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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【19】寮を守るは先輩の義務【通今博古】
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メンタル強いと笑うという誤解

 楽しそうににぎやかに喋る幾久たちを視界に入れてしまい、野山は一瞬、しまった、と思った。

 どうやら野山の視線にあちらも同時に気づいたらしく、嫌そうな表情を浮かべていた。

 だが、野山はなにもなかったように視線をそらし、別の場所を探した。

 あいている席を見つけ、腰を下ろして一人で食事を始めた。

 するとしばらくして、岩倉がトレイを持ってやってきて、野山の目の前の席に腰を下ろした。

「なんだ、ここに居たのか、探したじゃねえかよ」

 笑う岩倉を野山は一瞥して、「一人で食えばよかったのに」と言う。

「なんでだよ、置いてくなよ」

 そう笑って言うも、岩倉は居心地が悪そうだ。

(そりゃ、一人で飯なんか食えねーか)

 岩倉はいつも野山のあとをついて来るばかりだ。

 いつまでこうして、こいつと二人きりで、ずっとこうしているのだろう。

 野山は、秋口の頃を思い出した。



 話は桜柳祭まで遡る。

 抜粋の追加公演を境内で行った地球部だったが、幾久と御堀のシーンで、野山はそこらに居た、サッカーボールで遊んでいた中学生からボールを奪うと、思い切り幾久に投げつけた。

 投げつけた瞬間、走って逃げた。

 ざまあみろ、という爽快感しかなかったし、やってやった、としか思っていなかった。

 野山にとっては、退屈でむかつくばかりの三日間だった。

 どいつもこいつも浮かれて楽しそうで、忙しい、腹減った、面倒くせえと文句ばかり言っているのにずっと祭りに夢中だ。

 特に地球部、というふざけた名前の演劇部では、大嫌いな乃木幾久がもてはやされてちやほやされて、こんな不愉快なことはなかった。

 派手な衣装に身を包んで、腐女子狙いのひどい舞台、そのかいあって女子にはウケまくりで撮影会まであってまるでアイドルだ。

 恥ずかしくねえのかよ、素人のくせに、よくあんなの出来るよな。

 いいかげん正気にならねえのかよ。

 そもそも相手役の御堀だって見ろよ、鳳で首席のくせに。

 そこまでして自分に注目してもらいたいのか、でしゃばりめ。

 だったら手伝ってやるよ、そう笑ってボールを投げつけた。

 ふざけただけだ、怪我なんかするわけねえしな。

 だけど当然、犯人とばれた。

 でもだからって何だ。悪ふざけでボールを投げただけだ。

 玉木に呼び出されたけれど、なんとも思わなかった。

 はい、すみません、もうしません、気をつけます。

 そういって頭を下げればもうおしまいだ。

 いつもそうだった。

 だから、今回もそうすればいい。


 放課後、講堂に呼び出されたとき、野山はそう岩倉に言った。

 岩倉は野山の腰巾着なので、野山の意見にそうだよな、とへらへら笑っていた。

 講堂に呼び出されたのはなぜなのか判らなかったが、生徒に甘い玉木のことだ、気をつけなさいね、次からしちゃだめよ、その程度で終わるだろう、そう野山は思っていた。


 講堂の扉を開けると、そこに立っていた面々に、野山も岩倉も面食らった。

 なぜなら、そこに居たのは幾久や御堀といった、ボールをぶつけた二人だけではなかったからだ。

 ずらりと並んでいたのは、地球部の部員だろう、三年、二年、一年。知っている顔も知らない顔もある。

 それに、地球部ではないどう見ても無関係の人が居る。

(ホーム部?のやつ?あと他に)

 おまけに、なぜか女子まで居る。

 ウィステリアの制服を着ている数人が、野山と岩倉を睨んでいた。


「時間通りね。来てくれてよかったわ」

 玉木はいつものおだやかな表情と声でそういった。

 その柔らかさと、目の前にずらりと並ぶ人数の違和感に野山と岩倉は顔を見合わせた。

「なんでこんなに人数がいるのかって顔、してるわね」

 玉木は野山と岩倉にそう言う。

 あまりにおだやかに告げるので、思わず素直にうなづいてしまったほどだ。

 すると、玉木は言った。

「これがね、桜柳祭で『ロミオとジュリエット』を支えた人達だからよ」

 驚く二人に、玉木は話を続けた。

「僕が君たち二人に見せたかったのはね、乃木君をやっつけたつもりでも、やっつけられたのはこの子たちだって知って欲しかったからなの」

 乃木、の名前に二人はぎくりとする。

 玉木は続けて言った。

「別に僕はね、誰かを嫌うとか、好きになれないとか、仲良くなれないのはどうとも思わない。全員仲良くなんて絶対に無理だもの。とくに報国院なんて全寮制でしょう?相性は余計に影響するから、それはいいの。でもね」

 玉木の言葉を遮り、野山は頭を下げて怒鳴った。

「すみませんでした!乃木君にボールをぶつけた俺が悪かったです!もうしません!」

 すると岩倉も同じく頭を下げた。

「すみませんでした!」

 面倒で嫌だった。さっさとこの場所から去りたい。

 だから頭さえ下げてしまえばどうとでもなる。

 そう思ったのに。

「謝罪をして欲しくて呼んだわけじゃないのよ」

 玉木が苦笑し、二人は頭を上げた。

「言ったでしょう?今日は、あなたたち二人に、知って欲しかったの、って」

「……知って欲しいって、なにを、ですか」

 面倒くさい。

 野山は苛立ち始めていた。

 もうこっちは謝ったし、何回でも頭を下げるのに、どうしてこんな面倒なことをしているのだろうか。

「桜柳祭で、地球部の舞台を楽しみにしている地元の方は多くてね。特に今年は評判が良かったの。みんな夏休み返上でずっと頑張って、ホーム部も美術部も、伝統建築科も、軽音も、映研も、経済研も、いろんな部が舞台に協力してくれたの。勿論、毎年そうなんだけど、今年は特に多かったわ」

 そうして玉木は、ほら、とウィステリアの女子を示した。

「彼女は衣装を作ってくれたの。全くうちの部とは関係ないのに、ウィステリアの演劇部として協力を申し出てくれて、舞台最終日が始まっても、徹夜で衣装を調えてくれたのよ」

 そんなの知るかよ、お前の勝手だ。

 言いたいけど言えないので、野山は見下した目でウィステリアの女子を見た。

 しかし、目が合った、めがねのお下げの三年らしい女子は蔑む目で野山を見返し、野山は思わず目をそらした。

(なんだよアイツ、三年かよ、コエー)

 他にもウィステリアの女子は居たが、どれも三年生らしい。

 ロングヘアーの女子に、もう一人はショートだが背が高い。

 女装した男子みたいだが、制服を着ているのなら当然女子生徒なのだろう。

「ホーム部は小物や、遅くなった時に夜食の差し入れなんかもしてくれてね、美術部は舞台背景、映研も映像や効果ね。伝統建築は舞台装置の立派なのを安全に作ってくれて。軽音は音響、全くの偶然だけど境内でやったときにはOBのプロが飛び入り参加してね、凄かったの」

 だからなんだよ。

 野山は苛立ち始めていた。

 頭を下げろ、ごめんなさいと言え、そういえば許してやる、それでいいじゃないか、これまでずっとそうだったのに、なんでいきなりこんなことをさせられるんだ。

 岩倉はわけがわからないとへらへら笑っている。

 こいつはいつもこうで、こういうやつだった。

 岩倉を見て、苛立ったのかロングヘアの女子が言った。

「なに笑ってるの。一生懸命、舞台を作った人がそんなにおかしい?」

 落ち着いた声でも、そこには責める色があった。

 すると、玉木が「しっ」と苦笑して指を自分の唇に当てた。

「これはね、馬鹿にして笑ってるんじゃないのよ。ストレスに耐え切れないとね、弱い子は笑っちゃうの。体が苦しい状況から逃げようとするのね」

 岩倉の表情がさっと青くなった。

『俺ってさあ、なんでも笑って過ごせちゃうからさあ、メンタルげきつよなんだよなー』

 そう言うのが岩倉の口癖だった。

 どんな状況でもへらへらしているのが、岩倉の強さで、本人もそれを信じていた。

 だけど玉木の言葉は、そうじゃないと言った。

(弱いせいだって?)

 驚く二人を置いたまま、玉木は続けた。

「あなたたち二人に頭を下げさせるのは簡単よ。命令すればいいんだし、それでおしまい、って世間ならそうなるかもしれない。けど、ここは違うの。報国院はそういう場所じゃないのよ」

 かたかたと体が震えているのは、怖いのか、むかつきのあまりなのか判らない。

 でも、野山は自分が小さく震えているのがわかった。

 玉木は続けた。

「別に乃木君へなにを思おうが、それはあなたたちの自由よ。嫌いたければ嫌ってもいいの、感情はどうなるものでもないと判ってるから。でもね、行動に移しちゃ駄目。あなたたちはね、ボールを投げただけ、そう思っているでしょう?」

 そう思っているし、実際それだけのことだ。

 だから、頭を一度下げれば十分じゃないか。

 それの何がいけないんだ、何が足りないんだ。

 玉木は言った。

「その、ボールを投げただけの悪意が、夏休みから桜柳祭まで頑張ってきた、この子達の努力を全部台無しにするところだったのよ」

 玉木の言葉に、とうとう岩倉が青ざめたまま言った。

「大げさじゃん、なんでボール投げただけでそこまでになるんだよ」

 岩倉の言葉に並んでいた面々の表情が一気に険しくなるが、野山は岩倉に並んでいった。

「俺もそう思います。たかがボール投げて、びっくりしたらそれでおしまいじゃないですか。なんでここまで脅すんですか?」

 どうだ、言ってやったぞ。野山はそう思った。

「そうね、物理的に言うなら、あんな暗闇の中、眼鏡をかけている乃木君の顔に当たって眼鏡が割れて目に入ったら、失明するわね」

 失明、と言う言葉に二人はぎくっと身を震わせた。

「幸い、乃木君はサッカー経験者だったから運よく、本当にあなたたち二人にとって運よく、乃木君は怪我をせずにすんだの。そしてあなたたちは人生を乃木君への賠償金を支払う為に使わずに済んだの」

 そんなの、誰が払うかよ。

 野山も岩倉もそう思った。そしてその事に当然玉木も気づく。

「報国院はね、こういった生徒が起こした不祥事に対して、万全を尽くすの。生徒間でも怪我や賠償があれば報国院が負担するし、当然どんな手段を使っても賠償は回収するの。そこは舐めないほうが安全ね」

 ふふっと玉木が微笑み、そこで初めて、野山は『余裕の笑み』というものがどういうものか気づく。

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