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魅惑のインスタライブ、in 御門寮(1)

『推しのいる生活』の続きです。

桂雪充の従妹が出てきます。

 二月の肌寒い夕方の事だった。

 御門寮ではバレンタインを来週に控え、幾久と御堀は日々忙しそうだったが、児玉は割と暇を持て余していた。

 というのも、この寒い時期に無理にトレーニングをするとかえって体を壊すとマスターに言われ、あくまで維持するだけの運動しかできず、軽音部の部活動も三年の受験が落ち着くまで、音は控えめにという事で特に活動もない。

 後期の試験までは日にちがあるし、あまりガツガツするのも、鳳から落ちた時の事を思い出してしまう。

 というわけで、めずらしく暇な児玉はスマホでいつも通り、大好きなグラスエッジのライヴ映像を見ていたが、ふと思い立った。


「暇だし、インスタライブでもするか」


 児玉と繋がっているのは学校の友人と、あとは友人の友人とか程度なのでフォロワーはそう多くない。

 誰かいるかな、と思って児玉はインスタを立ち上げた。


「どーも。誰か見てる?」


 すると、スマホが大好きな瀧川がすぐ反応した。

『見てないときがない』

「そりゃ瀧川はそうだよな」

 常にスマホで情報収集とSNSでの発信を怠らない瀧川はやっぱり反応が早い。

 同じ桜柳寮の面々に知らせたらしく、次々に児玉のインスタにつながってきた。

『おっつータマちん』

『そこ寮?』

「そう。暇だからさ、なんかしようかなって思って。なんかリクエストある?ないならグラスエッジの曲流すけど」

『や、それはいい』

『喜ぶの恭王寮のヤツだけだろ』

「そうかなー、みんな実は好きだろ?正直に言え」

『いらね』

『べつにいいです』

『いっくんに聞かせれば?』

「ちゃんと毎日聞かせてるって。最近はあいつも慣れてきたし」

『ひでえwwwww』

『大音量とか?先輩に怒られるぞ』

「ちゃんと音量は気を使ってるし、そもそもスピーカーは山縣先輩が好きに操作できるんだよ」

 御門寮にはあちこちにスピーカーが置いてあって、スマホと連動して聴けるようになっていて便利なのだが、支配権は全部山縣にある。

 よって、山縣の機嫌に左右され、突然切られてしまうこともある。

 だが、自分のものでもないし、滅多にそういう事もないし、山縣が突然スピーカーの電源をオフにするのは(理不尽とはいえ)理由がちゃんとあるときだったので児玉も渋々だが山縣ルールに従っている。

『それよりさ、御門寮の中見せて!俺、見たことない!』

 そう言ったのは入江三兄弟の三男坊、入江万寿だ。

 朶寮に所属していて、そのせいで次々に朶に所属する連中も繋げてきた。

「今度来たらいいじゃん。ハル先輩に言えば入れてくれるって」

 児玉が言うと、普が尋ねた。

『そこにみほりんといっくんはいるの?』

 御門寮の中を映しながら廊下をぺたぺたと歩きながら、児玉は答えた。


「あいつら?この時間だと、どうせ誉の部屋で一緒に寝てるよ」



 さて、突然だがここにひとつのアカウントがある。

 アカウント名は『きみどり』。

 その名の通り、黄緑色のカエルのキャラクターが丸い眼鏡をかけていて、基本、鍵をかけている俗に言うなら閲覧用アカウントだ。

 当然、身内にしか開いておらず、勿論万一にでも流出したら困る映像なんか上げていない。

 アカウントの管理者は、木戸きどみやび

 中学三年生の女子で、今度の春、ウィステリア女学院に進学予定。

 ウィステリアの一次入試は一月にとっくに終わっていたが、雅は一次を蹴って、二次試験を受けるために猛烈に勉強中だった。

 というのも、オタク趣味な雅には、勉強よりも萌えが大事で、学校なんか行ければいい、ウィステリアなら馬鹿でも入れるし、そう思って勉強なんか全くしていなかった。

 ウィステリアは報国院とシステムが似ていて、入試は受ければ誰でも受かるが、成績によってクラスが分けられている。

 どのクラスでも良いなら、勉強の必要はなかったのだ。

 しかし、雅は一月に入って突然その方向性を変えた。

 原因は報国院の男子ジュリエット、乃木幾久のせいだ。


 勉強しない雅に、母が頼んだのだろう、従姉のかつらすみれが勉強をするようにお説教をしに来たのだが、実際菫はお説教なんか面倒くせえとお菓子とDVDを持って雅の元へやってきた。

 かなり年上の従姉の菫は、雅が持っているプロジェクターで、よりにもよって自分の推しを見て誤魔化した。

 そこまでは別に良かった。


 しかし、雅は事もあろうに、菫の『推し』にすっかりスコーンとハマってしまったのである。

 菫は当然、そんなつもりは全くなく、単純に雅のプロジェクターが目当てだっただけだ。

 思わず菫の無意識の布教にまんまと染まってしまった雅は、口車に乗せられてウィステリアの上位クラスを目指すこととなった。


 なぜなら、憧れの推し、乃木幾久君は事もあろうに報国院の最上位クラス、鳳クラスだというではないか。

 ウィステリアのクラスは報国院と同じく、タイの色で一発でばれてしまう。

 つまり、お近づきになった瞬間、自らの頭の悪さをご披露する羽目になってしまうのだ。


 雅の趣味はカメラで、推しを美しく撮る事には命をかけると言ってもいいくらい、入れ込んでいる。

 よって、推しに下心ではなく、あくまで被写体としてお近づきになって写真を撮りまくりたいという欲がある。

 つまり、盗撮にしないためにはご挨拶して許可を取るしかなく、そうなると学校の許可も必要になるので制服で向かうしかなく、そうなると最下位クラスだと―――――バカがばれる。

 いや、それだけならまだ雅の心が痛むだけで終わる。


 最大の問題がある。

 私立にモノを言わせて金をたんまり抱えているウィステリアの部活動は、かなり充実している。

 雅が入部を希望しているのは、映像研究部。

 映画を撮るグループもあれば、写真部も兼ねているそうで、写真を撮ったり、映像、画像の制作も行う。

 良い機材を揃えているとあって、人気もあるそうなのだが、困った事に希望人数が多い場合、落とされる。

 しかも成績が悪いものから。


 話を聞いて、雅は青ざめた。

 今のままの成績では、雅は部活戦線であっという間に敗北するだろう。

 それに運よく部活に所属できたとしても、愛しい推しの前に出た時、胸に燦然と輝くのは最低クラスのウィステリアのタイ。

(とんでもねえよ―――――っ!)

 自分の頭の悪さは仕方がないとしても、推しのファンがそこまで馬鹿だと推しに対して示しがつかない。

 推しだって、いくらファンと言っても最低クラスのあからさまに馬鹿なファンに絡まれるのもたまったものじゃないだろう。

(※雅の妄想です)


 万が一、推しのジュリエット君に冷たい目で見られたら。

 あ、それはそれでアリ、と一瞬考えて、雅は慌てて首を横に振った。

「ちげーだろぉおお!駄目なんだよ!そうじゃねえって!」

 どんっと思わず机を叩いてしまった。


 とにかく、サボっていただけで本気で対策練れば、最低クラスから少なくともひとつくらいは上のクラスを狙えるだろう。

 突然頑張り始めた雅に両親は協力的で、ウィステリア入試の対策集を買ってきてくれたし、本人のほうがよっぽど忙しいはずなのに従兄の雪充まで、問題集を選んで買ってくれた。


 現役ウィステリアの幼馴染に聞いたので間違いはないそうで、最低それ5回は解くように、他の問題集を色気出してするんじゃないよどうせそれするのが精いっぱいでほかになんかする時間はないだろうけどアハハと煽られたガッデムアイムチョーノファッキン!意味は知らん。


 とにかく従兄に煽られ、ムカつきはしたが実際、報国院でもトップだというし、ウィステリアの幼馴染というなら問題集のチョイスに間違いはないだろうし、そもそもあの雪充は、雅の推しの乃木幾久くんの憧れの先輩だと言うではないか。

 口は悪いし性格は悪いしすぐ煽ってくる、あやつの一体どこがいいんだと思うけれども推しを否定するわけにはいかない。

 一番上のクラスに合格したらいっくんを紹介してあげるよまあ無理だろうけどと大変失礼なことを言いやがったので、いつかなんか仕返ししてやろうと思っている。くそが。


 さて、そうやって苛立ちを抱えつつも、勉強しないわけにはいかないのでちゃんと推しへの愛を表現する事は必死に控え、雅は毎日毎日、きちんと勉強に勤しんでいた。

 自分でやっといてなんだが順調だ。

 推しにいい条件で会うための課題と思えば、意味のない勉強よりよっぽどやる気になる。

 こんなんなら最初からちゃんとやっときゃ良かったよ、と思いつつ、今からでも遅くはないぞと毎日、スクショしたジュリエット君のお気に入りシーンを見つめては頑張っていた、ある日の事だ。


 いつものように部屋に籠って勉強していたスマホに、突然お知らせが入った。

(なんかの更新かな)

 ちらっと見ると『diver5tamaさんがライブを開始しました』と出た。

(diver5tama?誰だよ)

 見覚えのないアカウントに、消そうと思って雅はふと思い出した。

 慌ててスマホを取り、インスタを開く。


『そう。暇だからさ、なんかしようかなって思って。なんかリクエストある?ないならグラスエッジの曲流すけど』

 画面に映っていたのは、知らない高校生男子の顔。

 いや、画面越しには知っている。インスタでフォローしているから。

(こいつか)

 推しのジュリエット君の大親友だという、児玉という報国院の生徒だ。

 話を聞いていると、ヒマでインスタライブをはじめ、メッセージを送る友人たちと喋っている所だった。

 いま寮に居て、友人に寮の中を見せろ、と言われた所だ。

 報国院は全寮制と決まっていて、どんなに近所に住んでいても、生徒は寮に所属するのが決まりだ。

 そして人数が多いので、寮はこの報国町のあちこちに点在していて、御門寮はウィステリアの一番近くにある。

 そこにジュリエット君は住んでいるわけだが。


 場所は御門寮の中で、児玉君はインスタに友人しかいないと思い込んでいるらしく、普通にメッセージに答えていた。

 寮の中見せろ、とか言われていいよとぐるっと回って見せたり、怖そうな外見と声の割にはよく笑っている。

 ありがちな、男ウケがいいというタイプだな、はぁん、と雅は見ながら思った。

(あーあー、ジュリエット君は近くにいないのかなあ)

 推しの親友だというからひっそりフォローしているので、ジュリエット君が見れないのなら意味はない。

 勉強の邪魔にならないならつけとこ、と、机に置いたその時だった。

 メッセージが流れた。

『そこにみほりんといっくんはいるの?』

 推しだ―――――ッ!!!!!

 誰だ、よくぞ聞いてくれた!

 感謝……!圧倒的感謝っ……ッ!

 雅が思わずスマホを掴むと、児玉は廊下をぺたぺた歩きながら言った。


『あいつら?この時間だと、どうせ誉の部屋で一緒に寝てるよ』

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