モテたいなら奇麗なおねえさんが教えてあげるわよ
列の一番最後は、校門になっている鳥居の前まで続いていた。
最後尾がそこだったので、そこに全員が並ぶ。
ます菫の隣に雪充、その反対側の隣には御堀、後ろにはぴったり毛利がついて回りににらみをきかせ、菫の前を幾久が先導した。
そのまわりをぐるりとSP部隊が囲み、「痴漢防止キャンペーンやってまーす」「痴漢、即通報しまーす」と言いながら周りを守っている。
児玉はその近くを移動しながら、万が一痴漢が出た場合は、ふんじばる役目になった。
「なんだか申し訳ないわね」
菫が言うと河上が首を横に振った。
「とんでもない。神社ったって、俺らの報国院のナワバリっすからね。ふざけたことさせねーっす」
隣に居た千鳥の生徒も頷いた。
「そーそー、いっくんさんに言われるまで、俺ら、んな痴漢とか出るとか知らんかったっすもん。知ってたらぶちのめしてます」
「そーっすよ!気づかなくてすんません!今度からこういう時は俺らSP部隊が出動します!」
なー!お前ら!という掛け声に、押忍!と声が上がる。
千鳥のこういう時の結束力は半端ない。
にぎやかな中、幾久のコートの袖をつかむ菫は、楽しそうに幾久の後ろから言った。
「なんだかすっごく楽しい。いっくん、ありがとう」
すると、前を歩く幾久は、ぽつりと言った。
「……こんなの、フツーっす」
幾久にしてみたら、当たり前のことだった。
何も考えず、普通に並んで普通にお参りして、さあ帰ろうか、それだけの事のはずだった。
なのに菫は、ただ奇麗なだけ、それだけで、新年早々痴漢にあうこともあって、ただお参りするだけなのに、そんな目に合わなければいけない。
「ひょっとして、いっくん気にしてる?」
菫の質問に、幾久は黙って頷いた。
お参りしたらいいのに、なんて何も知らなかったとはいえ、考えなしに言った自分が恥ずかしかった。
先輩たちなら、御堀なら。
もっと気の利いた事を言えたはずなのに。
痴漢に会うなんて、言いづらかったろうし、知られたくなかっただろう。
(毛利先生は、だから)
学生時代から一緒なら、菫が痴漢に会うことも知っているはずだ。
だからこうして、わざわざ待っていたりしたのだろう。
「気にしなくていいのに」
菫がくすっと笑うと、幾久は首を横に振った。
「駄目っす。こういう事に気づけない自分が嫌になるんで」
どうしてすぐに気づけなかったのか、幾久はちょっと自己嫌悪になる。
幾久より背が高く、しかもちょっと高めのヒールのブーツをはいていた菫は幾久の肩に手を置いた。
「どうしたの。なんでそこまで気にするのか、お姉さんに教えて?」
菫が言うと、幾久はぼそっと言った。
「オレ、この前、先輩のライヴ、行ったんス」
菫はそれが、青木達のグラスエッジのライヴであることに気づいた。
「うん、それで?」
「ダチが教えてくれたんすけど、その人らのライヴって、男性限定とか、女性限定の日があるんす。で、女性限定の日の話、聞いたんすけど」
「うん」
「……女の子だけだったら、痴漢がいないからすごく楽しいって感想が多いって聞いて、オレ、スゲーショックだったんす」
幾久にしてみたら、知らなくてもグラスエッジのライヴは凄かった。
音が会場中に響き渡り、光がいくつも世界を変えて見せて、演奏も歌声もすばらしくてもう夢中で聴き入った。楽しかった。
「あんなにスゲー歌聞いて、演奏してるのに、なんでその中で痴漢なんかする気持ちになるんだって」
まるで、先輩たちの音楽も侮辱された気持ちになった。
普段、どれだけふざけていたって、どんな思いで彼らが音楽に向き合っているのか、少しくらいは幾久も知っていたから。
「男ってクソみたいだって」
幾久にしてみたら、男のほうが強いとか、そう思うのは仕方がないと思っていた。
でも、場所を選ばずそんな行動に出る性別と、自分が同じ性別な事に腹が立った。
もっと周りに気を遣わなくちゃ。
そう思ったばかりだったのに、言われるまで気づきもしなかった。
(知ってるだけじゃ、ダメなんだ)
例え知っているだけでも、すぐそれを使えなければ情報は何の意味もない。
ちゃんと知ったことをすぐ生かさないと、頭でっかちのままだ。
すると、落ち込む幾久に菫がぴったり体を寄せて言った。
「いっくん、主語を大きくしちゃダメだよ」
え、と幾久は振り返った。
「確かに痴漢はクソよ?クソな男だっているよ?でも、男が全部クソっていうのもクソよ?」
菫が言うと、幾久はそれが慰めのように思えた。
「でも、絶対にそういう気持ち、あると思う」
正直に幾久はそう言った。
自分だって、きれいな女性に抱きつかれたら嬉しいし、得意になるし、触りたくなる。
だけど、そういう気持ちが痴漢にもあって、菫に嫌な思いをさせれいると思うと悔しくなる。
「いや、仕方なくない?あたし美人だし。あたしだっていっくん可愛いと触りたくなるもん」
そう言ってぎゅうっと幾久に抱き着くので、幾久は慌てた。
「ちょ……菫さんっ」
「クソなのは、勝手に触るド変態よ。あたしはあたしのものだし、あたしを維持してんのもあたしなのに、なんの努力もしてねえクソが無許可で触りに来るとか死ねじゃん」
新年早々ぶっそうな事を言う菫だったが、幾久はその部分だけ聞かないふりをし、訪ねた。
「許可とったらいいみたいじゃないっすか」
菫はあっさり言った。
「そんなのいいに決まってるじゃないの。もちろんこっちだって相手は選ぶけどさ」
菫は言う。
「結局痴漢って、あたしみたいな美人見たらさ、悔しいのよ。だって絶対痴漢なんかする男なんかモテないわけじゃん。あたしに選ばれないじゃん。だから、せめて触ってやろうっていう支配欲丸出しなわけで、そこには愛なんかないのよ。悔しいの」
「え?」
幾久からしたらその答えに驚いた。
「痴漢って、その、エッチな気分だから」
「あー、違う違う。ちゃんとそういう研究してる人いるの。痴漢はね、支配欲なの。女を、っていうか自分より弱いものをこてんぱんにしたいって気持ちが、暴力の手前の痴漢行為に出ているだけなの」
菫の話を、菫を囲む全員が静かに聞いていた。
「痴漢は女を、っていうか確実に弱い相手に暴力振るいたいの。だから、女からしてみたら、痴漢されるんのなんて殴られるのと同じなの。でも、痴漢からしたら、結局痴漢は暴力じゃないから、気持ちいいからいいだろって笑ってるの。言い訳よね。暴力よね。痴漢に触られて気持ちいいわけないじゃんね」
「……ますます落ち込むっス」
新年早々、ディープな話題を聞かされて幾久はずどーんと気分が落ちる。
きっとそばで聞いている面々も同じ気持ちだろう。
あれだけ騒がしかった連中が急に静かになってしまった。
「いっくん、殆どの女性はね、最初に触られるのが好きな男じゃないの。大抵痴漢や、笑うオッサン連中や、面白半分に性をもてあそぶ男子連中に、触られたり股間見せつけられたりしてるの。襲われそうになったりもね」
幾久は息を止めた。
「だからさ、覚えといてね。もし、この先いっくんが女の子と付き合うことがあって、手を払いのけられることがあったとしても、ひょっとしたら、その子は最初に触られるのがいっくんじゃなくて、別の痴漢に触られて、嫌な事思い出してるのかもしれないの」
「―――――……はい、」
「かわいい子ほど、そんな目にあっている事が多いのよ。だから、まず信頼を勝ち取って、それでも逃げられたら、『驚かせてごめん』って謝るのよ。例え、いっくんに覚えがなくてもね。痴漢をするのは男で、やっぱり同じ男っていう性別だったら、簡単に信用なんかできないわ」
「……はい」
菫を取り囲む面々が、静かになって話を聞いている。
そりゃそうだ、こんな話、学校でも誰も教えてなんかくれない。
菫はふっと笑って言った。
「でもね、これが実行できて、我慢できて、理解できてたら、言っとくけどスゲースゲースゲーモテるわよ?」
菫の言葉に、SP部隊から声が上がった。
「マジっすか姐さん!」
いつの間にか姐さん呼ばわりになっているが、菫は気にしないらしい。
「当たり前でしょ?あたしだってそんな男がいたら即効付き合うわよ。紳士だもの。報国院はこういうの得意でしょ?ねえ常世」
すると後ろに居た毛利が言った。
「そーいうのはたまきんの得意技だろ。モテ部入れ、モテ部。スパルタだけど教えてくれるから」
生徒たちからざわざわと声が上がった。
「え、モテ部ってふざけた名前じゃなかったっけ」
「コミュニケーション……なんとか部?」
「あんまり活動してないような」
すると毛利が言った。
「たりめーだ。たまきんがそう簡単にモテる術を教えてくれっかよ。三顧の礼っつうーだろうが」
すると報国寮、千鳥の面々から手が上がった。
「なにが何個必要なんですか?俺入部希望っす!」
「お前らすがすがしい馬鹿だな」
いいか、三顧の礼っつうのはな、と毛利が講義を始めた。
幾久の肩に手をおいたまま、ゆっくりと列は進み、菫はぼそっと幾久に言った。
「昔ね、杉松先輩も、いっくんみたいに私を守ってくれたのよ」
振り返った菫は、髪を耳にひっかけて笑っていて、その姿がとても奇麗だった。
「菫さん、本当に奇麗っす」
幾久が言うと、菫は笑って頷いた。
「杉松先輩もそういってくれた。だから私は、絶対に奇麗でいてやろうって決めたのよ」
得意げに、どこか強気に菫がそう言って、こんなに奇麗な人でも、やっぱり強く生まれてきたわけではないのか、と幾久は当たり前の事を知った。
「ずっと奇麗でいてください。菫さんは本当にすごく奇麗だから」
それは顔のつくりも勿論だけど、きっと言いにくいことや、将来の幾久の為に、いろんな事を教えてくれたことくらい判る。
「あこがれのお姉さんです」
すると菫は幾久をばっちん、と叩いた。
「やーだもう!ほんっとかんわいいわいっくん!」
ぎゅうっと背後から抱きしめる菫に、毛利が言った。
「おい菫、お前勝手に触っちゃダメって自分で言ってなかったか?」
「あら、だっていっくん、きれいなお姉さんに触られたら嬉しいわよね?」
「嬉しいっす」
「ほらー」
どや、と胸を張る菫に、毛利ははいはい、と肩を落としたのだった。