去年の僕らは君を知らない。出逢ってくれてありがとう
「それって幾久を神様にして祀るのか?幾久神社?」
「いや、乃木神社はもうあるからさ。そこはどうなるのかな」
大真面目に言う御堀に幾久は呆れて言った。
「どーにもならない」
新年早々、金儲けばっかりだな、と幾久は呆れるが仕方がない。
これが御堀で、経済研究部の方向なのだ。
真っ暗な中、いつも通う海岸へ向かう。
以前、御堀を海岸へ迎えに行ったとき、児玉が待っていてくれた場所の階段から登っていく。
「暗いから足元気をつけろよ」
毛利の声に、先を歩く品川達から「うーす」と声が上がる。
スマホのライトで足元を照らすとかなり明るく、人数も多いので遠足のような気分だ。
階段を登りきると、昔、見張り台だった石垣の残る広場へ到着した。
そこから曲がりくねった道を降り、海岸へ向かう。
下り坂を誰ともなく、小走りで駆け下りてゆく。
波音がすでに聞こえてきて、思わず御堀は笑顔になっていた。
「とうちゃーく!」
たどり着いた、夜明け前の海岸は真っ暗だ。
だけど、やはり地元の人だろう、何人も待っていた。
「おーい、常世!こっちだ!」
そう声をかけてきたのは、マスク・ド・カフェのマスター、よしひろだった。
「おう、もうやってんのか」
そう言って毛利はよしひろたちが居る場所へ向かう。
どうやらよしひろ率いる社会人プロレス団体『モカ・リブレ』のメンバーが集まっているようだ。
「やってるって、何を?」
幾久がのぞき込むと、児玉が指差し、それを見て御堀含め、全員が「ああ……」と苦笑した。
大人たちは海岸で火を焚いて、酒盛りの最中だったらしい。
「なんだ、三吉先生と変わりないじゃん」
三吉は酒の気配を察すると、早速そちらへ向かっている。
「お正月だからって」
あーあ、と山田が呆れるも、幾久は笑った。
「しょうがないよね」
なんたってお正月だ。
ちょっとくらいは羽目を外したいのだろう。
大人たちは集まって、にぎやかにおしゃべりを始めた。
幾久達は皆、海岸へと降りて行き砂浜を踏む。
「日が昇るまで、どんくらい?」
「もーちょいかなあ」
スマホで時間を見ると、ぼちぼち、といった所だ。
いつの間にか、児玉、御堀、幾久の三人は海に向かって並んでいた。
「なんか、今年いろいろあったなあ」
児玉が言うと幾久が言った。
「タマ、もう去年だよ。年あけたんだからさ」
「あ、そっか。もう来年だったな」
「そうそう」
微妙にずれた会話をしながら、御堀が噴出した。
「ほんと、去年はいろいろありすぎた」
「誉は特に、秋から凄かったな」
児玉が言うと、御堀は「まあね」と肩をすくめた。
「自分でもちょっと驚いてる。行動力はあるほうだと思ったけど」
「さすがFWってか」
「関係あるの?それ」
幾久の言葉に御堀が苦笑する。
「でもなんか、ホント、いろいろ凄かった。一年前は、こんな事になるとか、想像もしてなかったもん、オレ」
内部進学のつもりだったので、受験に忙しかったわけではないが、それでも冬休みは塾に通い、空いた時間はゲームばかりしていた。
(去年、なにやってたっけ)
年末、どんな風に過ごしたのか、幾久はちゃんと思い出せない。
久しぶりに親が家に居て、母親はテレビを見ていた気がする。
おせちはいつもデパートかどこかで母親が買ってきて、それを普通に挨拶して食べただけだった気がする。
さっき、六花の家でごちそうになったおせちは、母親がデパートで買ってくるような華やかなものではなかったけれど、麗子が作ってくれる料理と同じ味で、どれも嫌いじゃなかった。
お屠蘇をごちそうになったのも初めてだ。
お酒なんかいいの、と驚く幾久に、材料はアルコールをとばしたみりんだと聞いて、それでも指先でちょっと舐めただけ。
お屠蘇はとても縁起がいいものだから、と笑っていると、やっぱりそんなものでも三吉がかっさらっていった。
「―――――楽しかったなあ」
幾久がぼそりと呟く。
一年前は、こんなにもにぎやかな年越しは想像していなかった。
これまでずっとそうだったように、普通に、ただ過ぎてゆく行事でしかなかった。
でも、今年は違った。
賑やかで楽しくて、忙しくて面倒くさくて。
幾久の手を御堀が握った。
「これからもずっと、楽しい、だよ」
御堀の言葉に、幾久は胸がいっぱいになった。
「だね。うん、間違えた。楽しい、だ」
幾久のもう片方の手を、児玉も握った。
「御門に居るんだ。絶対に楽しいに決まってる」
「そうだね。そうだ」
去年、こうしてこんな知らない場所で、夜明けを待つなんて想像もしていなかった。
思いがけない事だらけで、本当に忙しかったのに、思い出すのは楽しい事ばかりだ。
「今年もよろしくな、タマ、誉」
「―――――うん」
「ああ。こちらこそ」
そうして待っていると、空がゆっくりと明るくなってきた。
「あ、ぼちぼちかな」
「みたいだな」
三人で並んで、海の向こうの夜明けを待った。
徐々に白い光がぼんやりと見えて、オレンジ色に染まりだす。
並んでいる三人の所へ、山田が走ってきた。
「明けるぞ!」
「そうみたい」
すると、品川も入江も、服部も並んだ。
「うわー、案外はえーな、すぐじゃん」
「俺、録画しよ」
服部がそういってスマホを取り出すと、品川も「俺も!」とスマホを向けた。
「幾は?いいの?」
児玉と御堀と手を繋いだままの幾久に御堀が訪ねた。
「いーよ。覚えとく。要るなら昴にデータ貰うよ」
「そう」
御堀は頷き、手を強く握り返した。
「じゃ、いいね」
「いーよ」
幾久は児玉の手を握り、三人でずっと夜明けを見つめていた。
日が見えると、誰ともなく拍手を始めて、明けましておめでとう、と挨拶を始めた。
「おめでとう。二回目だけど」
御堀が言うと、幾久も頷いた。
「そうだね。こっちが本当のおめでとうなのかな」
「どっちでもいいだろ。めでたい事は多いほうが」
児玉が言うので幾久も頷く。
「そうだね」
そうしてずっと、オレンジ色の太陽をじっと見つめていた。
オレンジ色に染まり、白く明るくなっていく空が本当に奇麗で、初日の出は特別美しいのだろうか、そんな事を幾久は思った。
(たぶん、でも、同じなんだ)
この季節に見る太陽なんて、きっと昨日も、明日も、そう違いはないだろう。
だけど、みんなで集まって、こうしてじっと夜明けを待つ事も、今日でなければなかっただろう。
これまでずっと知らずにいた風景を、大切な友達と見る事が出来る。
(オレ、絶対に、この風景を忘れないだろうな)
覚えておこうなんて思わなくても、この静かな感動は、ずっとこれからも幾久に残るに違いない。
御堀も児玉も、じっと日を見つめていた。
二人が居て良かった。
そんな風に思った。
日が昇ってしまうと、海岸に居た人々は、やれやれ、と笑顔で帰り支度を始めた。
「じゃあ、ぼちぼち帰るか……って、幾久、なにやってんだ?」
児玉は、しゃがみこんだ幾久に声をかけた。
幾久は児玉に、ぼそっと告げた。
「シーグラス拾ってんの。お土産」
そうしていくつか、やや大きめの青緑色のシーグラスを幾久は拾い集めた。
(なーるほど)
児玉は頷いた。
多分、幾久はグラスエッジの先輩に、これを送るつもりなのだろう。
さっきも神社で、先輩たちに送る予定のお守りを買っていた。
「いいじゃん。縁起よさそう」
「だろ?そう思ってさ」
幾久はいくつか拾い集めると、初日の出の光に翳した。
それを見て、御堀が言った。
「幾、そのまま、そのまま」
「ん?」
スマホで御堀は写真を撮った。
光に透けるシーグラスの向こうに初日の出が写っていた。
「あ、なんかいい感じ」
「かっこいいじゃん」
「誉、撮るの上手い。後で頂戴」
「そのつもり」
喋っていると、三人に毛利が怒鳴った。
「おーい!お子様たち!いつまで遊んでんだ!おじさん帰っちゃうぞ?」
「はーい、かえりまーす」
そう言って幾久はポケットにシーグラスを突っ込むと、御堀と児玉と手を繋いだ。
それを見て毛利が言った。
「お行儀いいな。そうそう、そうやって手を繋いできなさい」
うんうん、と頷く毛利に、それを聞いた品川と服部が手を繋いだ。
「じゃあ、俺らも」
「仲良し!」
「遠足かよ」
そう言って呆れる山田の手を、入江が握った。
「……なにすんだよ饅頭」
「新年初の、みそ饅頭いっちょあがり!」
すると山田は入江の手をぎゅうう、と握りしめた。
「いたいいたいいたい!みそが!痛い!」
「かちかち山だ!」
品川が言うと、服部が噴出した。
「まんじゅう怖い?」
幾久が言うと、山田は「怖くない!」と言い返す。
「まんじゅう怖い、まんじゅう怖い」
服部が気にいったのか繰り返して言うと、御堀が言った。
「じゃあ久坂先輩の家に行ったら、怖いものがいっぱいあるよ」
「あー、腹減った。久坂先輩の家で飯食って帰ろ」
ずうずうしく入江が言うと、話を聞いていた久坂が苦虫をつぶしたような顔になった。
「このまま自分の家に帰れ」
「えー、久坂先輩のケチー」
「俺、煮豆食うの途中だったし」
「まだコーラ飲んでない」
「おやつ置きっぱなしでーす」
一年生たちが次々に言い出して、高杉が珍しく爆笑する。
「新年早々、後輩にやられたの」
「いっくんのせいだよ!すぐ余計なもの拾って!」
久坂が言うと、幾久も返した。
「オレ、拾うの上手なんす」
「褒めてないからね!」
全く、と文句を言いながらも、久坂はそれ以上は言わず、高杉が笑って久坂の手を取る。
「さ、お前ら、浮かれちょると足を踏み外すぞ。新年早々、怪我せんよう―――――しっかり手を握って降りろ」
階段の前で高杉が言うと、一年生は皆、はーい、と返事をして、まるで子供の頃のように、手を繋いで階段を下りる。
背後からはすでに高く上った日の出が、明るく世界を照らし始めていた。
東走西馳・終わり