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アシッドスクールボーイズ(1)

 御堀のお見合い騒動は宇佐美の大活躍でなんとかウィステリアにばれず終息を迎えた。


 例年よりあたたかい正月を迎え、このまま春になればいいなあ、というのんびりさで報国院は冬休みを終えて後期を迎えた。

 幾久も児玉も、御堀とおなじく鳳クラスに所属することになり、毎日が忙しく楽しかった。


 さてそんな中、事後報告、というより好奇心まんまんの玉木にお願いされた。

 宇佐美から報告があったとはいえ、やはり実際に聞かないと、という事になったので幾久と御堀は玉木、毛利、三吉の教師陣と放課後に話をすることになった。

 場所は学院長室。

 つまり、吉川学院長も当然いる訳で、幾久も御堀もやや緊張気味だ。

「御無礼しまーす」

「御無礼します」

 緊張しつつ、一瞬どきっとするのは、幾久は中学時代を思い出したからだ。

 この学校に来る前に中学で問題を起こした時も、こんなふうに先生方に呼び出しをくらって。

 所が、中に入ると雰囲気は全く違っていた。

「あら、わざわざごめんなさいね」

 そういって出てきたのは玉木だ。

 すでに毛利と三吉、そして吉川学院長が応接セットのソファーに腰を下ろしてのんびりお茶を飲んでいた。

 テーブルの上にはなぜか、アフタヌーン・ティー・セット。

 高そうなポットにティーカップ、三段重ねの皿があり、そこにはぎっしり洋菓子が重なっている。

 おいしそうだなあ、と幾久がケーキに気を取られていると、玉木が言った。

「どうぞ座って。好きなケーキを好きなだけ食べて」

「本当ですか?やったー」

 喜ぶ幾久は早速ソファーに腰を下ろす。

 毛利が給仕をし、全員にケーキをくばり、お茶をティーカップへそそぐと、フレーバーティーのいい香りが漂う。

「いいにおいっすね」

 幾久が言うと、玉木が笑顔で訪ねた。

「この強い香りが苦手な人も多いのよ。乃木君は大丈夫?」

「むしろ好きっス」

 おしゃれな感じ、と言うと玉木は良かった、と笑った。


 さて、そこで学院長、毛利、玉木、三吉の大人四人と幾久と御堀で話をすることになった。

 中身は宇佐美のレポートの確認で、見合いの内容について幾久は全く判らないので御堀が話をするばかりだった。

 御堀いわく、これまでと変わらないし、いままで何度もあったこと、今回は仲人を名乗り出た人が、はしゃいで騒ぎになっただけであって、いつもなら静かに終わっていた、だけど自分はあの空気は好きではなかった。

 そんなことを一通り御堀が言うと、玉木は尋ねた。

「なにか今回は収穫はあったかしら」

 御堀は頷く。

「ありました。―――――ちゃんと僕は戦えるって、幾が……乃木君が教えてくれました」

 幾久がケーキを食べている手を止め、驚いて御堀を見ると、玉木はにこにこと笑顔のまま言った。

「幾、でいいわよ。喋りにくいでしょ」

「……はい」

 そう応える御堀は笑顔だ。

「これまで僕は、問題をおこさないのが大人だって、思ってきました。でもそうじゃなかった。自分を安売りしていただけでした」

 御堀の言葉を、大人は全員黙って聞いた。

「そりゃ、安売りしてればみんな喜んでくれるけど、結局自分が削られていくだけって、僕はやっと気づいたんです」

「あらあら」

 玉木が笑顔で、だけど楽しそうに言う。

「じゃあ、今後は値を上げるの?」

 玉木が尋ねると、御堀は首を横に振った。

「正規の値段にするだけです。僕は自分を見誤っていた。僕はちゃんと、報国院の首席だっていう、自覚がまるでなかった」

 自信がなかったから、こんな事になってしまった、と御堀は言う。

「報国院を立派だって判らせたいっていうのが、僕が勘違いしていた事でした。そんなの、見ようとしない奴には判らない。見下そうとしたい連中は最初からそのようにしか見ない。どんなに自分が礼儀を持っていても、無礼な奴には結局通用しないって、今更気づけました。正しくさえあれば判ってくれる、なんて子供の理屈でした」

 御堀が言うと、玉木は目を細めて尋ねた。

「どのあたりが、子供の理屈なのかしら?」

 すると御堀は頷いて答えた。

「正しくさえあれば、という所です。親でもない人は、僕を正しくなんて評価しない。親でも正しい評価なんかしてくれない。正しさはそれぞれ違うものだし、そもそも、自分の都合のいいものがあったら都合よく使う。それだけのものだから」

「ずいぶんと荒んだ答えだなあ」

 毛利がため息をつくも、三吉は言った。

「でも事実でしょ」

「そりゃそうだけどさあ。賢すぎるよお前さんは」

 ほら食え、と毛利が自分のモンブランのてっぺんの栗を御堀に渡すも、御堀はけっこうですと首を横に振った。

 毛利が栗をもぐもぐと食べながら御堀に言った。

「お前の言う事に間違いはちっともないけどさ、高校生にはちょっとアレなんじゃねえの」

 毛利の言葉はもっともで、言いたいことも御堀にはよく判った。

 だが、御堀は首を横に振った。

「別に親や大人を信用しないとか、そういう訳じゃないです。結局、他人は見たいようにしかものを見ない。そういう人に僕の考えを押し付けるのも無意味だなって」

 そうして御堀は幾久を見て微笑む。

「僕の考えを判ってくれて、助けてくれる人がいれば、それでいいって、そう思ったんです。僕は、傲慢なだけだった」

 傲慢、という言葉に学院長がなにか言いたげだったが、すう、と息を吸うと黙ったまま、御堀に続きを促した。

「僕は、報国院がどういうものか知らなくて、だから必死に報国院の良いところを伝えなくちゃって思っていた。でも、結局、僕の両親も、地元も、報国院を馬鹿にしていた。いえ、自分の地元の学校が最高だと思っています。それは、間違いではないのでしょうけど」

 実際、御堀の通うはずだった学校は、県内では有名だ。

 共学なので学校も大きいし、そもそも高等部だけではない。

 規模も知名度も桁違いだ。

「僕は結局、僕の好きなものをみんなに認めてほしかっただけの子供でした」

 御堀が言うと毛利が呆れた。

「いや、お前さんはまだ子供」

 と、玉木が言った。

「そういう意味じゃないのよ。わかっているでしょ」

「そらそうっすけども」

 未成年、という意味では子供の中に入るのかもしれないが、もう大人になる準備をしなければならないのだから、幼いという意味の子供ではならないのに、結局はそうでしかなかった。

 御堀はそう言いたいだけだ。

 そしてそれを、玉木も他の大人たちもちゃんと理解していた。

「なんか慌てすぎって気がしない?折角未成年でやりたい放題なのに」

「それはあなただけです」

 そういって毛利の栗のないモンブランに三吉がフォークをさして食らいつく。

「俺のケーキ」

「どうせ栗しか食べないくせに」

 ふんと言い放ってもぐもぐと三吉がケーキを食べてしまう。

 そんな中、学院長がやっと口を開いた。

「御堀君、君本人には全く落ち度はないし、あるとすれば当学院の案内の確認を怠った御父上のせい、といえばそうなるのだが。うちとしては無事にウィステリアにばれず終わればそれで良かったし、御堀君が結果としてなにか―――――掴むものがあったのなら、それで良い」

「はい」

 御堀は頷いて学院長に告げた。

「僕にとっては、良い事だらけでした」

 最初はもう嫌でたまらなかった。

 その嫌の理由さえ判らず悶々として、結局小早川にまで八つ当たりのような真似をして。

「幾が来てくれて、僕を救ってくれて。僕はいろんな事に気づけた。あのままじゃ、きっと首席だとしても、きっとみっともない、プライドの塊のいびつなものになってた。そう思います」

 御堀は長井を憎めない。

 きっと自分は、幾久に出会っていなければあんな風になっていたかもしれないとそう思う。

「そうか。結果として、君がいい経験になったと思うのならそれでいい。こちらとしては、単に好奇心で呼び出しただけだ。手間をかけて申し訳なかったな」

 頭を下げる学院長に、御堀はいえ、と首を横に振る。

「父もあれ以来、報国院には一目おいているようですし、以前より僕も、話しやすい気がします」

 あの父と、この先もうまくやれるとは思わない。

 ただ、あんなにも御堀に頭を素直に下げるとは思っていなかったので驚いた。

 だけど思う。

 多分父は、御堀に頭を下げたわけでは決してない。

 きっと報国院や、そんなものの代表としての御堀に謝罪したにすぎないと。

 ただ、今はそれでもいいと思う。

 少なくとも御堀は、これで大手を振って報国院に居る事ができるのだから。


「ところで乃木君」

 御堀の話が終わると、玉木は幾久へ声をかけた。

「はい」

 遠慮なく三つ目のケーキを貰っていた幾久は、玉木に頷く。

「君のやりとりは、聞かせて貰ったのだけど」


 そう、後から聞いて幾久もびっくりしたのだが、あの時、芙綺ふうき、小早川芙綺はなんと着物の懐にスマホをしのばせておいて、しかもしっかりあの小太りの中年男の言葉を録音していたのだった。

 毎回、あんな下品な事を言われていつか仕返ししてやると息巻いて、インターネットで得た知識で、録音することを知って、今回それが役立ったとの事だ。

(女の子って、ほんと凄い、っていうか、あの子が凄いのかなあ)

 おまけに宇佐美も、あの登場の前にちゃっかり様子を録画していたそうで、幾久達に手を上げようとした中年男の動かぬ証拠となったそうだ。

(宇佐美先輩って、なんかほんとちゃっかりしてんだよなあ)

 いつも魚を運んでくる先輩としか思っていなかったけど、スーツ姿はかっこよかったし、全身から有能感あふれさせていたが、後日会うとやっぱりいつもの宇佐美だった。


「でね、そのやり取り。宇佐美君のも、小早川さんのも、うちはデータを貰ってチェックしたのだけど」

「はい」

 あーなんか恥ずかしい、と幾久は思う。

 あの時は興奮していたし、大人にむけていろいろ調子にのってしまったなと自分でも判っている。

 勿論、後悔も反省も全くしていないが。


 毛利と三吉はまるで探るように玉木をじっと観察している。

 玉木はそんな二人を気にせずに幾久に尋ねた。


「君の倒した大人は、君にとってどうだった?」

「どうって……そうっすね。スゲーむかつく嫌なおっさんっした」

 幾久が言うと、毛利もうんうんと頷いた。

「確かにあれはヒデーな。昭和の悪いもん全部かためたみたいになってたな」

「ええ。確かにあれは酷いです。言う事が老人どころじゃないレベルで」

 三吉も頷く。

 普段、千鳥クラスや毛利に暴力的な三吉の言葉には説得力はないが、それでも幾久を叱ろうとはしていないことにほっとする。

「あとは、そうっすね。玉木先生が前教えてくれたまんまの事を言ってて、なんか、逆に萎えたというか」

「あらあら」

 幾久は説明した。

 絶対に自分が感情的になって負けないように気をつけた事、小早川に自分を重ねて同情した事、逃げて欲しかった事。

 玉木の言葉が、あまりにもその通りに向こうから出てきて、まるで回答を貰っているものをそのまま投げてしまうようで、勝つのがつまらないとすら思ったこと。


 玉木はそんな説明をする幾久に、目を細めて頷いた。

「そう、とても楽しかったのね」

「うーん、不愉快でしたけど」

 楽しくはなかった、と幾久は思う。

 できればあんなのはもうごめんだし、御堀や小早川が傷つくのは見たくなかった。

 殴らなかったのが心残りだが、果たして殴ってもすっきりしたかどうか。

 少なくとも、去年、同級生を殴っても、幾久の心は晴れなかった。

 玉木は幾久に尋ねた。

「大人をボコボコにしたのはどうだった?気持ちよかった?」

 幾久は言葉を思わず飲み込んだ。

 玉木のその含みに、勿論御堀も幾久も気づかないはずがない。

 責めているわけではない。

 玉木はそういう大人ではない。

 だったら、つまり聞きたいのは素直な幾久の気持ちだ。


 幾久は答えた。


「―――――めっちゃくちゃ、気持ち良かったっす」


 あまりに素直な言葉に、毛利も三吉も目を見開いた。

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