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美少年みたいな姉、美少女みたいな弟

 幾久が首を傾げると、高杉が言った。

「髪が黒くない連中には、黒くしろ、それが出来ないなら理由を証明しろっていうのを提出せにゃならん。地毛が黒くないとか、パーマじゃない、ちゅう証明じゃな。子供の頃からの写真を張り付けたりさせられることもあるし、医師の診断書がいる場合もある」

 幾久からしたら信じられない。

「え?じゃあ、黒っていう判断はどういう基準でするんす?」

「教師の一存じゃ」

 高杉が言うと、幾久が再び言った。

「馬鹿っすか?」

 幾久からしたら呆れて物がいえない。

 医師の証明を出させるくせに判断は素人の教師、しかも明確な基準はない上にプライバシーの侵害。

「公立って、共産国なんすか?それとも軍隊?」

 幾久が言うと、高杉が噴出した。

「あながち間違いじゃねえの。全員規格どおりに作り上げて、はみ出したら規格外で放り出すか。なかなか面白いのう」

 じゃけえ、と高杉が言った。

「ワシはそれが嫌で坊主にしちょった」

 高杉は実は少し天然パーマで、髪が伸びてくると跳ねるのだとは聞いていたが。

「なんだそれ。虐待じゃん」

 幾久の言葉に華之丞が目を丸くした。

 驚いたのだ。

「元々が違うのに、変えろとかおかしい。なんでそんなバカなことするんスか?」

 ぷんぷん怒る幾久に、華之丞が尋ねた。

「報国院はそんなことないんすか?」

 高杉はにやにや笑って言った。

「なんじゃ。ピアスが気になるか?」

 華之丞は素直に頷いた、ひょっとしたら、ピアスをしたいのかもしれない。

「ウチは成績さえ良けりゃ何も言われん。お前だって、そんな成績悪くねえじゃろ」

 高杉の言葉に幾久が驚いた。

「え?ハル先輩、なんでそんなのわかるんスか?」

「そいつ、お前に案内の希望出したんじゃろ?希望が通るのは、成績優秀者か、もしくは寄付が多かった奴だけじゃ」

「ウワー、ほんと格差ひどい。なんなんだ報国院」

 幾久が呆れていると、華之丞が噴出した。

「在校生が言うんすか、それ」

「や、知ってたけど、ほんと格差ひでーなって改めて」

 華之丞はすっかり気を許したらしく、肩から力を抜いてズボンのポケットに手を入れる。

 高杉は苦笑した。

「お前ら話が合いそうじゃの」

 幾久が答えた。

「サッカー知ってればなんとか。あ、でもオレヨーロッパサッカーが主なんだけど」

「俺も!俺もそっち好きッス!」

 ぱあっと華之丞の表情が明るくなると、幾久も嬉しくなって話を続けた。

「マジで?あーでもそっか、マルセロとか言ってたもんね」

「うす。最高にカッコいいッス」

 そう言って笑っている最中だった。

 食堂から出てきた数人の中の一人が、突然幾久たちに声をかけた。


「なんだ?お前、鷹なんかに案内されてんのかよ」


 声の主は、瀧川と一緒にいる子だった。

 マッシュルームのようにもっさりとした前髪に、パーカーフードをかぶっていて、華之丞のように学ランのボタンを外し、フードを出している。

 華之丞は舌打ちすると、幾久の袖を引いた。

「行きましょ、幾先輩」

「え、うん」

 通り過ぎようとすると、さっと中学生が道をふさいだ。

「逃げんなよ、ハナちゃん」

「うるせーな」

 道をふさぐ中学生は見るからに生意気そうな雰囲気だ。

「邪魔なんだよ、どけ」

 華之丞が言うと、生意気な子は気にせず華之丞の前を阻んだ。

「ハナちゃん、なんで報国院に来てんだよ。周防市行くんじゃなかったのか」

「お前には関係ねーだろ」

「あるね。俺がユース選ばれて、お前が選ばれなかったから言い訳してんだろ」

「選ばれなかったんじゃない。保留にしてもらってんだ」

「俺に負けるのが怖くなったんだろ」

「負けるわけねーだろ、馬鹿か」

 華之丞が露骨に馬鹿にするも、こたえている様子はない。

「負ける前に自分で勝手にやめたら、俺に負けたことにならねーもんな」

「だから負けてねーし」

 いつまで続くか判らない言いあいに、幾久が割り込んだ。

「いいから、そこどいてくんね?オレら、食堂に入りたいんだけど」

 幾久が言うと、中学生は「あ、すんません」と言って慌てて避けた。

 が、すぐにはっと我に返った。

「逃げんのかハナ!」

「うるせー。幾先輩、中いきましょ」

 さっき、華之丞にコーヒーがあることを教えたのでそっちのほうに興味があるのだ。

 幾久も面倒くさそうなので、さっさと逃げるか、とばかりに食堂へ入っていった。

 食堂はそれなりの賑わいで、中学生や在校生、保護者らしき人も大勢居た。

 父親が殆どだったが、当然中には母親の姿もある。

 報国院に女性がいるのはあまり見慣れない風景だ。

 幾久はコーヒーのある場所へ向かい、コップにコーヒーを注いだ。

「ノスケ、あいつが例の?」

 幾久が尋ねると華之丞が頷く。

「同じケートスのユースで一緒の奴。へたくそなのに絡んできてウザイんす」

「ウザイのはなんかわかったよ」

 幾久が苦笑しながらコーヒーを華之丞に渡した。

 空いた椅子を探し、二人がけの席についた。

「なんかスンマセン」

 ぺこっと華之丞が頭を下げる。

 こういうところは素直でかわいいな、と幾久は思った。

「別にいいよ。ノスケが逃げたいの判るし」

「でも、幾先輩の先輩とかいたのに」

「ああ、ハル先輩ならそういうの気にしないから大丈夫だし、オレら同じ寮だから、なんかあったら言ってくるよ」

「同じ寮……」

「そう。御門寮。一番学校から遠いし、人数少ないけど、すごい自由。そのかわり、いろいろ厳しいけど」

 幾久が御門寮の赤い寮バッジを示すと、華之丞はじっとそれを見た。

「かっこいいっすね」

「ありがとう。この学校で、このバッジつけてるの、十人いないんだ」

「えっ、そんなに少ないんスか?」

 驚く華之丞に幾久は頷く。

「いま、三年が一人、二年が三人、一年がオレ入れて三人だから、七人」

「ほんっと少ないっすね……やりづらくないっすか?」

「全然。すごい自由でみんないい奴ばっかりだし。でもそれって、頭がいいからだって先輩はしつこく教えてくれたよ」

「頭がいいから?鳳ってことっすか?」

 華之丞の質問に、幾久は頷いた。

「それもあるけど、結局鳳って、自分で考えないと無理なんだ。こういう場合、なにをすべきか、なにをしなければならないか。自分の仕事っていうのかな。自由だからって、勝手にしてたらすぐに規制が入るだろ?報国寮なんかスゲー厳しいっていうし。寮で全然ルール違うし」

「なんか難しそう、っすね」

 華之丞の言葉に幾久は笑った。

「オレなんか、ほんと偶然で御門寮入ったもんだからさ、ついてくのだけで必死だったけど。でもおかげでめちゃくちゃ楽しいし、報国院に入ってよかったとも思うし」

 もしこれが、御門寮以外の寮だったら、こんなにも報国院に通いたいと思わなかったかもしれない。

 学校の広さも、旧校舎の美しさも、先生たちの考えも、先輩達の気遣いにも教えにも何も気づかず。

 ただ、こういうものだ、と時間を過ごしていたかもしれない。

「ノスケが褒めてくれるオレは、間違いなく御門寮で作られたものだよ」

 幾久の言葉に、華之丞は驚いて目を丸く見開いて、深く息を吸い込んで、言った。


「―――――決めた」




 華之丞がコーヒーを飲み干したその時、御堀の姿が見えた。

「あれ、誉」

「幾、そこ空いてるの?」

「空いてるよ。どうぞ」

 幾久は隣のテーブルを寄せてくっつけ、四人がけのテーブルに変えた。

 御堀は大人しそうな子を連れていた。

 幾久と同じく、コーヒーを飲む為に学食に来たのだろう、手にコップをふたつ持っている。

「休憩?」

 幾久が尋ねると、御堀が頷いた。

「うん、幾も?」

「そう。この子案内してる。ほら、誉も見覚えあるだろ、サッカーボールの」

「ああ、あの子」

 御堀に華之丞はぺこっと頭を下げた。

「ども、ッス」

「そっか。君が幾を指名してたのか」

「はい」

 頷く華之丞に、御堀と、中学生が席に着く。

 すると、御堀と一緒の中学生が幾久にぺこりと頭を下げ、言った。

「こんにちは、乃木幾久先輩」

「こ、こんにちは」

 幾久は慌てて頭を下げる。

「いつも姉がお世話になってます」

 そういってもう一度深々と頭を下げる。

「姉?」

 誰かそんな知り合いたっけ?と幾久は斜め向かいの少年をじっと見つめた。

 かわいい、というか詰襟を着ていなかったら絶対に男の子だと判らない、女の子のようにかわいい子だ。

 目がくりくりとして女性アイドルのようで、笑顔も愛嬌があるし、ほんわかした空気だ。

 髪はショートだがさらさらのストレートで、このままロングにしたらきっと美少女だぞ、という程。

(こんなかわいい子のお姉さん?絶対にオレ、見たら覚えるぞ?!)

 しかし何度その子を見てもイメージがわからず、幾久が困っていると御堀が噴出した。

「ね、わかんないだろ?僕も聞いてびっくりしてさ」

「えー?誰……?」

 美少女のような少年が名札を示した。

「大庭喜八……おおば……ひょっとして茄々先輩の?!」

 少年は頷き、笑顔で「はい」と言った。

 幾久はあまりにも意外で驚いてしまった。

 なぜなら大庭は、自他共に認めるイケメン美少年の女子高生だ。

 桜柳祭に遊びに来たとき、報国院の制服を着て歩いていると報国院生と間違えられた挙句、かっこいい報国院生がいると噂になり、写真が出回ったほど。

(勿論梅屋が大庭の許可の下、ブロマイドとして販売した)

 背も高く、幾久など初めて会った瞬間「イケメン」と口にしてしまったほど、イケボでイケメンで、どこから見てもスカートを履いただけの美少年な女子高生だった。

 その弟が、美少年ではなく美少女みたいな男子中学生とは。

 幾久の混乱を見て、大庭少年は楽しそうに言った。

「姉のほうがイケメンで、僕のほうが美少女でしょう?」

「あ、うん。あ、ていうか」

「気にしないでください。慣れてるし、僕も姉も気にしてないです」

 本人がそれでいいならいいのだが、それにしてもこの差は凄い、と幾久は思う。

「どっちにしても、美形だけど」

 幾久の言葉に、大庭少年が笑った。

「そうなんです。美少女としては僕のほうが説得力上ですよね。ただ、綺麗さではやっぱりノスケには負けるけど」

 え、と幾久は驚く。

「ノスケと知り合い?」

「幼馴染っす」

 華之丞が答えた。

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