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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【2】なぜかいちゃもんつけられる【一陽来復】
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お節介な先輩達

途中、和菓子屋に寄ってこの季節限定だといういちご大福を受け取り、五人は寮までの道を歩いていた。

吉田は歩きながら、あそこの店のなにが美味しくて、とかあそこの裏道にはなにがあって、とか色々説明している。

山縣は器用にもゲームをしながら歩いているし、高杉と久坂はなにか話をしているらしい。

「どうしたの?いっくん」

「え?」

「なんかうわの空っぽいねー」

「……スミマセン」

実際にうわの空だったのでそう断ると吉田が首を傾げる。

「なんか気になることでもあった?」

「気になる、ほどでもないっす」

本当はちょっとだけ気になっている。朝、伊藤と話していた時に絡んできたあのクラスメイトの事だ。


『摺り寄りとか。東京もんはさすがだな』


確かにあのクラスメイトはそう言った。

しかし、擦り寄り、とは一体どういう意味だろうか。

ちら、と吉田を見る。

(……鳳に擦り寄り、ってことなのかな)

確かに、自分ではよく判らないが、報国院の生徒にとって『鳳』というのはなにか特別らしい、というのはこの数日でもよく判った。

本来なら自分のような『鳩』では入れない御門寮に所属しているのを快く思わない、児玉のような人がいるのかもしれない。

そういえばあのクラスメイトは恭王寮だったような気がする。


(なんかオレ、恭王寮って鬼門なんかな)


正直言うと、幾久は恭王寮の人がかなり羨ましい。

というのも、三年生の桂雪充が先輩というのがいいな、と思ったからだ。

桂雪充は、三年の鳳クラスで、高杉や久坂の幼馴染だ。

この前まで御門寮に所属していたが、その手腕を買われて恭王寮の責任者に抜擢されたのだという。

花見の時に一緒に話したが、確かにこの人なら、という雰囲気があった。

穏やかで優しく、体格もいいしイケメンで、余裕がある。

私服なら社会人に間違われてもそうだろうな、と思うだろう。

態度は不遜でも、高杉も久坂も、桂には一目置いているのが傍から見ても判る。

恭王寮の弥太郎に話を聞くが、寮の中でもきちんと指示してくれたり、いろんな事をまとめたり、血気盛んな年代でも喧嘩もおこらずに上手くやれているのだという。

「でもいっくんが雪ちゃんにそこまで懐くとはねー。まあ雪ちゃんモテるからねえ」

「イケメンっすよね」

「それもあるけど」

吉田が笑う。

「雪ちゃん基本、穏やかで怒んないからなあ。怒るまで時間かかるし」

「怒らないんですか?」

幾久が驚いて言うと、吉田が頷く。

「怒らない、怒らない。あそこねーちゃんが居るんだけど、すっげえ美人でめっちゃコエーの。雪ちゃん、姉ちゃんに怒鳴られまくりで育ったからさ、修羅場慣れしてるし、ちょっとやそっとじゃ動じないよ」

桂の姉、と聞いて、ああたしかにあの桂の姉なら美人だろうなあ、と想像する。

「でもさ、本気で恭王寮がいいなら、中期は希望出したら?いっくんが転校するなら別にいいかもだけどさ」

「はぁ、そうっすね」

実は幾久は、前期、つまり一学期でこの学校を辞めるつもりだ。

元々、居た私立でなくても東京の学校が良かったが、時期が悪く受験できてまともなレベルの学校がここしか残っていなかったのだ。

父の母校と言うこともあり、前期だけでもこの学校に通わないか、と父に言われ、じゃあ、と納得した。

幾久は東京の大学に進学するつもりだ。

その為には育った東京に戻って別の高校に転校して、予備校に通うほうが絶対に効率がいい。

所属していた中等部で問題をおこして逃げるようにこの学校に来たけど、今でも時々早まったな、と思う。

いくらレベルが高いといっても所詮は地方だし、そこで持ち上げられても全国レベルじゃお話にならないだろう。

「鳳に入れもしねー奴が気取って東京に戻るとか」

ぼそっと呟いたのは山縣だ。

ゲームをしていたはずなのにしっかりと聞いていたらしい。

「ガタ。幾久は元々東京もんじゃろうが」

高杉が諌めると山縣はふんと鼻を鳴らす。

「鳳で言うなら納得だけど、鳩ならどこ行っても一緒だろ」

「幾久は今回入試が遅かったから鳩なんじゃ。普通になら鷹に入れたレベルじゃぞ」

「高杉、甘やかしすぎ。一年にあめーのな。去年はんなことなかったのに」

むすっとして山縣がゲームから顔を上げて言う。

だが、めずらしく高杉が反論しない。

ごもっとも、という顔で、久坂も少しなにか考えているような顔だ。

(あれ?じゃ、オレ、甘やかされてんの?)

「だいたいさ、気付けよ一年。なんで俺らがわざわざお迎えなんか行ってんの?お前もう道覚えてんだろ?」

確かに道はとっくに覚えている。

吉田が以前言ったように、確かに道は基本一本で、迷うほどのこともない。

でもお迎えに来ると言ったのは二年生達のほうで、幾久はそれを断る理由もないから頷いていただけだ。

つまり、勝手にお迎えに来たのは先輩達のほうなので、幾久には何の非もない。

なのにそこまで言われる筋合いはないはずだが。

山縣はいちゃもんをつけるのが得意なので、幾久もむっとして言い返す。

「別にオレがお迎えしてほしいとか言ったわけじゃないんですけど」

「はっ、だからおめーは甘ちゃん坊ちゃんなんだよ。なんでわざわざお前のクラスまで、先輩様の鳳様の高杉様が乗り込んでんだよ。お前がしょっぱなから変ないちゃもんとか変な奴に絡まれねーよーに威嚇しにいってんだろ。判れよバーカ」

「えっ」

益々理解できずに驚いていると、山縣が続ける。

「あのな。おめーはさっさと辞めるからそんなんどーでもいいとか思ってんだろ?馬鹿じゃねーの。御門に入ってるってだけでなんかいろいろ詮索されんの!今日わざっわざ高杉がお前を迎えに行ったのは、他の連中への威嚇なんだよ」

「ガタ」

高杉がたしなめるが、山縣は続ける。

「いいや!限界だ言うね!俺はこいつがディ・モールトむかつくんだよ!高杉が気をつかってんのにまるっきりあったりまえの顔しやがって。どうせ辞めるっつうならとっとと辞めろよ。そしたら御門に入りてーって奴が入れんだろ。迷惑なんだよ」

「ガタ!」

「なんだよ。高杉だけじゃなく久坂だってなんかおかしいだろ。一年なんか入れたくない、後輩なんかいらねえし面倒だ、断れって言ってたじゃねーか」


驚いて久坂を見ると、久坂がふっと顔を逸らす。

あれ?と幾久は思う。

あんなに歓迎ムードだったのに、本当はそうじゃなかったって事?


「……確かに最初はそうだったけど、いっくんいい子だし」

久坂が言うが、その言い方にはいつものようなキレがない。

「一年入れるって決まったとき、久坂、こいつがどんな奴か知らんかったじゃねーかよ。誤魔化すな」

珍しく山縣の独壇場だ。

高杉も久坂も、困ったような顔になっている。

「まあまあ、そんなキリキリしなくったっていいじゃん。ガタは本当に高杉が好きだなあ」

誤魔化すように吉田が山縣の肩を叩くが、山縣はむっとして吉田をじろりと睨む。

「お前だってなにこいつの事かまってんの。高杉や久坂に気を使ってんの見えてんだよ。なに考えてんのかしんねーけど、お前ら間違ってんじゃねーの」

言うと吉田の手から、ばっといちご大福の入った袋を取り上げる。

「俺、先に帰るわ」

そういうが早いか、山縣はダッシュで走って行った。



残された幾久達は呆然とするしかない。

高杉、久坂、吉田の三人は困った雰囲気になっているし、そんな雰囲気では幾久だって困る。

「……確かに山縣の言うとおり、僕らやりすぎだったかも」

ぼそりと久坂が言う。はぁ、と高杉が肩を落す。

「よかれと思ってやったんじゃけどの」

「あの、良かれ、って?ガタ先輩の言ってることが正しいって事、っすか?」

ちょっと混乱している幾久が言うと、吉田が苦笑して幾久に言った。

「うーん、ガタのいう事も正しいんだよね。御門ってなんていうか、悪目立ちする寮だし。一年生だったら詳しいことなにも知らないだろ?よその寮の上級生が、自分の所の一年使って情報とろうとかすることもけっこうあるんだよ」

「情報?」

首をかしげる幾久に吉田が言う。

「うん。学校じゃけっこういい子だけど寮じゃアレ、とか、盗み癖があるとか、変な趣味してるとか。あと、持っている服がどうとか、家庭環境とか、そういうの」

「そんなん聞いてどうするんすか」

「いっくんみたいな考えならいいんだけどさ。なんていうか、鳳は足引っ張って落そうとするやつとか、上に居る奴はなんでも落した言っていう暗い奴もいるんだよ。あと、御門だけ家庭教師つけてんじゃないのとかも言われてるし」

「家庭教師?」

そんな話は聞いた事がない、と幾久が言うと吉田が笑う。


「うん、そんなもんつけられたことないし。たださ、ウチの学校ってけっこう特殊なんだよ。その中でも御門は鳳がぶっこまれる事が多いし、所属人数も少ないだろ?都市伝説的な噂もあったりするんよ。おれらも一年の時は相当色々聞かれたしなあ」

「そうなんすか」

「いっくんの場合は、元々御門に誰も入らないっていうことなのにいきなり追加でしょ。それに転校生で鳩だし、おまけに一人だけならそりゃ聞かれるだろうと思ってさ。ほら、いっくんあんまりそういうの聞かれて上手に誤魔化せるタイプじゃないじゃん」

驚いたのは、たった数日にしかならないというのに、そこまで見て考えてくれていたのか、という事だ。

「でも、オレ、子供じゃないっすよ?」

そこまでしなくても、と山縣が言う理由がちょっと判る。

「うん。だからさ、こっちが勝手に気を使ってただけ。トシが居るなら、そういうのもないだろうって思ってたけど、念のためにね」

そこで幾久は引っかかった。え?なんでそこでトシが出てくるんだ?そう思った。

「ひょっとして、トシに頼んでくれたの、先輩っすか?」

カマかけだった。入学式の日に話しかけてきたのはトシのほうだったが、ひょっとしてあれは頼まれたからだったのだろうか。

吉田はあっさりと引っかかった。

「え?トシに聞いたの?おれじゃないよ、高杉。高杉はトシと習い事が一緒だったからさ」

そういう事か、と納得した。じゃあ、多分、弥太郎も雪充に頼まれでもしたのだろう。

仲良くなれたと思っていたのに、実際はそうでなく、二人とも先輩に頼まれただけだったのか。

「別にそこまで、気を使う必要はないっすよ。どうせ辞めるんだし」

無性にむかついたのは、多分自分が情けないからだ。

どうして勝手にそんな事を、と怒鳴るのは容易いけれど、結局それだけ自分が不安定に見えたのだろう。

多分、誰も悪くない。

高杉はやりすぎとはいえ気を使ってくれたのだろうし、この先輩たちも皆自分なりに気を使ったのだろう。

だけど、なんていうか、なんていうか。


「……むかつく」


やっぱりこの人たちは、どうしようもなく引っかかる。

幾久を子ども扱いしているのか、先輩風吹かしたいだけなのか。

友人くらい必要なら作れるし、作れないのだとしたら自分の責任だろう。

もう高校生なのに、まるで小学生みたいな扱いだ。

いくら気を使ってくれているといっても、これは本当に、ただの。


「お節介です。ぶっちゃけ。マジ、むかつくんすけど」

「うん、そうだろうね。ごめんいっくん」

吉田が素直に謝る。

そんなところも余計にむかついた。

幾久は黙って走り出した。

どうせならさっき、山縣と一緒に走って逃げればよかった。

山縣は幾久を嫌いだけど、幾久の嫌な考えは持っていないからだ。

幾久は後ろを振り返らず、一目散に寮へ向かった。


走って行った幾久を追いかけようとした高杉の腕を久坂が引っ張った。

「離せ瑞祥!」

「大丈夫だって。どうせ寮に戻るよ。他にどこも知らないんだし、いっくんそういう所は真面目だし」

久坂の冷静な判断に吉田も苦笑する。

「だね。確かにいっくんなら寮に戻るだろうし。山縣先に帰ってるから、門も玄関も開いてるだろうし」

幾久はまだ寮の鍵を貰っていない。

一緒に帰っていたのはそのせいもあったのだが、こんな状態なら先に鍵を作ったほうが良かったかもしれない。

「どうする?鍵、作って渡したほうがいいよね」

この様子じゃ明日からは迎えに行ったりしないほうがいいだろう。

「ええ。わしの鍵があるけ、それを幾久にやる。わしはどうせ瑞祥と一緒じゃし」

「そか、そだね。じゃあ帰ったら鍵あげたらいっか。ハルの鍵はまた作ればいいし」

三人はぽてぽて歩きながらため息をつく。

「あー、失敗したなあ。なんかいっくん、こじれてるっぽいし」

吉田が言うと、久坂が言う。

「だから余計なお節介はほどほどにって言ったんだよ。ハルはやりすぎ感があるよねいつも」

「うるさい。じゃあ他にどねせえっちゅうんじゃ」

確かに寮の全員がぞろぞろついて行ったのは失敗だったかもしれない。

だけど最初は高杉一人の予定だったのだ。

高杉が、幾久の教室が見たいと言うので迎えに行くと言い出した、じゃあ久坂も、とついて行き、あの二人だけじゃ心配だと吉田が慌てて後を追い、高杉が行くところなら勝手についてくる山縣が更に来て、結局御門寮の全員でお迎えとなってしまった。

威嚇なら高杉一人、または久坂一人でも充分すぎるほど充分だったのに、あれでは逆に悪目立ちだ。

「他の奴ら、断っといて正解だったな」

ぼそっと吉田が言う。実は花見の時に集まった面々が『え?一年の教室?いっくん?行く行く!』とか盛り上がったのを断ったのだ。

東京から来たというのもあるだろうし、なによりあの『乃木さん』の子孫というので興味深々だ。

幾久は知らないっぽいが、実は乃木さんの遠い親戚だという子孫もいるのでいつか会わせようと思っていたくらいなのに。

「盛り上がってるのはこっちだけ、ってことか」

この界隈では『乃木希典』は特別な意味を持っている。昔からどんな人か聞かされているというのもあるし、年寄りが尊敬しているせいもある。

実はじりじりと『乃木さんのご子孫とはいかなるお方か会わせろ』という年寄りの要望もある。

あんまり騒ぐと東京に戻られてしまうぞと脅して今は静かにしているようだが。

「うまくやって欲しかっただけなのになあ」

「それもちゃんと判ってんじゃないの?逆にうまくやってたから、高杉の差し金がショックだったっぽいじゃない」

「なんじゃそれ」

高杉が言うと、久坂が驚く。

「え?だってハルがトシにいっくんの事頼んだんじゃないの?そんな会話だったじゃん」

「頼みはしたが、ちょっと観察しといてくれと言った程度で友達になってやってくれなんて一言も言っちょらんぞ。ガキじゃあるまいし」

「え?なにそれ。じゃあ絶対にいっくん誤解してんじゃん!あの流れじゃ、ハルがトシに頼んだって信じてるよ!つかおれもそうだと思ってたじゃん!」

慌てる吉田に高杉が言う。

「それでも頼んだことには違いない。わしがお節介したせいじゃ」

「ハルはその最後の一言がないせいでいつも台無しになるよねー」

「うるさい瑞祥」

「いや、そこは瑞祥が正しい。ハルはもうちょっと最後まできちんと説明するべき」

うんうんと吉田が頷き、久坂も頷く。

「だってさ、多分友人ができて嬉しかったんじゃない?いっくん。トシともヤッタともうまくやってたじゃん。あの二人ならいっくんとも仲良くやれるしさ。あの二人はコミュニケーション能力抜群じゃん」

「そうそう、ちゃんと謝ったほうがいいよ。でないとトシだって可哀想じゃん。多分トシ、いっくんの事気にいってると思うよ。ああいうタイプ好きじゃん」

「……」

吉田と久坂に言われ、高杉は黙って先を歩く。

黙々と先を歩く高杉に、吉田と久坂は目を合わせて、互いに肩をすくめた。

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