表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
328/497

男だらけの花いちもんめ

時間は戻り、延長戦が始まる少し前のことだ。


後半戦の終わる間際、ギリギリで点を入れられた藤原のチームは話あっていた。

こういう場合、入れたほうに勢いがついているので大抵試合としては、追加点を入れたほうがそのままの流れで勝つことが多い。

藤原はがっかりしながら言った。

「やっぱり、ハナの奴つえーっす。こういうとこなんす、俺がかなわないの」

幾久はスポドリを飲みながら藤原に言った。

「しょんぼりすんな。そんなんじゃ勝つものも負けるぞ」

絶対に勝つつもりの幾久はそう言うも、藤原は言う。

「でも、俺、これまで一度もハナに勝ったことないんす」

すると幾久が言った。

「昨日まで勝てなかったからって、今日負ける理由にはならないだろ」

幾久の言葉に藤原が驚き、御堀がふっと笑った。

「確かに、今日は今日だし」

「そうそう、オレらが組むのも今日初めてだろ。一度も負けたことねーチームじゃん」

幾久の言葉に御堀が声を上げて笑った。

「確かに!今日初めて組んだチームなら、負けたことないしね!」

「そーそー負け知らず」

藤原は先輩の言葉に呆れて言った。

「……勝ったこともないじゃないっすか」

御堀が言う。

「勝てばいいんだよ、勝てば」

「そうそう。勝てばいいの勝てば」

頷きながら幾久も言う。

藤原は、弱音を吐いた自分が馬鹿みたいに思えて、いつも言っては笑われることを、二人の前で言った。

「……百点」

ん?と御堀と幾久が藤原を見つめた。

藤原は意を決して、二人に宣言した。

「俺、百点!ぶちこみます!」

御堀は藤原の言葉に笑った。笑われた、やっぱり。

藤原が落ち込むと、御堀は藤原が想像もしなかった事を言った。

「その意気込みいいね」

御堀が言うと、幾久も頷く。

「じゃあ一人三十三点ずつ?」

「延長戦は5分で三百秒だから、十秒につき一人一点以上入れればいける」

「あーそう聞くとなんかわりといけそうな」

「だろ?」

なんだこの人たち。藤原は呆れた。

(鳳と、鷹だぞ?)

間違いなく市内のトップ二十、鷹を入れれば百位も硬いはずなのに、いつもなら馬鹿にされる藤原の言葉に納得している。

(これが、鳳の余裕か……ッ)

いつも百点入れるという藤原にみんな笑っていたのに、馬鹿にする意味でなく笑う人は初めてだった。


だから藤原は叫んだ。

笑われたってかまわない、できるんじゃない?そう言ってくれた人が二人もいた。

あんなにサッカー上手い二人が、藤原を認めてくれた。だったら、応えないと。百点絶対に入れないと。

幾久と御堀は、藤原のミスを見越した上で、絶対に自分でゴールを入れない。藤原にばかりチャンスを与える。

時間はすでに5分近く経過。まだどちらにも点は入っていない。

藤原は必死にボールにくらいつき、何度もゴールに挑戦する。

はいつくばってもボールを奪おうとする藤原は泥だらけでみっともない。

「百点!百点入れるぞおおお!」

そう叫びなら何度もゴールを狙う藤原に、笑いが起きる。だけど藤原の耳には届かない。

何度もゴールに向かううち、時山にボールを奪われる。

だが、時山が奪ったボールを幾久がすぐに取り戻し、御堀へパスでまわした。

審判が時間を確認する。

多分、このプレイで試合は終わる。同点で終わればPK戦、難しくてもチャンスはある。華之丞はそう思ってしまった。


御堀のボールを貰う為に、藤原がゴールに向かって爆走した。

つんのめって転ぶのではないか。

そのくらいの勢いで。

御堀が藤原に向かってパスをまわす。

幾久が怒鳴った。

「藤原!いっけえ!!!!!」

「あと百点!!!!!」

藤原も怒鳴った。

その台詞に爆笑がおこるも、結局は藤原のシュートが決まり、勢い藤原はゴールに突っ込んでしまった。

かっこ悪くて笑われているのに、藤原はそんなこと気にもせずに、這いつくばってもすぐ持ち場に戻ろうとする。

「次!」

叫ぶ藤原に華之丞は苦笑した。

(勝てるわけ、ねーか)

あと一点もぎ取る。華之丞はそういった。

なのに藤原と来たら、百点取るって。

たった5分で。

取れるわけねえだろ、馬鹿かよ。

昨日までの、いや、この試合をする前の華之丞だったら笑って馬鹿にしていただろう。


でも、だからこうして負けた。


ピッ、ピッ、ピ―――――ッ。

試合終了のホイッスルが響く。


藤原のチームが勝利した。華之丞は、負けたのだ。


藤原は何がおこったのか判らず、フィールドに腰を抜かしたまま呆然としていたが、自分たちが勝ったと知ると、両手を挙げて叫んだ。

藤原の頭を何度も幾久や御堀がばしばし叩いた。

よくやった、そういわれて笑う藤原は誰よりも誇らしそうだ。

(―――――いいなあ)

華之丞は素直にそう思った。

勝てていいな、褒められていいなあ。

だけど自分にその実力は無かった。

がっかりとして立ち上がれない。

いつまでも座ってるなんて、傷つきましたアピールかよ。

負けた相手チームに、そう思っていた自分に笑いさえこみ上げる。

違う。

自分の無力さに呆れて、力がわいてこないんだ。

(これが、負けるってことか)

本気でやって、本気で負けた。本気で力を出し切ったから、立つ力さえ残っていないんだ。

座り込んだ華之丞に、手が伸ばされた。

見上げるとそこに居たのは幾久だった。目にはもう、華之丞を責める色は無い。

「……あざ、す」

幾久の手を取り立ち上がった。

はあ、とため息を出てがっかりと肩が落ちた。

華之丞に幾久が言った。

「いまの試合は、かっこよかったじゃん」

「―――――負け、たけど」

「勝つときは多少汚くてもいいが、負けるときは美しくなければ駄目だ」

幾久が言うと、華之丞が笑った。

「クライフだ」

「そう」

オランダの名選手でもあり、バルセロナの名監督でもある、ヨハン・クライフの名言だ。

華之丞は首を横に振った。

「だめっす。やっぱ負けは負けだし、俺はちっとも美しくなかった。かっこわりい」

そして藤原を一瞥して言った。

「あいつはダセーし必死なの、みっともねーって思ってたけど。でも勝ったからスゲーっす」

そしてもう一度ため息をついて肩を落とす。

「俺が負けたのは当然っす」

なにも見えていなかった。だから負けた。これまでの華之丞の勝利は、全部藤原のお陰にすぎなかった。

「出直します。いろいろ、なんか」

そう華之丞が何か言おうとすると、ぼろっと涙がこぼれた。

なんだこれ、みっともねえ、藤原なんかに負けて泣いてんのかよ。

慌てる華之丞を幾久が抱き寄せた。

「よく頑張ったな、ノスケ」

そう言って頭を叩かれた。華之丞は幾久の肩に顔をうずめ、何度も頷いた。




藤原は喜びのあまり興奮しすぎて、おまけに必死に走りすぎたせいでリバースしそうになって水場へ走り抜けていった。

選手が隣についていったが、興奮しすぎただけで吐けば落ち着いたらしい。

時山と組んでいたケートスのキーパーが御堀に近づいて握手を求めた。

「みほりん、挨拶したいってさ!」

「いいですよ」

そういって互いに握手する。

遊びのゲームとはいえ、プロからゴールを奪ったのは十分自慢になる。

藤原にはいい自信になるだろう。

「君たち上手だったね。元ファイブクロスと元ルセロだって?」

御堀は頷く。

「ほんと、ずりー強さっしょ?」

時山が言うので御堀が答えた。

「おかげで楽な試合させてもらいました。あ、間違えた。楽しい試合でした」

いつも時山にしてやられているので御堀が言うと、キーパーの人の頬が笑顔のままゆがんだ。

時山が苦笑いで言った。

「わざと間違えたよな?誉ちん」

「いつもの仕返しです」

キーパーの選手が言った。

「ほんっと、鳳って何年たっても変わんねー!いやーな奴ばっかり!」

どうやら報国院のOBだったらしい。御堀は言った。

「先輩ならそういっていただけたら」

「手加減してくれた?」

選手が言うと御堀はにっこり微笑んで言った。

「もっと叩き潰したのに」

御堀の言葉にキーパーと時山が言った。

「ね?見たでしょ?これが鳳のメンタルよ?燃やしつくすの、ひどい」

「ほんっと鳳は鳳だわ。おれやっぱ嫌い」

「僕は好きですよ?勝たせてくれてありがとうございました」

御堀の言葉に時山とキーパーは同時に「性格わるーい」と言い返した。


いつのまにかギャラリーはかなりの人になっていた。

選手や生徒が入り混じり、御堀や時山の試合を拍手して称えた。

「どっちともがんばったなー」

「よくやったぞー!」

口笛が飛んだりもしているが、御堀は苦笑した。

「ヒーロー不在で褒められてもね」

「よく言うぜ。わざわざ二人がかりでヒーローに仕立てあげてやったくせに」

時山の言葉に御堀が微笑んだ。

「僕らはちょっと手助けしただけですよ。彼、本当に上手だったじゃないですか」

多分、この試合でもずいぶんと成長したはずだ。

なんたって、自分と幾久についてこれていたし、幾久のやや激しいパスにもちゃんと応じていた。

「そうなんだよな。ちゃんと上手いのにメンタルとか張り切りすぎとか」

「きっと今日で変わりますよ」

今日の藤原を見たら、茶化す人もいなくなるだろう。御堀の言葉にキーパーも時山も、微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ