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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【22】天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝【内剛外柔】
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先輩の昔話が意外過ぎてついていけない件について

 高速は運よく車があまり通っていなかった。

 正月だから多いかと思ったけど、時間が早いからかな、と宇佐美はほっとしたようだった。

「高速のほうが時間計算しやすいからさ。できれば下は通りたくないんだよな」

 下、とは高速ではない一般道路の事だ。

「ま、時間見ながら様子探るか。いっくん、見たいDVDとかボードの中探っていいよ。退屈でしょ?」

 ナビの操作画面を弄りながら宇佐美が言うが、幾久は首を横に振った。

「別に大丈夫っす。暇になったら言います」

「そっか、じゃあいいか」

 宇佐美はそう言って運転を続ける。

「宇佐美先輩、車とか好きなんすね。バイクもあるし。昔からっすか?」

 幾久が訪ねると宇佐美が頷いた。

「バイクって自由度高いでしょ。高校の頃から乗ってるよ。車は高校卒業してから、この辺じゃ仕事で絶対にいるしね」

「毛利先生も三吉先生もスポーツカー乗ってますもんね」

 毛利と三吉は大の車好きで、三吉なんかはかなり高い車のローンを払うために無理やり報国寮に住み込んでいるらしい。

 幾久にはどこがいいのか分からないが、こうして気軽に動けるのはちょっといいなと思う。

「みよはなあ。ああ見ええてエンジン音好きだからな。高校生の頃なんかも俺のバイクに興味津々だったし」

「御門寮だったんすよね」

「そう。俺と杉松と常世とよしひろが同じ学年。ひとつ下がみよ、長門……犬養ね。あと長井。その下が、青木と福原、来原」

「一学年、三、四人だったんすね」

「そそ。なんかそのくらいだったね。その下に集になるけど、俺とは学年が三年違うからさ、一緒に住んではなかった」

「そうなんすね」

 そう考えると、今もだが昔はもっと濃い面々が御門寮に居たのだなあと思う。

「名前聞くだけで賑やかそう」

「ま、確かに騒がしかったな。特に青木らが来てからはもう毎日カーニバル状態で。長井が怒るのも判らんでもないっていうか」

 ははっと宇佐美は笑う。幾久は訪ねた。

「その時の御門の総督は、やっぱり杉松さんだったんですか?」

「うん。一応俺ら年上だし、常世とよしひろが従うのって杉松だけだったからさあ。ま、妥当だよ。実際うまく回ってたし」

「なんで宇佐美先輩じゃなかったんすか?」

 年齢で言うなら宇佐美だって杉松と同じ年齢だったはずだ。

 しかも宇佐美は漁師をやっていたのだがら、社会経験があるのでそういう意味では宇佐美の方が向いているのではないだろうか。

 幾久が不思議に思って訪ねると宇佐美は答えた。

「だって俺、杉松みてーに厳しくねーし」

「杉松さんって厳しかったんですか?」

 初めて聞く情報に幾久は目を開いた。

「みんな杉松さんの事、優しいとか穏やかとか良い人ってばっか言ってるのに。厳しいなんて初めて聞きましたけど」

「うーん、俺は割と最初から、杉松の厳しいというか、容赦のないところが好きだったんだよな。でもあの頃ってみんな学生だろ?杉松の穏やかさばっかり強調されたっていうか」

 宇佐美はそういって笑う。

「杉松はそりゃ厳しい奴だったよ。でもほとんどの奴がそれに気づかない。言い方だってゆっくりで静かで穏やかだから、甘い事や理想論を言ってると勝手に思う。でも実際はどこまでもリアルな事しか言ってないし、それは実際かなり厳しい事ばっかだと思うよ。長井なんかそれに混乱して切れてたからな」

「ああ、」

 幾久は、ついひと月前に来た先輩の事を思い出した。

 長井は、三吉と犬養と同じ学年で、今は世界的に有名なチェリストだが、御門寮でもめ事を起こした。

 それを片付けてくれたのが御堀や児玉、そして意外な事に山縣だったりもしたのだが。

「長井先輩っておかしな人でしたよね。杉松先輩の事嫌ってるくせに、杉松先輩に自分が嫌われてるとか思ってなくて」

「いっくんまさかそれ長井に言っちゃったの?」

「言いましたけど?フツーに」

 宇佐美は噴出し、苦笑した。

「あーあ、そういう所あれだよ、若いよなあ」

「なにがっすか。だって話聞くだけでも絶対、杉松さんって長井先輩の事嫌いっていうか苦手っていうか、嫌ってたと思うんス」

「間違ってないけどさあ。でもそれ言っちゃうんだなあ」

 宇佐美は楽しそうに笑って肩を震わせた。

「いっくんって基本杉松に似てるけど、そういう杉松が隠してる所を言っちゃうのがなあ」

「えっ、なんかマズかったっすか?」

 隠すも何も、あれを気づかない長井のほうがどうかしていると幾久は思う。

 自分が嫌っているなら、相手から嫌われたって仕方がない事だろう。

 態度が悪いなら尚更。

「いやー、マズくはねえけどさ。長井は多分、それ知らなかっただろうから荒れただろうなあと」

「逆切れしてチェロ弾いてました。上手かったっす」

「いっくんて、そういう所はいっくんだよなあ」

 宇佐美はシートに体を預けてハンドルを叩いて笑う。

 よっぽどツボなのだろう。

「長井はああ見えて甘えてんの気づいてねーからな。杉松もそこ注意してたんだけど、いまだに気づいてねーのか。そっか。そう変わんねーよな、人なんか」

「青木先輩と福原先輩も、長井先輩の事嫌ってますもんね」

 十一月、長井のチェロコンサートが行われたすぐ後、こともあろうにグラスエッジがゲリラライヴを校舎の屋上で行ったものだから、そのあとの盛り上がりはすさまじく、長井のチェロの事なんか皆、きれいさっぱり忘れてしまった。

 おまけにメンバーが御門寮にまた泊まりに来て、その夜はひどい騒ぎだった。

 長井の編曲した曲を、夜に青木と福原の二人がおもちゃのピアノとギターで奇麗に弾いていたのに、あの二人ときたら感心する幾久の前で『長井君の曲のお葬式やってたwwwww』だの『ほんっと自己顕示欲ばっかでバランスわりー編曲だわwwwww』とこういう時だけ見事な意見の一致を見せて長井をディスっていた。

 奇麗な曲だと思いますけど、と幾久が一応のフォローを入れるも、青木はふんぞり返って『僕が作った曲だもん!』と胸を張るし、福原は『いやあー青木君のバランススキルは鬼だよねー、ちゃんとあの頃の下手な俺らがうまく聞こえるアレンジしてんだもん。あ、俺のとこはちっとも容赦ないけどね!天才だから?』『恥かかせたいからに決まってんだろくたばれ』『青木君ひどーい』という有様で、やっぱり素直に嫌いなんだなと感心した。

「あいつらもいきなり寮に帰って来だしてから生き生きしてるもんな。宮部さんが止めなかったら毎日でも帰ってきそうな有様じゃん」

「迷惑っス」

 そう幾久は返したが、あれ、と気づいた。

「先輩たち……アオ先輩とかって、これまで御門に帰ってなかったんスか?」

 宇佐美は答えた。

「そーだよ。だって思い出がありすぎるでしょ。報国町に帰るのもやっとって感じだったのに、寮なんか入れるわけないし」

 さらっと宇佐美は言ったが、それって結構な事なんじゃ、と幾久は宇佐美を見つめた。

 ちらっと幾久を見た宇佐美は、笑って答えた。

「それだけ、あいつらにとって杉松の存在ってのはデカかったんだよ。あの頃って学院長が違っててさ、報国院にしては自由度高くない時期だったんだよ。長井なんかクラシックだろ?あっちの方が優先されて、青木のバンド活動はいい顔されてなかったんだよな」

「でも、アオ先輩って凄い天才だったって」

「そりゃもう、神童ってレベル。その青木がクラシック辞めてバンドなんかしてるんだから、学校は無理やり青木をクラシックに戻そうとしたりな」

「―――――そう、なんすか」

 てっきり、あんなにも成功している人たちだから学校もサポートして、皆から求められて、そんな活動をやってあんな風に大きくなったのだ、と幾久は思い込んでいた。

「それをずっと庇ってたのが杉松。実は入学した頃は青木はスゲー杉松を嫌ってたんだよ」

「えぇ?!あのアオ先輩が杉松さんを?!」

 幾久は驚きのあまり大きな声を出してしまった。

「信じられないだろ?でも本当。ほかの連中はそこまででもなかったけど、青木からしたら杉松みたいに『正しい』奴はそれだけで苦しいんだよな。杉松もそれをよく判ってて、青木にけなされても嫌がられても、ずーっとニコニコしてたよ」

「あのアオ先輩が、杉松さんを、嫌ってたって」

「いっくん驚いてんなあ」

 苦笑する宇佐美に、幾久は「そりゃそうっすよ!」と返す。

「事あるごとに杉松先輩は凄い、いい人だってスゲーっすもん」

 幾久に異常なほどべたべたするのも、幾久が杉松に似ているからだと言っていたし、幾久への溺愛ぶりは、本当は失った杉松へ渡したい愛情だろうと判る。

 だから幾久も出来るだけ我慢しているところがある。

「そう、青木って基本、人間嫌いっていうか、信用してないから。そんな所に一見、大人受けいい優等生みたいな杉松いたらそりゃ噛み付くだろ」

「ってことは、思い込みで?」

「そそ。単純に思い込み。杉松もそこんとこはあえて否定もしやしないだろ?割と噛み付かれてたけど、全く気にしなくて、そこがまた青木には気に入らなかったらしいな。そんな青木にみよがぶち切れて喧嘩したり」

「えーっ!あの三吉先生がアオ先輩と?!」

「いっくん驚いてばっかだな」

 楽しそうに宇佐美は笑うが、幾久からしたら信じられない情報ばかりだ。

「だって三吉先生とアオ先輩、仲良しじゃないっすか」

 杉松大好きブラザーズと言ってもいいくらいに、あの二人は杉松を崇拝しているので喧嘩するのも信じられない。



「今はもうな。けど最初はんな事なくてさ。いやー凄かったよ、ほんと凄まじい喧嘩してさ。あれに比べたら長井なんか可愛いもんだって」

 はははと宇佐美は笑っているが、幾久はぽかーんと驚いたままの口がふさがらない。

「なんか……思ってたのと全然違うっすね、先輩らの昔」

「そーいう事もあったってだけで、過ぎてしまえば今とあんま変わんないよ?最終的には杉松の取り合いで、二人が隣にべったりだったからな」

「そこはなんか判るっスけど」

「だから杉松死んだとき、青木は荒れてたみたい。ハルも瑞祥もみんな自分の事に必死でさ。ま、俺もだけど。杉松に兄貴役頼まれちゃって。俺、そういうの全然向いてねーのに」

「そうっすか?なんかスゲーお兄さんじゃないっすか。ハル先輩も瑞祥先輩も弟だし」

「いっくんから見てそう見えるのは、多分杉松の真似してる俺だよ。俺は一人っ子だし、経験ないからさ。なんとか杉松の望みには叶ってるかなと」

 幾久からしたら、どこまでも弟に甘い兄貴のような宇佐美しか知らないので、そうじゃないと言われるほうが不思議だ。

「杉松さんって、弟に……瑞祥先輩に甘かったんですか?」

「甘いなんてもんじゃないよ。そりゃもう、子供初めて持った父親みたいなもんでさ、ずーっと瑞祥らの後を追いかけてて。ハルも懐いてたし、一緒に可愛がってたからなあ。ハルのきっつい所は間違いなく六花の影響だけど、面倒見いいところは間違いなく杉松の影響だよ」

「六花さんははっきりしてますもんね」

「おっ、いっくん言葉選ぶねえ。ただあのきっつい六花ですら、杉松の容赦のなさには苦笑してたからなあ」

 幾久は宇佐美に尋ねた。

「あの、単純に興味なんすけど」

「うん、何?」

「杉松さんの容赦のなさって、例えばどんなところっすか?」

 青木や三吉、ほかの人の言う『優しくて穏やかな杉松』と宇佐美の言う『容赦のない杉松』の様子が幾久の中では合致しない。

 それに容赦がない人を、あんなにも好きでいられる理由は何だろう。

 青木なんて幾久とそう面識がなかったというのに、似ているというだけでうざいほどの激愛ぶりだ。

「そりゃ簡単で、正直で素直で、正論をきちんと言うってところだよ」

「それだけ?」

「それだけって言うけど、正論をきちんと言える奴なんかそう居ないって。人って自分にちょっとでも非があったりしたらやっぱ強く出られないじゃん。相当馬鹿か無責任な奴でもなければさ」

「そ、うかもっすけど」

「杉松はそういう所で無責任でも馬鹿でもなくてさ。他人にきっつい事言う分、自分にも滅茶苦茶厳しかったのな。厳しすぎて自分が参っちゃうくらいに。その正論を論破しまくったのが六花でさ」

「それはなんか、判る気がするっス」

「厳しい分、自分の失敗にも物凄い負荷かけてたからさ。ここ来た頃はぼろぼろだったよ。けど瑞祥の面倒見て、ハル可愛がって、六花にプロポーズして付き合うようになって」

「ちょ、ちょっと待ってください。ってことは、学生の頃にプロポーズしたんすか?杉松さん」

 それは話が早すぎる。

 凄いと思って幾久が訪ねると、宇佐美は笑った。

「学生の頃もなにも、あいつら出逢ってすぐに結婚決めてたぞ」

「は―――――?マジっすか?だってそん時って、杉松さん、オレとそう変わらないっすよね?」

「変わらないどころか、丁度そのころじゃないか?俺ら一年高校浪人してっからさ。出逢って杉松がすぐプロポーズ決めて。いやーあれはびっくりしたわ」

「オレもびっくりっす」

 てっきり学生時代から付き合って、大人になって結婚したものと思い込んでいたので、出逢ってすぐとは、幾久の考える杉松のイメージとは随分と違う。

「なんか堅実で立派な優等生っぽいのかと」

「そうは見えるけど、もしそうだったらあの常世とよしひろが従うわけないだろ?みよも青木もだけど。あと福原と来原に」

「全員じゃないっすか」

「あはは。でもそうだろ。あんな癖のある連中がなんでああも杉松にべったりかって、そういう所があるからだよ」

 確かにそれは納得できる理由だった。

 幾久も知っているが、あの先輩連中は確かに面倒くさいし、学生の頃は今よりもっと面倒な人だったろう。

「杉松は正直でどこまでも厳しかった。頼られればどこまでも応えたけど甘えには容赦なかった。弟らにはんな事ないけど、基本、杉松は弟以外には厳しい奴だよ。長井ってさ、なんだかんだ甘かったろ」

「よくわかんないっすけど。でも自分の妄想通りじゃないとすぐ腹たてて面倒な人だなって」

「それよ。それがマザコンって奴よ。もう赤ん坊じゃねえのに、妄想の希望通りにならねーと途端、世間が悪いってヒステリーを起こしだす。寮で『おかーさん、おしっこ!』なんて通用しねーよな。だから杉松はきちんと『トイレに行きたいので手伝ってください』って言えって教えてたんだけど」

「子育てじゃないっすか」

 幾久が呆れると、宇佐美はニヤッと笑った。

「そう。まさに子育てよ。長井本人は苦労したとか言ってるけど、実際は甘ちゃんだ。他人の為に動かないくせに、他人が自分の為に動かないと腹を立てる。そしてその意味が理解できない」

「……」

 今思えば、幾久は長井と同じだった。

 入学してすぐ、寮で山縣に怒ったのも、自分の想像と違う事を言われたからだ。

「―――――なんか、オレ、御門で良かったっす。マジで」

「どしたのいっくん、突然」

「もしそうじゃなかったら、オレも長井先輩みたいになってたかもって思うんス」

 ずっと被害者意識ばかり強くて、報国院に来てもつまらない。

 そんな風に思ったかもしれない。

「癖はありすぎだけど、瑞祥先輩とかハル先輩のおかげでいろいろ気づけたなって思うんス」

 去年の自分を思い返すと、何を考えていたのかすら思い出せない。

 毎日、これといった考えもなく、面倒くさいな、かったるいな、そんな事ばかりしか考えていなかった気がする。

 その感情すら思い出せない。

「まあ、あいつらは癖しかねえみたいな奴らだからな!」

 楽しそうに宇佐美が笑う。

 高速を進んでいくと、宇佐美が言った。

「お、パーキングあるからちょっと休むぞいっくん。決戦の前に休憩な」

「はい!」

 幾久は思わず決戦と言う宇佐美の言葉に背を伸ばした。



 パーキングエリアに到着し、宇佐美と幾久は車から降りた。

 ぐっと体を伸ばして深呼吸する。

 パーキングは新しくてきれいで、お店も中にあるようだ。

「トイレ行っておくかあ」

 宇佐美が言うので幾久も一緒にトイレについて行った。

 トイレの数も多いし、まだできたばかりなのか新しい。

 手を洗い、車に戻ろうとすると宇佐美が幾久を止めた。

「ちょっと買い物してこ。飲み物欲しいんだよね」

「あ、じゃあオレも」

 幾久は宇佐美についてパーキングエリアの店舗へ向かった。


 中は当然、こちらもまだ新しく、お土産が山と積まれていた。

 名物やお菓子、調味料なんかも沢山あるし、地域限定のキーホルダーやグッズもある。

 長州市はふぐが名産なので、これでもか!とふぐとコラボしたキャラクター商品もあったりして、誰需要なんだろうと幾久は苦笑した。

 飲み物も大量に種類があったので、幾久はお茶を、宇佐美はミントのタブレットとコーヒーを買った。

 お土産品が置いてあるエリアの向こうは食事をするエリアになっていて、ファミレスのようにテーブルがたくさん並んでいた。

 店舗もフードコートが並んでメニューは多そうだ。

「いっくん、もうお腹すいた?」

 フードコートを見ていた幾久に宇佐美が訪ねるが、幾久は首を横に振った。

「いえ、ちっとも。店が気になっただけっス」

「そっか。もし帰りに食事時間と重なったら食って帰ろうな」

 宇佐美が言うので頷くと、お土産のエリアとフードコートの合間に、別の店があることに気づく。

 ちょっとした小さな店だが、上品そうだなとのぞき込むと、そこには『御堀庵』の文字があった。

「宇佐美先輩、この店って」

 幾久が訪ねると、宇佐美は、ああ、と頷いた。

「そうそこ、それがみほりん家の店だよ。出張店舗」

「そうなんだ」

 幾久はまじまじと店を見た。

 紫色をベースにした暖簾がかかっていて、並べてあるお菓子は日持ちのするパッケージされた外郎と、和菓子がいくつかあったが地味でも上品そうだ。

 幾久には見慣れたパッケージだったが、こういう場所で不意にみるとちょっと驚く。

「御堀庵は外郎が有名でね。美味しいから全国区で何度もテレビに出たこともあるし、評判もいいよ。地方の人なんか絶対に美味しいって言うし」

「確かに、誉ん家の外郎はめちゃめちゃおいしいです」

「あはは、買ってく?」

「や、どうせ誉にお土産で貰うんで」

 そこはちゃっかりと幾久は首を横に振った。


 車に戻り、宇佐美は運転席傍のボトルホルダーにコーヒーを置いた。

「さ、じゃあ出るか。いっくん、シートベルトは?」

「完璧っす」

 そういってベルトを見せると、宇佐美が頷いて「よし!」と車を出す。

 通り過ぎるパーキングを見ると、店舗の外に飾られた御堀庵の大きな暖簾がはたはたと風に揺らいでいた。

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