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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【19】寮を守るは先輩の義務【通今博古】
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君と僕のタイミング

 周布は続けた。

「だから、桜柳祭で頑張ったお前が、あいつらを退学にさせたくない雰囲気だから、ちょっとだけは待ってやるって事なんだよな。お前がさっき、職員室にいなかったら、ほぼほぼあいつら、今期で退学決定だったと思うぜ」

 児玉は驚く。

「だから、お前はタイミングがいいなって笑ったんだ。ほんとラッキーだったな。あいつらが退学になって嫌だって言うなら、今日、この時間に、お前はここに居なくちゃならなかった」

 そういうのけっこう大事だぜ、と周布は笑った。

「偶然とかタイミングとか、甘く見ないほうがいいぜ。お前がさっき言ってた『チャンス』ってな、来る前も来てるときもわかんねえんだよ。通り過ぎた時に『あれがチャンスだった』って判るくらいのもんでさ。そういう意味では、お前か、もしくはあいつらがいいタイミングをもってたってことなんだろうなあ」

 助かった、と周布はほっと児玉に告げた。

「たまきん策士だからさー、あの二人を退学に持っていくつもりだったんだろうけど、お前のおかげでちょっとは考えてくれそうだし。ま、あとはあの二人が自分でどうにかするしかねえし」

 そう話していると、予鈴が響いた。

「お、時間か。ひきとめて悪かったな」

「いえ、別に」

「あ、それとあの二人に、退学云々言うんじゃねーぞ。余計にややこしくなっからな」

 周布の忠告に児玉は頷いた。

「うす。お任せします」

 すると、周布は児玉の態度に笑った。

「タマちゃん、話に聞いてたけど、ほんとまじめだねえ」

 ぽん、と児玉の肩に手を置くと、周布は児玉に言った。

「いい後輩で、ありがとうよ」

 そういうと、周布は教室へと戻っていく。


「タマ、話終わったんだ」

 雪充と別れ、幾久がやってきた。

「うん、ちょっと。なんかいろいろ考えさせられるわ」

 今日の話はとても難しく、内容が濃かった気がする。

(誉に聞いてみるか)

 自分でも理解しているのかどうか判らないし、なにか失敗していたら怖い。

 多分、間違ってはいないのだろうけれど。

 うーん、と悩む児玉に、幾久がポケットをまさぐり、お菓子を出した。

「タマ、難しい顔してんな」

 幾久からお菓子を受け取ると、児玉はそれをポケットに入れた。

「難しい話を聞いたんだよ」

「ふーん」

「それより、お前は雪ちゃん先輩と何話してたんだ?」

「周布先輩が、サッカーのゴールを作ってるけど、なんか面白そうなの作ってるって話。御門の奴は勿論だけど、ひょっとしたら経済研究部と組んで、クラウドファンディングして組み立て式木造ゴールとして販売するかもって。知らない間にでっかいプロジェクト化してるみたい」

「は?マジでか?」

 それはすごい、と児玉も感心する。

「周布先輩ってなんかスゲーな。つか、三年スゲーな」

「経済研究部ってすぐにそういうの商売にしちゃうんだって。でもその商売にする発想が思いつかないっていうか」

 幾久にしてみたら、寮にゴールがあったら遊べるなーという程度でしかなかったのに、いつの間にやら話が大きくなっていてびっくりする。

「しかもその写真見せて貰ったけど、すげー本格的でかっこいいの。オレ、てっきり木で作るって聞いてたから、なんか割り箸のすげー版にネットがかかってるみたいなの想像してたのに、全然ちげーの」

「割り箸って」

 幾久の言葉に児玉は噴出しながら、二人で教室への廊下を急いだ。

 児玉は教室に、幾久と笑い向かいながらも、嫌いなあの二人のことが引っかかっていた。

 なんだか喉に、魚の小骨がひっかかっているような。

 そんな気分だった。

(あいつら、どうなるんだろ)

 そんなこと、児玉が心配しても、どうなるわけでもなかったけれど。


 ただ、退学はなんだか嫌だな。

 児玉はそう思ったのだった。



 周布に強引に『預け』られて、野山と岩倉は何度も脱走を試みた。

 所が、試みようにもその前にがっちりとガードされ、にこにこと笑顔で「舐めんな。この町で俺らが知らない抜け道はねえよ」と言われたとき、これは無駄な努力だと悟って、素直に命令に従うことにした。

 命令は単純で、ひたすら周布の仕事の手伝いばかりだった。

 すでに三年生の周布は、推薦で進学先がほぼ安泰ということで、残りの時間は後輩の育成に使っていると、伝統建築科の二年生に聞いた。

(そのわりに、ずいぶんとのんびりしてるな、伝築)

 伝統建築科は、略して伝築、と呼ばれる。

 クラスは千鳥に所属しているのだが、試験については千鳥クラスではない試験を受けるのが殆どで、実際の実力は千鳥でない生徒が殆どだという。

(ホントかよ)

 その話を聞いたとき、野山はふんと鼻で笑ったのだが、その笑いを二年の先輩は怒らなかった。

 そうだろうな、まあそう思われるのが普通だよな、そんな風に。

 だからレベルが低いくせに上から目線うぜえ、と思ったのだ。

(俺だってその気になれば)

 もともと鷹クラスだった。

 乃木に脅されて動揺して、児玉を恭王寮で追い詰めるために夏休みに遊んでしまったから成績が落ちただけで、その気になればすぐにまた戻れる。

 そんな鷹クラスだった野山からしてみたら、常に作業着の服を着て、のんびりと大工仕事ばかりやっている伝築は、馬鹿の集まりにしか見えない。

 実際、野山と岩倉の仕事は、報国院の学校をぐるりと囲む土塀の塗り替えで、確かに泥は扱いづらかったが、慣れてしまえばそう面倒なこともなく、こんな適当にやってていいのか、と逃げたのを後悔するレベルだった。

「おい、塗り終わったら休憩すんぞ」

 周布の言葉に、野山と岩倉が立ち止る。

 区画を決めて土塀を塗っているのだが、終わったのは道路に面しているところだけで、その裏側についてはまだ全くの手付かずだ。

 野山は舌打ちした。

(また休憩かよ)

 休憩なんかしている暇があったらとっとと塗り終わってしまいたい。

 そうしないと、二人はいつまでもこの土塀塗りから解放されないことになっていた。

『この時期に、このあたりの土塀を塗りなおしするんだよな』

 報国院の敷地は広い。

 神社の境内を含むので当然だが、その全てが土塀で囲まれていて、敷地内にはしろくま保育園もある。

 また、その道路向かいもずっと土塀が連なっていて、そちらは乃木希典を祭神とする乃木神社の敷地になっている。

 その神社の土塀も、伝築が塗っているのだというから、相当の範囲だ。

「なんでこの時期なんすか」

 寒いのにわざわざバカみてえ、という事は言わずに周布に尋ねると、暖かい缶コーヒーを飲みながら周布が答えた。

「簡単だよ。初詣があるだろ」

「ああ、」

 報国院も乃木神社も、地域では愛されている神社だ。

 当然、初詣の時にはそれなりの人がお参りに来る。

「だから、初詣前にこのあたりを塗りなおすってこと」

 なるほど、わざわざこのくそ寒い上に、生徒に見つかるような場所でやらされるからてっきり。

「嫌がらせかと思ったろ」

 周布が言うと、野山は言葉を詰まらせた。

「そんなんよりコーヒー飲めって。折角休憩してんのに」

 他の先輩たちが言うが、野山は不満だ。

 こんな風にのんびりと休むのにどんな意味があるんだ。

 自分は伝築に関係ない。

 さっさと仕上げてこんな事を終わらせたいのに、周布やそのほかの面々は、嫌がらせかと思うほど、のんびりと仕事を進める。


「休むのも仕事のうちってやつだって」

 そう二年の先輩は笑うが、そんなのサボる口実だろ、と野山は思う。

 隣に居た岩倉が、笑いながら野山にこそっと言った。

「バカってサボる口実だけはうまいよな」

 そういって馬鹿にしたようにヘラヘラ笑う。

 野山もそう思った。のだが、なぜか岩倉のその態度が無性にイラつく。

 これまではうまく付き合ってきたのに、なぜか妙に、岩倉の言葉のひとつひとつが気に障る。

(ストレスたまってんのかな。まあそうだよな)

 片方の壁を塗り終わって、さっさと逆側の壁を塗ればいいというのに、なぜか全員がコーヒーを飲みながらのんびりと待っているのはどういうことだ。

 そんなことどうでもいいとばかりに周布は後輩たちとおしゃべりに興じている。

(くっそつまんねえな)

 壁塗りなんかもつまらないが、こうして時間の無駄をさせられるのは余計につまらない。

 自分だけでも先にやれねえかな。

 そう思っていると、周布に声をかけてきた大人が居た。

 でかい。

 それが第一印象だ。

「おう、壁塗り頑張ってんな」

「来原さんじゃないっすか。ちーっす」

 周布が挨拶した大人は年齢が三十半ばくらい、かなり体格ががっちりしていて、レスラーのようにも見えた。

 さもランニングの途中です、といった動きやすいスポーツウェアを着ていて、足元は軽そうなスニーカーだ。

「なんか変化ある?」

 大人が尋ねると、周布が答えた。

「小学校に向かう中の道あるじゃないっすか。けっこう急な坂のとこ。あの途中の木造アパート、春には壊されるみたいっすよ」

「まじでか。ってことは壁とかは」

「わかんないっすね。壁、レンガっすけど、漆喰で固めて裏補強しただけなんで、もし家を建てなおすとかだったら、ぶっ壊す可能性も」

「あーだよなあ、けっこうあれ古いもんなあ。そっかー、ってことはまた見とかねーとだなあ」

 はあ、とため息をついて、来原と呼ばれた大人は周布に手を振ってじゃあな、と去っていった。

 なんだあれ、と野山が首をかしげていると周布が言った。

「さっきの、うちの卒業生で消防士の来原さん。桜柳祭の時に消防の研修うけなかったか?」

 野山は首を横に振る。桜柳祭のとき、自分たちは全くかかわることがなくお客と立場は変わらなかった。

「そっか。じゃあ知らねえよな。この地元の消防士やってて、休みのときはああやってご町内ランニングしてる。散歩もよくしてるけど」

「……暇なんすね」

 いい立場だ、と野山は思った。

 いい大人が休みの日に、のんびりランニングに散歩して、高校生とおしゃべりして、いい気なもんだ。

 所が周布は「暇じゃねえよ」と笑った。

「あの人、ああやって普段、どこ通れるか、どの家通ったらショートカットできるか、ずっと探してんだよ」

「?」

 意味がわからず首を傾げると周布が続けた。

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