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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【2】なぜかいちゃもんつけられる【一陽来復】
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鳩の巣

「いっくん、おはよう!」


 校門という名前ではあっても、ただの神社の鳥居前で幾久は声をかけられた。

 幾久に声をかけてきたのは、同じクラスの桂弥太郎だ。

 初めて会ったと思った日に、この前はゴメン、と謝られ、一瞬何のことか判らなかったがすぐに思い出した。


 弥太郎は入寮式の日、幾久に声をかけてきた恭王寮の子で、幾久と同じ鳩クラスだった。

 おまけに入学式で仲良くなった伊藤の友人だということで、人当たりがよくなつっこい雰囲気に、幾久もすぐに打ち解けた。


「はよ、ヤッタ」

 一緒に並ぶと身長が変わらないのでちょっと嬉しい。

 幾久と一緒に登校した、二年生の吉田栄人はその様子に笑って幾久の肩を叩く。

「じゃーおれら先に行くね。帰りは?」

「同じくらいならいいっすよ」

「終わったらメッセージ」

「了解しました」

 幾久が所属する寮に、一年生は幾久一人しかいない。

 東京からの入学なので当然寮から学校までの道が判らず、しかも一番学校から遠い御門寮に突っ込まれたので先輩達が一緒に通ってくれたのだ。

「じゃな、幾久」

「帰りにねーいっくん」

 吉田以外の二人に言われ、頷く。


 先輩達がいなくなってから、弥太郎が言う。


「なんか御門の先輩ってさー、変な迫力あるな」

「ああ、うん。ちょっと変わってるっていうか、フリーダムな感じはあるかも」

 そんなに付き合いはないというのに、この数日であの先輩達には振り回されっぱなしだ。

 寮の中でも先輩後輩と言う区切りはなく、遠い親戚宅に泊まりに来ているような、そんな雰囲気だった。

「大変そうだな、いっくん」

「まぁ、まぁ、ね」

 そう幾久は苦笑する。


 幾久―――――乃木幾久は東京からの入学生だ。

 東京の私立に通っていた幾久は、中等部の卒業間際に問題をおこして停学になった。

 そのまま高等部に進学も可能だったが、クラスメイトの態度や教育ママの母親にうんざりして、父の薦めのまま、父の母校だというこの学校に入学した。


 長州市にある全寮制の男子高校、報国院男子高等学校は、元は藩校だという歴史のある学校だ。

 生徒は近隣であろうがなかろうが、全員寮に所属して通う事になっている。

 報国院の寮はひとつではなく、いろんな寮があり、その寮ごとにカラーがあるが、その中でも一際異彩を放っているのが幾久の所属している『御門寮』だ。


 寮と言うより、大きな広いお屋敷、もしくは高級旅館のような日本家屋で、所属しているのは幾久を含みたったの五人。

 学校から一番遠く、一番人数が少ないので問題児が入れられると専らの噂だ。

 そして大抵、その寮に所属しているのは報国院で一番成績がいい『鳳』クラスの生徒が殆どだった。

 実際、今寮に所属している二年生の、高杉、久坂、吉田の三人は全員『鳳』クラスだし、三年の山縣は『鳳』よりワンランク下がる『鷹』クラスだが、以前は『鳳』だったとの事だ。


 入学時から『鷹』の下のクラスの『鳩』に所属していながら御門寮に入るような人はイレギュラーなので、幾久は珍しがられている。


 おまけに一年生でその御門寮に所属しているのは幾久たった一人なので余計に好奇の目で見られる。

「全員鳳だと、なんか引け目感じそうな気ィするなあ。俺も三年で一回くらい、鳳とか狙ってみてーけど」

「狙ったらいいじゃん」

 まだ報国院にあまり詳しくない幾久はそういうが、弥太郎は無理無理!と首を横に振る。

「鳳ってめっちゃレベル高けーもん!ほんと、あいつらの頭って別物だよ!」

 そういえば、と幾久は思い出す。

「ヤッタの寮って恭王寮だろ?桂先輩が確か鳳じゃん。勉強教えて貰ったらいいのに」

 幾久の言葉に弥太郎が首を振る。

「いやー、そんな空気じゃないって!確かに雪ちゃん先輩はいい人だけどさぁ」

 弥太郎の苗字は桂で、弥太郎の所属する寮の世話役は三年の桂雪充、兄弟かと思ったが全く関係ないらしい。

 三年の桂雪充は、この前まで御門寮に居たそうだ。

 だが、世話役として向いているというので今学期から恭王寮に変わったとの事だ。幼馴染だったということもあり、御門の二年生連中とは仲が良い。

 正直、幾久もあの桂だったら頼りになったのに、と残念に思っている。

「桂先輩、いい人だよな」

 花見でも一緒だったが、人当たりがいいし、久坂とは違うタイプのイケメンで優しい。久坂はどことなく得体が知れない雰囲気があるが、桂はそんな風ではない。

「オレ、恭王寮が良かったなあ。ヤッタも居るし」

 そう幾久が言うと、弥太郎がげらげら笑う。

「んな事いうと、ウチのタマに睨まれんぞー」

「ああ、児玉君、ね」

 タマとは恭王寮に所属している、一年の鳳クラスの児玉だ。

 どうも御門寮に入りたかったらしく、クラスは鳩なのに御門に所属している幾久にあまりいい感情がないようだ。

(多分、嫌われてるんだろうなあ、オレ)

 ため息をついていると、それに気付かない弥太郎が続けて言う。

「タマ、すっげえ必死で鳳に入ったらしくてさー、でも御門に誰も入らないならって納得してたのに、鳩のいっくんが御門入りでもう文句言う言う」

「ああ……やっぱそうなんだ」

「文句言うたびに雪ちゃん先輩から宥められてるけどねー。雪ちゃん先輩だって本当は御門に戻りたいんだろうし」

 そんなに御門って魅力があるかなーと幾久は不思議に思う。


 元々、幾久がこの学校に決めたのは一番大きな寮の『報国寮』を見たからだ。

 冷暖房は完備、学年が上がるごとに部屋の人数は少なくなっていって、テレビも大きなモニターがあるしインターネットも自由、映画だって借りて見れるとか、遊戯室の一部は漫画喫茶みたいとか、そういうのが羨ましかったのに、実際に突っ込まれたのは『寮』というスタイルにはほど遠い御門だ。


「寮生活っていう感じじゃないよ。なんか親戚の家に居候しているみたいでさ」

 部屋はあってないようなものだし、普段は全員居間にいる。食事だってちゃぶ台だし、料理は寮母さんが作るが家庭料理そのものだ。

 お陰で、なのかホームシックなんてものには無縁な生徒が多いらしい。

 そうだろうなと幾久は思う。

 寮母の麗子さんが作る料理はかなり美味しいし、自由な時間は多いし、基本管理は自分自身で、だ。

 寮の規則らしい規則もないし、行動も自由なので確かに不満はない。

「報国って、すっごい寮則厳しいらしいよ」

「みたいだな」

 報国寮に所属している伊藤が文句を言っていた。

 人数が多いのもあるだろうが、一番ランクが下の『千鳥』クラスが殆どのせいか、規則も厳しく中々外にも出れないそうだ。

 入浴の時間も細かく決まっているし、それとは別に寮の先輩後輩でローカルルールみたいなものもあり、けっこう面倒らしい。

 風呂沸いたぞー、誰か入れー、ちょっとコンビニ行ってくる、の御門とは大違いだ。

「オレからしたら、恭王寮が一番羨ましいけどなー」

 幾久が言うと、弥太郎も頷く。

「俺もいまん所は恭王寮が一番かなー。ただちょっと面倒な奴はいるけどな」

「そうなの?」

「クラスにいんじゃん。トシにちょっかい出してる奴」

 そんな奴いたっけ?と幾久が首をかしげていると、後ろからばちんと背中を叩かれた。

「おす!ヤッタ、幾久!」

「おはよう、トシ」

 噂をすれば、当人の伊藤だ。弥太郎が内緒な、と声を出さずに言ったので頷く。

 少し気になったが、また後で教えてくれるだろう。

 三人は一年鳩の教室へ向かった。


 入学式があった週は基本午前中で、自由時間も多かった。

 遊びに来ているようで気が楽なのだが、その代わり来週からはがっつり授業が始まるとの事だ。

 全員が寮生ということもあり、学校に関わる時間は他の学校より多い。

 おまけに寮がたくさんあるので寮ごとに仕事やルールが違ったりもするので午前は学校に慣れ、午後は寮で教えて貰う、という形らしい。


 まだ始業時間まで間があるので、幾久は弥太郎と一緒に伊藤の席の近くへ座る。

 まだ席の主は来ていないので勝手に椅子を借りていた。

 三人は全員寮が違うので、互いの寮の話をしては互いに感心していた。


「へー、じゃあ報国ってそんな自由でもないんだ」

 報国寮へ入るのを希望していた幾久は伊藤の話を聞いて驚く。

「ないない。基本三年が我が物顔だしさあ。テレビだってもう占領されてるし、結局ワンセグだよ」

 風呂の時間も細かく決まっていて、のんびり浸かるどころじゃないのだという。

「それに一年で鳩って俺一人じゃん?いづれーっつうか。まあ、千鳥のダチがいるからいいんだけどよ」

「トシって千鳥に友達いるんだ」

 幾久が言うと伊藤がああ、と頷く。

「俺も本来なら千鳥レベルだしなあ。真面目に勉強しねーとマジ落ちるわ」

「トシは鳳希望なんだっけ?」

「そりゃさー、ハル先輩と同じクラスに行きてぇよ?でも鳳本気で難しいからなあ」

 伊藤の言葉に弥太郎が頷く。

「そうそう、俺もさ、一回くらいあのネクタイしてみてーけどどうかなーって思うわ」

「ふーん」

 ついこの前までこの学校の存在自体を知らなかった幾久にとって、鳳のすごさはいまいち判らない。

 レベルが高い、とか言われればそういうものなんだろうとは判るが。

 ただ、確かに雰囲気はなんだか、凄みがある。

 千鳥は千鳥格子、鳩は緑ががったグレー、鷹は茶色、鳳はくすんだ金色のネクタイだが、その金色は制服の袖のラインと同じ色で一番立派に見える。

「俺、多分御門だったら先輩にネクタイ借りてつけてみるかもしんねえ」

 伊藤の言葉に弥太郎が頷く。

「つか、俺ネクタイつけてみたよ、タマに借りて」

「マジで?」

「マジで。なんか頭よくなった気がしたわ。気がしただけだったけど」

「鳳のネクタイつけてたらなんかテストとかできそうな気がしてくるよな。絶対に気のせいだけど」

「あるある!」


 二人で笑っているのを横で聞いて頷いていると、誰かが幾久の肩を叩いた。振り返るとそこには、なんとなく見覚えのある人が居る。クラスメイトの、誰だったか。

「そこ、俺の席なんだけど」

 むっとした表情で言われ、幾久は立ち上がる。

「ごめん。ちょっと借りてた」

 さっと立ち上がって椅子を戻すと、そのクラスメイトはまるで舌打ちでもするように幾久を軽く睨み、鞄を大げさに音を立てて机に置く。

 幾久も弥太郎も伊藤も、その周りにいた誰もが一瞬、え、という表情になっていたがすぐに知らない振りをした。

 丁度その時に鐘が鳴り、時間が来たのを告げたので席に戻ろうとするとその不機嫌そうなクラスメイトがぼそっと呟いた。

「摺り寄りとか。東京もんはさすがだな」

 えっと思って振り向いたが、そいつはさっと顔を逸らしたし、担任が教室に入ってきたので幾久は自分の席に戻った。

(擦り寄り、ってどういう意味だよ)

 考えても意味が判らず、幾久は嫌な気分だけを覚えた。



 午前中で行事は終わり、ホームルームが少し長引いてしまった。終わったら先輩達にメッセージを送れと言われていたのを思い出し、携帯を取り出しメールを打っていると「よっ」と背後から押された。

 振り向くとそこに居たのは、高杉、久坂、吉田、山縣の四人で、教室の中は突然入ってきた先輩に少しざわついている。

 そして一人、喜んで近づいて来たのは伊藤だ。

「ハル先輩!」

「おうトシ」

 偉そうに高杉はそう言うが、トシのほうが身長が高いので高杉が見上げている形になっている。

「幾久を迎えに来たんじゃ。メール送っても返事がなかったからの」

「ホームルームが長引いてると思ったからさ、迎えに来たの。いいねー一年生って。若いよねー」

 吉田が楽しげに言うが、山縣はごそごそとまた携帯ゲームを取り出している。久坂は相変わらず、静かに微笑んでいるだけだ。

(ああ、なんか悪目立ちしてる……)

 教室の中の視線は全て幾久の周りに集まっている。

 鳳だ、とか高杉さんだ、とかぼそぼそ声が聞こえてくる。やっぱりこの人、なんか知られてるんだろうなと幾久は思う。

「どうじゃ、幾久はうまくやっとるか」

 高杉に言われ、伊藤は笑う。

「大丈夫っすよ。幾久いーやつだし」

「わかんないよそんなん。まだたった数日じゃん」

 誉め言葉に照れもあってそう言うが、弥太郎が笑って言う。

「数日もありゃ充分だって。でもこいつ、御門よりウチがいいってしつこいっすよ」

「なに?」

 高杉が不機嫌そうな顔になる。

 弥太郎は楽しそうに続けた。

「いっくん、雪ちゃん先輩の事が好きみたいで、今日も俺にいいなー恭王うらやましーってもう何回言われたか」

「御門じゃ不満なんか」

 むっとした高杉に幾久は慌てる。

「いや、その、不満とか、そういうのじゃなくて、なんか恭王だと桂さん居ていいなーって」

「不満なんだってさ、ハル」

 にこにことして久坂が高杉の肩に手を置く。うわ、と幾久は引く。

 久坂先輩のこういう所が駄目なんだ。

 ばっと久坂の手を肩を回して払い、じろっと久坂を高杉が睨む。だが久坂は楽しそうだ。

 吉田がのほほんと手を叩く。

「はいはい、コントはそこまでにしてぇ」

 コント?あれってそういうもんだったの?え?と幾久が混乱している間に吉田はさっさと幾久の荷物を片付けてリュックのジッパーをきちんと閉める。

 子供にそうするように幾久にリュックを背負わせ、ぽんっと背中を叩いた。

「おにいちゃんたちは帰らないといけないからねー、明日もいっくんをよろしくねー」

 ぐいぐいと幾久を押す吉田に、伊藤がええーと文句を言う。

「ハル先輩、もう帰るんっスかー?」

「帰らねーと飯が食えんじゃろ」

 午前中で終わったのでいまは昼だ。

 しかし学食もまだ開いていないので寮に帰るか、コンビニで買うしかない。

 そんな勿体無いことが出来るはずもないので結局皆、寮に帰るのだが。

「我慢しましょーよー」

 トシが言うと、高杉が呆れて答える。

「ワシはできるけど、お前できるんか?報国は厳しいじゃろう」

「そうなんっすよねー、あーもう、なんで俺報国なんだよー」

 ぶつぶつ文句を言っているが、本気ではないらしい。

「じゃあ、幾久明日な」

「うん、明日。じゃな、トシ、ヤッタ」

「じゃーねー」

 伊藤と弥太郎が手を振る。幾久は先輩達に押されるように教室を出て、下駄箱まで向かった。

 ふと目に入った、朝文句をつけたクラスメイトがまた幾久をにらんでいたような気がした。

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