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サッカー選手になりたかった

 御門寮に無事帰った面々は、今日あったことを互いに報告しあっていた。

 夕食をダイニングで取り、片付ける栄人を一年生が手伝いつつ、コーヒーを用意する。

 その間に喋りながら互いの情報交換するのが、最近の流れになっていた。

 今日の学校案内では、高杉も久坂も、実は幾久達のサッカーをしっかり観察していた。

 しかも、御堀と幾久が寮を尋ねられ、「恭王寮」と答えた時には笑いが止まらなかったらしい。

「お前ら、ああいう嘘つくんじゃの」

 高杉の言葉に久坂が笑う。

「ずいぶん御門らしくなったみたいだね」

 幾久がコーヒーを準備しながら言った。

「一生懸命で良い子なんすけど、御門じゃないかなって。来たら苦労しそう。オレみたいに」

「別にいっくんが恭王寮に行ってもいいよ?」

 久坂が幾久に言うと、幾久は首を横に振った。

「ぜってぇ行かないっす。オレ、御門っこなんで」

 藤原の成績はわからないが、瀧川に案内されていたことを考えると、そう悪い成績ではないのだろう。

 だとしたら、良ければ桜柳寮、そうじゃないなら朶寮か。

 ただ、どちらの寮も、あの藤原とはカラーが違う気がする。

「あの子って、恭王寮か、もしくは敬業かなあと。でも敬業もなんか違う気がするし」

 幾久のコメントに御堀も頷いた。

「確かにちょっと暑苦しいタイプだよね」

 幾久も言う。

「ああいうタイプ、恭王寮で不足してたじゃん。御門は枠が埋まってるし」

「俺か。俺のことなのか」

 話を聞いて他人事とは思えなくなった児玉が言うも、あえてそこには突っ込まない。

「ヤッタとは相性よさそうだよ。ヤッタは間違ったこと言わないし、藤原君はヤッタに従ったらうまくいきそう」

「僕もそう思います。あのタイプなら、弥太郎君がうまく扱えるんじゃないかと」

 幾久と御堀の言葉に、高杉も「なるほどのう」と楽しそうだ。

「でもさ、だったら御門寮どうすんの?新しい一年生、誰も目をつけてこなかったの?」

 久坂の問いに、全員が目を合わせた。

 幾久が言う。

「ハル先輩、二人も連れてたじゃないっすか」

「案内しただけじゃし、これといって特徴はなかったぞ」

 久坂を見ると、久坂もテーブルにひじをついてあごを載せた。

「僕のほうも不作かなあ。悪い感じじゃなかったけど、桜柳タイプかな。タマ後輩は?」

「俺は習い事の後輩案内したんすけど、あいつのレベルならクラスは間違いなく鳩っすよ。敬業紹介しときました」

「……ってことは、誰もスカウトしてこなかったってわけ?」

 久坂が言うと全員が顔を見合わせた。

「御門寮、ひょっとしてもう終わりとか。一年坊主どもの役立たず」

「瑞祥先輩が拾ってこないからっすよ。オレはちゃんとタマと誉、拾ってきましたもん」

 幾久の言葉に御堀と児玉が顔を見合わせた。

「僕ら、幾に拾われてたの?」

「そうみたいだな」

「だからオレはもうおしまい!お仕事はちゃーんとやりました!二年の先輩の尻拭いはとっくにやってまーす。あとはみんな頑張って」

「ったく、生意気ばっかり覚えたの」

 高杉が呆れると幾久が言った。

「先輩らのが移ったんで、オレのせいじゃないでーす」

「教育しなおしかな?ね、ハル」

「そうじゃのう、瑞祥、ぼちぼちしつけ直しがいるかの」

 立ち上がる久坂と高杉に、幾久が言った。

「あ、オレの変わりはこの二人がしますんで」

「えっ」

「ちょっと幾」

 ところが、言われた久坂と高杉は顔を見合わせた。

「そりゃエエの」

「いっくんよか面白そう。よし、表に出ろ二人とも」

 慌てたのは児玉だ。

「ちょ……、やめてくださいよ!すぐそうやって!」

「僕、戦闘担当じゃないんで児玉君に丸投げします」

「誉!お前逃げる気か!」

「そう。僕そっち担当じゃないし」

 御堀が言うと、久坂と高杉がじりじりと近づいてくる。

「よし児玉、しょうがないお前だけでエエ。外出て相手しろ」

「一年代表、頑張ってね」

「嫌ですってば―――――ッ!」

 児玉が逃げ出し、久坂と高杉が後をおいかけだした。

 食後の運動といったところだろうか。

「あーあ、あの二人はまったく」

 呆れながらも栄人がいつものように片づけている。

 幾久は、多分夜に山縣がコーヒーを飲むだろう分を入れなおすことにした。



 こうして、御門寮には御門寮の時間が流れてゆく。

 幾久はコーヒーを支度しながら栄人に尋ねた。

「栄人先輩、去年はどんな感じだったんすか?一年生、入れる予定なかったんでしょ」

「そうだねえ。赤根との事があって、みんな疲れてて、なんか希望とかなくってさ。もう今のままでいいじゃん、みたいな空気はあったね。いきなり寮がなくなることはないだろうし、おれらが三年まではここに居させてもらえるだろう、くらいしか考えてなくて」

 よく知った幼馴染と、特に関わってこない、高杉を心酔する山縣。

 三年生も存在したが、卒業が近いとあって、そこまで寮の存続に関わってはこなかった。

「そのうち誰か呼ぶか、来るだろーみたいな感じでさ。でも雪ちゃんが恭王寮に引っ張られちゃったからねえ」

 けっこう急だったんだ、と栄人は笑う。

「雪ちゃんが寮を仕切ってたからさあ、なんかどーしようみたいにもなったけど、ハルが急にいっくん呼び込んで、その後はあれよあれよで人が増えたろ?だから面白いなーって今は思ってる。もし焦ってさ、一年増やしてたりしたら、今こんな風にはなってないだろ?」

 栄人に幾久も頷く。なにもかも、この御門寮の一年生は幾久含め、イレギュラーの人選だ。

「だからさ、とりあえず暫くは、流れに任せたらいいんじゃない?ロミジュリも成功してるわけだし、ああいうの見て希望する子もいるかもだし、なにをどう見て人が来るのかはわかんないよ」

「そうっすね」

 幾久もその不思議さは思う。

「なんとなく似合う子がきっと惹かれて入ってくるよ。タマちゃんやみほりんみたいにさ」

「―――――ですね」

 御堀はそういって笑い、頷いた。

 幾久も、そうかもな、と思って微笑んだのだった。



 食事を終え、入浴を済ませ、布団にもぐりこんで暫く、幾久は目が冴えてしまっていた。

 児玉はとっくに眠っていて、すうすう寝息を立てている。

 ごろん、と何度も寝返りを打つが、どうも寝つきが悪い。

 その理由を、幾久は判っていた。

 どうしようか、と考えて悩み、さらに十五分過ぎたところで、幾久は諦めた。

(駄目だ。やっぱ眠れねー)

 ふう、とため息をつくと眼鏡をかけ、スマホを持って幾久は布団から立ち上がった。


 真っ暗な御門寮の中を静かに歩く。

 そっと歩いていき、幾久は御堀の部屋の前で立ち止まった。

 小さく扉をノックする。

「―――――誉。おきてる?」

 つぶやくと、部屋の中から、足音が聞こえた。

 静かに扉が開く。

「幾?どうしたのこんな夜中に」

 まだおきていたらしい御堀に、ほっとして幾久は頷く。

「……ちょっと」

 その雰囲気に、御堀はなにかあるな、と気づき、幾久を部屋の中に招き入れた。

「ごめん。寝てただろ」

「本読んでたから、起きてたよ」

 そういってスペースを開けてベッドを叩いた。

「入りなよ」

「……うん」

 御堀は枕をひとつ、幾久に渡し、幾久は受け取るとベッドに入った。

 ベッドボードに枕を置き、二人はベッドにもたれる形で並んだ。

「今日の試合さ、面白かったよね」

 幾久が言うと御堀も頷く。

「確かにすごく面白かった」

 幾久と御堀にとっては、本当に久しぶりの試合形式だった。

 いつもは互いだったり、たまに時山が混じったりと遊ぶばかりで、フットサルみたいな形式とはいえ、試合らしい試合は久しぶりだった。

「キーパーが選手っての、良かった」

「うん。プロとやれるの楽しかったね」

 幾久も御堀もユース出身で、普通のサッカー少年よりはよっぽどプロと関わる機会は多かった。

 だけどユースにもサッカー部にも所属していないのに、プロと出来ることは絶対になかった。

「今日、運が良かった」

 幾久が言うと御堀も頷く。

「そこは華之丞君のお陰だよね」

 ユースを見たいといったのは幾久だったが、華之丞のことがあったからこそ、あそこまでの試合になった。

「藤原君、上手かったし、ノスケも凄かった」

「そうだね。あと時山先輩のチームにいた中2の子、あの子もあの年齢じゃ、やるほうだよね」

 華之丞と組んでいたのは、とら、と呼ばれる中2の子で、体はまだ成長の途中だが、かなり技術はあるほうだった。

 だからこそ、華之丞がチームに呼んだのだろう。

 幾久が言う。

「ちょっと小さいけど、技術あったね。きっといつもノスケと組んでんだろうなって。ノスケと息あってたし」

 話を続ける幾久の手を、御堀が握り、尋ねた。

「で、幾は、どうしたの?」

 驚く幾久に、御堀は優しく微笑んで尋ねた。

「なにかあったんだろ。聞くから、言いなよ」

 幾久には恩がある。きっと今日、試合でなにか思うことがあったのだろう。

 妙に夕食のときにはしゃいでいたのも気になっていた。


 幾久の手を握りなおし、ロミオとジュリエットのときのように、恋人つなぎで握りなおすと、御堀は言った。

「僕らの仲だろ。言って」

 御堀の言葉に幾久は少し噴出すと、御堀の肩に、頭を乗せた。

「オレさ、ユースに居たって言ったじゃん」

「うん」

 幾久が所属していたのは、御堀や時山のように、2部リーグのクラブではなく、日本でもトップクラスどころか、アジアでもトップを競うほどのチームだ。

「中学入る前に落とされて、でも、ユースじゃなくったって、本当は部活でも入れたんだ」

 幾久が所属したのはプロの育成機関で、プライマリと呼ばれる小学生の間はそこに所属していた。

「地元にサッカーチームあったし、ユースは落ちても、頑張れば高校生くらいには、そこそこのサッカーの名門チームには所属できるかも、でもレギュラーは難しいかもって言われてさ」

「うん」

「―――――母親に、そんな無駄なことやめろ、どうせプロになんかなれっこない、なったとしてもろくな将来じゃない、勉強しなさい、って言われてさ」

 御堀は幾久の手をぎゅっと握り締めた。

 幾久が傷ついているのが判ったからだ。

「……オレ、本当は、自分でもずっとわかんなかったけど」

「うん」


「本当は、オレ、本気でサッカー選手になりたかった」

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