拾われ王子は役に立つ
後期は鳳クラス決定となり、寮も御門寮のまま、おまけにこの中期の間に児玉も御堀も御門寮にやってきて、幾久はご機嫌だ。
前期の入学時にはたった一人の一年生で、先輩達に引っ掻き回されてばかりだったが、二年と同じく三人も一年が居ると心強い。
しかも、御堀は首席だし、児玉は三年の首席の雪充に跡継ぎとして期待された人材で、つまり有能な人材ばかりだ。
以前御堀が御門寮に泊まりに来たとき、好きな俳優に似ていると寮母の麗子さんは浮かれていて、実際に御堀が所属するとにこにこご機嫌だ。
やっぱり女性はいくつになっても、イケメンが好きらしい。
(麗子さんの気持ちもわかるけどな)
幾久は御堀を見て思う。
周りからやたら面食いだといわれる幾久だが、実際、イケメンや美女をキライな人なんかいないと思う。
整った顔は見ているだけで気分がいいし、なんだかお得な気もしてくる。
エプロンをつけて夕食の手伝いをしている御堀を見て幾久は思う。
じっと見つめている幾久の視線に気づいた御堀が、「何?」と尋ねてきた。
「いやー、イケメンだなって」
幾久が言うと、御堀はにっこり微笑んで「ありがとう」と返す。
今日の夕食はギョーザだ。
作っていた麗子さんに、御堀が声をかけ、エプロンをかけて参加しているのだが、その立ち姿が実にかっこいい。
幾久もギョーザ作りに参加したいのだが、いかんせん、上手に作れないことが判明し、大人しく別の仕事をすることにした。
お皿を片付けたり、テーブルを拭いたりすると、することがなくなってしまって、かといって手伝っている御堀をほったらかすのも気分が良くない。
児玉はボクシングジムに行っているので帰りは遅いし、栄人はバイトだ。
久坂と高杉が手伝うはずもないし、山縣は勉強中。
となると、手伝うのは幾久と御堀の二人だけしかいない。
「あらあ、誉くん、とっても上手!」
そういって麗子さんが誉を褒める。
「ありがとうございます」
ホーローのバットの上に、御堀がギョーザを並べていくが、実際プロが作ったように綺麗に作ってある。
「マジでうまいじゃん。なんで?」
具の量がいまいちつかめず、皮を上手に重ねるのも苦手な幾久に比べ、御堀の作ったギョーザはどれも均一で美しくすらある。
「なんでって」
苦笑しながらギョーザを作っているが、幾久はその手元を覗き込んだ。
竹へらを持ち、皮の中に具を均一に入れ、包んで上手にフリル状にしていく。
手際は見事で、素人と思えない。
「ほんとなんで上手なの。誉ん家、実はギョーザも作ってるの?」
「作ってないよ」
「うーん、その手際は素人じゃない。プロの犯行」
「犯行って、穏やかじゃないなあ」
苦笑する御堀だが、手は次々にギョーザを作っていって、そのすばやさに麗子も感嘆の声を上げた。
「本当にすばやくて上手!こんなに誉くんが上手なら、今度からギョーザは作り置きしとこうかしら」
「いいですよ。いつでもお手伝いします」
いいながら手元は狂いなく、丁寧にギョーザを作り上げていく。
本当に上手だ、と幾久は感心して手元を見る。
「本当に凄い」
御堀は幾久にぽつりと言った。
「……僕、本当は和菓子職人になりたかったんだ」
「えっ」
驚く幾久に、御堀は続けて言った。
「でも親に反対されてさ」
「なんで。誉ん家って、和菓子屋さんじゃないの?」
和菓子屋の跡取りが和菓子職人になるなんて、それってすばらしいんじゃないのだろうか。
幾久は思うが、御堀は首を横に振った。
「僕は跡取りだろ?和菓子を作るのが仕事じゃないって言われてね」
「?跡取りなら、和菓子を作るほうが仕事じゃないの?」
「経営するのがお前の仕事、だってさ」
苦笑する御堀に、幾久は眉をひそめた。
幾久だって子供じゃない。
御堀がそう言えば、理由がわかる。
御堀の家は、代々続く大きな和菓子屋で、それこそ地元のプロサッカーリーグのスポンサーになっているほどだ。
つまり、和菓子だけ売って作って、はいどうぞ、というわけにはいかない。
「だから、経済研究部に?」
「そうだね。いずれ勉強しないといけないなら、早くからしとこうかって思ってさ」
でも、と幾久は思う。
ギョーザとはいえ、こんなに上手に作れるのなら、ひょっとして御堀は和菓子を作るためになにかやってきたのではないのだろうか。
(和菓子屋の子が、和菓子職人になりたいのに、なれないって)
そんなの、拷問みたいじゃないか。
チャンスも環境も目の前にあるのに、自分だけはそれを許されないなんて。
幾久は御堀に尋ねた。
「じゃあさ、なんか和菓子とか作れるんだ?ういろうは?」
「外郎って体は保てるけどっていうくらいのものしか無理だよ。うちの職人さんみたいにはいかないよ」
「だろうなあ。あれ凄くおいしいもんね」
「羊羹とか、練りきりとか、そのくらいなら作れるけど素人レベルだよ」
「今度作ってよ。誉の作った和菓子食べたい!」
幾久の言葉に御堀はふっと微笑んで頷いた。
「いいよ。作ってあげる」
「やったー!」
喜ぶ幾久に、麗子は目を細め、静かに微笑んだ。
夕食は大量のギョーザで、その殆どを御堀が包んだと聞いて皆驚いていた。
「スゲーんすよ誉は!なんでもできる!」
自慢する幾久に久坂が尋ねた。
「いっくんはなにやったの?」
「テーブル拭きました」
「幼稚園児のお手伝いレベルじゃの」
そうからかう高杉に幾久は言い返した。
「なにもしない瑞祥先輩とハル先輩はそれ以下じゃないっすか」
「僕らは忙しいの」
つーんとする久坂に高杉も、そうじゃのう、と言う。
「桜柳祭も終わって、試験も終わったのに、まだなにかあるんスか?」
幾久が尋ねると高杉がうなづいた。
「そうじゃ。今週末には最後の学校見学会があるけえの」
「学校見学会?」
はて、と幾久が首をかしげると児玉が言った。
「もうすぐ受験だろ?報国院を受験希望する生徒や親に、報国院の中を見てもらったりするんだ」
そういえばそんな話を聞いた。
「誉は来たって言ってたよね」
幾久が尋ねると御堀は頷く。
「そう、去年、この最後の学校見学会に参加して、すぐ報国院にするって決心したんだ」
児玉が言う。
「俺は夏休みにあったやつ。その時、雪ちゃん先輩に案内してもらって決めたんだ」
「夏休みもあったの?」
驚く幾久に「あったよ」「あったぞ」と久坂と高杉が言う。
「お前が北九州に遊びに行っちょる間に、ワシらは後輩になるかもしれん連中を案内しちょった」
「へー、忙しかったんスね」
そこまで気にしていなかったが、やはり久坂も高杉も鳳だ。
(鳳って、ホント忙しいんだな)
こんなにあれこれ学校の雑用を押し付けられてるのに、成績はトップクラスって、なんか凄い大変なんじゃなかろうか。
幾久は鳳クラスに受かって喜んでいたが、これはけっこう面倒なのかもしれないな、と思う。
「なんか大変そうですね」
そう言う幾久に、高杉が呆れた。
「なに他人事みたいに言っちょるんじゃ。お前もやるんじゃぞ」
「へ?オレが?なんで?」
「来期から鳳だろ?だったら手伝わされるよ」
久坂が言うと、幾久は文句を言った。
「えー、面倒くさい!」
幾久の文句に児玉が笑う。
「そんな面倒でもねえって。どうせ学校の中案内して、話して、くらいだし。俺も雪ちゃん先輩のときにそうだったし」
大好きな雪充の話題になって、幾久は児玉をうらやましいと思った。
「いーなあ、タマ。オレも学校見学会に来て、雪ちゃん先輩に案内されたかった」
ふっと笑って久坂が言った。
「雪ちゃん先輩が案内したとは限らないよ。僕だったかもしれないし」
「え、それヤダ」
幾久が言うと久坂が笑顔のまま不機嫌になった。
「いっくん、生意気」
「素直なんす」
「おまえらヤメロ。面倒くさい奴らじゃのう」
高杉が間にわって入った。
「とにかく、今週末の休みはないもんと思え。幾久だけじゃのうて、児玉も鳳じゃ、係りになるじゃろうし」
児玉が高杉に尋ねた。
「これって、鳳全員なんですか?」
「いや、鷹からも何人かは出るはずじゃ」
幾久のように現鷹で次が鳳、または現鳳で、次が鷹の場合も、駆り出されたりするらしい。
勿論、次が鷹、という連中もだ。
「ってことは、ヤッタもか」
幾久が言う。
前期で同じ鳩クラスだった、桂弥太郎はなんと成績をぐんぐん上げて、今回、後期に鷹クラスに入り込んできた。
「そうじゃろうの。アイツは恭王寮の提督候補でもあるわけじゃし、今回は参加させられるじゃろう」
「そっかー、ヤッタもいるならちょっといいかな」
今回、鳳に入れなかったらどうしようと幾久は思っていたのだが、弥太郎の快進撃には驚いたし、もし鷹だったとしても弥太郎がいたら、ちょっと安心だったかもしれない。
「トシは?あいつは鳩のままっすけど、いろいろ雑用まかされてますよね」
児玉が尋ねると高杉は頷く。
「ああ。鳩じゃが、報国寮の雑用を引き受けちょるし、こういう場合、祭示部はよく使われるんじゃ」
祭示部は、神社が母体である報国院において、神社のお祭りの手伝いをする部活だ。
夏にある大きな祭りの手伝いだけかとおもいきや、神社には雑用が多く、あれこれ駆り出されることが多いのだという。
「じゃあみんな居るのか。だったらいっか」
休みが潰されるのは嫌だけど、自分だけじゃないならちょっと気分が楽だ。
「どんな事をするんスか?」
幾久が尋ねると、高杉が答えた。
「案内するほうは、雑用じゃの。親も一緒に来るから、プリント渡したり、質問に答えたり。あとは見学に来た入学希望の中学生の案内じゃ。一人につき、一人がつく。学校を案内したり、自分の入っちょる部活の説明をしたりの」
「オレ、上手に出来るのかな」
幾久が言うと高杉が「心配ない」と言う。
「どうせたいした質問は来ん。中坊の質問なんぞ、先生は怖いですか、とかそのレベルじゃ。あとはそうじゃのう、ちょっとこまっしゃくれたヤツじゃったら、鳳に入るつもりなのでよろしくと言ってくるくらいじゃ」
「すげえ自信家」
幾久が言うと、高杉がにやっと笑って言った。
「それが瀧川じゃ」
「タッキーか。なら判るなあ」
実際瀧川は、成績で言うなら上から三番目なので、有言実行には違いない。