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夜に駆ける群青(2)

 多留人は思う。

 多分、俺が悪いわけじゃない。

 でも俺が悪いのかもしれない。

 なにをすれば正しかったのだろう。

 俺もやめちゃえば良かったのかな。

 でもそうしたらきっと幾久は、きっと自分を責めてしまうだろう。


 サッカーをなくして、自分たちがつながる理由がわからない。

 そこまで大事だったっけ。

 どっちが。どっちのほうが。

 幾久とサッカー、どっちかなんておかしな話だと思うのに、そういう話としか思えない。


 幾久が、先祖のドラマのせいで、学校でいじめられていたのを知ったのは、ずっと後になってからだ。

 多留人もずっと世話になったユースと合わなくなっていった。

 ひょっとしたら最初から合ってなんかいなかったのかもしれない。

 幾久が居たから、それだけが多留人が『合っていた』理由なのかもしれなかった。

 そして福岡のチームに誘われた多留人は今までのユースを去って、別のチームと学校を選んだ。


 幾久とは連絡を取らなくなって、二年近くになろうとしていた。




 幾久の父はすぐ幾久に連絡をとってくれた。

 幾久は、多留人に会うのを喜んでくれた。

『多留人?久しぶり!』

 そう言って笑う幾久に、良かった、笑えているんだと多留人は画面越しにほっとした。

 眼鏡が変わっていて、大人びて見える。

 雰囲気もあの頃とちょっと違う。

 おまけに、幾久と話している途中で、先輩なのか、足をくすぐって邪魔をしたりして、幾久がキレて怒っていた。

 幾久の怒鳴り声を聞いて、楽しそうだな、と思って嬉しかったけれどやっぱり寂しかった。


 待ち合わせして会った北九州で、幾久と多留人はいろんな話をした。

 昔みたいに一緒に遊んで、喋って、サッカーをした。

 お城で遊んでいるとサラリーマンが乱入して、それも滅茶苦茶楽しくて、多留人の学校を尋ねられ、あーあそこかあ!じゃあつえーわ、すげーな、と応援もされた。

(そっか。ちゃんとサッカーって楽しいんだ)

 ずっと心の中にあったもやもやしたものが、幾久に会って晴れていくようだった。

 結局、自分は甘えていただけだった。

 幾久が一緒じゃない事が、どうしても嫌なだけだった。


「やっぱ多留人、うまくなってんじゃん!全然ついてけねーよ!」

 幾久はそう言うが、幾久もずっとサッカーをやっていなかった割には動けていた。

 多分、暫く練習すれば戻るんじゃないか?

 そう思って多留人は、言いかけて、やめた。

 そんな事に意味がないのは判っている。


 ―――――中学レベルならこれまででいい、だけど高校では差が開く。お前はもっと上へ行ける。乃木は違う。


 なんで、と思ってもクラブの方針は絶対だ。

 これまで楽しみだったはずのサッカーは少しずつ楽しくなくなっていく。

 幾久が居ない、それだけで。

 なんでだよ。

 なんで俺らコンビを外しちゃうんだよ、幾久ちゃんと上手かったろ。

 そうコーチに多留人は詰め寄った。

 実際、多留人の成績は落ちていた。

 これまでずっと幾久が多留人にぴったりあわせてボールをくれたのに、幾久がいなければ左利きの多留人に合わせられるメンバーは限られているし、幾久程ぴったり合わせてくれない。


 幾久を否定された事が悔しくて、この先の才能なんて、そんなの判るわけないだろ、と多留人は怒鳴った。


 判るんだよ!大人はそう言った。

 ずっとお前らみたいな連中を見てきた。何人も潰した。

 だから判るんだよ。


 でも、と、言う多留人に苛立ったのか、大人は怒鳴った。


 いい加減にしろ、二十代で体がやっと高校生に追いついたって遅いんだよ!


 それはきっと、コーチの失言だったろう。


 サッカー選手なんて、十代からプロになるのが珍しくないどことか、むしろ二十代でサッカー人生が終わる奴も多い。

 三十過ぎて出来る奴らなんて、一握りの奴らだけ。

 判ってる。自分たちはプロを目指している。

 判ってるんだよ、甘えた事言ってるって。


 けどなんでだよ。

 俺ら、まだ中学生なのに、こんな事ばっかり考えていかないといけないのかよ。

 可能性ってそんなに大事なのかよ。

 幾久が「プロになれない」可能性が。


 だけど、その言葉が正しかったと今は判る。

 幾久はまだ小さいし、体も細い。

 もともと筋肉の付きにくい体質だし、例えあのまま続けていても、きっとフィジカルで負けて、技術で勝っても怪我が絶えなかっただろう。


 例えば今日みたいに、数分なら全然、幾久は多留人とやれる。

 だけど九十分走り続け、週に一度、本気のプロのサッカーが出来るだろうか。

 それは多分、無理な話だ。

 プロに所属した多留人だから余計にわかる。


 それでも多留人は、幾久に言った。

「……本当はさ、サッカー、ちっとも楽しくなかったけど、幾久とやったら楽しかった。やっぱつまんないのはサッカーじゃねえなって気づいたよ」

 多留人の言葉に幾久は、そっか、と頷いた。

「幾久、そのボールで練習しといてくれよ」

 多留人がプレゼントしたボールを指して言うと幾久は苦笑した。

「やだよ。ユース蹴るような奴と対等にやれって?」

「そうだよ。頑張ってくれ」

「重いなあ」

 ハハ、と幾久は笑う。

 そうだよ、重いんだよ、俺の気持ちは。

 お前と日本代表に行きたかった。

 どんなチームを過ぎても、お前と絶対にコンビを組むんだって、俺の夢はもう絶対に叶わない。

 だけど俺はバカだから、その夢を絶対に諦められない。


 互いに電車に乗る時間が近づいた。

 幾久に別れを告げる時、多留人は幾久に言った。


「俺の最高のコンビはお前だよ、幾久。それはどこに行っても変わらねーからな。覚えとけ」


 幾久は小さく笑って、わかった、と手を振ったけど、絶対にあいつ判ってねえな、と多留人は思った。



 幾久とは連絡を頻繁にとり、多留人は幾久の学校の文化祭である桜柳祭にも行った。

 幾久は楽しそうで、学校での友人も良い奴そうなばかりだった。

 まさか演劇部に入っているとは思わなかったが、舞台は割と悪くなかった。

 モウリーニョには爆笑した。

 本当にそっくりで、面白い学校だなと思った。


 多留人は福岡でサッカー漬けの毎日を送っていた。

 寮生活も面白かったし、時々うんざりもするけれど、クラブチームの気風は多留人にはよく合った。

 そのせいもあってか実力はぐいぐい上がり、やがて年が明けた頃、多留人は日本代表に選ばれた。

 幾久は勿論、喜んでくれた。

『多留人なら選ばれると思ってた!当然だよ!でもおめでとう!良かったな!』

 幾久は心から嬉しそうにそう言って笑う。

 もし悔しそうな声がわずかでも聞けたら、多留人はきっと嬉しかった。

 でも幾久の声に、そんな色はない。

 諦めてしまったのかよ。

 そんな当然な馬鹿げた質問を、今更してしまいそうになる。


 ―――――俺はお前と選ばれたかった。

 言いたい気持ちをぐっとこらえた。

 馬鹿げた嘘でも、この瞬間でもまだ、自分は信じていた。

 バカだな、と思っても笑えなかった。

 幾久が一緒じゃないのが悔しくて涙が出た。

 本当にもう同じフィールドには立てないんだ。

 子供の頃の夢は、絶対に叶わない。

 それがどうしても許せなかった。



 代表に選ばれる事が決まって、多留人は背番号の希望を出した。

 番号はどうしてもそれが良い、と。

 幸いその番号はつける人がおらず、多留人の要望はすんなり通った。


 15番じゃなくて良いの?

 そう言われたのは、多留人は常に15番をつけていたからだ。


 幾久は覚えているだろうか。

『イチゴタルトで、15でいいじゃん!』

 そう言って小学生の頃、多留人の番号を勝手に決めて笑ったのは幾久だ。

『じゃあ幾久は19じゃん!』

 多留人が言うと、幾久はげらげら笑って、『それにする!』と本当にそれに決めた。

 マジかよ!と呆れる多留人と幾久は本当にずっとその背番号を背負ってやった。

 あの頃からずっと、どこでも多留人は15番を貰っていた。

 だけど、幾久はもう多留人の隣にはいない。だから。


 そうして渡された日本代表ユニフォームの背中には『34』の数字。

(見てろ、幾久)

 やっぱり自分はバカだから、絶対に諦めないって決めたんだ。

 俺たちはコンビなんだ。

 お前が俺と同じフィールドに立ってないのがなんだってんだ。

 俺がお前を連れて行く。


 アンダーとはいえ日本代表として選ばれた。

 次はアンダーじゃない代表に選ばれてやる。

 あの頃お前と約束したことを勝手に叶えてやるからな。

 ユニフォームを翳して、多留人は頷く。

 この国のユニフォームは染まる群青。

 鮮やかな空と海の青。


 ―――――一瞬の隙を見つけるのは得意だってこと、あの時嫌程判ったんだ。

 暗い群青の夜の中、ひそやかにバスに別れを告げた、幾久の目を忘れる事はない。

 あの見たくない一瞬を見てしまうのが才能だというのなら、絶対に何も自分は見失う事はないだろう。


 幾久を置いてずうずうしく代表の舞台に立つというなら、絶対に勝つしかないって自分で自分に誓うだけ。

 34番、幾久も一緒に連れて戦うと決めた。


 幾久、お前はサッカー選手なんだよ。

 登録がなくったって、誰が認めなくったって、例え幾久、お前がそうじゃない、そう言ったって。

 お前を俺が連れて行く。

 例え俺がたった一人に見えたとしても、背中の番号と一緒に、俺はお前と駆けてゆく。

 あの目指した群青の空の下。

 あのあこがれたフィールドの上。


 最高の舞台があるとしたら、それはきっとお前が居た場所だけど、その次くらい目指したっていいだろ。

 日の丸背負って、万感の思い背負って。

 だからお前くらい、背負うのなんかわけねえよ。


 違う、多留人は首を横に振った。


 俺はお前がいないと絶対に駄目に決まってんだから、お前に一緒に居て欲しいんだ。

 例えユニフォームの上だけでも。

 お前が居ないなんて絶対に嫌だ。

 甘えでも我儘でも、このくらい付き合ってくれよ。

 どんな遠くの国でも、どんなに強い国の相手でも。

 背中にはお前の存在がある。

 それだけで絶対に、ずっと戦える、そんな気がするんだ。


 俺たちなら出来るんだって、この番号で示してやる。

 俺のコンビはお前が最高だって俺が見せて示してやるんだ。


 多留人はフィールドに足を踏み出した。

 今日、この時から多留人は国と幾久を背負って、代表として戦ってゆく。


「―――――行くぞ」


 頼むよ幾久。

 多分この先、勝ちっぱなしなんてできないだろうな。

 きっと失敗するし泣くほど悔しい思いもするだろうし、結局俺なんか大したことないって落ち込む事もあるだろうな。

 だから一緒についてきてくれ。

 勝手にお前を巻き込んだけど、やーめたって言わないでくれよ。

 ふたりの夢だったんだから。


 この先ずっと34番を背負って、俺はお前と勝ち進む。

 あの群青の空の下で。








 ―――――でも




 一瞬の隙を、絶対に見逃さないよな多留人ってさ。

 FWの才能じゃん


 そう笑った君の笑顔だけを、本当はずっと、見たかった。





 夜に駆ける群青・終わり

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