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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【19】寮を守るは先輩の義務【通今博古】
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なんでお前ばっかり。なんで俺ばっかり。

 周布は続けた。

「たまたま乃木と御堀がうまくごまかしたからあれで済んだけど、あの舞台つくるのにどんだけ手間と時間と努力と人数、かかってると思ってんだよ。これは被害者も時間もちょっぴりじゃん。二時間でやりなおしできんじゃん。二時間なんてお前らに比べたら可愛いもんだって」

 そう言って、周布は小さな小手で落書きを削り始めた。

 今日やったところは台無しだ。

 あのたった一瞬、連中がふざけただけで。

「ま、今日は削っておいとくか」

「なんでやり直ししないんですか」

 今からすぐにやれば、二時間くらいは。

 さすがに夜に、壁を削る生徒はいないはずだ。

 だが、周布は言った。

「神社の中に武道場があんだろ。子供が夜に習い事に来るんだよ。そしたら結局、似たような結果になる。ずっとは見張っていられねえだろ」

 言いながら周布は壁を削る。

「落書きは消しておかねーと、子供がこういうのやっていいんだって思っちまうんだよ。そしたらとんでもねーからな。昔は子供の行儀がクソ悪くて、先輩たち大変だったらしーぞ。いまどきはまだマシだってさ」

 そうして周布は、壁を器用に削って、落書き部分を消してしまい、ただの痛んだ土塀へと変えた。


 削り終わり、道具を片付けているとすっかり日が暮れてしまった。

「今日はこれでおひらきにすっか」

 周布は野山や岩倉と同じ報国寮に住んでいる。

 どこまでも監視されていると思うと気が滅入りそうだ。

 うんざりとしていると、暗くなった通りの向こうから誰かが歩いてきた。

(うわ、)

 なんて最悪のパターンだと野山と岩倉は思った。

 こいつだけには会いたくなかった。

 歩いてきたのは、最悪の相手の児玉だった。

 元恭王寮で、野山と岩倉、というより野山と喧嘩になって三人とも寮を追い出されて。

 所が自分たちは二人とも報国寮で、児玉は以前から希望していた御門寮へ移って、桜柳祭でもバンドなんかやって目だってて。

 胴着を抱えているということは、まさにこの武道場に用事があるのだろう。

 まずいことに、児玉も気づいた。

 すると、周布が言った。

「おー!タマちゃんじゃん!」

「おつ、っす」

 そう言って児玉は周布にぺこりと頭を下げる。

「丁度よかった!タマちゃん、こいつら見張っててくれよ」

「は?」

 児玉、野山、岩倉の三人が同時に声を上げた。

「いや、今から職員室に鍵返さないといけなくってさ。でもこいつら逃げたら困るじゃん?タマちゃんが見張ってくれるなら、ちょっぱやで返してくっからさ、そしたら俺らすぐ帰れるし!じゃ、頼むなー!十分、かかんねーから!」

「いやあの、」

 児玉が返事をするまえに、周布はすごいスピードで走って職員室へ向かってしまい、薄暗い城下町の石畳の通路の上は、三人が無言で立たされてしまった。


 岩倉は野山をちらちら見ているし、児玉はさっさと逃げればいいのに、なにをご丁寧にか、ちゃんとその場で待っている。

 児玉に居てほしくなくて、野山はわざと話しかけた。

「お前、時間とかいいのかよ。道場はいんなくて」

 すると児玉は言った。

「いや、どうせマスター来るまで自主練だし」

「マスター?」

「ますく・ど・かふぇのマスターだよ。あの人に教えて貰ってて」

「へえ。また暴力振るうつもりか」

 児玉に殴られた経験がある野山が言うと、児玉は言った。

「必要になりゃな」

 それに、と児玉はため息をついた。

「御門の先輩らの方がよっぽど乱暴者だよ。俺が習うのは受身。でねーといつか、マジで骨くらい折るからな」

「は?」

 どうして御門の先輩たちが児玉の骨を折るのかと野山は素直にそう疑問に思って言うと、児玉は言った。

「知らないのか?二年の高杉先輩も久坂先輩も、ここの道場の武術全般やってて有段者だぞ。スゲーつえーなんてもんじゃない上に、なんかあったら武術でケリつけるからな。雪ちゃん先輩もそうだったろ」

 幾久に喧嘩を売っているとき、幾久をかばう児玉に殴りかかった瞬間、足払いをくらったのを野山は思い出す。

「おまえばっか、かばってもらってんのな」

 そう言っていやみを言うと、児玉は言った。

「そりゃ、俺は間違ったことはしてねえからな」

 野山は驚く。

 恭王寮に居る頃の児玉は、こんな事を言う奴ではなかった。

「お前ばっかり正しいのかよ」

 そう児玉にかみつくと、児玉は野山に向かい言った。

「お前から見たら俺は間違ってるみたいに見えるんだろうけど、俺から見たらお前だって間違ってんだよ」

「なに漫画みてーな台詞吐いてんだよ。暴力ふるっているくせに」

「お前だってそうだろ」

 児玉が言った。野山は驚く。

「俺が?暴力なんかふるってねえじゃん」

「悪口だって立派な暴力だろ。嘘だってついて、盗みだってやっただろ」

 児玉が言うと、野山は黙ることしかできない。

 実際にその通りだからだ。

「盗みって、大げさな」

 そうヘラヘラ笑う岩倉に。児玉は言った。

「それをジャッジすんのは、加害者じゃなくて被害者のほうだろ」

「上から目線、相変わらずうっぜえなあ」

 そう言って岩倉は「なあ」と野山に同意を求める。

 すると、児玉はぽつりと言った。

「勝手に下から俺を覗き込んで、上から目線だって言われても、いちゃもんとしか思えない」

 すると岩倉は言葉を止めた。

 児玉は続ける。

「俺はお前の思い通りには動かないし、思い通りにも出来ない。

 俺をどう思おうとお前の自由だけど、決め付けられたら「違う」としか言いようがない。だって俺が俺のことを言うんだから、それを『お前は本当はそうじゃない』といわれても、そうじゃないとしか言いようがない」

 そうして、児玉はため息のように静かに言った。

「……学校に居たいなら、あんまり―――――いろんなこと、舐めてかからないうほうがいいと思う。やっぱりちゃんとした大人って、怖ぇんだと思う」

 児玉の言葉に、野山は言った。

「脅してるつもりか」

 児玉は言った。

「そうかもしれない」

 児玉の言葉に、野山は驚いた。

 てっきり、『そうじゃない』とか『そんなことはない』と児玉が言うと思っていたからだ。

 児玉は続けて言った。

「でもそれは、俺にビビッて欲しくて脅してる訳じゃない。どっちかっていうと……そうだな、俺のほうがびびってんだ」

 児玉は思っていた。

 やっぱり、こんな連中でも退学になるのは嫌だと。

 それは、まだ高校生でしかない自分にはあまりに想像がお粗末なせいかもしれないけど、高校を中退して、どこかに入りなおすなんて、なかなか難しいのではないのだろうか。

 それに、報国院は滅多に退学にしないと言っていた。

 犯罪ならそうではない。ということは、この近隣の、報国院がどういう学校か知っている高校は、こいつらを引き受けはしないだろう。

 そうなって、たとえばもう中退で仕事をするにしても、少なくとも日本では、その学歴で仕事をするのは難しいのではないのだろうか。

 そんな風になるのを、『ざまあみろ』とは笑えない。

「何言ってんだよ、お前」

 馬鹿にしたように岩倉が言う。

 だが、児玉は全く気にする様子はない。

「まあ、ちゃんとしとけよ。周布先輩、いい先輩なんだからな」

「うっぜえ。マジおまえって本当に……」

 そう言った岩倉に向かって、児玉はボクシングのポーズをとり、拳で岩倉の頬を掠めた。

 びっくりした岩倉は、一瞬何が起こったかわからず、その場でぺたんとしりもちをついた。

 児玉は笑った。

「今のスピード、はええって思うか?」

「……ったりまえだろ」

 腰を抜かす岩倉の変わりに野山が言うと、児玉は笑って二人に告げた。

「いまのスピード、せいぜい時速40キロくらいだぞ。ボクシングなんかそんなもんだ。でもな、お前らが幾久に投げたボールは、多分その倍くらいのスピードだぞ」

 そうして、顔を見上げていった。

「多分、今よりよっぽど暗いよな。そんな中、不意に来たボールを判断して勢い殺して、すぐリフティングにもっていけるなんて、相当だと思わねえ?」

 わかんねえかな、と児玉は笑う。

「お前らって、本当にけっこう、運がいい奴だよな、性格わりーのに」

 そういって児玉は小さく微笑んでいた。野山も岩倉も目に入っていない。しょうがねえ奴だ、ともう諦めてしまったみたいな。

 そこでふと気づく。

(……玉木と同じじゃねえかよ)

 玉木が野山と岩倉を見るときの目。

 いまの児玉の目と、同じだった。

「おー!タマちゃん、わりぃわりぃ!お待たせ!」

 腰を抜かした岩倉は、野山に引っ張られ立ち上がる。

 なにか言いたげな野山と岩倉を見て、周布は言った。

「タマちゃん、余計なこと言ってねーよな?」

 すると児玉は笑って首を横に振った。

「俺はいつも、余計なことを言われるほうっすよ。今だって周布先輩に余計な用事言われたし」

「そりゃそーか!」

 そういって周布はなにがおかしいのか爆笑した。

「じゃ、タマちゃん引き止めて悪かったな」

 そう挨拶すると、児玉は道場へ向かっていった。

 周布は振り返り、二人に言った。

「じゃ、仕方ねえ。今日は帰るか」

 そういって報国寮へと向かう道を歩きながら、野山は思った。

(だから、先に帰したのか)

 他の二年生なんかをもういいと帰して、野山と岩倉だけ残したのは、こうなることが判っていたからだ。

 つまり、それだけ伝築は壁を修復するのが当たり前になっているということだ。

(やってらんねえわ)

 せっかくやった努力、それがたったの一瞬で台無しになって、やったほうは気分良く帰り、やられたほうは何も悪くないのに同じ努力を繰り返す。

(だからか)

 周布が野山と岩倉を預かった理由も、玉木が引き下がった理由も。

 やっと野山は理解した。

 そして児玉の言葉の意味も。


(俺ら、退学ってことなのか)

 おもわず顔は笑っていた、

 これが玉木のいうところの、ストレスで笑わずにいられなくなっている、という奴なのだろうか。

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