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自分で見ないと判らない

「バキ、幾先輩の前でよけーな事言うなよ」

「言わないよ。あとで奢って」

 仲が良さそうなのは間違いないらしい。

「バキってあだ名なの?」

 幾久が大庭に尋ねると、大庭が頷いた。

「そうです。おお『ばき』はち、だから。強そうで気に入ってます」

 にこにこ微笑んでいるが、華之丞が言った。

「幾先輩、そいつそー見えて乱暴ものなんで気をつけてください」

「えっ」

「やだなー、そんなことないですぅ」

 そういってにこにこ微笑んでいる姿は、やっぱりただの美少女にしか見えない。

 喜八が言った。

「本当は僕も、乃木先輩に希望出したんですよ。でも、ノスケも希望出してて。ノスケのほうが成績上なんで、僕、落とされちゃって」

「二次希望が僕なんだって。ちょっと傷つくよね」

 笑う御堀だが、幾久は首をかしげた。

「でも誉にはなんか希望、多そうなのに」

 喜八は頷いた。

「多かったですよ。そりゃもう。でも僕がぶっちぎりだったんで」

「ふ、ふーん?」

 なにがどうぶっちぎりだったのだろう。

 よく判らないが報国院のことだから、成績かお金のどっちかだろう。

「それよりノスケ、ユースの奴、見に行かなくていいの?」

 喜八の問いに、華之丞は顔をしかめた。

「行ってもいいけど、あいついるだろ、藤原」

「まーそりゃ当然いるよ」

 華之丞が幾久に言う。

「さっきのめんどいやつ、藤原っつーんです」

「ユースでなにかあるの?」

 幾久の問いに御堀が答えた。

「校庭でサッカーやってるよ。フットサル用のゴール使ってサッカー体験みたいなの。選手が来て手伝ってるんだって。誰でも参加できるみたいだよ」

「へえ、いいなあ」

 幾久が言うと、華之丞が尋ねた。

「幾先輩、見たいんスか?」

「選手が来てるなら、そりゃね」

 いくら二部リーグとはいえプロの選手ならやっぱり見てみたい。

 華之丞は少し考えて、言った。

「じゃあ、後で行きましょうか。多分、俺、知ってる人いると思うし」

 でも、あの面倒な奴がいるのではないのだろうか。

 幾久は思ったが、察した華之丞は笑顔で答えた。

「大丈夫ッス。あんな風にからむの、いつもの事だし、だったらかわせばいいし。さっきは幾先輩が一緒だったからあしらっただけっす。いつもはもっと上手くやってます」

「藤原がノスケにからむのはいつものことなんで、気にしなくていいですよ、幾久先輩」

 ね、と喜八が言うと、な、と華之丞も言う。

「だったら、僕らも行こうか」

 御堀が言った。

「僕もケートスの選手って興味あるし、見れるなら見てみたい。野次馬根性だけど」

 御堀が居るなら、なにか問題が起こっても大丈夫だろう。

 そもそも御堀はこういった、面倒な人をかわすのが得意なのだから心配ない。

「そ、っか。そだね、誉一緒なら心配ないし」

「そうそう。折角だから、みんなで行こうよ」

 いい?と御堀が喜八に尋ねると、喜八は頷く。

「僕は全然大丈夫です!」

「よし決まり!じゃあ、全員でユースを見学に行こう!」

 幾久の掛け声に、全員が頷いた。



 校庭と呼ばれる神社の敷地内の広場は、報国院で行事がある場合は学校優先で使われる。

 今日はケートスの紹介も兼ねていたらしく、フットサルコートが二つ用意してあった。

 そのうちのひとつが、境内の近くにある。

 桜柳祭の追加公演で、児玉がギターを弾いたあたりだ。

 遊んでいるせいか、報国院の生徒も割りと多く見学にきていて、中には参加していたらしい生徒もいた。

 ユースらしきチームに華之丞が近づくと、ケートスのスタッフらしい、ジャージを来た青年が近づいてきた。

「菅原君!来てくれたんだ」

「はい、様子見に、ですけど」

「嬉しいなあ。どうせなら参加していきなよ!」

 スタッフが進めると、華之丞もそうっすね、と頷いている。

 あ、ノスケだ、と参加していた中学生らしい男の子たちから声が上がる。

「ノスケ、やろーぜ!」

 誰かが声をかけてきたので、華之丞は「おう」と返事を返す。

 すると、参加していたらしい、さっき華之丞にちょっかいをかけてきた、藤原、という少年が華之丞をじっと睨んでいた。

(うわ、あの子だ)

 面倒くさそうだな、と幾久も思ったが、藤原はじっと華之丞を睨んだままだ。

 華之丞は知り合いらしい、ユースのユニフォームを着た中学生に声をかけた。

「おい誰かやろーぜ!いつもの!」

 するとわっと集まってきて、俺!とか手が上がっている。華之丞は人気者らしい。

 と、華之丞は藤原に声をかけた。

「おい藤原。相手してやる」

 すると声をかけられた藤原は「望むところだ!」とむっとしたまま出てきた。

「誰か、藤原と組んでやれよ」

 華之丞が言うと、周りの面々が、えー……とか、嫌そうな表情になっていく。

「藤原君は、嫌われてんのかな」

 御堀が言うと、幾久も頷く。

「そうみたい。あれ、全部同級なのかな」

 幾久が言うと、御堀の隣に居た喜八が言った。

「中学生のユースなんで、学年が違うのもいます」

「へえ」

 それにしたって、華之丞のもてはやされっぷりと、藤原への態度は違いすぎる。

 あれでは藤原はやりづらいだろう。

 結局、じゃんけんに勝ったほうが華之丞と、負けたほうが藤原と組んだ。

 負けるたびに、えー、藤原とかよ、と声が上がる。

「藤原君って、下手な子なの?」

 幾久が喜八に尋ねると、喜八は首を横に振った。

「サッカーは上手いですよ。華之丞と張るくらいには。でも性格があれなんで、好かれてはないです」

 確かに面倒そうな性格の子ではあるけれど、チームを決めるところからあれだけ嫌がられては、さぞやりづらいだろう。

 幾久の表情で考えていることが判ったのだろう、御堀がぽつりと告げた。

「よくない空気だね」

「―――――うん」

 一応チームは決まったらしい。

 華之丞のチームに、メッシュ素材のベスト、鮮やかなオレンジ色のビブスが配られた。

 ケートスのユニフォームを着た藤原チームと、華之丞率いるオレンジのチーム。

 チームは一チームに四人の構成で、一人がゴールキーパー、三人がフィールドに立つようだ。

 慣れているのだろう、すぐケートスのスタッフらしい大人が審判につき、ホイッスルを吹いた。

 ピー、という音の後、すぐ華之丞がボールを奪った。

(早い!)

 華之丞はボールを取ると、すぐ回りを確認する。

 仲間を見つけるとパスを送り、大声を上げて「よこせ!」とアピールする。

 指示がはっきりしていると、されるほうもやりやすい。華之丞の指示に従ったチームメイトは、まるで華之丞が操っているみたいに上手にボールをまわす。

 藤原のチームは、確かに技術ではそこまでの差はないのだが、どうも動きが鈍い。

 しかし一瞬、藤原がボールを奪うと、ドリブルを始めた。

「上手いじゃん」

「うん」

 幾久が驚き、御堀も頷く。藤原は性格が問題なのかもしれないが、ドリブルは上手い。

 無駄がない。一歩が広い。

 なので一度ボールを奪うと、移動が早く、追いつくのに周りが必死になる。

「早い!」

 幾久が驚くほど、藤原のサッカーは早かった。

 ボールを奪って、移動、ゴールに向かうまでに迷いがない。自分のボール運びに自信がある証拠だ。

 華之丞が追いつき、藤原からボールを奪おうとする、その寸前に仲間にボールを渡す。

 判断も悪くない。

「もっとエゴイスティックなサッカーすんのかと思った」

「僕も」

 藤原はユースに誘われるだけのことはあった。

 ボール離れも悪くないどころか、いい判断をしている。決して悪い選手じゃない。

 ただ、悪いとすれば、藤原の仲間だ。

 練習試合とはいえ、藤原は本気だ。

 ものすごく本気でサッカーをやっている。

 だけど、華之丞もそのチームメイトも、藤原のチームメイトもそうじゃない。

 遊びだ、という空気があった。

 勿論、ボールが来た瞬間は真面目になるものの、後一歩の努力をしない。

 華之丞は上手かった。確かに、群を抜いて上手い。

 でもそれは、ボールで遊ぶ技術だ。

 幾久が得意なフットサルに近い。

 おまけに、藤原を必要ないところで茶化したり、遊んだりしている。

(―――――なんだこれ)

 華之丞の話や、藤原と関わった一瞬で、幾久は華之丞が被害者だと決め付けていた。同情もしていた。

 だけど、これは違う。

 幾久の想像とは全く違った。

 藤原は仲間がボールを奪われると、必死でくらいついて取り戻しに行っている。

 行動が早く、常に一生懸命だ。でも藤原以外はそうじゃない。

 へらへらという言い方は悪いが、そんな雰囲気で、遊んでいて、藤原の必死さをあざける様にも見える。

「これじゃ、あの子の良さは生かされないじゃん」

 幾久のつぶやきに、御堀も、うん、と頷く。

 藤原はいい選手だ。

 あの年齢でめずらしく、ハングリーで試合を遊びと本気に分けていない。

 仲間が本気じゃなくても自分はずっと本気でやっている。

 そして仲間を責めてもいない。

 面倒そうなタイプだと思ったが、試合中は必要な事以外は喋っていないし、指示も明確だ。

 チームメイトが失敗しても、気にするな!とか、次いこう!というフォローもしている。

 ただ、チームメイトがそれを苦笑しているが。

 一方、華之丞は笑って指示を出すのでチームの雰囲気は良く見える。

 だが、失敗しても、相手に対してフォローがない。

 藤原のように「次!」と言っても、それはフォローではなく、言わないだけの不満の表現になっている。

「まるで一対五だね」

 互いのキーパーを除けばそんな感じだ。

 御堀が言うと、幾久も頷く。

 本気の藤原に比べて、他の面々は楽しんでいるだけだ。

 別に、この状況で本気になる必要はないのかもしれない。

 むしろ、藤原のほうがおかしいのかもしれない。

(けど、オレは)

 幾久は試合での藤原を見て、藤原をすっかり好きになっていた。

 一生懸命で泥臭くて、たかが遊びの試合に必死になってくらいついている。

 常に本気の選手は強いし、やがて強くなる。

 きっと毎日、一生懸命本気で基礎練をやるタイプだ。


 一方、華之丞はずっと仲間のフォローで、上手にサッカーをやれていた。

 本人が派手というのもあるが、手足が長いので動きが優雅に見えるし、髪が長めなので、動くたびにゆれてかっこよく見える。

 実際に派手でかっこいい。だけど、気分に任せた無駄な動きが多い。才能はあるだろうけれど、それに甘えているタイプだ。


 試合は華之丞のチームの圧勝だった。

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