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call to quaters

 まだ冬の終わらない寒い日の夕方の事だった。

 日本家屋の寮の中は、改築されているとはいえ冬の寒さは厳しい。

 とはいえ、寮生が居る場所は当然暖房がしっかり入れられて、ぽかぽかと温かい。


 学校から帰り、寮でだらだら過ごしている幾久のスマホにメッセージが届く。

 親友の多留人たるとからで、直接電話をしたいとの事だ。

 幾久は勿論いいよ、と返事をして、寮のみんなの邪魔にならないように、廊下のはずれで多留人に連絡した。


「多留人?どうしたんだよ、なんかあったのか?」

 多留人は幾久の幼馴染だ。

 子供のころから一緒にサッカーのジュニアユースに所属してコンビを組んでいた。

 連絡が途切れた時期もあったが、福岡の全寮制の学校へ進学し、幾久ともまたよく連絡を取るようになっていた。

『幾久か?実は絶対に直接言いたくてさ』

「なんだよ、改まって」

 幾久が笑うと、多留人は言った。

『―――――選ばれた。アンダー18』

「マジで?!やったじゃん!」

 アンダー18とは、18歳以下の選手をまとめた日本代表の事だ。

「多留人なら選ばれると思ってた!当然だよ!おめでとう!良かったな!」

『ありがとう。幾久にそう言われるのが一番嬉しいんだ』

「絶対に応援するから、スケジュール見とかないとな!」

『チェックしといてくれ。見れる試合あったら教えてくれよ』

「絶対に行くよ!」

 国際試合ができるスタジアムってこのへん、どこにあったけと幾久は考えて、もう一度「おめでとう」と多留人に告げた。

「そっかー、アンダーなら、あとは代表目指すだけだな」

『まーな。いまやっとアンダーってので満足するわけにいかねーからな』

 同級生でとっくに海外に行ってる連中もいるし、一部リーグに所属しているメンバーもいる。

 多留人の言う事は確かに上を目指すなら、アンダーで満足するわけにもいかないだろう。

 それでも、代表に選ばれるのは素晴らしい事だ。

「多留人なら日本代表だってすぐだよ」

 幾久が言うと多留人が笑った。

『なんたって、乃木幾久さまのコンビだしな!』

「そうそう、トーゼンだぞ、オレのコンビなら」

 そう言い、多留人と幾久は爆笑した。


 暫く互いの近況を話し、多留人がまだ両親にすら連絡していないことを聞いて幾久は慌てた。

「なんで親に言ってねーんだよ!絶対おじさんとおばさん、喜ぶだろ!」

『俺んちの親はまず幾久君には伝えたのかって絶対言うからな』

 そう言ってあはは、と呑気に笑う多留人に、相変わらずだなと笑う。

『それにコーチが連絡してるだろ。そのへんはお任せよ』

 多留人が福岡に来るきっかけになったのは、元々ルセロのユースに居たコーチが、福岡のチームに行くことになったのがきっかけだという。

 ルセロで幾久を失い、くすぶっていた多留人に、一緒に福岡に来ないかと誘ってくれ、進学先やチームとの話し合いなど、全部やってくれたという。

 幾久の事も気にかけてくれていたコーチで、多留人が幾久と再会したと聞いて物凄く喜んでくれたらしい。

 そういった事も含めて、多留人のおかげだな、とも思う。

『あと、かっつんも呼ばれたから会えるぞ』

「かっつんも?ってことは日本に帰ってくるのかな」

 かっつんは多留人や幾久と同じユースに所属していたが、幾久がユースを落とされたのと時期を同じくして、海外へと渡った。

 世界一のキーパーになると言っていたが、夢を着実に現実に変えていっているのだろう。

『幾久にも会いたいって行ってたから、なんかあったら会おうぜ』

「うん!オレも会いたいな」

 もう会えないし、道が重なることもないと思っていた友人たちと再び重なるのは嬉しい。

『あんま長いのも悪いから、切るわ。親にも言わないとだし』

「そーだぞ、さっさと電話しろ」

 幾久が言うと、多留人が言った。

『でもこの先も、なんかあったら絶対にお前に一番最初に言うからな』

「あはは、嬉しいよ。ありがとう」

 じゃあな、と幾久は多留人との電話を切った。


 そして―――――長い長い、ため息をついて、廊下の壁にもたれた。

(……嬉しいんだけどな)

 親友の多留人がずっとめざしていた代表に選ばれた。

 幾久の最高のコンビだった。

 嬉しいのは本当なのに、今更どうしてこんなに―――――悔しいんだろう。


 なんとなく、負けた試合の後みたいに力が出ずに座っていると、御堀が自室へ向かってきた。

 廊下に座っている幾久に気づくと「どうしたの」と声をかけた。


「今、多留人と電話してて」

「うん」

 御堀もサッカーをしていたので、多留人の事は知っていて、幾久と一緒に話をしたこともあった。

 幾久の幼馴染で親友という事も知っている。


「―――――U18の代表に選ばれたんだってさ」

「凄いね」

「一緒のユースに居たキーパーの奴も、選ばれたって」

「海外に行ってるっていう?」

「そう」

 幾久の所属したルセロ東京は、日本でもアジアでもトップクラスのチームだ。

 日本で言うならチームとしての実力は一番と言ってもいいくらいだ。

 そのルセロに収まらず、別のチームに行く多留人は幾久の目にはまぶしく見える。

 だけど。

「スゲー嬉しいのに、スゲー悔しい」

 幾久が言うと御堀は幾久の隣に腰を下ろした。

 幾久は続けた。

「多留人に悔しい、じゃないんだ」

「うん」

 素直に多留人は凄いと思う。

 コンビを組んでいた幾久にとっても誇らしいばかりで、そこには暗い感情はない。

 だけど。

「あいつの隣で、サッカーやりたかった」

「うん」

 三年間押し込まれた思いは、今更幾久を苛む。

 見えない将来なんてものに振り回されて母親の妄想につきあってしまった。

 その三年間、せめて部活でもやっていれば、なにかが変わったのかもしれないのに。

 家で静かに過ごしたいなんて馬鹿げた事を優先してしまったせいで、一生届かない夢にしてしまった。

 多分、本当に今更、自分が絶対に届かないのが悔しいんだ。

「三年間、なんもしなかった癖に馬鹿だよな」

 はは、と幾久が笑うと、幾久の夢を知っている御堀は言った。

「三年間も苦しんだろ」

 そうして幾久の隣でぽつり、言葉を紡ぐ。


「誰にも言わずに我慢してたんだろ。三年も」


 御堀は、幾久の混乱した感情に名前をつけてくれる。

 御堀に言われた事は、素直に信じることができるのは、きっと彼も、敵わない夢を抱いたせいかもしれない。

「今だって、ちゃんとおめでとうって言えたんだろ」

「うん」

 幾久は御堀の肩に頭を置いた。


「なんか、本当は多留人に嫉妬してんのかなって思った」

「そんなわけないよ」

 あまりにきっぱり告げる御堀に幾久は笑った。

「随分と断言するんだな」

 御堀は言う。

「多留人君だって、三年、幾がいないの我慢して、これからもきっとそうだろ」

「―――――そうだね」

 幾久が自分の感情を認めて、やっと気づいた事がある。

 それは自分が夢と多留人を失ったように、多留人も幾久を失っていたと気づけた事だ。

 幾久が傷ついたように多留人もきっと傷ついていた。


「だから幾が憎むわけないよ。同じなのに」


 御堀の言葉に、幾久は一瞬息が止まった。

 こんなにも簡単な事が、幾久にはやっぱりわからなかった。

「……誉って凄いや。オレ、やっぱりどうしても、嫉妬かなとか思っちゃう」

「なわけないだろ。応援してるの知ってるし。僕ならともかく」

「あはは、確かに誉だったら滅茶苦茶悔しがりそう」

「だろ。でも幾は―――――僕と違う」

 そういって幾久の頭を撫でた。

「サッカーが滅茶苦茶好きで、多留人君が好きで、応援してるの判ってる」

 幾久が納得いかないのは、中学三年間、サッカーから逃げてしまったことで、多留人に追いつけなかった事じゃない。

「幾が悔しいのは、多留人君の助けができないって事だろ」

「―――――ウン」


 本当はずっと自分が多留人にパスを渡したかった。

 相手が舐めてどうせ無理だろ、と思っているコースをぶっちぎって多留人が決めた時の爽快感ったらなかった。

 どうしてあのままでいられなかったのか。

 でもきっと、あのままでもきっと幾久はいつか多留人に後れを取っていただろう。

 分かるけど、やっぱりそれでも悔しいんだ。


「……本当はオレがパス出したかったって、言っていいのかな」

「判らないけど、僕らが勝手に思い込むんじゃなくてさ、多留人くんに言ってみないと」

 御堀の言葉に、幾久は頭を上げた。


「きっと、幾から聞きたいと思うよ」


 今更なんだよ、と笑うかもしれない。

 お前が辞めたんだろ、と怒るかもしれない。

 でもそれは、多留人に聞くまでは判らない。


「……ずっと親友だったのに、わかんないもんだな」

「そういうものじゃないのかな」


 そうかもしれない。

 幾久は結局、多留人になにも言えず、サッカーもフットサルもしなくなった。

 そのまま連絡を取らず、報国院まで逃げてしまった。

 多留人が連絡をくれなかったら、きっと関りは消えてしまっていただろう。

「多留人には世話になってばっかなのに、我儘言っていいのかな」

「それも、僕らにはわかんないんだからさ」

 言いたいことを全部言えばいいわけじゃないのは判ってる。

 でも、何を伝えればいいのか考えてばかりじゃ結局前みたいに離れてしまいそうだ。

「言えよ。駄目なら慰めてあげるから」

 僕が居るだろ、という御堀に、幾久はうん、と頷いた。

「やっぱオレ、ずっと悔しいんだなあ」

 ふう、とため息をつく幾久に、御堀が幾久の腕をぐいっと引いた。

 ぽすんと幾久は御堀の胸に抱きしめられた。

「何度でも泣け。三年分の苦しみなんか、一晩くらいでからっぽにならないよ」

 御堀の言葉に、幾久はうんと頷いた。

 そうだ三年間、自分はちゃんと堪えてきたじゃないか。

 溜まりに溜まりまくった涙は、そう簡単に感情の堰を超えはしない。


「……今度、試合あるんだって」

「うん」

「それ見てから、いろいろ決めていいのかな」

「それは幾が決めていいから、好きにしたらいい」

「うん」


 御堀が幾久の髪をぐしゃぐしゃとかきまぜた。

 すっと立ち上がり幾久に手を伸ばした。

「外郎食べる?」

「誉ってオレの事外郎で全部解決できると思ってるだろ」

「違うの?」

「わりとそう」

 御堀の手を引いて幾久も立ち上がる。

「お茶は何にする?日本茶?ほうじ茶?」

「うーん、ほうじ茶のほうがいいかなあ」

「ついでにみんなも呼ぼうか」

「そうだね。お茶入れて、声かけよう」


 そう言って互いに肩を組んで、二人はダイニングへと向かったのだった。




 山縣の部屋のドアが、そっと音もなく開く。

(ったく、マジ青春かんべんしろつってんだろ。トイレにも行けねえ)

 ぶつくさ言いながら、山縣は部屋を出てやっとトイレへと向かった。

 空気読める先輩で感謝しろよーなんて思いながら。

(外郎よか和菓子がいいなー、久坂がいるから最中は多分ねえし)

 どうせもう少ししたら後輩が山縣を呼びにくるだろう。

 それまでにトイレを済ませておくか。



 暫くして、寮にいる全員が呼ばれ、幾久と御堀が用意したお茶を飲んだ。

 友達が代表に選ばれたんです、という幾久の言葉に、寮生は口々にやったじゃん、よかったじゃん、と褒めてくれた。

 ただ嬉しくて、誇らしいという気持ちしかなかったことに幾久はほっとして、でもやっぱりいつかは寂しくて泣くんだろうな、とも思った。

 その時は誉に頼ればいいか、とふと御堀を見ると、「外郎、まだいる?」と外郎を差し出された。

 成程、甘やかされているな、と思ってちょっと笑ってしまった。




 アンダーの試合がある日、幾久のもとにメッセージとともに写真が届いた。

 多留人がユニフォームを着て、背番号が見えるように背後を親指で示している写真だった。


 多留人の番号は15。幾久は19。

 イチゴタルトで多留人は15だな、と言って笑った幾久の冗談のまま多留人は本当にその番号にした。

 俺が15なら幾久は19だろ、と多留人が言うので幾久は19にした。

 ずっと二人同じ番号で、多留人は部活でもリーグでも15をつけていたけれど、代表の番号は違っていた。


 34


 多留人の15と幾久の19を足した数。


『一緒に行くぞ、幾久』


 それだけのメッセージで、幾久はこらえきれなかった。


 幾久と同じように多留人も思ってくれていた。

 青いユニフォームを来た多留人は誰よりもカッコよかった。


 今度、正直にお前に言うよ。

 本当はずっと、パスをオレが出したかった。

 一人落とされたことが死ぬほど悔しくて仕方なくて、顔もみたくなくなってた。

 もう絶対に間に合いもしないけど、お前の最高のコンビはオレだって、オレはずっと思ってるからな。


 行けずにごめん。

 お前を羨ましいと思ってごめん。



 ―――――本当は一緒に行きたかった。



 call to quaters・終わり

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