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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【20】愛とは君が居るということ【適材適所】
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はじめての体験

「元っす、元。オレ、落とされちゃったんで」

「えー、でもルセロでしょ?凄い!」

 驚く男性に青木が言った。

「いっくんとサッカーの話すんな!僕が入れないだろ!」

 するとメイクの男性は青木に言った。

「アオさんもサッカー好きになったらいいんですよ。頭いいんだから、すぐ理解できるでしょ」

「僕はスポーツ興味ないから」

 すんと言う青木に、福原が言った。

「いっくん、そいつ走るスピードはそこそこだけど、走り方すげーだせえんだぜ」

「走り方がダサい……?」

 幾久が首をかしげるも、福原が続けた。

「ジムには行っても体力不足だからさ、このままじゃどんどんライヴの活動、制限されちゃうよって」

「脅しても無駄だからな。僕は僕なりのやり方で」

 青木が言うと、幾久が口を挟んだ。

「だったら、勝負しません?」

「え?」

 福原が、青木にもっと体力をつけて欲しいと思っているのは知っていたので、幾久は青木に吹っかけた。

「オレと、ランニングでもマラソンでも、勝負して負けたほうが勝った方のいう事なんでも聞くっての、どうっすか」

「―――――マジで?」

 青木の声が本気になった。

 やった、乗ってきた、と幾久は福原を目を合わせた。

「マジで。どうします?アオ先輩」

「そんなのするに決まってるだろ!」

 すると、話を聞いていた宮部が言った。

「面白そうだな。じゃあ、なんか企画考えておこうかな。いっくんは顔出しNGだよね?」

「あ、はい、まあ出来れば」

 顔出しとは何のことだ?と思ったが、一応頷くと、宮部はにこにこして頷いた。

「よし!じゃあそれ前提で、いっくんとアオの勝負でなんかやろう!」

「宮部っち、また悪巧み?」

 福原が言うと、宮部は答えた。

「グラスエッジを盛り上げる為だよ。チャンスは利用しないとね」

 ふふふ、と楽しそうに笑う宮部に、幾久はちょっと早まったかな、と思った。




 傍で見ていてもいいと言われたので、幾久も御堀もグラスエッジの面々が準備するのを見ていた。

「沢山準備するんすねえ」

 幾久が感心していると、メイクさんが噴出して笑った。

「そうだよー、特にアオはうるさいからねえ」

「よけーな事言うなよ」

「でも、そのおかげで俺らは売れたからね」

 中岡が言い、幾久がじっと見つめると、中岡は「本当だよ」と笑った。

 笑顔はやっぱり兄弟だけあって、(がく)に似ている。

「青木君、性格はどクズだけどセンスと才能は本物だから」

 福原が言うと、青木は言った。

「そーだよ、僕は凄いんだからね!いっくん!」

「あーハイ」

「なんで褒めてくんないんだよ!」

 いじける青木に、集はおなかを抱えて笑っていた。

 メイクや髪のセット、衣装の仕度が終わり、青木は幾久の前に堂々と立って見せた。

「いっくん!どう?かっこいいでしょ?」

 幾久は一言感想を言った。

「ケバイっす」

「ぎゃははははは!まあ舞台メイクだからしゃーないわなwww青木君ケバーイ!」

「こんくらいのほうが舞台では映えるんだよ!いっくん、ちゃんとステージ見ててよ?!探すからね?!」

「や、見えるわけないんで」

「見えるよ!」

 文句を言う青木に福原が「おい青木君、ちゃんと仕事しろよ」と横から突っ込みを入れた。



 全員の仕度が終わったので、幾久と御堀はステージを見るため、客席へと移動することになった。

 楽屋から出て行く幾久に向かって青木がべそをかきそうな声で言った。

「ああっ、いっくんもこっちに参加してよぉ!」

「無茶言わないで下さいよ」

 全く、青木は何を言っているのだと呆れるが、福原が目で『ちょっと甘やかしてやって』と苦笑するので、仕方なく幾久は青木に近づき、抱きついた。

「がんばってください(棒読み)」

「が!ん!ば!る!!!!!」

 抱きしめ返そうとした青木をさっと避け、幾久は「行こう」と御堀の元へ駆け寄った。

 スタッフは苦笑し、メンバーは幾久に笑顔で頷く。

 そうして幾久は、楽屋を出たのだった。


 宮部の弟である南風(みなみ)と一緒に客席へと移動する途中、幾久は南風に謝った。

「なんか騒がしくしてすみません」

 幾久が言うと、南風は「とんでもない」と笑って首を横に振った。

「すげー空気良かったから、これで今日のライヴの出来は決まったも同然。いっくんのおかげ」

「そんな」

 幾久がやったことなんて、楽屋で喋っただけなのに。

 だが、そういう幾久に南風は首を横に振った。

「フェスはともかく、ワンマンのライヴの時って連中、けっこうピリピリしてること多いんだよね。フェスと違って時間も長いし、スタッフも多いし、絶対にミスできないし」

「それ、ちょっとわかります」

 幾久と御堀は互いに頷き、南風に言った。

「オレら、文化祭で舞台やったんですけど、それでもすっごく大変でした」

「うん。準備も、舞台も、こんなに沢山の人がいるのかって」

 たった数度の素人舞台でしかないはずなのに、衣装や舞台装置、音響に美術、映像、そして役者の準備とやることは山ほどあった。

「こんなに広い会場で、たくさんの人がいて、しかもライヴって、すごく大変なんだろうなって。二時間の舞台に、すごく時間かかったんで」

「なんかそれ言われると、裏方としては嬉しいね。その為に頑張ってるから」

「だから、お邪魔してよかったのかなってちょっと」

 御堀が言うと、南風は「いいって!」と笑顔で頷いた。

「君らのおかげでメンバー、フェスみたいに機嫌良いし、いい意味でリラックスしてるからありがたいんだって。兄貴は滅茶苦茶喜んでるよ」

「先輩らは、いつもと何も変わらないっす」

 機嫌の悪い青木達、というのが幾久には想像できない。

 青木と福原が口げんかをしているのはいつもの事だが、先輩達はいつも楽しそうでそんなところしか幾久は知らないからだ。

 寮ではいつも、あんな風でにぎやかな、ちょっと派手なお兄さんでしかない。

「その『いつも』っていうのが、俺らにとっちゃ割とレアな『ご機嫌の良さ』なんだよ」

 そして扉を開けると、客席のあるアリーナへと到着した。

 幾久たちはアリーナ、つまり会場の一階の真ん中より少し後ろへと案内された。

 機材が沢山おいてあり、全員がツアーTシャツを着ている。

 かくいう御堀と幾久も、さっきツアーTシャツに着替えたところだったので、こうしてスタッフのそばにいると、関係者っぽく見える。


 会場はざわついていて、その中、音楽が流れている。

 グラスエッジではない、洋楽だった。

 誰の曲なのかな、と思っていると南風と目があった。

「この曲、グラスエッジじゃないですよね」

 幾久の問いに、南風が頷いた。

「そう。ライヴ前と後は、メンバーの好きな曲をかけるんだけど、今日はアオがじゃんけんに勝ったから、デッドオアアライヴの曲。後はアツだったかな」

「そうなんですね」

 そわそわとする幾久に、南風が笑った。

「緊張する?」

「ってか、オレ、フェスとかゲリラライヴは見たんすけど、ちゃんとしたライヴってこれが初めてなんす」

「……それって、みんな知ってるの?」

 南風が尋ねると、幾久は首を横にふった。

「さあ?そういや言ったことないかも」

 すると南風は「ちょっと待ってね」とあわてて席を立ち、インカムで連絡を取ってしばらくすると戻ってきた。

「大丈夫っすか?」

 忙しいのかな、と幾久が心配すると南風は首を横にふる。

「問題ないよ。気にしないで。ライヴ楽しもう。俺も今日は踊っちゃうかも」

 そういって体を揺らす南風に、幾久が笑ったところで、会場に流れていた音楽がふっと途切れた。


 会場の光が消え、真っ暗になり、光るのは機材と、ファンの手首に巻かれたライトブレスレット。

 幾久も御堀も、スタッフは皆それをつけている。

 何も見えない暗い中、幾久はじっとステージを見ていた。


 波音が響きはじめて、ワーッと会場中から歓声が上がる。

 舞台に一枚、透けるような薄い布地に、水面が揺れる映像が映る。

 幾久と御堀は視線を合わせ、微笑んだ。

 報国の海だからだ。




 水面は布の上でたゆたうように揺れ、波音が大きくなる。

(まるで海みたいだ)

 人々のざわめきが波音に、真っ暗な中ぽつぽつと浮かぶ光が真っ暗な水面に映る星のようで。


 画面の映像が、波から海中へと変わった。

 ごぽん、という沈む音と、海の中のごぽごぽと空気が浮かんで消えていく音があふれ、ぱちん、ぱちんと泡のはじける音に人々のざわめきが混じりだす。

 話し声や喋る声、笑い声。

 声はメンバーで、誰かのファンが叫ぶと、誰が喋ったのか幾久にもわかった。

 ふざけて、はしゃいで、静かに、まじめに。

 そんな話し声の中に、『グラスエッジ』という単語が混じりだす。

 いくつも、いくつも、ざわめきより多くなり、海の中で重なり出す。


 ごぽん、ごぽん、と海の深くまで沈んでいく音に、人々の声が重なる。

『グラスエッジ』

『グラスエッジ』

『グラスエッジ』

 いろんな人の声が重なり、段々とそれがまとめられていく。

 その中の声には、メンバーの声、女性の声、宮部の声。

 そして。

『グラスエッジ』

 気の抜けた、幾久の声が混じっていたのに気づき幾久は苦笑する。

(これで使うつもりだったんだ)

 寮での夜、しつこく言えと録音されたのはこの為だったのか。

 そして繰り返し、混じる『グラスエッジ』の重なりに、響いたのは、ボーカルの集の声。


「グラスエッジ」


 それは、録音された声ではなく、目の前のステージに立っている集の声だった。

 表現するなら、どん、という音のように聞こえた。

 会場からまるで水が沸いたように、突然の土砂降りのような歓声にのまれ、幾久は言葉を失った。

 ステージの後ろから強烈な光が輝き、まぶしさに目を細めると、波を映していた布地が天井から床に落とされた。

 空気が一瞬で濃くなった。

 ステージは遠いはずなのに、集は目の前のような存在感だ。

 布が落ち、メンバーの姿がはっきりと見えると、歓声がいっそう大きく響き、女性の声も沢山上がり、圧倒された。

「すげえ」

 幾久が言うと、隣の御堀も頷く。

「本当、すごい」

 ライヴとフェスはぜんぜん違うよ、と福原は笑って幾久に言った。

 え、人前で歌うだけなら同じじゃん、という幾久に、福原は、サッカーの試合とおんなじだよ、同じサッカーでもどんな試合するかで違うでしょ、そう言われてなんとなくそんなものか、と思っていた。

 いま、やっと初めて幾久は理解した。

(オレ、なんも、全っ然知らねーじゃん)

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