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推しのいる生活(2)

(やばい……尊い……)


 これは新しい推しになるわ!と雅は菫に尋ねた。

「おねえちゃんこの子!この子誰?!ジュリエット!」

 くいついた雅に菫はふふっと笑って頷いた。

「ジュリエットの名前は乃木幾久。身長はリンゴ五個分、体重はリンゴ三個分」

「キティさんかよ。んなわけねー」

「勿論冗談よ。報国院の一年生。クラスは鳳」

「うっそ頭いいんじゃん」

 いくら興味がなくったって、報国院のクラス分けくらいは地元では常識だ。

 鳳クラスはずば抜けて頭が良く、地元の成功者でも鳳出身者は多かった。

「いいに決まってるでしょ。でないと地球部入れないし」

「ぐ……ぐろうぶ?」

「地球部、って書いてグローブ。地球はグルーバル、のグローブでしょ」

「すまんわからん」

「勉強しろ」

 菫はそう言いながらも説明してくれた。


 報国院の演劇部は地球部と書いてグローブ、と読む。

 元々はシェイクスピア研究部という名前で、もっぱらシェイクスピア演劇をやっていたそうだが、現在はただの演劇部。

 しかし、昔の歴史を踏襲してシェイクスピア劇と創作劇を一年おきにやっている。

 去年はシェイクスピアの年だったのでロミジュリ。

 地球部の名前の由来は、シェイクスピアが立ち上げた舞台が「地球座グローブざ」だったから。

 なお部長は、必ず入学時、首席だった人になるのが伝統。


 雅は目をキラキラさせながら言った。

「あたし報国院に入る」

「男子校だよバカ」

「馬鹿でもいいもん!入る!推しと同じ学校に入る!男装すれば可能って漫画で読んだ!」

「漫画を信じるな。女子なんだからウィステリアでいいじゃん」

 やだー!と雅は言った。

「推しと同じじゃない!」

「でも報国院と姉妹校だよ?仲良くなれるよ?」

 すると雅の動きがぴたっと止まった。

「……おねえ、マジ?」

 菫は頷く。

「マジよ。殆ど男子部が報国院、女子部がウィステリアみたいなもんよ。運動部でもたまに一緒に大会行ってるし、文化部、演劇部か、もしくは美術、映像、マスコミ関係の部活に入ればいくらでもいっくんと話す機会があるわよ」

 それはぶっちゃけ、菫の嘘だった。

 だが、せっかく雅が食いついるのを正直に話す必要もない。

 まあ、万が一嘘つき呼ばわりされたら、雪充に命令して幾久を呼びだしてもらえばいいと菫は思っていた。

「あんた映像関係得意でしょ。そっち系の部活なら、ウィステリアにも機材いいやつあるみたいよ」

「マジで」

 よーし良い感じだ、と菫はほくそ笑む。

 ここで一撃、与えればきっと雅はやる気になる。

 趣味に関しては滅茶苦茶に勉強するタイプだから、興味を持てば早いものだろう。

 菫は雅に言った。

「ただし、このジュリエット君、いっくんは馬鹿は嫌いよ?」

「えっ」

「なにが『えっ』よ。鳳クラスよ?頭いいのよ?」

 雅はうっと言葉を詰まらせたので菫はさらに畳みかけた。

「いくらウィステリアがねえ、レベル低いクラスなら入れるったってタイで一発で判っちゃうし?」

 そう、報国院と同じく、ウィステリアも成績順でタイのカラーが違う。

 一部、選ぶ科によって違う事もあるが大抵は一目で判る。

「姉妹校って言ったってえ、最低クラスじゃ絶対に警戒されるわよねえ。話したくても逃げられちゃうかもだしい」

 別に雅は、幾久と直接話したいわけでもないし仲良くなりたいわけでもない。

 ただ、趣味がカメラなので撮りたい。

 めちゃくちゃに撮りたい。

 でも当然、本人の許可がなければ盗撮になってしまうし、そういうわけにもいかない。

 という事は必ず本人に許可を取らなければならないけれど、馬鹿だったら間違いなく警戒される。

「やっべー、馬鹿だと思われる」


 今のままでは雅は間違いなく最低クラスだ。

 どうしよう。


 菫は言った。

「入学は間違いなくできるだろうけど、クラス上げといたほうがいいんじゃない?部活だって希望者が多かったら、成績悪い子から落とすんだし」

 ウィステリアには人気の部活があり、菫の言う通り希望者は成績順から優先される。

 雅はもう一度言った。

「―――――やべえ。興奮して祭壇作ろうとか考えてる場合じゃなかった」

 この時期になにをやろうとしているんだと菫は呆れるが、仕方のない事だ。

 幾久に関しては青木同様、基準がおかしくなる菫は頷いた。

「そうそう、祭壇より先に成績よ。せめてクラスを上げていかないと」

「うちわ作って応援したかった!!!!!」

 悔しそうに雅が言うが、菫は首を横に振った。

「どうせ次の桜柳祭は秋よ。うちわはその時でいいんじゃない?」

 あき、と聞いて雅は絶望的な顔になった。

「ほとんど一年後じゃん!耐えられない!推しに!会いたい!」

「まあ落ち着きなさい。本当にどーしても会いたいなら私に裏ルートがあるから」

 すると雅が首を横に振った。

「推しのプライベートには興味ないんで。そこはいらない」

「面倒くせえな」

「推しの!推しの公式!公式情報が!欲しいの!」

 公式て。菫は思ったが、よくよく考えれば存在した。

 スマホを取り出し、アプリを示した。

「公式なら、まずこのロミオ君のファンクラブに入会しないと特別なアプリが入手でき」

「入手した」

「はや」

 どんだけだよ、と思ったが雅の行動はオンラインなら爆速だ。

「ロミオのファンクラブ、二種類あんの?」

 菫は頷く。

「私が入ってるのはお安いほう。ロミオ君の実家の方は金持ちしか入れない紹介制のとんでもないお高いファンクラブもあるそうよ」

「やべえ、なんだこのロミオ。こわい」

「その代わり、ジュリエット君単体のファンクラブはないけど、このロミオ君のお安いほうのファンクラブに入れば、情報は入ってくるわ。課金者にしか見えない写真やコメントが」

「課金した」

「はっや!なんでよ!」

「スマホにお年玉ぶちこんでるもん」

「やべー使い方してるわね。大丈夫なの?」

「足りなかったらねえちゃんにたかればいいし」

「なんか聞こえた気が」

「たかればいいし」

「―――――お小遣い程度ならね」

 菫はため息をつくも、雅がここまでハマってくれるのは計算外だ。


 早速アプリを立ち上げて情報を見ている。

「今買えるのって、このグッズだけ?」

「桜柳祭のDVDの通常版くらいでしょ?大体月一でちょっとしたグッズ出してるの。今度はバレンタインに向けてなにかするみたい」

「マジで。課金しないと」

「その前にあんたは勉強よ。本当にやばいんでしょ?」

 菫の言葉に雅は渋々頷く。

 しかし、その目は『推し』への愛であふれている。

 幾久にハマったのは菫にとって計算外だが、うまい具合に使えば頑張るだろう。

「……見るのは公式情報だけにしときなさいよ」

 つまり公式情報は見てもいいという事だ。

「おねえありがとう!絶対にレベル上げる!勉強する!」

 どっちにしろ頑張る目標が出来るのは良い事だ。


「うまいこと上に入れば授業料も少なくなるし、部活にも優先的に入れるし良い事だらけよ」

 菫が言うと、雅がうんうんと頷いた。

「けど、部活で急接近したいなら、絶対に希望の部活に入部して立場作っておかないとまず無理じゃない?あの二人凄い人気よ」

「そ、そんなに?」

 雅が尋ねると菫が頷く。

「そんなに。ウィステリア独自のファンクラブや、ルールブックが出来ているみたいだし」

「それは怖い」

「とはいえ、そこまでビビんなくてもどうにかなるわよ。このジュリエットのいっくん、実は雪充の大ファンなの。そりゃすごいわよ」

「えっ、マジで」

 菫は頷く。

「だから、ちょっとなんかあっても雪充に入って貰えばなんとかなるの。良かったわね」

 うむむ、と雅は腕を組む。

 推しにいとこが近い……しかし推しには関わりたくない……でもなんかあったら便利に使える……いとこ……。


 そのうち雅は考えるのをやめた


「じゃあなんかあったら助けてもらう」


 もう面倒くさいし推しの事を考えていたいと思ったので難しい事は考えないことにした。

「そうね、とりあえずはあんたは受験よね」

 かなり方向は違ったとはいえ、誰もが望んでいた結果にはなったので良かった良かった、と菫は思った。

「そのDVD良かったら貸してあげようか?」

 菫は言った。

 どうせこのDVDは視聴用のヤツだし、家にはほかにも数個あるので雅に貸ても問題はない。

 だが、雅は首を横に振った。

「すでに物理は注文したし、データで購入も済んだ」

 そう言ってスマホを向けて見せた。

「……あんたどんだけ早いのよ」

 その素早さを受験に生かせば、どれだけだろうと菫は思う。

「兵は拙速を尊ぶ。ガタガタ考えるよりも行動しなくちゃね!推しへの課金は魂の栄養!」

 うっふっふ、と雅は満足げだ。

 多分これなら成績も受験までにはそこそこ上がっていくだろう。

(雪充に聞いて、適当に参考書送るか)

 大学受験を控えているというのに相変わらず弟に容赦しない菫だった。

 そして菫はスマホを見せると雅に言った。

「じゃあ、ひとついいとこ教えてあげる。インスタでこの子フォローしときな」

 雅はにゅっと首を伸ばし、覗き込む。

「報国院の、フツーの男子じゃん。興味な」

 いらん、とそっぽを向こうとしたが菫が言った。


「その子が、ジュリエット君の大親友」

「なぬ?!」

「報国院って全寮制でしょ?しかも寮はあちこち違うんだけど、その子とジュリエット君、大親友すぎて今では同じ寮。ちなみにロミオ君も追っかけてきて寮、移動したのよ」

「なんなんだジュリエット君は。どんだけ魔性なんだ」

 驚きおののく雅に菫は続けた。

「ジュリエット君はアカウント持ってるけど鍵かけてるし、見る専なんだって。けど、この子はあけっぴろげてるから丸見えな上に、時々インスタライブやってて、ジュリエット君が乱入することがある」

「まじか」

 雅は早速、自分の別アカウントでフォローした。

「まだ周りにはそこまで知られてないから、内緒にね」

「当たり前だ!」

 雅は思った。

 僥倖……っなんという僥倖……!

 公式だけではなく、うっかり推しの日常が垣間見えるとは!

「でもこれって、やっぱ覗きになっちゃうかなあ」

 ちょっと心配になった雅が菫に尋ねるも、菫は首を横に振った。

「なに言ってんの。世界中に晒してんのそっちなんだから、勝手に見られてなにが悪い?」

「たしかに」


 うん、だったら大丈夫。

 問題ない。

 よーし!と雅は頷いた。


「公式アプリゲット!公式グッズゲット!リマインダーに予定装着!あとはインスタでのお漏らし待つばかりだぜえええ!」

「ちゃんと勉強しなさいよ」

「もっちろん!」


 そしてその日はしっかり二人でDVDを堪能し、ジュリエットの尊さについて小一時間ばかり話し、大画面でのロミジュリのあれやこれやなシーンを堪能して、なぜか互いにがっつり握手を交わした。



 後日、雅の母からお礼の電話が菫に入った。

 いわく、雅が急に本腰を入れて勉強を始めた事、絶対にウィステリアの上のクラスに食い込んで見せると断言した事など、本当に菫ちゃんのおかげと感謝しきりだった。

 いいえ、先輩になれて嬉しいです、雅ちゃん、頑張る子ですもん、良かったですね、ええ、おほほ、など言いつつ、ジュリエット効果すげえな、いっくんやっぱ尊い、と思って、雅お勧めのプロジェクターを選ぶ菫なのだった。



 推しのいる生活・終わり

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