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アシッドスクールボーイズ(2)

 「なんかマジ、無敵感というか、圧倒的勝利って滅茶苦茶気持ちいいっす。サッカーの試合出てたら、アドレナリンぶわーって出る時あるんすけど、マジあれっす」

 幾久は自分で自分の説明に、そうそう、と頷いた。

 サッカーの試合に興奮してくると、アドレナリンが出て、つい興奮してしまうことがある。

 あの時と同じだった。

「今、それを再現しろって言われても多分できないっす」

 あの場所、あのシチュエーション、御堀の傷ついた顔、無礼な大人への怒り。

 そんなものが全部そろって、ああなった。

 アドレナリンが出ていても、怒りをなんとかコントロールして、こちらを子供と侮る大人に、思い切り喧嘩を吹っ掛けた。

 卑怯といえばそうだった。

 相手が子供に文句を言われ慣れていない大人であることは一発で判ったからこそ、幾久も思い切り煽ったのだ。

「褒められた手段ではなかった、と思いますオレも。でも、あの小太り、いけね、あのオッサンも全く褒められた大人じゃなかったんで、別にオレだけ褒められる事気にしなくてもいっかなって」

 幾久が言うと、玉木は困った風に、それでもどこか楽し気に笑って頷いた。

「判っているのなら良かったわ」

 暴力を存分に振るったのだ。

 そして子供の立場を思い切り使ったのだ、と。

 いうなれば相手も十分悪い。

 大人の立場を存分に利用した相手に対して、子供が自分の立場を使って何が悪い。

 つまりは、幾久も悪いが、悪い手段を使わせたほうも悪い。

「乃木君が判っているなら、僕が言う事はなにもないわ」

 玉木が言うと、幾久はほっと胸をなでおろした。

「良かった。ちょっと叱られるかと思った」

「あらどうして?大人に刃向かったから?」

 玉木が尋ねると、幾久は頷く。

 玉木は言った。

「世間でいう『大人』なら、そうするのが正しいでしょうね」

 そしてお茶を飲むと、幾久と御堀に告げた。

「でも、その正しさに何の意味があるの?君たちの不満に思う正しさなんて、結局は大人の暴力でしょう?」

 くだらないわ、と玉木は笑った。

「あなたたちにはあなたたちの正義がある。それを通すのは間違ってないわ。ただ、大人の正しさとはぶつかる。それだけのことよ」

「じゃあ、なぜ玉木先生は叱らないんですか?」

 御堀が尋ねた。

 玉木が大人であるなら、幾久達との正義とは異なるはずだ。

 すると玉木はにっこり微笑んで幾久達に答えた。

「答えは簡単よ。僕は―――――僕たちは、君たちの正義を支持したからよ」

 きょとんと御堀と幾久が顔を見合わせて、もう一度玉木に尋ねた。

「つまり?」

 玉木は答えた。

「報国院生の言う『正しさ』を報国院として支持するってこと。世間一般の大人としてより、うちは報国院の立場を優先する。それだけの事なのよ」

 つまり、報国院の生徒である、御堀と幾久が考えて出した結果なら、学校はそのバックにつく、ということだ。

「いいんすかそんなんで」

 幾久が思わず言うと、玉木は声をあげて笑った。

「いいのよ。むしろそうでなくっちゃね、報国院は」

 そうでなければ、決してここまで続かなかった。

 意図的に若返りを図らなければ、ただ崩れていくだけだ。

 人も、組織も。

 玉木は二人に言った。

「僕たちはね、君たちを『育てて』いるの。都合のいいように『矯正』しているのではないの。間違っているかどうかなんて、僕たちにも判らない。今回の事が君たちにいい結果を生むのかそうじゃないのか。預言者じゃないもの、判るわけがないのよ」

「でも、歯の矯正って正しいような気がする」

 幾久が言うと、玉木はそうねえ、と笑った。

「都合よく、美しく、正しくしたいのであれば矯正は必要ね。例えば、あなたたちを寮に入れることは、学校の矯正とは言えないかしら?」

 玉木が言うと、幾久と御堀は確かに、と頷く。

「枠を決めて、その中で自由にしなさい。それを学校思想の矯正と言うならそうよね。本当に自由と言うなら、学校に来るのも、寮に入るのも入らないのも自由なはずだわ」

「確かに」

「そうです」

 幾久も御堀も頷く。

「けど、そうじゃないのよね。まずは枠を作って、そこで型を作る事。その後、型を破るのなら、それは報国院らしさよ」

 御堀が玉木に手を挙げて尋ねた。

「僕は、僕たちには枠とか型とか、そんなものあるのでしょうか」

 今回の事のお咎めがないというのなら、御堀も幾久も『枠』の中で、『枠』を壊したに過ぎない、だからそれはいいのだ、と言われているように思える。

 玉木は嬉しそうに頷いた。

「なに言ってるの。あなたたち、報国院に入ってもう何か月?立派な報国院生でしょう」

 幾久と御堀は顔を見合わせた。

「自分で考えて自分で行動して結果を出した。しかも報国院生として。だったら、立派な型破りよ。うちの子らしいわ」

 あはは、と笑う玉木は心から楽しそうに見える。

 御堀と幾久に、玉木は笑顔で頷いて言った。

「地元出身じゃないあなたたちが、報国院生として、心から報国院の為に戦ったのよ。叱らなくちゃいけなくったって叱れないわ。よく戦ったわね」

 御堀は膝の上に置いた拳を、ぎゅっと握りしめた。

(僕はずっと間違っていて、そしてやっと、間違いに気づいたんだ)

 報国院生として、自分を安売りする事こそが、報国院への無礼だった。

 その事にようやく気づけた。

「まあ、あの言葉はやっぱり褒められないけどね、乃木君は。あまり使わないようにね」

 玉木が言うと、幾久が頷いた。

「とっときます」

「それでいいのよ。武器はおいとけばいいの。使える時に使えないと意味がないしね」

 つまりは普段、簡単に使うな。そう玉木は言っている。

「気をつけます。出来るだけ」

 しかし、幾久にしてみたら、寮に山縣がいる限りは無理な相談だ。

 他人に使わないように気をつけとこ、くらいの気持ちだ。

「でも良かった。なんだかんだ、お説教かと思ってた」

 幾久が言うと御堀も頷いた。

「僕も」

 やっとほっとして二人とも、へへ、と笑っていると三吉が言った。

「叱るわけないだろ。うちはしつけ教室じゃないよ。千鳥は別として」

「おい三吉君」

 毛利が呆れると玉木が笑う。

「あはは、完全否定はできないわねえ」

 にこやかになる三人に、吉川学院長も静かにお茶を飲んでいて、ぽつりと言った。

「報国院は、生徒が報国院生である限りは、守るよ」

「はい」

「うす」

 本当にこの学校と、この先生たちで良かった、と幾久は思った。

 吉川学院長は幾久と御堀に言った。

「これを高校時代最高の『武勇伝』にしないように。俺が言えるのはこの位だ」

「―――――はい」

「勿論です」

 ふっと笑った幾久が言った。

「もっとかっこいい試合がしたい」

 すると三吉が幾久に尋ねた。

「かっこ悪かったの?こてんぱんにやっつけたのに?」

 三吉の言葉に幾久は頷いた。

「わりーっす。オレが子供だから油断されて勝てたようなもんだし、結局は宇佐美先輩が全部やってくれて。オレは文句言っただけっした」

 今思えば、宇佐美の采配はひょっとして完璧だったのではないのだろうか。

 御堀のお見合いが判ってから、あっという間に報国院での仮の立場を作って名刺を作って、まるごと采配を任された上に、本当に全部片づけてしまったのだから。

「宇佐美先輩は容赦ないからな」

「そうそう、あいつ手加減とかしねーから。そこはアレよ、やっぱ元漁師な。命がけよ。こえー」

 三吉と毛利が頷きながら言う。

「有能な彼がこちら側でよかった。おかげで助かったのは間違いないし」

 頷く学院長に、やっぱ宇佐美先輩はなんか凄いのかな?と幾久も思った。

「宇佐美先輩、報国院から巻き上げるとか言ってましたけど、いっぱい取られるんですか?」

 幾久が好奇心で訪ねると、学院長はため息をつきながら言った。

「せいぜいシートのクリーニング代金くらいかな、あとは別段、普通の請求しかないよ。こちらとしては想定内だ。相手さんからたっぷり頂くし。ああ、御堀君の御父上がね、快く報国院への寄付を申し出てくれて」

 そのうち詳しい話をするのだという吉川学院長の声ははずんでいる。

 多分、学校にいい話なのだろう。

「じゃあ、喧嘩になったあのオッサンは、痛い目ちょっとは見られるんすか?」

 幾久がもうすでに敬語を辞めてしまうが、誰も咎めないのでもういいや、と素直に尋ねた。

「オレもだけど、誉も彼女も池に落とすし、誉会の奥様なんか汚れた着物にめちゃめちゃ怒ってたし」

 すると毛利が言った。

「そりゃ怒るだろ。話聞いたけど人間国宝の袴だろ?おまけに女の子のほうは手書きの友禅とか、そりゃー発狂するだろうな」

「いくらくらいなんすか?」

 幾久が好奇心で訪ねると、毛利が言った。

「そうだなー、袴の生地だけで……お前の大好きな生外郎、でかいほうがえーと、いくつだ?」

 すると三吉が答えた。

「約二万個」

「そうそう、二万個。って、三吉君、それマジ?」

 三吉は頷く。

「あなたと違って私は算数できるので」

「そりゃすみませんね!というわけで二万個だ二万個」

 幾久は大きな生外郎の値段を考えて、それに二万をかけてみた。

 そしてしばらくして驚き、「えぇえっ!」と声を上げた。

「そんなにするんすか?あの袴が!」

「するだろうなあ。生地を直に卸してもらったならもうちょいお安いかもしんねーけど、普通にデパートくらいならその値段だろ。あと友禅の手書きとか、値段つけたらとんでもねえぞ。三吉君の車くらいいくかもな」

 三吉の車がいくらかは知らないが、以前、中古の家なら買えるくらいの値段とか聞いたことがあった。

「じゃあ、ひょっとして、あのオッサンの弁償金って凄い事になるんじゃ」

 奥様の怒りようは半端なかったし、車も新車で返して貰うとか言っていた。

 そこで幾久は気づいて尋ねた。

「誉、あの奥様の車って、外車じゃなかった?」

 御堀は頷く。

「ベンツだよ」

 車好きな毛利が尋ねた。

「おい、クラスわかるか?わかんねえか?」

 御堀は頷いて毛利に言った。

「そんなに高くないSクラスって聞いた事があります」

 毛利と三吉、吉川学院長の三人が、さーっと青ざめた。

「高いんスか?」

 幾久が尋ねると、三人は、ぼそりと言った。

「お安いSクラスで四桁だ」

「そんなに高くないSクラスってなんだよ。座高かよ」

「やだーすごーいちょっと乗りたい」

 空笑いで笑う大人三人に、幾久は思い出してしまい、つい言った。

「あの奥様、新車で返して貰うってめちゃめちゃ怒ってたけど、だったらあのオッサン、いくらお金取られんだろ」

「さあね。僕は知らないし、いい気味だよ。さんざんうちは金持ちだぞって自慢してたんだからそのくらい安いもんだろ」

 ちょっと待て、と毛利も三吉も吉川も思った。


(Sクラスのベンツ、新車で買わされるって?)

(着物の生地だけでうん百万円するって、どっちもまとめたら多分四桁間違いなし……)

(犯罪行為の証拠ばっちり)


 三人は目を見合わせて思った。

 この勝負、もっと搾り取れるぞ、と。


「さ、そんな不機嫌なお話はやめて、あなたたちもっとケーキ食べなさい。折角用意してあるんですもの」

 玉木の薦めに幾久も御堀も、そうだな、と頷いてケーキに手を伸ばす。


「この紅茶おいしいっすね。いっつもコーヒーだけど、たまに紅茶もいいかも!」

 そういう幾久に御堀が言った。

「だったら芙綺ちゃんに言えばいいよ。彼女の実家はお茶屋だし、紅茶も輸入してたはず。お茶にも詳しいから、春になったら聞いてみたら?」

「そーする!」

 にこにこと満足顔でケーキを頬張り紅茶を飲む幾久は、ご機嫌だ。

「すっげえムカついたし、ひでーめにあったけど、なんかおいしいもの食べたらいっかって思える」

「幾は簡単でいいなあ」

 御堀は笑うも、先生に呼び出されて叱られるどころか、大人に逆らったのに褒められたのはちょっと意外だった。

 報国院生として、よくやったなんて言われるとは、思ってもみなかった。

(戦って良かった)

 そう思って幾久に微笑むと、幾久も笑う。

「いいから誉も食えって。おいしいよ、このケーキ」

「うん。頂いてる」

 おいしいなあ、と食べる二人だったが、大人たちはそれを眺めながら、さて、他にいいネタをもっと落としてくれないかな、そんな風に考えて、じっと待っているのだった。




 ウィステリアに御堀の見合い話がばれてしまい、吉川学院長が冷や汗をかきまくるのは、当分先の話である。


 アシッドスクールボーイズ・終わり

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