皆が期待することしちゃうよ?』
うわあ是非!是非よろしくお願いします!
思わず声に出てしまったかもしれない、と口で手を押さえるも、出たのは「フヒッ」という引き笑いだけだ。
御堀は幾久の脇に手をやり、突然くすぐりだした。
『うわっ!くすぐってぇ!』
さすがに目が覚めてしまったのが、幾久が起き上った。
眼鏡を戻しながら、御堀に文句を言った。
『なんだよもう!せっかく気持ちよく寝てたのに!』
すると御堀は指で児玉を示した。
『タマがインスタライブやってる』
自分が映されていることにようやく気付いた幾久は、驚いて目を瞬かせた。
『もー、なにやってんだよやめろってば、恥ずいじゃん』
児玉のスマホを奪おうと腰を浮かすと、寝ぼけていたので距離を見誤り、手は空をかいてぺしょんとベッドに沈み込む。
『幾久、ちょっと尻見えてるけど』
うわあ―――――っ!!!!!
パンツだ!
パンツがチラ見えしてる!
スエットのゆるんだズボンの腰からパンツ!
ジュリエットのパンツが!!!!!
気を使った児玉がひょいっと画面を持ち上げた。
ちくしょう見えねえ!
すると、持ち上げられたせいで頭しか見えない状態で、やや不機嫌そうなロミオ君の声が聞こえた。
『ちょっと幾、それひょっとして僕のパンツじゃない?』
なんだと。
いま絶対、インスタの向こう側の仲間と心が通じ合った自信がある。
『そういやさっきシャワー浴びた時、着替えがなかったから借りた』
呆れた児玉の声がした。
『自分でズボン覗き込むなよ……』
『なんで。見ないとわかんないし』
雅はその妄想だけで発狂しそうだ。
画面はわずかに幾久や御堀の髪を映すだけでネットリテラシーのある児玉君はさすが判っていらっしゃる!もうちょっと見せて!でも見せちゃダメ!と、心の中でせめぎあう。
御堀が幾久に言った。
『なんで勝手に僕のはくんだよ!脱げ!脱がすぞ!』
『やだー誉のエッチー!自分のパンツ見られて恥ずかしくないの?』
『いや、幾久お前のほうが恥ずかしいだろ』
呆れる児玉だが、幾久は言った。
『でも誉のパンツだよ?見られて恥ずかしいの誉じゃない?』
どういう価値観でそうなるんだ。
まあどっちにしろ見えないんだが、と思っていると、ばさっと倒れこむ音が響いてロミオの声がした。
『今、ここで脱がす』
『お婿に行けなくなっちゃうじゃん!』
やめろぉおおお!と言いつつ爆笑している幾久は、多分くすぐられているのだろう。
声しか聞こえない!
見たい―――――っ!
という叫びのコメントが次々に入ってくるが、さすがに児玉はくるっと二人が見えないように自分の顔を映して言った。
『えーと、なんかヤバくなったから、見せらんねえ。終わるわ』
おい、それはねえだろ、もっと見せろ課金するわ!!!!!
そう雅の心の叫びも空しく、画面はあっという間に終了となった。
雅はあまりの情報に、しばらく像然としていたが、椅子に背を預け、空を仰ぐと呟いた。
「……神よ」
男子高校生のパンツで呼ばれる神もたまったもんじゃないだろうが、ここは一言感謝を述べたいと思う。
「感謝します……」
なお、辛抱たまらなくなって従姉の菫に連絡すると、即効でロミオのパンツメーカーを当てていた。
流石下着メーカーにお勤めだけある。
心のメモにしっかりブランドを焼き付けて、雅は受験勉強に戻ったのだった。
「あーあ、またインスタライブやってくんねえかなあ」
わずかな瞬間も逃さず、幾久の背中からパンツがチラ見えしている画面をしっかりスクショしていたのを確認すると、「よし!」とスマホをテーブルに置き、雅は真剣に問題集へと向き合ったのだった。
(これで、受験まで戦える!)
あとは自分へのご褒美、二次試験前にバレンタインのお菓子を取りにいくイベントでブーストかけて頑張るぞ!
雅は奮起し、そして実際、一気に勉強は捗った。
次のインスタライブはバレンタイン後、誉会で行われることになったのだが、それはまた別の話である。
魅惑のインスタライブ、in 御門寮・終わり




