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もうすぐ来る、将来の悩み

 地球部の部室は誰も居なかったので、幾久は教室に入り、暖房をつけ、その近くに椅子を移動して華之丞にすすめた。

「どうぞ」

「あざっす」

 ぺこりと頭を下げる。

 見た目はハーフ丸出しなのだが、しぐさや言葉は日本人そのものだ。

「で、相談って?」

 幾久に解決できればいいのだが、頼りにされているのだからなんでも答えてあげたい。

 わくわくとしながら幾久が尋ねると華之丞は言った。

「将来をスゲー悩んでて」

「将来?」

 華之丞は頷く。

「サッカーを続けるか、やめるか」

 華之丞の言葉に、幾久の胸が、きゅっと締め付けられた。

「……俺、子供の頃からずっと、ケートスのユースだったんす。そこそこ上手いとは思います。けど、実はチームメイトにすげーむかつくのがいて」

 華之丞の表情が露骨にゆがんで、あ、これは相当嫌いなんだな、とすぐに判った。

「ガキくせーかもしれないんスけど、とにかくそいつが嫌いでむかつくっていうか、俺はそこまでじゃなくても勝手にライバル視してきて絡むんす。あ、嫌いっていうよりウゼエだ。そう、ウゼーんす」

「なるほど」

 幾久にもそれは覚えがある。

 幾久をライバル視していた訳ではなく、多留人のコンビとして幾久は下手糞なんだから、コンビを外せ、俺のほうが多留人を生かせるといちゃもんをつけてくるのは居た。

「んで、周防市ってとこにファイブクロスってチームがあって。そこに誘われて。そこも報国院みたいに学校と組んでて、寮もあるから来ないかって」

 ファイブクロスは御堀が昔所属していたサッカーのクラブチームだ。

 ということは、華之丞は昨年の御堀と全く真逆ではあるが、状況は全く同じだ。

 御堀はファイブクロスのユースを自ら辞め、報国院を選んで、ケートスのユースに誘われたが断って勉強を選んだ。

「ファイブクロスも、ケートスと同じ二部だったよね」

「そうっす。レベル自体はどっちも同じくらいで、特色が違うっていう」

 華之丞は言う。

「俺、ずっとこの地元に居て、むかつく奴もずっと一緒でからんできて、報国院が嫌いとかはないんすけど、正直そいつが面倒くせえなって。今日もそいつ、来てるんすけど。そいつがいるなら、サッカーするにしても、ファイブクロス行こうか、とか。でもサッカーも続けるかどうか、ちょっと悩み中で」

 幾久は華之丞の話を聞いて、いろいろ考えてしまう。

 なぜなら、自分も中学生の頃、同じ理由で逃げたからだ。

 そして御堀もずっと、サッカーのことは悩んでいたという。

 結局、勉強を取ったのだというけど。

「とーさん、報国院出てて。無理に薦めたりしないんすけど、なんか、色々面倒くせえなって。このままここに居たらこれまでと何が違うんだよ、面倒な奴いるし、サッカーするにも面倒くせえし」

「……なんでサッカー、続けるかどうか悩んでるのか聞いてもいいかな?」

 幾久が尋ねると、華之丞は頷いた。

「サッカーよりやりたいことがあって。別にそれで将来メシくおうとか思ってないけど、最低でも高校三年間はそれに集中したいなって」

「そっか」

 幾久は小さく笑った。

 まるで自分や、御堀や、児玉の話を全部まとめて聞いているような気持ちになったからだ。

「……ガキくせー悩みって思います?」

 華之丞がやや不安げに幾久に尋ねた。

 幾久は首を横に振った。

「ちっとも思わない。オレと同じだなって。去年、オレも同じこと悩んでた」

 幾久は小さくため息をついた。

「同じこと、考えてたよ。ノスケと」

 同じだ。

 幾久は胸が締め付けられるのに、胸にいっぱい、空気が入っているような不思議な気持ちになった。

 ため息をつきたい。思い切り。

 でも、華之丞の前では吐けない。吐いちゃいけない。

 なぜかそう思った。

「オレ、乃木希典の子孫なの。知ってる?」

 幾久が言うと華之丞が頷いた。

「そっか。じゃあ、ドラマのことも?」

 華之丞は再び頷く。

「あんまりいいドラマじゃなかったんスよね」

「―――――オレにはね」

 そして幾久は、ぽつぽつと喋り始めた。

「オレさ、ルセロのユース、プライマリで落ちたって言ったろ?そん時に組んでた奴、今、高校サッカーやってんだけど、そいつは才能凄くてさ。でもオレは落とされて、中学の頃はずっと受験対策ばっかで塾と学校くらいしか行ってなくて。時々、組んでた奴と会ってサッカーするくらいしか楽しみなくてさ」

 華之丞は静かに幾久の話を聞いた。

「でも、だんだん塾の勉強きつくなって。高校はエスカレーターだったんだけど。卒業間際、三学期になってからだよ。ドラマのことでスゲーいじられてさ」

 華之丞は頷く。

「オレ、自分が乃木希典の子孫って意識したことなくてさ。ふーんそっか、くらいで、ドラマ見ても別になんとも思わなくて。でもそん時の担任がオレのこと、クラスメイトにばらしちゃってさ。そしたらスゲーいじりっていうか、まあいじめられてさ」

 幾久は、はは、と笑った。

 笑わないとなんだかつらい気がしたからだ。

「オレはそん時、自分がいじめられてるって気づいてなかったけど、無意識に判ってたんだろうな、そいつのいじりに耐えられなくて気がついたら殴ってて。そいつにも非があるけど、殴ったのはオレのほうだし」

「殴られるようなこと、したんすよねそいつ」

 華之丞は言うが、幾久は苦笑いしたまま、言った。

「でも、殴るのは駄目じゃん、やっぱ」

「……そうっすけど」

「で、元はと言えば担任がばらしたし、そいつのいじりも酷かったし、で、両成敗で済んだんだけど、そのままその学校の高等部に行くの、スゲーやだなって思って」

「……」

 華之丞は黙る。なんとなく、自分と似ていると気づいたのだろう。

「そんな時、父さんが報国院すすめてきて。母親もうるせーし、寮なら逃げられるなって。なんかそのくらいの気持ちで流されて報国院来たんだよ。オレ、なーんも知らなかった。長州市のことも、報国院のことも、『乃木さん』のことも」

 自分は子孫なのに、知ろうともせず、忘れていた遠い人を、大切にしている人たちが居て、そのおかげで幾久にも愛情のおこぼれを分けてもらえている。

 杉松のこともそうだ。

 幾久は、ただ偶然、なんとなく似ているそれだけで、たくさんのものを貰っている。

「結果、オレは運が良かった。いい先輩に恵まれて、いい寮に入れて、友達もいいやつばっかでさ。ほんと強運だった。だから後悔はしてない。でもそれって、ほんと運が良かっただけなんだ」

 だから、と幾久は言う。

「オレなんかに相談したって、多分、いい答えは出せないし、サッカーだってもう遊ぶ程度しかできないし」

「そんなことないっす」

 華之丞はきっぱりと言った。

「あんだけ暗い中で俺の声だけで、すぐ反応できるってフツーじゃないっす。幾先輩は才能あるっす」

「いやー、ありがたいけど」

「信じてないっすね、俺のこと」

「いや、信じないとかそんなんじゃなくて」

 なぜか華之丞は真剣に幾久に言った。

「絶対、ぜーったい、幾先輩は才能あるのは間違いないっす!俺、けっこうそういう目、ありますもん!だから、オレに絡んでくる奴、才能ねーなって思うし」

「言うなあ」

「だってそうなんスもん」

 むっとする華之丞は、そうしていると年相応の中学生にちゃんと見える。

 幾久は言う。

「でもさ、だからオレに相談しても、これっていうかっこいい理由なんかないし、なんかいい加減っていうか。サッカーだって、友達がボールくれて、やっと自分でやることを思い出したくらいでさ」

 最近は毎日、御堀と遊んでいるからかなり昔の勘を取り戻してきたとは思う。

 けれどあくまで、そのくらいのものだ。

「もし、ノスケがファイブクロスに行きたいとか、周防市の学校に行きたいなら、別にいいんじゃないかって思う。行きたいわけじゃなくってもさ、うぜー奴がいるってさ、むかつくしやっぱ嫌じゃん。オレ、それすげえ判るもん」

 幾久には、華之丞の気持ちが理解できる。

「うぜー奴なんかどこにでもいるし、実際報国院でもいるよ?ノスケのボールとった連中のことも、オレ嫌いだしうぜえって思ってるし。でも少なくとも、オレは報国院に入学するまでは、これまで知ってるうぜー奴からは逃げられたし、それは嬉しかったんだよ」

 母親や、うっとおしいクラスメイト。

 逃げだ、と言われてもそれがどうした、としか思えない。いやなものはいやだ。

「中坊の頃、どうせ切れるなら早く切れときゃ、早めに学校転校するとか、親に転校したいとか言えたのに。我慢してたあれって、なんだったんだって。自分でも思うんだ。だからさ」

 華之丞はじっと幾久を見た。

「なんか、立派な理由なんかなくてもいいって思う。ノスケがそいつ嫌いなら、周防市行けば良いし、サッカーだって、やりたいなって気持ちがあればすればいいし、気が向かないならしなくていいと思う。オレの先輩の受け売りだけど、気が乗らないのも立派な理由だって」

「そういうのでいいん、ス、かね」

 華之丞が言うと、幾久は「さあ?」と笑った。

「でも、なにがいいか悪いか、なんて、そのときじゃ判らない。後からいい結果になれば、あれでよかったって思うし、失敗したら、後悔するって。これもオレの父さんの受け売りなんだけど」

 幾久は言って笑う。

「ごめん。オレ、なんか受け売りばっかやってる」

「でも―――――でもそれって、その言葉って、幾先輩を、助けてくれてるんじゃないんスか」

 華之丞の言葉に、幾久は息を呑んだ。

 そうだ、と華之丞の言葉で気づく。

(そっか。オレ、ずっと)

 先輩達も、父親も。

 幾久にいつも教えてくれていた。

 答えを伝えるという単純な行為ではなく、幾久がどうすれば、自分の答えにたどり着けるのか、どうすれば必要なものを手に入れることが出来るのか。

 今ならわかる。

 幾久は鳳に入れなかった。

 たとえがんばっても鷹。

 その通りだ。

 成績は正直だった。

 幾久は入学時は鷹だった。

 やっとそれに気づいた。

 気づいたから、次こそ鳳に入れる。

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