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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【20】愛とは君が居るということ【適材適所】
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満開の笑顔、咲く

「そーだな。なんか意識しすぎもどうかって思うわ」

 確かに児玉はファンでもあるけれど立派に御門の後輩なのだから、会っても問題はない。

「けど、もうちょっとして慣れたらな。俺の中では神様みたいな人たちだからさ」

「タマって杉松さんも尊敬してて、グラスエッジもって、先輩大好きじゃん」

「仕方ねえだろ。そもそも、杉松さん目指して御門入りたかったし。グラスエッジは偶然だよ」

 でも、と児玉は湯船の湯をすくいながら言った。

「大尊敬している杉松さんの後輩がグラスエッジだったっていうのもなんか運命感じるわ。御門ってすげえよ」

 そう言ってばしゃんと顔に湯を当てた。

 きっと児玉の中でも、いろんな思いがあるのだろうな、と幾久は思った。

 自分が寮に帰った時に感じたように。

「苦しいなら潜っちゃえよ、沈んだ世界はここよりも広い」

 そう幾久が歌ったのは、グラスエッジの曲だった。

 児玉は苦笑して言った。

「ここは潜ったら超狭い」

 湯船は三人でぎゅうぎゅうになっている。

「確かにね」

 御堀が言って笑う。

「……僕ら、先輩と共有も共感もできるんだ」

「うん。なんかお得感あるよね」

 あの歌の中の世界も、言いたいことも、きっと自分たちはよく判るだろう。

 時代を違えても、同じ海をきっと見ている。

「あの人たちが先輩で良かった」

 幾久が言うと、児玉が頷いた。

「ちょっとうっとおしいけどね、アオ先輩」

「幾久は容赦ねえなあ」

 それも仕方がないのかなと児玉は思う。

 こんな幾久だからこそ、あの人たちは可愛がるのだろうし、幾久もうっとおしいと言いながら相手をしている。

「あ、そうだ。アオ先輩からジャージ強奪してきたから、タマにあげるね」

「……なんか穏やかじゃねえ言葉が聞こえたんだが」

「アオ先輩と勝負するときにジャージに着替えてやったんだ。アオ先輩なんかブランド持ってるだろ?」

 ちょっと待て、青木のブランドってあのシャツ一枚がじゅうまんえんとか、ジャージはもちろんスポーツブランドとのコラボで、普通に数万円するレベルのスポーツジャージをかっこよくデザインしてさらにお高くなっているあれか。

 児玉が湯船に浸かっているにも関わらずだらだらと冷や汗をかいているのにも構わず幾久は続けた。

「でさ、オレのサイズだとタマじゃちっさいじゃん?だからアオ先輩のだったらいけるからさ、勝負終わった後に強奪したんだ」

「お、おう……」

 これ、青木が来た青木デザインのジャージだって売ったら一体いくらの値段がつくだろう。

 青木の熱狂的なファンはクランケと呼ばれるほど、金に糸目をつけない連中がいくらでもいるというのに。

(いや、考えるのはやめよう)

 自分は御門の後輩で、青木は御門の先輩で、おさがりジャージをもらったにすぎない。うん、そう考えよう。

「じゃあ、遠慮なく貰う」

「ちゃんとかっこよかったから、そこは安心していいよ。アオ先輩、デザインのセンスは本当にあるんだね」

 幾久が笑うも、青木のデザインは本職からも認められているほどで、当然お値段も凄いのだが、児玉はもう深く突っ込まないことにした。



 博多での二日間のライヴ、お仕事を終え、グラスエッジのメンバーは居酒屋で打ち上げに入っていた。

 といっても親しいスタッフだけしかいない馴染みの店でのこじんまりとしたもので、メンバーもリラックスして過ごしていた。

 話題はもちろん、可愛い後輩の事でもちきりだ。

「あーあ、なんでいっくん帰っちゃったんだろう」

 もう何回目になるか分らない愚痴を青木がこぼすと、福原がまたかとそれでも拾った。

「だって学生だからね」

「早く大人にならないかなあ」

「大人になっても青木君のものになるわけじゃないけどね」

「いや、うちに就職してほしいな」

 そう言ったのは宮部だ。

「いっくんのおかげで仕事のはかどり具合が半端ないからねえ、スピード上げていけるよ」

 いつもなら、このペースでは必ず青木の文句が出るはずなのに、今日は愚痴程度でお仕事のペースはきちんと守っている。

「いっくんがウチに来るとしてもよ?それいつよ。大学卒業するまで何年あると思ってんの」

 ひーふーみーと指を折る福原に中岡が言った。

「六年」

「そう六年!ってリーダー計算はっや」

「楽と一緒だから」

「あ、そか」

 弟を世界で一番愛している中岡は、普段はぼんやりしているのに弟に関連することはすさまじい威力を発揮する。

「がっくんといっくん、仲いいんだっけ」

「みたい。よくメッセで話してるみたい」

 中岡と同じく、楽もサッカー経験者なので話があうようだ。

「なんだよどいつもこいつもサッカーサッカーサッカーって」

 話に入れない青木が文句を言うと、福原が言った。

「だから青木君もサッカーしなって。頭いいんだからすぐ理解できるっしょ。それに、ぼちぼち『関係ない』とか『知らない』なんて言ってらんないだろ?」

 福原が言うと青木はめずらしく口ごもる。

 確かに、御堀の持ってきた案件に乗っかるのなら、サッカーに興味がないだのなんだの言っていられない。

「ユニだって好き勝手デザインできないからね?条件いろいろあるんだし」

「うっせーな判ってるよ。やってやるよ」

 自分からデザインを抱え込んだからには絶対に手を抜くはずもないし、そもそも青木が幾久関係の案件では手を出しすぎるくらいだ。

 いつもの、普通の仕事なら宮部が絶対に入れない。

 だけどほかならぬ幾久の事だから許している。

「ロミオ坊ちゃんは有能だからな、条件きちーんと書いてあったわ」

 ふんと青木が鼻を鳴らす。

 鳳で首席の、あの鼻持ちならない空気は嫌いだ。

 昔の自分を思い出してしまうから。

「あいつはいいよな、いっくんが居て」

 青木の言葉に、来原と福原が笑う。

 自分たちには杉松が存在したが、それでも一緒に過ごせたのは一年間だけだった。

 確かに御門の三年間、どの時間も楽しかったけれど、青木は素直に、あの自分に似ている少年が、幾久と一緒に過ごせることが羨ましかった。

(もし、杉松先輩が同じ年だったら)

 青木はそんな事を考える。

 もっと杉松に親しく絡むことが出来ただろうか。

 子供を諭すようにじゃなく、本気でぶつかってくれただろうか。

 たまには青木に甘えたり、無茶をぶつけてきたりしただろうか。

 いまはもう会うことも叶わない。

 こんな事になるなんて、あの頃は思いもしなかった。

「まあいいじゃん。あいつだって、いっくんがいなけりゃダメって顔してたろ」

 企画を持ってきて、自分たちに金を払えと脅しにきたはずなのに、顔はまるで罪を裁かれる罪人のように、追い詰められた顔をしていた。

 これが通らなかったら、どうにかなってしまうのではないか。

 しかもそれは、自分の為というより幾久の為に。

「あんなものなくったって、いっくんは楽しくやれるんだよ。それは分かってんだろあいつも」

 通った今だから茶化すこともできるけれど、とても通らない案だった。

 タイミングが良かったとしか言いようがない。

 思いもかけない話だったし、こんなアイディアも何もなかった。

「いっくんの為に、魂かけてきたんだからさ。ちょっとは許してやれよ青木君」

 福原の言葉に、青木はふんと鼻を鳴らす。

「でないと許す訳ないだろ、この僕が」

 知ってる、と福原も来原も顔を合わせて笑った。

 あんな、見るからに鳳の首席、なんて雰囲気を青木は誰よりも嫌っていた。

 だから青木が話を受けたと知って、驚いたのもこの二人だ。

「青木君のいっくんへの愛は本物だねえ。マジキチ」

「てめえぶっ潰す」

 いつものように互いの首を締め上げんばかりに襟首をつかみ上げる青木と福原の二人に、中岡が動揺もせずに、ふふっと笑った。

「仕方ないよね。あの子可愛いもんね。狸みたいで」

「狸……」

 福原と青木は顔を見合わせてしばらく考え、そのまま突っ伏した。

(た、確かに。確かにそうかも!)

(やばい、可愛い。狸飼いたい!)

 そう二人が突っ伏す最中に、集は来原のスマホを勝手に借りて狸の動画を検索し、腹を抱えて笑っていた。

 集の腕には、真新しい幾久からのブレスレットがすでに巻かれてある。

「集、そろそろスマホ持ったらどうだ?いっくんとも直接連絡取れるぞ?」

 集は人との関りを苦手にしていて、スマホも持ちたがらなかったが、これならひょっとして。

 宮部の目論見は見事当たり、集はこくんと頷いた。

「いっくんに、何持ってるのか聞いてみる」

 種類あるんでしょ?と尋ねる集に、宮部はほくほくと頷いた。

「勿論!じゃあいっくんにさっそく聞いてみて、明日には契約とってくるか!」

 これで集の居場所もはっきり判るようになる。

 メンバーに放浪癖がありすぎるのが問題だったが、ラスト一人がどうにかなった。

(ほんっと!いっくんさまさまだ!)

 来年からきっと、もっと管理しやすくなるだろう。

 宮部は早速幾久にメッセージを送った。

 遅い時間だが、メッセージなら大丈夫だろう。

 すると、丁度幾久からメッセージが届いていた。

 今日のライヴのお礼と、幾久と御堀の笑顔の写真と、ジャージを羽織った友達の、青ざめた顔に宮部は思わず噴き出した。


「おい、いっくんからメッセージ来てるぞ。『ダイバーになりました。よろしく』だってさ」


 グラスエッジのタオルを横に広げる幾久と御堀、児玉の姿に、喧嘩していたはずの青木と福原が無表情でハイタッチすると、全員が両手を挙げて叫んだ。


「おれら最高!」



 本当ならもう帰って寝ないといけない時間になったのだが、楽し気にお喋りを続けるメンバーの空気を壊したくなくて、宮部は時計の時間を見ないふりをした。


 ライヴはラストまでもう少し。

 ずっと続かなければならないバンドをどこまで支えることが出来るのか。

 悩むこともあるけれど、いまはただ、子供のように後輩を喜ぶ連中を眺めていたかった。


 グラスエッジのサンタクロースは狸だったとはな。

 宮部が言うと、隣で聞いていた集が、やっぱり噴き出して「うん」と笑ったのだった。



 適材適所・終

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