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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【19】寮を守るは先輩の義務【通今博古】
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報国院を抱える人たち

「ボクシングなんかしてるくせに、メンタルよえーじゃないっすか」

 岩倉が茶化しながら言うと、周布はふっと笑って言った。

「誰だって、嫌いな奴に関わりたくないからな。メンタルどうのって事じゃねえよ」

 驚く岩倉に、周布は続けた。

「嫌いな連中と関わるのってそりゃもう面倒くせえし一緒に居るのも嫌になるし、時間の無駄だしどうしようもねえよ。けど、仕事ならそうも言ってらんねえからなあ。学校だって寮だってそうだろ。嫌いな奴とずっと一緒でメンタル強くなるとは俺は思わないし、思えけーけどな」

 周布の言葉に岩倉は黙り、野山も壁を塗り続ける。

(ざまあみろ、わるふざけじゃん、本気にすんなよ、おとなのくせに、やりなおせよ、おまえら勉強できねーんだろ、か)

 それは、土塀を塗っていた野山に小学生の男子が言って笑っていたことだ。

 くしくも、それと同じような言葉を野山は児玉に投げつけた。

 そして見えない面々にも。

 投げつけたときには、やってやった、と思ったけれど、言われてしまうと、実際はそんなことは全くなかった。

 どうでもいいし、面倒くさい。

 あれで勝ったとか思って、明日もいなけりゃいいけどな。

 つまりうっとおしい虫くらいのもので、手で払いのけておしまいだ。

(なにやってんだ)

 なんだか、自分がやってきた事が、自分の思った通りになっていなかったことが、今更思いだされた。

 だからってなんとも思わないけれど。


 黙って壁を塗り続ければ、毎日やっているおかげか、昨日よりは少し早く出来ている。

 野山と岩倉が塗っているところが落ち着いたところで、全員休憩を取ることになった。

「おい、全員休憩な。しばらく休んどけ」

 周布の言葉に、全員がはーい、と返事をし、さっき塗った土塀の場所で腰を下ろす。

 大抵の面々が、自分が塗った土塀の下へ陣取り、座って話をしたり、スマホを見始めた。

 土塀の足元は石垣になっているので、座っていても問題はないけれど、ちょっと通りにくい。

 だが、そうやって道路に腰を下ろされると、避けて通らなければならないので確かに土塀には振れられずに済む。

(昨日のあれは)

 結局、なにがおこるか、周布がどうするか、わかった上での反応だったのだ。

 いい考えじゃん、俺らバカだからさーと笑っていた先輩は、実はこちらを馬鹿にしていたのだと、そうなって初めて気づく。

 それに気づいた岩倉は、さすがに今日はおとなしくしていた。

 周布、野山、岩倉の三人は保育園の前にある金属でつくられた逆さのU字状の車止めの上に腰を下ろしていた。

 すると、保育園から若い女性の保母さんが出てきた。

「報国院さん、お疲れ様です!紙コップで申し訳ないんですけど、お茶飲みませんか?」

 そういってすでに用意していたのだろう、紙コップとポットを抱えて持ってきてくれた。

「ありがとうございまーす!うれしいっす!」

「なんとおやつもあるんですよ!」

 そういって子供が喜びそうな子袋のビスケットを取り出す。

「わ!懐かしい!これ俺好きだったんだよな!」

「くださーい!」

 二年の先輩たちが、子供用のおやつに盛り上がりながら自分の分とお茶を受け取り、壁の前へ戻っていく。

 周布と野山、岩倉は車止めに腰を下ろしていたのでそのままお茶を飲み、お菓子を食べた。

 すると、お迎えに来たらしい母親と、保育園児が園から出てきた。

「あら、周布君じゃないの。ほら、大好きな報国院のお兄ちゃんよ」

 母親が言うと、幼い保育園児の女の子が、笑顔でぺこりと頭を下げた。

「おにいちゃんたち、いつも土塀をなおしてくれて、ありがとうございます!」

 野山と岩倉が驚くと、周布は慣れた様子で「いいえー、どうもありがとうねー」と笑顔で返している。

「丁度よかった、周布君、リフォームって詳しい?」

 周布と母親は知り合いなのだろう、そう言って話し始めた。

「そりゃ詳しいっすよ。考えてるんすか?」

「うちもおばあちゃんが年だからねえ。リフォームか新築しないかって夫は言うけど、おばあちゃんは住み慣れた家がいいって言うし」

 まるで大人の、なんてことのない世間話で、周布はそれをまるで普通の大人がそうするように答えていた。

「難しい問題っすよねえ」

 はは、と笑ってお茶を飲みながら、母親に言った。

「でも、なら、外装とおばあちゃんの部屋の雰囲気だけ今の感じで残して新築ってどうっすか?家の外装、似せることは出来ると思いますよ。うちにご依頼いただけたら、新築イメージ画像だけでも出します」

「おお、さっすが、じゃあそれお願いしていい?おいくら?」

「イメージ画像だけなら無料っすから!」

「たすかるー!」

 そう言って母親と周布は世間話に入った。

「そうそう、桜柳祭、楽しかったわねえ。特にロミオとジュリエット!」

 野山と岩倉は体を硬くした。

 が、周布は話を続ける。

「あ、今年凄かったっすよ、おかげで儲かったって」

「やーね、報国院ってすぐそれ」

 そういいつつ、母親は楽しそうに笑っている。

「舞台装置作ったの、周布君たちでしょ?えらいわねえ」

 そう野山と岩倉も言われたが、この二人は関わっていない。

 否定しようとすると、周布が『余計な事言わなくてもいい』みたいな顔をするので、二人は黙っておく。

「うちなんか、おばあちゃん宝塚大好きでしょ。でももう足が悪くてなかなか舞台に行けないから、地球部の舞台をほんと楽しみにしてるの。ここまでなら来れるからね」

「それでポスターあったんすね、おばあちゃんの部屋」

「そうそう、そうなの。ガチ勢ってやつよ。おばあちゃん、あれが楽しみで今回も手術頑張ったんだもの」

 手術、の言葉に野山と目が合い、母親らしい女性は言った。

「おばあちゃんね、病気で手術しなくちゃいけないんだけど、入院嫌がってね、なかなかやりたがらなかったの。でも今回の舞台がロミオとジュリエットって聞いて、舞台ファンの血がうずいて、『すぐ手術してリハビリして、絶対に舞台をこの目で見る!』ってはりきっちゃって」

「ハハハ、らしいや」

「……手術する前までは、もうどうせ長くないとか、楽しみはなにもないとか、一人でお寺さんに行って、もうすぐお世話になりますとか、そんなのばっかりだったのよ。家族でもどうしようって悩んでてね」

 でも、と母親は言った。

「それがね、神社で練習してるロミオとジュリエットの二人を見てね、あの子たちが舞台に出るなら見に行きたいって張り切っちゃって。あんなに嫌がってたのに入院の手続きも手術の手続きも、ぜーんぶ一人でやっちゃって、リハビリもすぐに始めて。おかげで歩いて舞台を見に行ったの」

「歩いて?!そりゃ凄い」

 周布が驚くと、母親は笑った。

「その後はりきりすぎて、ちょっと整体のお世話になったんだけどね。でも良かったって。来年も絶対に見たいって、今から楽しみにしてるのよ」

 気が早いわよねえ、と笑うと、退屈そうにしていた女の子が母親に尋ねた。

「ロミオとジュリエットのおにいちゃんは?」

 周布が答えた。

「おにいちゃんたちはお勉強中だよ」

「そっかー」

 がっかりする保育園児に、周布が言った。

「今度、また会えるよ。来るように言っておくね」

「本当?!」

「本当、本当」

 周布が言うと、保育園児の母親が尋ねた。

「周布君、大丈夫?そんな安請け合いして」

「大丈夫っす。俺、あいつらに頼まれたもん作ってるんで、そのお礼に頼むって言えば来てくれますよ」

「そう?なら是非ロミオ君にも来て貰って」

 母親の言葉に周布が笑った。

「おかーさん、ロミオ派なんだ」

「そうよ!ファンクラブ入ったもん!」

「マジで?」

「マジで」

 そう言って笑って、じゃあね、またね、と手を振って、母親と女の子は仲良く手を繋いで帰っていった。



 そうして土塀が乾くまで暫く、休憩という名の見張りは続いた。

 なにもすることがない、と思っていたがそうでもなく。

 壁が乾くまでの間、通りすがりの人がよく周布に声をかけてきた。

 あのあたりの土塀はいつごろ修理できるのか、空き家があるのだが大丈夫だろうか、公園の遊具が古くて心配、あの寺の仏像、修理に出してるんだって。

 そんな話をずっと地域の人としていて、周布は相槌をうったり、相談にのったり、時折知り合いに電話したりもしていた。

 やがて薄暗くなってきたところで、周布が言った。

「ぼちぼち、今日は引き上げるか」

「うぃーっす」

 周布の号令で、全員が引き上げ始めた。

 結局、土塀を塗ってしばらく、そこで待っているのが仕事だったのだ。

 全く自分にはなにも見えていなかったし、伝築の先輩たちは実はちっとも優しくもない。

 まるで嫌がらせだ、と野山は思う。

(けど、当然か)

 当たり前の事だ。

 なぜなら伝築の先輩たちにとって、卒業が近い周布の時間を野山と岩倉に奪われるのはたまったものじゃないからだ。

 岩倉に無責任と言われたように、野山も周布を無責任と思いながらも、そもそも周布にはそんな責任がない事に気づく。

(退学かあ)

 今更何をどうしても遅いだろう。

 だけどどうせ退学なら、自分だって楽になりたかった。

(児玉の奴、ズルイよなー)

 自分ばっかり先輩に可愛がられて希望の寮に行って。

 児玉を嫌っていたはずの恭王寮の奴は、いまやすっかりバンドファン仲間らしい。

 わざわざ気を使って、時間まで使って、夏休みにいろいろしたのに、全部無駄になってしまった。

(あげく、退学だと)

 恭王寮の連中は、野山をきっと笑うだろう。当然だとも言うだろう。

 だけど本当に退学になったら、どんな顔をするだろうか。

 やっぱりちょっとくらいは、気分が悪いに違いない。

 なぜなら児玉への濡れ衣の悪口を、どいつもこいつも言っていたのだから。

 それがたとえ、野山に合わせる為のもので、本心からじゃなかったとしても。

(気分良く退学してえな)

 自分勝手で我侭なのは判っているけれど、どうせもうこの学校にいられないのなら、最後くらい、仕返しじみたことがしたかった。

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