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推しのいる生活(1)

報国院男子高等学校の姉妹校であるウィステリア女学院……に入学する前のお話です。

桂雪充の姉と従妹が出てきます。

 ある土曜日の夜、食事を済ませ、コーヒーを飲んでいた桂家の自慢の美人娘、すみれに母親が言った。

「ねえすみれみやびちゃんの事だけど」

「んー?」

 雅とは、菫や雪充とはいとこにあたる、木戸きどみやびの事だ。

 菫と年齢は離れているが、昔から付き合いがあり、菫にとっては妹のように思っている。

 その雅がどうかしたのか、と思っていると菫の母が言った。

「雅ちゃん、今度高校受験でしょ?でも勉強ちっともしなくて困ってるんですって」

「今更?だって中三じゃなかった?」

 中三の一月も過ぎてから、受験勉強なんて遅すぎなのではないだろうか。

「ウィステリアに進学は決めたらしいんだけど、ほら、言葉は悪いけど最低クラスなら簡単に入れるでしょう?」

「まあねえ」

 菫の出身校である、私立ウィステリア女学院は女子高校である。

 古くから長州市にある、英国風の建物が自慢で、地元ではお嬢様学校の部類に入る。

 報国院と対をなす女子高校、といった体なので男の子なら報国院、女子ならウィステリアといった選択をする家庭も多い。

 菫の家の桂家も同じで、菫はウィステリア、雪充は報国院へと進学している。

 報国院と同じようにウィステリアもまた、基本は成績順でのクラスわけをしており、クラスごとに授業料も違うので、親としてはできるだけ上のクラスに行ってくれれば授業料が安く済むという事だ。

「雅ちゃんねえ、もう最低クラスでいいやってなってて、ちっとも勉強しないみたい。だからね、困ってて、どうにかしてほしいと」

「どうにもならないでしょ。本人がやらないんだったら」

 菫が言うと、母親がそうなんだけど、と言いながらため息をつく。

「でね、あちらさんからお願いがあって。あんたには懐いてたでしょ、だから説得してみてくれないかと」

「うわ面倒くせえ」

 菫が言うと、母親はやっぱりね、という顔になった。

「そう言うと思ったけど、あちらにお願いもされた訳だし、一度くらいは行ってくれないかしら?」

 つまり、体裁があるので行ってくれ、という訳だ。

「言ったって聞かないと思うけどね」

「それはそうかもしれないけど、お願いされたし、どうせあなた明日もお休みでしょ?そんなに美人なのにデートの誘いもないわけだし」

「よっけーなお世話だしデートのお誘いなんかいくらっでもあるし!無視こいてるだけだし!」

「だったら行けばいいのに。せっかくの美人が勿体ない」

 ふうと母親がため息をつくも、菫は、ふんっと言い放つ。

「美人だから安売りはしないの!いーわよ、だったら雅のとこ行ってくる。どうせデートもなくて暇だしね!」

 そう言って早速つながっているSNSで連絡を取ると、OKの返事があった。

「じゃあ明日、お昼過ぎてからお邪魔してくるわ」

「そうね。なにか手土産がいるでしょ?」

「適当になんか買ってく」

「任せたわね」

 母親に言われ、菫は早速明日の支度に入った。



 さて翌日、日曜日の昼過ぎ。

 昼食を食べ、城下町の菓子店でケーキや焼き菓子を買い、菫は木戸家へとお邪魔した。


 挨拶を済ませ、手土産を渡すと、雅は部屋にいるとの事で、菫は勝手知ったる雅の部屋へと早速向かった。


「雅―?」

 ドアをノックすると、「んー」と返事がある。

 あけていいだろうと判断し、ドアを開けると雅がいた。

「うわ、相変わらずねアンタ」

 ベッドや机、本棚といった家具は普通でも、部屋中キャラクターのポスターやブロマイドが所狭しと飾られ、祭壇と呼ばれるボックスにはまるで神のごとく『推し』が飾られている。

「いいじゃん、あたしの部屋なんだし」

 そう言うのは中学三年生の、木戸きどみやび

 まるで蒲鉾を擬人化したかのような、立派なまっすぐボブ、というよりおかっぱ頭に、蒲鉾ふたきれ並べてひっくり返してそのまま目に張り付けたような、ウェリントンのだささ際立つ眼鏡。

 もっさり、あか抜けない、正直一言でいうならダサい。

 決して外見は悪いわけではないのに、全く気を使わない上に、昔からさんざん菫や雪充と比べられたせいですっかり興味を失ってしまった。

「……いつもの事だけどさあ、壊滅的に色のセンスないわねアンタ」

 ところが雅はふんと言い放った。

「笑止!色など推しと一致すればそれで良し!」

 そう、この雅はとにかく二次元が大好きで、俗に言うコアなオタクだ。

 オタクと言うよりマニアの部類かもしれない。

 カメラが好きで、映像に並々ならぬ執念を持っている。

 あのくらい勉強もしたらいいのに、と皆口をそろえて言うが、興味がないのだから仕方がない。

「で、なにしにきたのおねえ。どうせお説教でしょ。受験とか」

「その通り」

 菫が言うと、イヤーな顔をして舌を出す。

「いいじゃん、もうウィステリアに決まってるようなもんだし。落ちねーよ」

「そりゃ最低クラスはアンタなら落ちないだろうけどさ」

 報国院ほどではないとはいえ、ウィステリアも成績が悪くても入れるクラスがある。

 ただその場合は素行が悪いとだめなのだが、雅はその点問題がなかった。

 用心深く大人しい、ただのオタクだからだ。

「でもさ、そうなると学費凄いわけじゃん?ちょっとでも上のクラス狙ってほしいってあんたの家族からうちに連絡があって」

「うわー、余計」

「しょーがないでしょ。時期が時期よ」

 そもそも中三の一月、いくら日曜日とはいえ勉強もせずに推しの映像ばかり見ているのだから、説得は無駄だとみればわかる。

「というわけで、説得に来ました」

 菫の言葉に露骨に嫌そうな顔をする雅だが、菫は言った。

「というのは嘘です」

 えっと雅が驚いて、顔を上げた。


 菫が持ってきた手土産のケーキとお茶を雅の母親が運んできて、ドアが占められると、菫は早速カバンを取り出した。

「あんたさ、プロジェクター買ったって言ってたでしょ。見たいものがあるの」

 そういって取り出したのはDVDのケース。

 それを見て雅が顔をしかめた。

「なに。説得なんかする気、全然ないんじゃん」

「ないわよ。だってあんた言う事聞かないじゃん。時間の無駄無駄。でも頼まれたから大人としてはさ、なんもしないわけにもいかないから、説得すると見せかけてこれ見に来た」

「おねえちゃんのくず。社会人なら自分で買いなよ」

「今度買いに行くからさ、あんたついてきてよ。受験終わったらでいいからさ」

「当たり前じゃん。さすがに怒られるわ」

 言いながらも、いとこが相変わらずな事に雅は安心し、早速カーテンを閉め、プロジェクター用のスクリーンを降ろした。


「で、一体なに見るの?」


 菫はむふふ、と笑いながらDVDを示して見せた。

「いま一番の私の『推し』でーす」


 菫が持ってきたDVD。

 それは、去年の桜柳祭の舞台のDVDだった。

 勿論初回限定、特別編、ブロマイドにサイン入り、シリアルナンバー入りである。


「ロミジュリ」


 凄まじいとすら形容されるほどの美形を、これ以上ないほどのゲス顔で、菫はぐへへ、と笑った。



「なにそれ。ロミジュリって、どこの?」

 雅が尋ねた。

「報国院の桜柳祭あるでしょ?あそこで雪充の部活の舞台があったの。雪充は今年は出なかったんだけどね。知ってる子が出てるんだけどもう、可愛くて可愛くて!!!」

 そう言ってDVDを抱きしめる菫に雅は冷たい視線だ。

「どーせ素人の舞台なのに?」

「いいのよ、そこがいいのよ!それに衣装凄いし、映像も悪くないと思うわよお?ロミオ役の子、凄いイケメンでファンクラブもあるんだし」

「はいはい、素人乙」

「もー!」

 と、言いつつも雅はDVDを丁寧に取り出す。

 パソコンにセットして、再生。

 菫はさらにカバンからごそごそとなにかを取り出した。

 雅はますます呆れ顔だ。

「……なにそのうちわとペンライト」

「こういうのって使うんでしょ?」

 うちわには『いっくんLOVE』と描いてあるし、ペンライトは水色でハートの形のやつだ。

「引くわ。いい年こいて」

「わざわざ通販でペンライト買ったのに~」

 ぶー、とむくれながらも両手にうちわとペンライトをしっかり握っている。

 こういう時でも美人は奇麗でずるいと雅は思う。

「あとね、あんたが持ってるバッグにいっぱい缶バッジついてるじゃん?あれどうやって作るの?なかなか布につけらんなくて」

「は?!痛バッグまで作ったの?」

「作ろうとしたんだけどさ、うまくできなくて。全然バッグに上手に並べてつけらんないんだよ」

「……あれは薄いプラ板につけたり、マステ使ったりするとうまくいくよ」

「そういうの教えて!」

「後でね。さきにDVD見るんでしょ」

「うん。ありがと!」

 美人な上に、さんざん不躾な大人たちに『菫ちゃんは美人なのにお前は』なんて言われてきたけど、やっぱり菫を好きなのはこんな風に雅を馬鹿にしたりしない上に素直だからだ。

 全然年上なのに、全く年齢差を感じさせない。

(それでもばんばん奢ってはくれるからいいんだけどさ)

 全く素人の舞台になんか興味はないけれど、お説教よりはマシだし、菫がそこまでドはまりしているのなら付き合うか、と雅は画面を菫と一緒に見つめた。


 始まって驚いたのが、ロミオもジュリエットもどっちも男だったことだ。

 男子校だから当たり前と言えばそうだが、それでも女装くらいはしていると思ったが、そうでもない。

「これって全員男っていうか、女役ないの?」

 尋ねると菫が頷いた。

「報国院の舞台は毎年こうだよ。女性役も男性に変えちゃうの。内容もセリフも微妙に変えて、登場人物全員男。夫婦でも男性同士にしちゃうの」

「……ほう」

 それはそれは、と雅は目を光らせた。

 なかなか良さそうな設定じゃないか、と興味がわく。

「ってことは、ロミジュリって、ジュリエット、女装なしで、それで男の子のロミオと?」

「男の子のジュリエットが、男の子のロミオと大恋愛」

「ちょい待って。マジで見る」

 そんなおいしい設定とは知らなかった。

 がぜん興味がわいた雅は眼鏡を拭き、かけなおすと思わず正座して画面を見つめた。


 ロミオと出会ったジュリエットは互いに一目で恋におち、すっかり夢中になってしまった。

 ずっとロミオの事ばかり思い続け、早々にロミオがジュリエットの屋敷に侵入。

 両想いでなかったらガチストーカーなのだが、両思いなので問題ないとばかりに互いに愛を語り合う。


 はっきり言うなら稚拙だ。

 所詮、高校生の演劇でしかない。

 だが、それがいい。

 菫はそう言ったがその通りだ。


 一生懸命可愛い。

 必死可愛い。

 あ、いまミスった可愛い。

 動揺してる可愛い。


 ロミオがジュリエットに手を伸ばし、セリフを言った所で雅は言った。

「ここアドリブ?」

「よくわかるわねー」

「判るわ!舞台ファン舐めんなよ」

 ロミオのセリフにジュリエットが動揺して一瞬表情が素になった、そのわずかな表情がめちゃくちゃ可愛い。

 しかしすぐ立て直し、ほっとした顔になる。

 やったぜ、みたいな達成感にあふれた顔が可愛い。

(ジュリエットの子が可愛い)

 ロミオはイケメンだ。

 確かにすごいイケメンだし、アイドルだと言われても疑わないレベルだが、雅は一生懸命で必死にジュリエット役をこなす幾久にくぎ付けになった。

 元々、頑張る役者やキャラクターを見守るタイプのファンだ。

 だからこうして頑張ってるのが見えると、とても弱い。

 つまりは性癖にぐっさり刺さった。

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