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【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【青春】  作者: かわばた
【20】愛とは君が居るということ【適材適所】
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 集は大爆笑、福原は楽しそう、中岡はスマホで動画をとっているし、来原は腹筋中だ。

「やったー!オレが勝ったー!」

「いっくんおめでとー!さすが俺っちのこーはーい!」

 イエーイ、イエーイ、とハイタッチとゴールパフォーマンスを繰り返す福原と幾久に、ばてまくった青木が文句を言った。

「卑怯すぎるし、いっくんは僕の、後輩だっていうの……」

「いや俺らの後輩だからね?ちなみにみほりんも」

「ロミオはジュリエットを不幸にしちゃったから認めないって、僕、言ったよな?!」

 青木がそういって切れるも、ぜえはあ肩で息をしていて歯切れが悪い。


「あーもう!僕、負けるの大っ嫌いなのにさ!」

 青木が苛立ちながら言って、どすんと腰を下ろした。

「で、いっくんは何が望みなの?!僕になにをしろって?!」

 切れ気味に言う青木に、幾久は言った。

「運動」

「は?」

「だから、もっと運動してください」

「―――――よく意味がわかんない」

 走ったせいで疲れて頭が回らないらしい青木に、幾久が笑いながら言った。

「アオ先輩の運動量じゃちょっと不安なんすって。だから、福原先輩とか、中岡リーダーについていけるくらいに走れるようになって欲しいなって」

 さすがに青木もそこまで言われれば、それが幾久の望みでないことくらい判る。

(ウンコ福原に頼まれて、ってところか)

 はーっと長いため息をついて、青木は幾久に尋ねた。

「で、どのウンコがそんな事言ったんだ?」

「あそこにいる」

「おいいっくん、いま俺をウンコとして認識したね?」

 福原が言うので幾久は答えた。

「違うんスか?」

「そういう所は青木君の真似しなくていいから!」

 福原がつっこむとやっぱり集が爆笑する。

 青木はため息をつきながら肩を落とす。

 確かに、青木は最低限の体力づくりはジムでやっていたが、ほかのメンバーに比べたら全然足りない。

 もっと運動しろと言われて、ハイハイと聞き流していたが。

(まさかいっくんを使って来るとはねえ)

 青木が幾久に絶対に逆らえない上に、可愛いがっているのはメンバーは全員知っている。

 癪なことに、幾久本人も、新しい御門寮の後輩になった御堀もだ。

 宮部もすっかり幾久を懐柔して青木をいいように使っている。

(ったく、面白くない)

 青木は誰かに指図されるのも、命令も大嫌いで、自分でも自覚はあるくらいには性格は悪いしどうしようもないと思う。

 だけど、青木の表現したいものを邪魔するのだから仕方がないと自分では思っている。

 誰かの思惑なんか手に取るようにわかるからこそ、誰がお前の言うとおりになんかしてやるか、と思うばかりでフラストレーションは常に青木に襲い掛かってくるもの。

 救いなんかどこにもない。

 唯一、青木が『理解されたい』と願った人も、世界は容赦なく青木からたったひとりの人を奪った。

 大事なものは全部すりぬけて青木を置いていく。

 膝を抱えて座っていると、幾久が青木にスポドリを持ってきた。

「アオ先輩、いじけてないで飲んで」

「いっくんが飲ませて」

「馬鹿ですか」

 あきれながらも、ペットボトルのふたを外すのは、やっぱり後輩だからだろうか。


 青木と幾久が座ってしゃべっている間、福原と御堀は二人で並んでその様子を見ていた。

「青木君はいっくんがいればご機嫌だなあ」

 あはは、と笑う福原に御堀が言った。

「勝負に負けたのに?」

「青木君は、いっくんと遊べるだけで楽しくて仕方ないんだよ」

「まあそれは」

「見てれば判るか」

「はい」

 そんなもの、御堀でなくとも明からだ。

 どこか冴え冴えとした雰囲気を纏う青木は、幾久がそばに居ると途端雰囲気が柔らかくなる。

 かまってほしくて付きまといすぎとは思うが、後輩が好き過ぎる先輩の仕方がないはっちゃけだと我慢もしているのは判る。

「青木君は負けるの大嫌いだけど、いっくんなら我慢するからなあ。みほりんもそうでしょ?」

「いえ、僕は負けないんで」

「サッカーでも?」

「……いずれ勝ちます」

 御堀の言葉に福原が笑った。

「報国院の首席は大変っしょ?みほりん、いい友達拾ったね」

「それは思います」

 報国院は鳳クラスにも、成績が上位の者への扱いもかなり気を使ってくれるし我侭も通る。

 当然、それに関する責任も大きい。

 未成年だから当然法律は襲い掛かってくることはないけれど、入学してからすぐ、いろんな事を叩き込まれる。

 成績上位者に地球部へ入れと言われるのも、教育に関わる事が多いからだ。

「青木君に似てる空気があるからねえ、みほりんが首席って聞いて、やっぱりって思ったよ。首席って、なんかそういう空気持ってる」

「そう……ですか?」

「うん。イケメンなとこもだけどね。なんかちょっとっていうか、かなり冷たい」

 そういわれ、御堀はちょっとドキッとした。

「僕、冷たそうに見えますか」

「いや?冷たかったんだろうなって」

 そこにますます、どきっとした。

 幾久が気になって仕方がなくて、もっと好きになってほしい、そう望んでいたことに最近気づいたばかりだ。

 やっと手に入れた、ほしかったライバル。

 じゃあこれまで御堀と一緒に居た同級生は何だったんだろう。

 決して仲が悪いわけではなかったというのに。

「首席、ってそうなんですか」

 御堀の問いに、福原は笑って答えた。

「絶対にそう、とは言わないけど。やっぱりちょっと特殊な空気持ってるよね。ハルちゃんと瑞祥は首席争ってんでしょ?三年は雪ちゃんだったっけ。菫ちゃんの弟。そういや雪ちゃんにも似てんね、みほりん」

「パクってるとことはちょっと」

「あるのか!どうりで似てる!」

 福原は楽しそうに笑った。


 幾久と来原がおしゃべりをはじめ、今度は来原、次は集と幾久は勝負を始めていた。

 中岡も途中から参加しはじめて楽しそうだ。

「あいつら、今日ライヴって忘れてんなー」

 そう言って福原は笑う。

 御堀からしてみたら、とても昨日、あんな凄いライヴをした人たちには見えない、本当に後輩と遊んでいるただの先輩のお兄さんだ。

 福原は御堀に言った。

「長井のときはあんがとな。みほりんが大活躍したんだって?」

「いえ、そこまでは」

「またまた。その大活躍がきっかけで御門寮にちゃっかり入ったって聞いてんぜ」

「狙ってたんで」

 御堀が言うと、福原は楽しげに口笛を吹く。

「やっぱいっくんが原因?」

「そうですね。あとはやっぱり御門の環境が大きいです。海が近いし」

 御堀の言葉に福原は頬を緩ませた。

「あの海岸な」

「はい。あそこで幾に救われました。海にも」

 御堀の育った場所は海が遠く、山に囲まれている。

 そういうものだ、と思っていたけれど、一度報国の海と町を知ると、自分はあの環境に息が詰まっていたのだと判った。

「俺らもしょっちゅう、遊びに行ってたわ。新曲できたらあっこで練習してな」

「昨日の海も、あの海でしたよね」

「オープニングの海な。声も気がついた?」

「はい」

 次々に出てくる声の中には、御堀や児玉、先輩たちの声もあった。

「長井先輩のチェロの音もありましたよね?」

 御堀が尋ねると福原が苦笑した。

「みほりん、耳いいな。一瞬だったのに」

 ぽつり、と福原がつぶやいた。

「今回のツアータイトル、レプリカっていうんだけど。俺らのツアータイトルな、音楽用語をアルファベット順でつけてんの。レプリカは繰り返すとか反復って意味になんだけどさ、そろそろ原点に一回返ろうか、みたいなテーマ決めて。だからあえて、報国の海出したり、みんなの声使ったり、バンド名を強調したり。まあいろいろ考えてやったんだけどさ。やっぱ長井は外せねえよなって。一瞬だけだけど。どうせあいつ、俺らのライヴなんか来るわけねえし」

「嫌いなのに使ったんですか?」

 御堀が尋ねると福原が「そうなんだよな」と笑った。

「俺ら、お互い大嫌いなの。でも、才能はちゃんと認めてんのよ?」

「長井先輩って、どうしてああなんでしょうか」

「気になる?」

「僕も同じ失敗をしたくないので」

 御堀の言葉に福原は思うことがあったのか、ため息をひとつつく。

「家だよ。杉松先輩もそうだったけど、家とか、家族とか。そういったものに支配されてそれから抜け出せないんだなアイツは。経済研なら事件知ってるだろ?」

「はい」

 長井の祖父もからんでいる、報国院の不正をあばいた、かなり地元でも知られているスキャンダルだ。

 経済研究部では、真っ先にこの事件のことを生徒たちは先輩に教わるので、当然、御堀もしっかり教わったし、覚えている。

「ああいうのもあって、長井は完全に寮にまじわるタイミング逃して結局寮の中で引きこもり状態でさ。そりゃチェロ練習してるからあいつはそれでよかったのかも知れねーけど」

 俺らはあまり楽しくはなかった、と福原は言う。

 そうだろうと御堀も思う。

 一緒に居る時間が最低限でも、やっぱり誰か一人、寮の中で仲がよくない人がいるのは気分がいいものではないだろう。

「仲良くなりたかったわけじゃねえんだ」

 福原は言う。

「けどさ、なんかしゃあねえっていうか。寮って仕方ないんだよな。あいつと俺らはまったく共感できねーんだけど、共有はしてるからさ。だからチェロの音をな。一瞬だけど。マジ一瞬」

 御堀は引っかかって、福原に尋ねた。

「先輩の言う、共有と共感の違いって、何ですか?」

 福原は楽しそうに御堀に向かって笑顔を見せた。

「若い連中とか、俺らの音楽を好きになってくれるのって、共感したからなんだよな」

 御堀は頷く。

 御堀も当然、今日のためにグラスエッジは履修済みだが、高校生の自分たちにとってグラスエッジの歌詞は、興味のない自分でも、響くものが多かった。

「けどさ、共感ってある意味、誰でもどこでも、なんとでもできんの。サッカーで応援してるチームが点奪ったら、誰とでも喜ぶし、ハイタッチするし、ハグもするじゃん」

 御堀は頷く。

 黙ったまま真剣に聞く御堀に、福原は続けた。

「共感って一瞬でできんだよ。それが音楽のいい所でもあるんだけど。でもさ、長井と俺らはそうじゃない。お互い絶対に共感なんかしないしできない。でも、あいつと俺らは、寮での時間を共有してきたんだよ。嫌いだけど、それだけは確かなワケ」

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