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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【2】なぜかいちゃもんつけられる【一陽来復】
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春の霙(はるのみぞれ)

寮に戻ると、制服を着替えた山縣が、居間でゆっくりいちご大福を頬張っている最中だった。

「お前も食う?」

その言葉に、幾久はガッカリする。さっきあんな風に先に帰ったのに、この気まずさのなさはどうだ。

「さっき怒ってたんじゃないんすか?」

「怒ってたけど?」

「じゃ、なんでそんなにフレンドリーなんすか。オレの事嫌いなんすよね?」

幾久の言葉に、山縣が目を見開いて幾久に言う。

「おめ、実はすっげー馬鹿だろ」

「は?」

「いつ俺がお前を嫌いだって言ったよ。いや、嫌いだけど」

「今言ったじゃないですか」

「ちげーよ馬鹿揚げ足とんなよ。いつ俺がお前を嫌いっつったよ」

「さっき。なんか怒鳴ってたじゃないですか」

「はぁ?」

じっと幾久を見て山縣がゆっくりと口を開いた。

「あのさ。お前、話を全部混ぜるのやめてくんね?」

え?と幾久は首をかしげる。

「確かにさっき俺は怒ったけどさ、怒ったのは二年連中にだよ。おめーを甘やかしすぎだっつってな。けどお前にはむかついただけで嫌ってるとか言ってねえだろうがよ」

そういわれて、幾久はさっき山縣が言った事を思い出して反芻してみる。……確かに幾久の事を『嫌い』という単語では言っていない。

「や、でもあの態度だったら普通そう思うっしょ」

「普通ってなにが普通なんだよ。お前の中の普通を俺に押し付けんな」


なぜか、胸がざっくりと切りつけられたように痛む。


じっと幾久を見る山縣は、幾久に指で座れ、と支持する。

胡坐をかいた山縣の正面に、幾久は正座した。

「いちご大福、食う?」

「……食います」

昼食前なので空腹だ。

食事をするべきなのだろうけど、ここは山縣の指示に従ったほうがいい気がする。

山縣はいちご大福を皿にふたつ乗せて、幾久の目の前に出した。ちゃぶ台の上に置きっぱなしの湯飲みにお茶を入れる。

「上。ジャケット脱げ。粉落ちたら落ちねーぞ」

大福の白い粉の事だ。幾久は慌てて制服のジャケットを脱ぐ。

大福をもぐもぐやっていると、山縣が言う。

「あのさ、俺、本来こういうの面倒くせえし嫌いなんよな。高杉が関わってないと絶対にやんねえから」

そう前置きをする。本当にこの人は変態的に高杉の事が好きなのだと思う。

「なんかしらねーけど、お前ってさ、高杉とかに特別扱いされてんの。わかる?本来高杉はあんな世話焼きじゃねーの、身内以外。なんでかしんねーけど、それは事実なわけよ」

幾久は素直に頷く。

「それをさ、てめーは当たり前と思ってるかもしんねえけど、けっこう皆、気をつかってんの。俺は使ってねえけどな、お前には」

一々一言余計な人だと思うが、大人しく言い分を聞く。

ただ、山縣も幾久に気遣いはしなくても他の、というか高杉には気を使っているのだろう。

「感謝しろって言いたいんすか」

「言ってねえだろ」

山縣が言う。

「んな事言うかよ。俺はただお前が周りに気付いてねーみたいだから報告しただけだろカス。余計なお世話だっていうなら正直にそう言や、あいつらだってお節介しねえよ」

「……もう言ってしまいました」

さっき、吉田に向かってそう言ってしまった。山縣にまたなにか言われるかな、と思ったが、山縣はやはり幾久の想像とは全く違う事を言った。

「あ、そうなん?じゃそれでいんじゃね?」

「へ?」

「だからお節介ならお節介って言えばいいんじゃねえの。あとは向こうの判断することでお前の言うことじゃねえし」

「は、ぁ」

やっぱり山縣は変だと幾久は思う。

普通は先輩が後輩に気を使っていたら、我慢しろとか感謝しろとか言いそうなものなのに。

「だからさ、ちゃんと言やいーんだよ。あいつにも他の奴にも。お節介ならお節介、ありがたいならありがとう。でねーとわかんねえだろ。いらんお節介やいて、嫌がられるとか罰ゲームじゃん」

「ガタ先輩って実はいい人ですか?」

ちょっと感心して言うと、山縣は言った。

「他のやつなら知らんけど、高杉が罰ゲームになるから口出しただけ。お前が罰ゲーム状態ならむしろ煽って炎上させるわ」

やっぱり山縣は山縣だった。

もぐもぐと山縣はふたつめのいちご大福をほおばると、手をはたいて粉を落す。

「じゃ、俺はもういいから。ちゃんと言えよ」

「え?」

山縣が立ち上がり、幾久の背後を指差した。そこには居間に入ろうか悩んでいる三人が、二人の様子を伺っていた。

「先輩達」

「俺、昼飯いらね。晩飯になったら呼んで」

そういうと山縣はさっと自分の部屋へと戻っていく。

入れ替わりで二年生が全員、居間へ入ってきた。

「いっくん、さっきはごめん。おれらが余計な事して」

「あの人数で行くつもりはなかったんだよ。最初は高杉一人のつもりでさ」

「わしが他の連中止めればよかった。すまん」

そう一気に三人に言われて、幾久はもうどうでも良くなった。やり方とかがどうであれ、気を使ってくれたことには違いない。

「明日から一人で帰れますから。あと、オレも言い過ぎました。すいません」

ぺこりと頭を下げると、三人がほっとした顔になっていて、幾久はよかった、と思った。


着替えをすませ、それぞれが少し遅い昼食をとった。

寮母の麗子さんが適当に何品か作ってくれていたのを山縣除く全員で食べ、その後居間で買って来たいちご大福を二年生達が食べながら、幾久もお茶につきあった。

御門寮の繋がりが強い、というのはもうここ数日で幾久もよく理解できるようになっていた。

まず部屋の数が少なく、ドアのついた部屋もすこししかないし、部屋自体が寮のように整っているわけではないので自然集まるのは居間になる。

居間は常に誰か居るので、冷暖房も問題ないし、台所も近いのでお茶やお菓子や食べ物にも困らない。

結局自分の部屋を居心地よくするより、居間を居心地のいい空間にしたほうが早いのでそこに集まってしまうらしい。

集まれば自然、話もすれば関わりも深くなる。

吉田がけっこういろいろ教えてくれるので、居間に居づらいことはなかった。


「でも勉強とか、どこでするんすか」

寮生全員の部屋を見たが、勉強机らしい机はなかった。

山縣だけ、やけに立派なパソコンがあった気がするが、高杉と久坂の部屋は吉田と幾久のように、ただの寝室に過ぎない状態だった。

「図書館とか、あとは居間とか?それと折りたたみの机があるからみんなけっこう好き勝手」

「学校で使うような机もいくつかあるから、何なら倉から出して使えばええ」

出しちゃろうか、と高杉が言うが、幾久は首を横に振った。

「いるならまたお願いします」

どのくらい勉強すればいいか判らないし、報国院は確か学校にも自習室があったはずだ。

それに本当に、あと三ヶ月しかいないなら、わざわざ手間を取らせることもない。

「三ヶ月しかいないからって、変な遠慮はなしね」

久坂が言う。

まるで自分の心の中を見抜かれたようでどきっとすると、久坂がやっぱりね、という顔になる。

「いいんだよ。僕らは好きでやってるんだから。嫌ならやってない」

「でも、久坂先輩」

さっき山縣は、久坂が一年生が入ってくるのを嫌がっていた、と言っていた。

「嫌がってたのは事実だよ。でも今は嫌がってないのも事実だし。それにいっくん、三ヶ月しかいないかもしれないならさ、こっちが嫌でも我慢すればいいだけの事だし。あ、でも今はそう嫌でもないよ」

「なんでそんなに、嫌だったんすか?」

一年が嫌で幾久ならいい、という理由が判らない。

なんとなく判るのは、自分たちの空間に他の誰も入ってきて欲しくないという事だろうなとは判る。

「僕、人見知りだから」

ごもっとも、という理由だ。

「あと、高杉ってけっこう好かれるから、そういうのも嫌かなあ」

「え」

久坂が苦笑した。

「多分いっくんの想像とは違う意味だから」

頷いて吉田が言う。

「高杉ってなぜか男にモテんだよね。で、なんかこう、がっついて仲良くなろうとする奴とか出たりするわけ。妙に目立つしさ」

そういえば、今日も教室に先輩達が来た時に、高杉さんだ、という声を聞いた。

ファンでもいるのだろうか。

まあたしかに、目立つ風貌ではあるかも、と幾久は高杉を見て思う。

普段着は妙に小洒落た服を着ているし、それもチープな感じのものでもない。

持っているものもけっこう値段がよさそうなものばかりだ。

最初に会ったときも派手なオレンジのジャージを着ていた。

あれ以外にも、黒だったり鮮やかなブルーだったりのジャージを着ていたので衣装もちなのかもしれない。

吉田が言う。

「とにかく一年が来る=面倒っていうのがあってさ。御門だけじゃないけど、寮の構成上、一年を少なくしたり、多くしたりっていうのはどこでもあるんだ。今回は御門に入れるほどの人数でもなかったし、学校も御門にはあまり入れないようにしてるから、受け入れるかって言われて、面倒だから嫌だって答えたのも事実だし」

「でも、じゃあ、オレは?」

「いっくんはしょうがないっしょ。受験したのが遅かったし、追加の募集で千鳥以外の子が受けるとかまずないし。イレギュラーだったもんね」

じゃあけっこうこっちもばたばたしていたんだな、と幾久は思う。幾久自身、報国院を受けると決めて、この寮に入るまではずっと追い立てられるようにばたばたしていたが、この先輩たちもそうだったのか、と思うと少し申し訳ない気もする。

「まるっきり後輩の事なんか忘れてる時にいきなり『一年生が来るぞ、準備せえ』とか高杉が言うからねー。なんで勝手に決めんだよって正直思ったけど、まあいっくんならいっかって」


幾久がこの寮に来て、嫌だと思ったように、この二年生達もそう思っていたのかと思うと、なんだかおかしな気分だった。

あの歓迎振りはまるで待ってました、といわんばかりだったのに。

そういう意味なら山縣の態度はすごく正しかったということだ。


「ガタ先輩って、ぶれないっすね」

「そういやさっき、何の話してたんだよ!めずらしくガタが『こっちくんな』メッセージなんかするからおれらすごい気になってたんだけど!」

じりじりっと吉田が幾久ににじり寄った。高杉も久坂もじっと幾久を見ている。

「えーと、高杉先輩に迷惑かけるな、的な?」

「うわ。ほんとそれしかないんだアイツ」

呆れた表情で吉田が言う。

「いや、でもいろいろなんていうか、正しい事も言ってましたよ。オレ、納得できましたもん」

言葉は相変わらず悪いけれど、そこに悪気は感じない。

変わった人だとしみじみ思う。

「迷惑ならはっきり伝えとけって。で、もう言っちゃいました、って言うとそれでいいじゃん、みたいな」

「ガタらしー」

呆れたような感心したような声で久坂が言った。

高杉は複雑な表情だ。

「ガタはガタでいっくん受け入れてるっぽいし、あとはおれらがあんまりお節介しすぎないようにしとけってことだな。な。ハル」

「……自重する」

吉田と高杉の会話に、久坂はどこか楽しそうな表情で、二人のやりとりを見ていた。

幾久には幼馴染、というものがいないのでよく判らない。

ただ、こんなふうに兄弟みたいに付き合えるのは羨ましいなと少し思った。

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