諭すのは好きだからじゃない
寮に帰っても、岩倉と話をするでもなく静かに何か考えている風な野山に岩倉は尋ねた。
「なあ、なんでずっと黙ってんだよ」
「別に。用事がねえからかな」
そういって野山は、寮の荷物を片付け始めていた。
よくよく考えれば秋に恭王寮を追い出されて、岩倉と二人部屋を与えられて、好き勝手に使っていたから部屋は散らかっている。
恭王寮の頃ならすぐに先輩から叱られていたし、もっと部屋は狭かったし、部屋の中に篭っていることも出来なかった。
ゴミ袋を広げ、片っ端からいらないものを捨てていく。
早ければ今期で退学もありえるかもしれないなら、余計な手間は増やしたくない。
親にはなんて言い訳するか。
しかし、あの親のことだから多分どこかの学校を勝手に見つけてくるだろう。
全寮制か、通うことになるかは判らないけど。
「なあって。なんで片付けなんかしてんだよ」
岩倉の問いに、野山は言った。
「退学になるかもしんねえから」
「は?」
岩倉は意味がわからない、という顔で野山に尋ねた。
「なに。お前なんかしたの」
「なんかはいろいろしたから、こうして報国寮に居るんだろ」
「……そうかもだけど」
そうして片付ける野山に岩倉が言った。
「今更退学とかありえんの?」
「さあ。でもそんな雰囲気だからかな」
「意味わかんねえよ。雰囲気って何が」
岩倉に野山は答えた。
「桂提督が言ってたろ。犯罪行為は退学だって」
「でもあんなの、これまで何も言ってこなかったじゃん」
確かに自分たちは、児玉への嫌がらせで、同じグラスエッジのファンだという恭王寮の一年生の持っていたTシャツを隠し持っていた。
盗みといえばそうだが、結局売りもしなかったのでそこまでの事ではないと岩倉は思っていた。
野山は言う。
「なんでお前は、すぐ注意されるって信じてるんだ?」
首を傾げる岩倉に、野山は片づけをしながら言った。
「学校は親じゃねえし、すぐに注意なんかしてくれねえだろ。もうとっくに退学にはなってるけど、教えてくんねえだけかもしれねえし」
「そんなのいいのかよ」
「いいも悪いも、学校が出て行けって言うなら仕方ねえだろ」
実際にその通りだ。
報国院が退学と命令を出して、出て行けといわれたら出て行くしか二人にはない。
すると岩倉があわて始めた。
「ちょ……まじで?やばいって、俺、マジで親に怒られる」
「怒られるのが怖いのか」
ここまできても、怖い発想が『親』しかないのに、野山は少し笑ってしまった。
「普通のレールから外れて中卒になるのは怖くねえの?」
「中卒って……学校辞めてもせいぜい中退だろ」
「中退って意味ねえぞ。最終学歴は中卒になるんだよ」
「そんな」
岩倉は絶句した。
そりゃそうだ、いまどき中卒なんて聞いたこともないし、自分がまさかそうなるなんて思ってもみなかったからだろう。
「片付けくらいしとかねーと、明日には出て行けって言われても面倒くせーからな」
そういうと、野山は片づけを再開した。
岩倉はそれをみて、自分も野山にならって片付け始めたが、なにか考えての事ではないだろう。
(なんか、うぜえな)
これまではついてくる岩倉に何も考えていなかったが、自分でものを考えずただ野山の真似をしてくる岩倉を、邪魔だなと思うようになった。
「なあ」
「なんだよ」
岩倉が野山に尋ねた。
「もし報国院、退学になったら、お前、どーすんの」
「さあ」
「さあって、無責任な」
無責任って、野山が退学になったとしても、それは野山の責任で、仕方のないことじゃないのか。
岩倉はぽつりと言った。
「俺はどうしたらいいんだよ」
そこで気づく。
ああ、そっか。
岩倉の事をなにも考えていないから、無責任といわれていると。
(俺は親かよ)
そう考えるとちょっとおかしくなって、野山は黙って部屋を片付け続けた。
冬休みに入るまであと数日となっても、周布の手伝いは終わる様子を見せない。
放課後になり、野山たちはいつもと同じく、伝築の面々と土塀塗りに入ることになった。
ところが、昨日削られたばかりの土塀は、痛々しく傷がついたまま、どころか余計に削られてしまっていた。
それを見て、野山も岩倉も絶句する。
「あー、やっぱなあ。一度やられるとこうなるんだよなあ」
削られた所に、明らかに昨日周布が削っただけではない、別の傷がたくさんついている。
「しゃーねえ、やり直しだ」
そう言って周布は準備を始め、野山と岩倉が周布についていった時だった。
がす、がすっと土塀を削る音が聞こえた。
振り返ると、壁に傘を突き刺して削っている小学生男子の団体が居た。
「なにやってんだよ!」
岩倉が怒鳴ると、小学生たちはわーっと笑い出した。
「わるふざけじゃん」
「どうせいまから塗るんだろ、ちょっとくらいいいじゃん」
「おまえら千鳥だろ、勉強できねえくせに!」
そう言って小学生の男子団体は、げらげら笑いながら走って逃げた。
岩倉は苛立ち、周布に怒鳴った。
「なんであれ、止めないんすか!」
「だってあれ、どこん家の子か知ってるからさあ。後日、請求書まわすだけだし」
周布は突っ立っているだけだと思ったが、スマホでしっかり撮影していた。
「お前らが絡んでくれて助かったわ。しっかり顔うつってんな」
すると、周布の後輩連中が集まって周布のスマホを覗き込む。
「お、まじいいじゃないっすか」
「防犯カメラじゃ限界あったんすよね」
「これで請求ばっちりっすね」
周布は苦笑した。
「ま、請求は出来るけど、払ってくれるかどうかは別問題だからな。あとは俺らの仕事じゃねえよ」
そういって周布はスマホを操作すると、ポケットにしまった。
「データはもう送ったから、後は別の奴の仕事だ。さて、俺らは俺らの仕事すんぞー」
周布が言うと、はーい、と声が上がる。
いつものように、野山も岩倉も周布について行く。
仕事はさっき削られた、酷い有様の土塀を修復することだ。
(これじゃ、いつになったら終わるんだよ)
そもそも土塀なんて残しているほうがどうかしている。
こんな泥だから、あっという間に傷つけられるんだ。
城下町でも土塀を残してある場所は少ない。
たいていが、土塀の雰囲気を残しつつ、セメントでカバーしたり、それっぽい壁に変えていた。
「……なんで報国院は、土塀抱えてるんすか。こんな事ばっかりで意味ねえのに」
野山が周布に尋ねると、周布は土塀を削りながら言った。
「なんで報国院は千鳥なんか抱えてんだ?バカばっかりで意味ねえのに」
「それは、だって千鳥は、金、払うから」
「それだけか?」
「え?」
「他に理由はないのか?」
「他にって……」
野山が知っている千鳥の存在理由なんかそんなものだ。
頭が悪くてどうしようもないとか、金さえ払えばいいんだろとか、そういった連中が千鳥に居て、高い学費と寮費を払わせて、その金で鳳の待遇を良くしているのだと。
「金払ってるにしても、千鳥ってすげーバカじゃん」
「それはそうっすけど」
千鳥の沢山居る報国寮に所属している野山は、今更だが千鳥のバカという表現がよく理解できるようになっていた。
勉強ができない、というレベルで済む話じゃなく、しないとか、サボっているとか、遊んでばかり、という連中もいたが、毎日よくもそんなバカなことができるものだという小学生レベルでふざけている連中も多かった。
「そういうのも、報国院には必要ってことだよ」
「だったら、俺らはいらないって事っすよね。退学なんでしょ」
野山が言うと、周布の動きが止まった。が、すぐ周布は作業を再開した。
「……まだ決まったわけじゃねえよ」
ということは、ほとんど決まっている、ということだ。
すると隣で聞いていた岩倉が言った。
「玉木、んな事言ってなかったじゃん」
すると、野山が岩倉に言った。
「いちいち俺らに言うわけねえだろ」
「あんなオネエになにができんだよ!」
岩倉の言葉に、周布が笑った。
「おい、オネエって。たまきんのアレはキャラだぞ。結婚してるし子供もいるし。知らないのか?」
野山と岩倉は首を横に振った。
「そんなの、誰も言ってないじゃないっすか」
「そりゃお前らみたいに、ゴシップに興味ある連中ばっかでもないからなあ」
まるで決め付けて言われるが、周布に逆らう言葉を思いつかず、岩倉も野山も黙る。
「たまきんは元々、いいとこの坊ちゃんで成績も優秀、ずっと鳳で体格も恵まれて性格も優しくて子供の頃から有名だったらしい。あの外見じゃ生徒がびびるから、あえてオネエ言葉使ってるだけで、実際はオネエじゃねえよ。次期学院長はたまきんだろって噂だしな。まあそうなるのはずいぶん後だろうけど」
だったら、鉄拳制裁でもしたら良かったのに。
野山が思っていると、岩倉が言った。
「だったら、なんでいきなり退学なんすか。殴ればいいじゃないっすか、んなむかついたなら」
すると周布が首を横に振った。
「たまきんが生徒に暴行するわけねーだろ。むかついてもちゃんとお前らのこと諭してたろ」
「でも結局、むかついたから退学にすんなら、同じ事じゃないっすか」
「同じわけねえだろ。諭すのと殴るのは全然違う」
そう言って、周布は壁を削り始めた。
ただ話すだけでは時間の無駄と判断したのだろう。
「むかついたってたまきんはちゃんと仕事したろ。お前らもさっさと仕事しろ。同じ失敗したいなら止めねえけどな」
そう言って壁を削り始める。
周布の隣に野山が移動して、その壁を塗り始めた。
「……で、なんで退学って気づいた?」
周布が尋ねると野山は答えた。
「児玉の奴が、大人のいう事きいとけって、らしくねえこと言ったからっすかね」
「ああ。タマちゃんまじめだからなあ」
「自分が気分悪いだけっしょ。だからわざわざ俺らに言うだけでしょ。逃げてーだけじゃないっすか」
確かに児玉の言うとおり、児玉はびびっているのだろう。
自分だけ学校に残って、野山と岩倉が退学になったら、あの良い子ぶりっこは、ざまあみろなんて言わないだろう。
「そりゃ誰だって逃げたいだろ」