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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【20】愛とは君が居るということ【適材適所】
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とっても楽しかった、です

 宮部に貰った袋をリュックに無理やり押し込んで、幾久と御堀は、児玉と江村に合流した。

 児玉と江村はライヴ中号泣したのだろうというのが見て取れるほど、頬を赤くしており、それでもものすごく満足した顔だった。

「じゃあ、バス乗り場に向かう?」

 御堀が言うと、児玉が首を横に振った。

「それがさ、今なんかバス待ちスゲーの。どうもあっちでも誰かのライヴあったみたいでさ」

 グラスエッジのライヴがあった会場の近くには、規模が小さめの別のホールがある。

「それで昨日より人が多いのか」

 御堀が言うと江村が頷いた。

「そういうこと。でさ、面倒くせえから、駅まで歩かねえ?」

 距離を測ると三キロないくらいだ。

 新幹線の時間にも十分間に合うので、四人は歩いて駅に向かった。



 同じことを考えた人は多かったらしく、グラスエッジのタオルを首に巻いて皆歩いて駅に向かっている。

 自分たちが高校生だから、てっきりファンもそのくらいばかりと思い込んでいたが、いざこうしてみると社会人も多く、会社帰りなのだろうか、スーツの人も居た。

 児玉がかぶっているのと同じ、グッズの黒のニット帽の人も居たし、江村が着ている集プロデュースのスタジャンをお揃いで着ているグループも居た。

 知らない人ばかりなのに、さっきまで同じ場所でライヴを経験していたと思うと、仲間のような気もしてくる。

 ちらちらと、いやーやっぱ福原さん神ってたわ、とか、今日アオさんマジ切れてなかった?なんて聞こえると、嬉しくなる。

「みんなグラスエッジのファンなんだな」

 幾久が言うと、江村が頷く。

「特にこっちはほぼ地元扱いだから、メンバーもリラックスしてるし、毎回盛り上がるんだ。チケット二日とも取れてマジ奇跡だったわ」

 あーあ、と江村は言った。

「俺も鳳で主席だったら、チケット苦労しねーんだけど」

「そっちの方が絶対苦労するぞ」

「確かに」

 児玉に言われ、江村が笑う。

 笑いながら話しているうちに博多駅に到着して、四人はほっと息をついたのだった。



 きらきらと輝く駅前のイルミネーションの中を通り過ぎる。

 まるで星の中のように明るく、人々は写真を撮っている。

 楽し気な人の中を歩くだけで、自分たちもうきうきしてきて、軽い足取りで新幹線の乗り場へと向かう。

 江村が伸びをしながら言った。

「さーて、あとは帰省の準備しなくちゃなあ。そういや、乃木は東京に戻んの?」

「ううん。先輩の家にお世話になるから帰んない」

「年末なのに?」

 江村の言葉に幾久は首を横に振った。

「夏に帰ったし、帰ってもする事ないし」

「東京の友達とかいいのか?」

 江村の言葉に、幾久は一瞬言葉が詰まる。

 幾久には、中学時代、ろくに友人がいなかった。

 だけど今はそうじゃない。

 幾久は江村に笑顔で言った。

「それがさ、一番仲良かった奴って実は福岡の学校に来てるんだ」

「えー?!マジで?」

「うん。偶然なんだけど、進路の関係で。寮に入ってるって」

「へー!じゃあ帰ることもねーか!」

「あっちは部活が忙しいから年末は会えないんだけど」

「そっか、忙しいのか。じゃあこっち居るほうがいいよな」

 頷く江村に、幾久は思った。

(もし、多留人が連絡くれなかったら)

 報国院にずっと通っていても、きっとなにか残したような気持ちになって、こんな質問にも言葉を詰まらせただろう。

 幾久がなにもしない間にも、多留人は進路を考え、福岡に来て、サッカーを続けている。

 連絡をくれたのも多留人で、その結果、昔のように付き合えているけれど、もし連絡がなかったらどうなっていただろう。

(オレ、マジで運いいじゃん)

 杉松の存在に何度も救われたように、多留人にも救われている。


 自分にはなにができるだろうか。

 幾久に優しさを与えてくれる人たちに。

(考えなくちゃな)

 プレゼントを買って渡すだけならたやすい。

 なにかもっと、できることがあるはずだ。

 幾久はきっと、いい考えを見つけてみせるぞと思ったのだった。




 昨日と同じように新幹線に乗り込んで、向かい合わせに四人で座った。

「金あったらほかのとこも行けるんだけどな」

 江村が言うと児玉も頷く。

「さすがにチケット代とグッズと交通費で限界だよな。なんかバイトでも探さねえと」

「だったらマスターに聞いたらいいよ。タマだったら体力系の仕事とかまわしてきそう」

 幾久が言うと江村がくいついた。

「それって俺もいけるかな」

「大丈夫じゃないかな。千鳥じゃなけりゃバイトしていいわけだし」

「よし、じゃあ一緒にバイトしようぜ!」

「そうだな。なんか単発のあるかって聞いてみるか」

 江村と児玉が話し合っている最中、幾久の隣で御堀は静かに黙っている。

「誉、疲れた?」

「うん?いや、そこまででもないし。ただ考えてて」

「何を?」

「―――――歌詞の意味、かな。いい歌多かったし。海って報国の海だって思ったら急に親近感沸くっていうか」

 御堀に、江村が頷いた。

「だよな!俺も最初は地元出身だからって興味持ったんだけどさ、聞いたらすげーハマって。受験の時もずっと聞いてて」

「わかる!俺も!」

 児玉と江村はそう盛り上がっていた。

 幾久は御堀に尋ねた。

「誉も、受験の時って音楽とか聴いてた?」

「いや、全然。ずっと参考書見てたな。クリスマスは出かけたけど」

「どうせ女の子とだろ」

 江村が言うと御堀が微笑んで頷いた。

「勿論」

「えっ、誉、彼女とか居たんだ」

 驚く幾久に御堀は首を横に振った。

「いないよ。何人も一緒に出掛けたから彼女じゃないし」

 それを聞いて江村があきれた。

「うわあ、ハーレム状態かよ」

「違うって。周防市って日本のクリスマス発祥の地だろ。けっこうイベント多いんだよ。僕が入る予定だった高校も、キリスト教系の学校だし」

「そういや、ファイブクロスもそういう意味だったっけ」

「そうだよ」

「ってことは、もし御堀がそっちの学校だったら今頃女子に囲まれてたのか。羨ましい」

「今日だってその気になればいくらでも囲ってもらえたけど」

「誉、それ冗談になってないから」

「勿論本気だよ」

 楽しそうに言う御堀に、江村が言った。

「一人でいいから紹介してくれ」

「本気なら考えなくもないけど」

「え?マジ?じゃあオレも」

「なんで幾が反応してるの」

「えー、だってオレだってなんかそういうの欲しい」

「そんなんじゃすぐ鳳から落ちるんじゃない?」

 御堀が言うと幾久はむっとした。

「そりゃそうだけどさ!」

「否定しないのかよ」

 あきれる児玉だが、確かに御堀ならその気になればいくらでも相手がいるだろう。

 そんなことを言いながらも、御堀は今それどころじゃないはずだ。

(なにせ、わざわざこんな所まで来てるんだから)

 悪だくみをしているのはわかっているが、果たしてどんな悪だくみなのか、児玉には知る由もない。

(そのうち教えてくれるだろ)

 あのグラスエッジの先輩たちに、直接会わなければならないほどの事なんて、きっと厄介な事には違いないけれど。

 でもちょっとだけ、御堀の悪だくみが、児玉には楽しみに思えたのだった。



 新幹線が駅に到着し、タクシーに乗ってまず江村を恭王寮へ送り、そのあと御門寮へ到着した。

 真っ暗な庭の中、足元には明かりが灯り、先輩たちが幾久達を待っている。

「なんか、こういうのいいね。待ってて貰えるって」

 遊ぶのも楽しくて、帰るのも楽しいなんて、これまで考えたことがなかった。

 サッカーに行くのは楽しくても帰れば母親は不機嫌で、塾に行くときは母親の機嫌は良くても幾久にとってはつまらなかった。

「遊びに行くのだけでも楽しいのに、帰るのも楽しいって」

 幾久の言葉に、御堀も児玉も思うことはあったが、静かに頷く。

 幾久は少し笑うと、あ、と思い出す。

「やっとタマに喋れるんだ。いっぱい先輩らと遊んできたからさ、あ、それと渡したいものもあるんだよね」

 御堀が玄関の扉を引いた。

「ただいま帰りました」

「ただいまー」

「ただいま、っす」

 三人が言うと、待っていた高杉が出てきた。

「無事に帰ったか。風呂沸いちょるから、順番で入れ」

「はいっす」

「誰から入る?」

 御堀が訪ねると、児玉と幾久が笑って言った。

「いいじゃん、面倒くさいし、今日はさっさと入りたいし」

「全員で入ろうぜ」

「そうだね。じゃ、そうしようか」

 三人はそう言って風呂に向かった。

 服を脱いで、洗濯籠に放り投げ、三人は風呂へ入った。



「今日と昨日、特に今日はいいライヴだったよな」

 児玉が湯船につかりながら言うと、幾久も頷いた。

「確かにかっこよかった」

「僕も好きになったな」

 すると児玉が嬉しそうに言った。

「誉もダイバーになった?」

「うん。今日、ちょっと話したけど、集さん、凄く良い人だった」

 すると児玉は目を見開いて驚いた。

「お前、集さんと喋ったの?」

「うん。歌詞になんかすごい、思う所があってさ。尋ねたら、いつでもおいでって言ってくれて。御門の後輩が来るのは嬉しいって」

「そっか。……だから、今日はメンバーがすげえノってたのかもな」

「タマも行こうよ」

 幾久が言うと、児玉は首を慌てて横に振る。

「いや、俺は」

「きっと御門の後輩が行ったら、喜ぶよ」

 御堀も「ね?」というと、児玉はふっと困ったように笑った。

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