カントリージェントルマンはかくあるべし
桜柳祭に、地元や生徒や先生や、そのほかのOBがどれほどの思いを込めているのか、児玉にはよく判る。
児玉だってずっとその為に練習して舞台に立った。
だから、それを侮辱するなんて、あってはならないことだ。
報国院の生徒なら絶対に。
だけど。
「でも、退学って。あいつらは知ってるんですか?」
「知らないし、思ってもないだろーな」
児玉の問いに周布が答えた。
児玉はそこで気づく。
「だから、周布先輩預かるって」
「そういうこと」
ということは、周布はあの二人を救ったのか。
驚く児玉は思わず周布をほめた。
「すげえっすね。周布先輩、やっぱ報国寮だから、あの二人を?」
すると周布はげらげら笑って首を横にふった。
「ちげーちげー!だってどうせ退学にするならさ、すぐ退学にするより中期の終わりまで待ったほうが金の計算も楽だろ?寮だって冬休み前に引き上げるんだからさ、そのままフェードアウトしてもらったほうが管理しやすいじゃん!それにどうせ退学にするならさ、土塀の塗る人数確保したかったからさあ、ついでにやってもらっておこうかと」
「鬼ですか」
周布を一瞬でも尊敬したのが間違いだった。
退学にしようかという生徒にこの扱いは酷い。
「っていうのも本音だけどさ、ああいう連中って、なんでも壊すんだよなあ。特に土塀なんかもろいじゃん。傷つけられるの、困るんよな」
土塀は城下町に残っている、土壁で作られた塀のことだ。
足元は石垣が組まれ、壁の部分が土壁で、雨にぬれたりしないように天辺には瓦が組んである。
報国院は学校の周りをぐるりと土塀で囲まれており、その管理は伝統建築科が行っているのだが、とてももろく、すぐに傷つく。
だから報国院の生徒は、入学してすぐ土塀を塗る実習を受けさせられる。
自分が壊した場合は、自分で修復するんだぞ、という脅しも込めてだ。
そのかいもあってか、生徒で土塀を壊すことはないが、やはり周りには心無い人や、悪気のない子供が、面白がって塀を壊すこともあった。
「あいつらあのまま退学にさせたら、これ見よがしに土塀壊したりするじゃん。校内には入れなくても土塀は外からいくらでも触れるからな」
報国院の学校の敷地はかなり広く、その中の道路はいくつも地元に開放している。
つまり、それだけ地元との密着も強いが、管理も大変という事になる。
「それで土塀を塗らせようと」
児玉が言うと、周布が頷く。
「とりま中期はもう終わるしさ、それまでになんか兆しがちょっとでも見えりゃそれで様子見すりゃいいし、たまきんは退学って考えてるけど、あいつらはんな事考えてもねーし。ちょっと待ってって事で。こっちは作業の人数多いほうが助かるし」
それにな、と周布は言った。
「土塀塗るって難しいんだぜ。壁をきれいに塗ることに集中しねーと、泥なんかすぐに落ちちまう。あいつらがもし、土塀を完璧に塗れるようになったら、そりゃちょっとは見てやってもいいんでない?と俺は思うよ」
「……って、周布君が言うからね。様子見をしているの」
玉木はそう言って、目を細めた。
「カントリージェントルマンは、かくあるべし」
玉木の言葉に、児玉が首を傾げると、玉木は言った。
「イギリスの貴族にある考え方でね。中央に居ては、見える政治も限られて、大きな視界が狭くなってしまう。あえて地方から中央を見ることで、国の行く末を見守れるっていう、考え方よ。僕はその考え方が大好きなの。だから、周布君が外から見てくれるのなら、僕はそれを見守るの」
「ま、うまくいくかは知りませんけど、退学にするぞって脅すよりはよっぽど腹が見えるんじゃないっすか?」
周布が言うと、玉木が笑った。
「そうねえ、こっちは脅すほうが楽なんだけど」
だったら、と児玉は言った。
「じゃあ、以前、『説明するだけ』って言って、本当にあの二人に説明しかしなかったのって」
児玉はずっと不思議だった。
脅すでもなく、叱るでもなく、ただ目の前で舞台に協力した人を並べてみせて、あの二人が反省するのかと。
実際は反省なんかこれっぽっちもぜず、それどころか御堀に助けを求めたりもして、ずうずうしいだけだった。
それでも玉木は二人になにもしなかった。あれは。
「とっくの昔に、見捨ててたって、事、なんすか」
児玉の言葉に、玉木は微笑んだ。
「違うわね。とっくの昔にあの二人がどういうタイプなのか知っていたから、桜柳祭が決定打になった。それだけなのよ。だって、盗みを働いたでしょう?」
確かに、あの二人は恭王寮で児玉と同じTシャツを持っていた、グラスエッジのファンのTシャツを隠し持っていた。
本気かどうかは知らないが、アプリで売り飛ばしてやるとも言っていた。
あれは、確かに盗み以外のなにものでもない。
「確かに、そうですけど。でも、」
まだ高校生ではないか。
児玉はそういいかけて、幾久の事を思い出した。
同じことを児玉は以前、言った。
幾久が久坂を怒らせてしまい、二年なら一年のやった事を許してもいいではないか。
だけど幾久はそれは違うと言い、きちんと自分で考えて結果を出した。
「でも、なあに?」
玉木は児玉がいいかけた言葉を拾って尋ねた。
児玉は首を横にふった。自分のいいかけた言葉が、甘えだと気づいたからだ。
「……チャンスは与えてやれないのかなって」
せめてもう一度、チャンスと判るチャンスがあれば、改心までしなくても、ちょっとはどうにかなるのではないか。
すると、玉木はふっと笑って児玉の頭を撫でた。
「君はいい子ねえ」
突然玉木にそう言われ、児玉は戸惑う。
「あの二人を退学にしてやったら、やったーって喜んでもいいでしょう、君は」
「そんなの。だって気分良くないっす」
「あら、どうして?嫌な奴でしょう?」
玉木の言葉に児玉は頷く。
「嫌な奴です。ほんとうにむかつくけど。でも、じゃああいつからの事をなんで嫌いかっていうと、俺はあいつら『が』嫌いなわけじゃなくて」
そこで児玉は、はっと気づく。
「あいつらの『ああいう』部分が嫌いなだけであって。そう、だから、あいつらの『ああいう』部分を持ってる奴って、きっとあいつらだけじゃないと、思うん、す」
たまたまあの連中と、児玉の関係にすぎなかった。
きっと児玉のことを疎ましいと思う連中は、あいつら以外にもいくらでも存在する。
だから、あの二人を排除したからって、三年間、児玉にとってああいった連中が出てこなくなるわけじゃない。
「たまたま、そうだった。だから雪ちゃん先輩は」
あの時、児玉に言ったのだ。
児玉に覚悟を決めて、力を振るえと。
持っているから遠慮すれば、調子に乗る連中が出てくるばかりなら、児玉は自分の力を誇示する必要があった。
面倒を避けるためには力だって必要だ。
特に、こんな男だらけで、朝から晩までずっと一緒に過ごしている環境なら尚更。
どんなにきれいごとを並べても、所詮は力に左右される。
「俺は、だからあいつらが退学になろうがなるまいが、俺には関係ないんです」
児玉が言うと、周布と玉木は顔を見合わせた。
「じゃあ、なんかそういう感じなんで、もうちょい様子見でいいっすね」
周布が言うと、玉木も頷いた。
「とりあえず、冬休みの前にもう一度話を聞くわ」
それは、あの二人を退学にするかもしれない、という話がまだ続いている、ということだった。
すでに幾久は、職員室を出ているのか、姿が見えなかった。
きょろっとあたりを見渡す児玉に、毛利が言った。
「コゾーなら廊下で待ってるってよ。桂がつかまってる」
なるほど、雪充にくっついたままなのか、と思うと児玉は少し噴出した。
「じゃあ、俺はこれで。タマちゃんもいいだろ?」
周布に言われ、児玉は頷いた。
二人で玉木にご無礼しました、と頭を下げ、職員室を出た。
周布が児玉に言った。
「おまえが来てくれたおかげで、ちょっとあいつらの寿命延びたな。サンキューな」
「いえ、そんな」
たまたまそこに居ただけで、ちょっと話をしただけでしかない児玉だったが、周布は、ほーっと息をついた。
「たまきんああ見えてブチ切れてたんだよな本当は。お前、見てない?たまきんの机の上に、あいつらの退学命令書あったの」
児玉は驚き、首を横にふった。
というか、周布はよく見ているな、と思う。
「たまきんのああいうとこコエーんだよ。いっつも笑顔だけど、絶対にそういうの見せてくんないからさあ。今回は俺の様子見てんの判ってんだけど」
ふはー、ともう一度ため息をつく。
「あいつらがもうちょっとなんとか見栄えのいいことしてくれりゃ、どうにかなりそうなもんだけど。なんかこの調子だと、中期に首がつながっても、後期はどうかわかんねえなあ」
周布の言葉は、まるでさっきとは違い、あの二人を退学にさせたくないように見えて、児玉は尋ねた。
「ひょっとして、今のが本音っすか」
「まーな。俺としちゃ、どういう奴でも退学ってのは避けてーのよ。でもたまきんはさ、報国院にスゲープライド持ってるし、ああいう連中みたいなタイプ、嫌いなんだよな。多分だけど」
外見は迫力があるのだが、あのおだやかでのんびりしていそうな玉木に嫌いなタイプがいる、というのが児玉には意外だった。
「なんか、玉木先生ってすごく平等に見えるんすけど」
「平等よ。だからああいう連中のことも平等に行動でしか判断しねえ。『ひょっとしたら悩みをかかえているのかも』とか、『コンプレックス強いのかも』なんて甘えた考えはしてくれねえよ。実際はなにをしたのか、どういう行動をしたのか、しか見てくれねえ」
だから、と周布は言った。
「地球部の連中には甘えんだよ。あいつら、夏休みからずっと、朝から晩まで舞台の為に動き回ってたろ?実際に行動に出て、乃木やお前なんかその中で鷹から鳳にあがってきやがった。たまきんはお前らがかわいくてたまんねえよ」
かわいくてたまらない、と言われると児玉は照れて思わず頭を下げてしまった。