Spending all my money
御堀の部屋のリフォームは無事終わったのだが、まだ家具が届いていないとあって、御堀はずっと幾久や児玉と同じく、居間で過ごしていた。
授業も終わり、一緒に御門寮に帰ってきてのんびりおやつを食べていると、幾久は御堀に尋ねた。
「誉さ、なんで自分の部屋に行かないの?」
御堀は言う。
「だって家具、まだなにもないから」
「そっか」
確かに部屋だけ綺麗にしてもなあ、と幾久は思う。
「じゃあ、どうせなにもないなら、掃除でもしたらどうだ?」
児玉の質問に御堀は答えた。
「もう済ましてあるよ」
「え?いつの間に!」
御堀が御門寮に来てからというもの、常に御堀とは一緒で、掃除をしている様子はなかったのに。
「栄人先輩を雇ったんだ」
御堀が言うと児玉も幾久も驚く。
「え?先輩に?!」
「うわ、またお金の力?」
「うんそう。栄人先輩も是非って言ってたし。僕としてはハウスキーパーに頼んでも良かったけど」
「やめてよもう、そんな無駄遣いしないで」
引く幾久だが、御堀は肩をすくめた。
「でもどうせ経費だし」
「お前、なんかそういうヤツだったのな」
児玉も御堀に呆れるが、御堀は言った。
「今回は特別だよ。折角リフォームしたんだから、最初に手を入れておくとね、あとが楽なんだ。プロは違うよ」
「確かに、栄人先輩のお掃除スキルはプロ並みだもんな」
いろんなバイトを経験している栄人は、いろんなスキルを習得している。
お掃除、片付けのアドバイザーの資格がどうとかも言っていた。
「誉の部屋ってもう入れるの?オレまだ全然見てないや」
「そういやそうだな」
幾久と児玉が顔を見合わせると、御堀が答えた。
「ワックスがけしてもらってたから乾くまで入らなかったんだ。でももういいよ。それに」
御堀が答えていると、玄関からベルが鳴った。
「丁度来たかも」
御堀が立ち上がり、玄関に向かったので児玉も幾久もついていった。
どやどやと入ってきたのは、作業服のお兄さん達だった。
「どうもー、御門寮、御堀さん宛てに家具おとどけにあがりましたー」
「お世話になります」
御堀がぺこりと頭を下げ、お兄さんを案内する。
「ではこちらにお願いします」
「はいよ」
作業服のお兄さんたちは御堀に案内され、部屋の場所を確認するとあっという間にマットをあちこちに敷き、どんどん家具を運び始めた。
最初はベッド、はわかるのだが。
「……なあ、幾久」
「なに?」
「なんかあのベッド、でかくねえか」
「でかい気がする」
御堀は一人部屋、はわかるのだが、あの大きさはどう見てもシングルベッドではない。
「―――――いいベッドだからそう見えるのかな」
「そうかもしれない」
ベッドの次は、ソファー、テーブル、と次々に家具が運ばれていく。
本当に、本気の引越しそのものだ。
「一体、何をどんだけ買ったんだ?」
児玉に幾久は首を横に振る。
「わかんない。もうまったく誉がわかんない」
どんどん運び込まれていく家具に、一体どうなるんだと児玉と幾久はその様子を見守っていた。
一時間しないうちに、家具は全て運び込まれた。
部屋の中で組み立てている音などが聞こえたが、それもすぐに終わった。
「では、ありがとうございました」
「お世話になりました」
そういって家具屋さんたちはどやどやと出ていった。
おそるおそる覗く児玉と幾久に、御堀は扉を開けて声をかけた。
「家具揃ったから、見る?」
「みる!」
幾久と児玉は、好奇心満々で御堀の部屋に足を踏みいれて―――――絶句した。
「なんだこの部屋は」
幾久の知っている、御門寮の空いている和室ではない。
どう見ても雑誌に出てくるようなお洒落な部屋だ。
「フローリング?」
畳が敷いてあったはずなのに、Vの字を重ねたような組木の床に変わっている。
「ヘリンボーンだよ。床暖房も設置してあるからあったかいよ」
「うわ、マジで?!」
明るい茶色の床は無垢で足が気持ちがいい。
「壁もすげえな」
「そっちは壁紙を貼ってもらったんだ。明るいだろ」
壁紙の色は朱色の部分とアイボリーの部分にわかれ、ところどころの柱は黒だ。
「こんな柱あったっけ?」
首を傾げる幾久に御堀が答えた。
「それはフェイクの柱。叩いてごらんよ、音が違うから」
言われたとおり、こんと叩くと木ではなく、違う音がするし手触りももっと柔らかい。
「壁が赤いって、店みたいだな」
「弁柄色っていうんだ」
「目がちかちかしそう」
全部ではないが、一部分だけでも壁が朱いと相当派手だ。
そして床に強いてあるのは鮮やかな緑のカーペット。
「芝生みたい」
幾久が言うと御堀も笑った。
「そう、そう思ってさ、つい買っちゃった」
他にもモダンでスタイリッシュなラインの入った肘掛のソファーに、揃いのテーブル、本棚。
そしてひときわ驚くのが。
「ベッドでかくねえ?」
児玉の言葉に御堀は「そう?」と首をかしげた。
「セミダブルだよ?」
「なんで?」
幾久の問いに御堀が答えた。
「幾と一緒に寝ようと思って」
「だったらダブルにしろよ。これで二人は狭いじゃん」
ベッドに座る幾久は、ぼよん、と手でマットを押さえた。
「うわー、このベッド、めちゃめちゃいい!」
喜ぶ幾久に、児玉はため息をついて頭を抱えた。
「誉……お前、まさか本気じゃないよな?」
「うーん、本気ならダブル買ってるかなあ」
にこにこと人の悪い笑みを浮かべる御堀に、児玉は、俺、こいつとうまくやっていけるのかな、と不安になった。
「冗談だよ。ゆっくり手を伸ばして寝たいし、部屋も思った上に広かったからね」
「それならいいけど」
久坂といい御堀といい、どうしてこんなギリギリの冗談が好きなのが御門寮に入るんだろ、と児玉は肩を落とす。
「タマ!タマも折角だから寝てみろよ!ベッドの感触久しぶり!っていうか絶対にこれいいベッドだって!」
「……おお」
確かに、御門寮に来てからはずっと布団生活だったし、恭王寮はマットレスだったので児玉も寝転ぶ。
「……いいな」
「だろ?いいなーベッド、オレもやっぱ部屋貰おうかなー」
セミダブルにねっころがる二人の隣に、御堀が腰を下ろした。
「幾って、家はベッド?」
「うんそう。でも全然こんなんじゃないよ。これほんと気持ちいい!ふっかふか!寝たい!」
「確かにこれは、気持ちいいかも」
児玉も頷き、仰向けのままベッドの感触を楽しんでいる。
「ホテルで使われてるマットを一般向けに開発しなおした奴だから、これがいいっておすすめされてね」
「いつ家具屋さんに行ったの?」
幾久が尋ねると御堀は「行ってないよ」と首を横に振る。
「え?じゃあネットで全部買ったのか?」
驚く児玉に御堀は言った。
「ホーム部で詳しい人がいるよ」
ホーム部とは、ホームエレクトロニクス部の略で、要するに家庭部だ。
「なんでホーム部で家具がわかるんだ?」
児玉の問いに御堀が説明した。
「ホーム部って、家に関することも研究しているから、家電のシステムや使い方とか、正しい家具の使い方とかも詳しいんだよ。ベッドの使い方もね」
「ベッドの使い方なんてあるの?」
幾久が驚くと、御堀が頷いた。
「ホテルなんかじゃそうするらしいけど、スプリングがゆがむから時々上下、裏表を入れ替えてひっくり返したりすると長持ちするんだって」
「へー!」
「それに、安いベッドを買うと、スプリングがすぐに痛むとか、入れ替えできないとかあって、高くても保障があると、何年かの間は壊れても新品に換えるサービスもあったりするんだって」
「そういうことも調べんのかホーム部」
児玉が感心する。
「桜柳祭のとき、衣装作ったり差し入れしたり、そういう部なのかと思っていた」
地球部の公演で必要な衣装や小物なんかはホーム部が用意してくれ、どうしても桜柳祭の準備で遅くなる生徒にはおにぎりやお茶を配り歩いていた。
「家に関する事はなんでも研究してるからね」
「それでベッドを頼んだのか」
児玉が言うと御堀が頷く。
「そう。多分、僕も報国院で桜柳会に入って、とか考えるとどうしてもハードになるからさ。だったらいいベッド買って、体に負担がかからないようにするのもいいって勧められて」
「プロみたいだな、誉」
「できることはなんでもやっておかないとさ、出来なかったときに余計な後悔しそうで」
「ストイックすぎだろ」
児玉が呆れるも、まあ、そこは判らないでもないな、と同意する。
「俺も、もし試合とかでいい結果出せなかったら、絶対なにが駄目かって考えるもんな」
「気休めみたいなもんだよ。それに、せっかく家から出てるから、一度は思い切り自由にやってみたくてさ」
幾久が尋ねた。
「誉の部屋って、こんなんじゃないんだ」
和風モダンといった雰囲気で、かっこいい部屋になっているが、御堀は首を横に振った。
「全然違うよ。なんなら遊びに来る?」
「行ってみたい!できたてのういろう食べたいし!」
「幾久はまたそれかよ」
児玉が呆れるが、「いいじゃん」と幾久は言い返す。
「だってさ、できたての外郎なんて誉がいないと絶対に食べられないよ?」
「うーん、割と本店に早く行けば手に入るけど」
「そうじゃない、できたてほやほやの生まれたての外郎が食べたい」
児玉が呆れた。
「本当に幾久って外郎しかねえのな」
「サッカーもある」
幾久が言い返すが、あまり説得力はなかった。
「おい、一年どもはどうした?」
やけに寮が静かだと思ったら、帰ってきているはずの一年生の姿が見えない。
靴は玄関にあったから、出かけているということもなさそうだが。
高杉の問いに久坂が「さあ?」と首を傾げる。
「御堀君の部屋にでも行ってるんじゃない?」
そういえばそうかもな、と高杉は御堀の部屋へ向かった。
軽くノックしたものの返事がなく、高杉は「開けるぞ」と部屋を開けて驚いた。
部屋のリフォームも確認していたし家具も入ることは聞いていたのでそれはいいのだが。
「あーあ、なにしてんの」
久坂が後ろから覗き込んで苦笑した。
一年生の三人、御堀、幾久、児玉は、多分今日届いたばかりだろうセミダブルのベッドに、仲良く並んで熟睡していた。
「いくらセミダブルでも、三人は狭いのにね」
笑う久坂に高杉も苦笑した。
「ほんと、なにやっちょるんじゃろうの」
児玉はスマホにイヤホンを繋げている、ということは、多分いつものように、ねっころがってグラスエッジでも聞いているうちに寝てしまい、幾久もそのままつられ、御堀もつい、といったところだろう。
「どうする?起こす?」
「そうじゃのう。じゃがその前に、撮っちょこう」
そういって高杉がスマホで仲良く眠る三人を撮影した。
「山縣じゃないけど、ほんと拾ってきた猫みたい」
狭いところにひしめきあって眠っているところなんかそっくりだ。
「猫の手よりは、役に立ってくれればええがの。さて、そろそろ起きろお前ら。夜に眠れんことなるぞ」
高杉の声に、一年生三人が、ううん、といいながら寝返りを打ち、起き上がった。
「あれー?ハル先輩、お帰りなさい」
寝ぼけて起き上がったのは幾久だ。
「お前ら起きろ。ったく、そこに寝るならせめてダブルかクイーンでも買えばよかったのに」
高杉が言うと、幾久がほんとっす、と頷いた。
「ベッド、いいっすよね。オレもベッドにしようかな」
だが久坂が笑って言った。
「無駄無駄。どうせみんな一緒に寝るから。猫みたいに」
高杉がとうとう、噴出した。
しかし―――――実際、そのとおりになって、結局週末やその日の雰囲気で、御堀は幾久、児玉と並んで布団で眠ることが多くなって、ベッドはもっぱら一年生の昼寝用に使われたのだった。
Spending all my money・終わり