お願い、誰か導いてよ (I want somebody else to lead me now)
オフザボール。
試合の中でボールに直接関わっていない時こそ、自分がなにをするべきか考えろ。
確かに言われていたけれど。
「いやー、やっぱいっくん、うめえっすよね」
時山の言葉にケートスの選手も笑った。
「メガネの子だろ?いやマジで上手い上手い。あの子、試合良く見てるわ。常に状況観察してるし、指示明確だし、隙を絶対に見逃さないし。敵にいたら嫌なタイプだわあ」
華之丞を見てケートスの選手はニヤッと笑って言った。
「あのメガネ君こそ、ノスケ、お前がお手本にすべき選手だな」
うるせえ知ってる!危うくそう叫びそうになった。
(言われなくったって、俺は、俺で。俺が)
そうだ、ちゃんと探して見つけて見せた。
この人だとちゃんと判ってた。
(それなのに)
求めた最高のお手本は、いまあの藤原の傍にいる。
(なんでだよ)
こんな時のためにサッカーをしたわけじゃないし、こんな事のためにサッカーをやめようとしたわけじゃない。
昔から、自分の外見が違うせいで、華之丞はずいぶんと嫌な目にも良い目にもあった。
ハーフというより、母親が元モデルで、びっくりするほどの美形な上に、父親だってそれなりの外見だ。
当然、息子の華之丞もそれなりで、ちやほやもされれば気味も悪がられた。
特に紫色の瞳はめずらしいとかで、妙に目立った。
体格にも恵まれて、才能もそこそこあったおかげで、サッカーを始めてもすぐめきめきと上に上がれた。
最初は変な目でもられても、サッカーさえ上手ければ認められる。
そのうち、自分の外見を武器にできると気づいた。
だから、からんでくる奴には上からかぶせてやった。
目立ちやがって、と言われれば、外見いいから仕方ねえよな、お前はそこまでじゃねーし、と強気で言えば相手は黙ったし、勉強さえすれば、成績も上がった。
面倒な連中は、出来さえよければ何も言ってこない。
むしろ珍獣から絶滅危惧種扱いになった。
だけど悪口はどこでも言われた。
ひとつひとつはささいな事でも、回数があると嫌になる。
ちょっと目立つからって。
うるせえ。
顔が良いと、話題性だけで選手確定だな。
うるせえ。
モデルと兼業でやればいいんじゃねえの?
そんな甘い世界じゃねえよ。
母親はモデルだった。
だから、その世界がどんなに厳しかったか聞いている。
今は、仕事があるだけで十分よ、と母親は笑っていたが、若い頃の話を聞くだけでぞっとする。
本当は皆と同じが良かった。
こんな髪で目立ちたくない。
でも染めるのも本当の自分を曲げるみたいだ。
だからずっとフードをかぶっていたのに。
コンタクトは外せばすぐに元に戻れる。
でも髪はそうじゃない。
無理に型に押し込められているみたいで。
自分を表現したいのに、目立ちたくない。
珍しいと指を指されたくない、でも誰にも描けないものが描きたい。
そんなことできやしない、判ってる。
絶対になにかすれば、誰かに指を指されて笑われて茶化されて、否定されて馬鹿にされる。判ってる。
そんな感情が幼いってことも、上手にかわせばいいってことも。
(でも、嫌なものは嫌なんだ)
なにが嫌だったのだろう。つきまとう藤原の面倒くささか。
でも幾久は言った。
お前が煽るからそうなっていると。
(そうかもしれない)
最初はどうだったろう。いつも絡まれていたから覚えていない。
無視していたか、それともやり返したか。
華之丞の仕返しは、サッカーで藤原を茶化す事になった。
それを見ていた連中は、面白がって華之丞に賛同した。やがて、藤原、あいつうぜーよな、と笑うようになり、ボールをみんな回さなくなって。
(―――――いじめじゃねえか)
華之丞は、唐突に気づいた。
そうだ、幾久の言うとおりだ、自分はいじめをやっていたのだ。
自分だけと藤原だけなら、それだけだったかもしれない。
でも誰かが、華之丞の真似を始めたときに、それは駄目だと止めなかった。
だよなあ、あいつまじうせーし。
そして藤原を笑うようになった。
そして、藤原が本気でやっているものも笑うようになった。サッカーも一生懸命さも。
派手な華之丞がすることに、みんなついてきた。
人気者じゃん、と思っていた。
そうじゃない。ただのいじめの首謀者だ。ターゲットが自分から藤原に移っただけだ。
(なんなんだよ、これ)
華之丞は泣きたくなる。
こんなことに気づきたく無かった。
よりにもよって今。
嘲られるのは嫌だ。
過去何度も茶化されて、華之丞はそういうのが大嫌いで許せなかったはずなのに。
派手で気持ちが悪い、なんて笑われて、おれのせいじゃないと泣いたこともあったのに。
いつから自分は、大嫌いな連中になってしまったのだ。
(そりゃ、幾先輩もあっちにつく)
言ってたではないか。
いじめのような目にあって、東京からこっちに来たのだと。嫌なものは嫌だと。それでいいと。
どれだけ華之丞は、幾久の目の前でみっともないことをしたのだろう。
いじめられて、それが嫌だったと言う人の前で、誰かをいじめて得意げになって褒めてくれ、だなんて。
ぐっと華之丞はこぶしを握り締めた。
自分で自分を殴りたかった。
後半がはじまり、華之丞たちはフィールドに出た。
幾久達の動きは、前半に比べて益々よくなっていた。
休憩の時間、キーパーを含め四人でずっと喋っていた。なにか作戦を立てたのかもしれない。
藤原はさっきよりずっと楽しそうで、長い間一緒にいた華之丞さえ見たことが無いほど生き生きとしていた。
「幾先輩!」
藤原の声に幾久が手をあげ、藤原がなにをやりたいかを察し、ボールを受け取るとすぐ藤原に渡した。
ボールはゴールに向かって打ち込まれたが、キーパーによって阻まれる。
「あー!」
「気にするな!次!」
幾久の声に藤原はすぐ動き出す。
キーパーが投げたボールは華之丞の傍に来た。
だが、ずっと考えている華之丞は反応が遅れた。
「ボケッとすんな!」
時山に怒鳴られ、はっとして見るとボールが飛んできた。
華之丞はボールを受け止めると、すぐ時山にボールを渡した。
「サボんな!試合中だぞ!」
時山の声に、華之丞はすぐに動き出すも体がさっきよりも異様に重い。
たった七分、しかも休憩までしたのに、まるでもう何十分も走り続けているみたいだ。
(これまで、なにしてたんだ)
自分だけが実力があって、仲間を引っ張っていると信じていた。
だけど結局、馬鹿にしていた藤原に支えられていただけど嫌でも判る。
実際、藤原のチームはよく稼動していた。
どこにも隙が無いし、できても誰かがフォローに入る。
(負ける?)
この俺が。あの藤原に。
一瞬、ギャラリーが目に入った。いつものメンバーが、華之丞を見ているが、どうせ華之丞が勝つと思っている雰囲気じゃない。
どうして、なんで、そんな表情が見て取れる。
『同じ条件なら、藤原君のほうが上だよ』
本当に幾久の言うとおりだった。
華之丞はいつも上手なサッカーをさせてもらっていたのを、自分の実力だと勘違いしていた。
藤原はいまやっと、いつもの華之丞と同じ条件で戦っている。
だから、藤原のチームが勝っている。
(くそっ)
このままだと、華之丞のチームは一点も取れずに終わる。
そうなると空気は微妙になるだろう。
(―――――虎は)
仲間はみんな華之丞が上手いと思っている。
もしこれで負けたら、華之丞のせいだとは誰も思わない。虎継のせいで負けたときっと思う。
さっきまで、華之丞自身がそう思っていたように、皆、そのせいで負けたと。
(―――――駄目じゃねえか)
サッカーをやめるかもしれない華之丞と、ユースをやめた時山は、なにを言われても関係ないけれど、虎継はこれからもユースに居るのだ。
きっと藤原に負けたらまわりの連中に言われるだろう。
お前、弱いじゃん、お前のせいで華之丞は藤原に負けたじゃん、そんな風に。
(―――――!)
華之丞はそんなことを考えたことがなかった。
勝負は自分のもので、勝っても負けても自分だけで済むと思っていた。
勢い、いつものように自由に使えるからと上手い虎継を選んだのに。
しまった。
華之丞は負けることを意識して、自分が失敗したことに気づいた。
自分が藤原をからかってきた。
その付けが、自分ではなく虎継にまわる。
しかも虎継は今回全く関係ないのに。
幾久や御堀が乗り込んできたのは、勝つ自信があったからだ。
だから本気で挑んできている。
本当のサッカーの試合なら、体力とか戦略とか、チームメイトとの連携だとか、いろいろあって勝つことはできなくても、ミニゲームなら自分の能力だけで戦える、そう判断して、華之丞に向かってきた。
華之丞がただ怒りに飲まれている間、そんなことを考えて。そしてその勢いを、楽しみたい時山に利用された。
(俺、おもちゃじゃん)
その事に気づかず自分の実力を過信して後輩を巻き込んで、みっともない試合にさせている。
虎継を一瞬見ると、はっとした顔になった。
華之丞に責められている、そう感じたのだ。
焦ってボールを奪いにいこうと必死になっている。
(なんでだよ)
華之丞のこれまでの行動の失敗とツケは、反省する時間も考える時間も与えてくれず、ただ勝手に流れてゆく。
ごめん、そうじゃないんだ虎、お前は悪くない。
俺が。
「華之丞!あとちょいで負けるぞ!」
時山が怒鳴った。残り時間一分、と誰かから声が上がった。
(負けてる場合じゃねえよ!)
自分のせいで。
こんな自分のせいで、虎継が悪く言われてしまう。