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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【22】天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝【内剛外柔】
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多分君はいまつらいから

「じゃあさっそく移動するか。時間はあるって言っても渋滞したら意味ないし」

 宇佐美が立ち上がったので幾久も「ウス」と立ち上がる。

 そんな幾久の様子を見て、女の子は「ちょっと待ってて」と席を外す。

 すぐに戻ってきて、小さな紙袋を幾久に渡した。

「なにこれ?」

 幾久が尋ねると女の子は言った。

「外郎。作り立てじゃないけど、あげる」

「えっ、ありがとう!」

 幾久は女の子に頭を下げた。

「別にいいよ。どうせ私の貰い物だし。椿子さんを結果的に助けることができるなら安いもんだし」

「やっぱり、お姉さんの立場って良くないの」

 幾久が尋ねると女の子は頷いた。

「全然良くないね。とくにアイツに関しちゃ親がやたら手を出すけど椿子さんが全力で庇ってるし。あ、でもそこまで気にする事ないよ。椿子さん絶対に負けてないし、ついてく職人も多いから。いまやってんのは、単に私がそうしたいだけだから」

「―――――そっか」

 ありがとう、と幾久はもう一度頭を下げる。

「なんとかして誉を助けてくる。邪魔かもしんないけど」

「面白そうだし、うまくいったら絶対椿子さんの有利になるから応援する」

 女の子は笑顔でそう言った。



 御堀庵から出て、宇佐美と幾久は車に乗り込む。

 女の子はもし見つかったらまずいので見送りはしないと言った。

 幾久も宇佐美もお礼を伝えると、すぐ車に乗った。

 宇佐美がエンジンをかけ、ナビに行き先を入力する。

 目的地は周防市の隣の市にある、毛利邸。

「天満宮には行かないんスか?」

「三が日でしょ。多分、お参りで人が多いと思うんだよ。だったらこっちで待ち伏せしたほうが確実かなと」

「そっか、神社だから」

「そーゆうこと」

 頷くと宇佐美はアクセルを踏む。

「うまくいきゃ、一時間かからずに到着するだろ。渋滞したらきついけど、まあそれでも何とかなるだろ」

 宇佐美はそう言ってハンドルを回す。

「さて、じゃあ行きますか!」

 宇佐美の車は軽快に、御堀庵の駐車場を出たのだった。

 車に乗ったまま、幾久は早速貰った外郎を取り出して食べ始めた。

 宇佐美がそれをみて噴き出す。

「いっくん、さっき食ったばっかだろ」

「外郎はいつ食ってもうまいんす。特に誉ん家のは」

 御堀庵の外郎にすっかり打ちのめされて以来、幾久は出来る限り、目につく外郎を買ってはみたものの、やはり御堀庵の外郎が一番好きな事に気づく。

「よそはよそで、うまいんすけどやっぱオレの中でこれが一番っス。それに今から決戦かもしれないんスよね?だったら食っておかないと」

「なるほどねえ」

 宇佐美は笑う。

「確かに、面倒そうな事にならなきゃいいけど。ま、その為に俺がこうして来てんだからさ」

「宇佐美先輩は楽しそうっスね」

「楽しいよ?死なないトラブルなんてどうクリアするか考えたら面白いじゃん」

「死ぬトラブルって何スか」

 そうそう日常で死ぬトラブルなんてないと思うのだが、幾久が尋ねると宇佐美は答えた。

「漁船の上でのトラブルはなんでも死ぬよ」

「あ、」

 幾久はそこで宇佐美が漁船に乗っていた事を思い出した。

「そういや宇佐美先輩は、なんで漁師になろうと思ったんすか?」

 確か、宇佐美は漁師を一年やってから報国院に入ったので、毛利達と学年は同じでも年齢はひとつ上と聞いた。

 中学を卒業してすぐ漁師なんてそうなろうと思うものじゃないだろうに。

 すると宇佐美は苦笑して言った。

「俺、ガキだったもんでさ、世の中の連中が馬鹿に見えたんだよ。どうせ働くのに勉強とか馬鹿だろって思ってさ。俺、こう見えても中学の頃は成績良くて、高校もどこでも入れたけど、成績良いだけでチヤホヤされるってのが我慢ならなくて。まあ反抗期だったんだろうけど」

「でもそれでなんで漁船なんすか」

「勉強は関係ないし、教師から絶対にやめろ、進学しろって言われたからかなあ。多分反抗期じゃね?」

 いくら反抗期とはいえ、思い切った事をするなあ、と幾久は驚く。

「そんで、知り合いに頼んで漁船に乗せて貰って。まー後悔しまくった。キツイなんてもんじゃなくてさ。小僧のプライドなんか、あっという間にベッキベキにへし折られたわ。帰りたくても何か月も帰れないし、油断したら船から落ちて死ぬし」

「……コエー」

「ほんとコエーよ。でもそのうち仕事も覚えてきて、ちょっとは役に立つようになってきた時にさ、世話やいてくれた漁師のじーさんが学校に行けって言ってくれてさ」

「そこは反抗しなかったんすか?」

 反抗期で進学しなかったのなら、そのまま漁船に乗っていそうなものだし、学校に行けと言われたら反抗しそうなものなのに。

 幾久がそう思い聞くと、宇佐美は言った。

「もしそのじーさんが『学校に行かないと将来云々』みたいな説教だったら絶対に聞かなかっただろうけど、『若いんだから無駄な時間を過ごせ』って言ったもんだからさ」

「無駄な時間?」

「そう。普通の大人ってさ、時間を無駄にするなってウルセーじゃん。実際、中学の頃の教師も、時間を無駄にするなって物凄くうるさかったんだよ」

 普通の大人であれば、それは子供に対してよくある言葉だろう。

 だけど『無駄な時間を過ごせ』とは妙な事を言う大人だ。

 宇佐美は続けた。

「けど、世話役のじーさん……銀将(ぎんしょう)って名前だから、みんなギン、とか銀さん、って呼んでたけど、その銀さんはちょっと変わったじいさんでさ。わけー時には無駄が許されるんだから、むしろ無駄に見える事をやっとけって。お前にとって学校が無駄だって思うなら、無駄な理由を自分で探しに行けって。漁師はそのあとでもいいだろって」

「なんか、ちょっとカッコいいっすね」

「そういう事言う大人って周りにいなかったからさ。せっかく成績がいいのに勿体ないってうるさくってさ。実際、俺は学校なんか無駄と思ってたけど、早く働けば金が手に入るから、としか答えらんなかったし、じゃあなんでそんなに金が欲しいのかって言われても、何も思いつかなかった。欲しいもんもなかったし」

 ただの反抗と意地で漁船を選んでいざ乗ったけれど、仕事は想像以上に辛く厳しいもので、しなきゃよかったと何回も後悔したと宇佐美は言った。

「学校なんか無駄としか思えなかったけど、でも理由が見つかったらすぐ辞めればいいじゃねえか、って言われて確かにそうだなと思ってさ。丁度一年近くたってたし、時期的にも受験できるし、だったら報国院なら名前さえ書けば入れるから、面倒だから報国院にしよって」

 確かに報国院は千鳥クラスなら名前さえ書けば合格する。

 だが、その代わり物凄く授業料や寮費がお高いはずだったが。

「よく親が許しましたね。千鳥って高いんじゃないんすか」

 宇佐美はははっと笑って言った。

「だって俺、自分で稼いだ金で入ったもん」

「え?!」

「新米とはいえ遠洋の漁船乗りだぜ?例え三年間千鳥でも余裕で支払える額稼いだから。バイクもそれで買ったんだよ」

「えー!そうだったんすか。つか、そんなに稼げるんすね」

「いっくん船乗る?」

「乗らないっす。魚は魅力的っスけど」

 幾久が首を横に振ると、宇佐美は爆笑しながら「それがいいよ!」と笑った。

 宇佐美は続けた。

「でもその『無駄な時間』のおかげで杉松にも会えたし、こうしていまは漁師じゃねえけど仕事はそっち関係やらせて貰えるし。あのまま漁師やってりゃやってたでそれなりに面白かったかもしれないけど、絶対にこっちの方が俺には良かった」

「すげー断言しますね」

 幾久が言うと、宇佐美は「いっくんだって判るでしょ」と笑う。

「報国院にはその価値があるよ。面白いもんね」

 幾久も頷き、宇佐美に言った。

「オレも誉も報国院が好きっス」

「……あの子見てると、俺らの世代の事、思い出すよ」

 宇佐美は思う。

 本当にあの子は、学生の頃の青木や三吉によく似ている。

 どちらも口が相当悪く、性格もきつく、その分繊細に出来ていた。

 だから二人とも、杉松を救いにして、杉松も惜しげなく応じてやった。

 杉松はまるで子供を愛する親のように、当然の顔で二人を守った。

 杉松自身は親に捨てられたようなものなのに。

 だから、愛されなかったから愛し方が判らない。

 それは宇佐美にとって言い訳としか思えない。

 なぜなら、杉松はそんな環境でも、全力で誰かを愛する事をちゃんと覚えて実行して、だからこうして未だに皆に愛されているからだ。

(ほんっと、面白いよね、報国院も御門も)

 どことなく杉松に似ている幾久、そしてどことなく青木や三吉に似ている御堀、そしてなぜかよしひろや毛利に教えを受ける児玉。

 いつのまにか御門は、いつも似たような面子を揃えてくる。

 だから杉松に似ている幾久も、こうやって躊躇いなく友人を助けに行くのだろう。

 宇佐美は言った。

「みほりんは、だからいま辛いだろーな、とも思うよ」

 幾久は黙って話を聞いた。

「多分、ずーっとこっちで育って、疑問を持たなかったんだろうけど、こっちに来て楽しいなら、多分なにか思う事があったんだろうね。いいとこの坊ちゃんなら余計に。そんでここんとこ、イベント続きだし、みほりん御門に入りたくて入ったばっかでしょ?それなのにたった数日の帰宅もテンション上がらないのはなんかあるかなって思いはするよね」

「オレも、思うっス」

 御堀に詳しく家庭の事情を聞いた事はない。

 ただ、姉とは仲が良さそうだし、お坊ちゃんということは否定しなかった。

 でもひょっとしたらそれは言わないだけで、なにかやっぱり抱えていたものがあったのかもしれない。

 だからあんなにも、『立派な報国院生』というのに拘っていたのではないか。

 無理をしまくって逃げ出してしまう程、頑張らなければならないと。

「誉は、報国院も御門も、合ってるって思うんス」

 あの山縣ですら、御堀は御門に向いてると言ったし、御堀が来るときに邪魔どころかひっそりサポートっぽい事もやっていたらしいのだから驚く。

 御門に似合わない、無理矢理なじめ、と言われた幾久とは違う。

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