ジュリエット君は気づかない
山田が続けた。
「なんで鳩からやっと鷹なのに、地球部なんかな、とは思ったけど、話してすぐ判ったろ。あいつは鳳に近い」
全員がうん、とうなづく。
「そのくせ時々、すっげーポンコツなところも見せるけど、あいついい奴じゃん。度胸もあるし」
「わかる。サッカーボールの時、あれ仕込みじゃないって聞いてびっくりしたし」
普もうなづく。
桜柳祭のとき、舞台のアンコールが鳴り止まずに追加で特別に境内で抜粋公演を行ったのだが、そのとき以前幾久と喧嘩した連中が、嫌がらせで幾久に向けて、いきなりサッカーボールを投げつけた。
しかし幾久は、さすが元ユースというべきなのか、あっという間に反応し、ボールを自分のものにして、御堀とリフティングしてその場をやり過ごした。
「ああいうの見ると、御門だなって思う」
普に全員がうなづく。
御門寮の先輩は数が極端に少ない。
二年は久坂と高杉のツートップ、そしてもう一人は経済研究部の吉田。かれらは全員、入学してから一度も鳳から落ちたことがない。
そして三年の山縣は、経済研究部の部長である、梅屋とタッグを組んでいて、あやしげな商売もやっている、得体の知れない先輩だ。
ただ、三年の元御門である雪充は、この山縣をとても評価していて、なにか困ったことや判らない事はすぐに相談していた。
雪充は誰からも信頼されているが、雪充が信頼している人なんかそういないだろう。
その「そういない」中の一人が間違いなく山縣だった。
「御門寮にいるからああなるのか、元々持ってる奴だったから、鳩でも御門寮に入れられたのかはわかんないけど、でも御門なのは間違いないし、先輩たちもいっくんをかなり評価してるから、あんな風に可愛がるわけじゃん」
幾久からしたら、ひどいのかもしれないが、他人の目からみたら二年の久坂と高杉は、まぎれもなく幾久を評価していたし可愛がっていた。
確かに、ややスパルタがすぎるなと思うことはあったが。
それでも幾久はちゃんと結果を出してみせたし、今では御堀がここまで思い入れている。
「つまり、そんないっくんを『好き』になっちゃった、っていう?」
普がたずねると、御堀はため息をついた。
「それがさ、さっきも言ったけど、シチュエーションってばっちりだろ?」
「ばっちりって、何が?」
山田が尋ねると御堀が言った。
「僕と幾ってさ、ロミジュリだろ?」
「うん」
「そうだね」
「舞台の上ではキスもした仲なんだよね」
「まあそうだな」
「しまくってたな」
「それに、幾は僕を信頼してるし、僕は好かれても全くおかしくない立場だと思うんだよね」
「う、うん?」
「うーん」
「僕、幾と仲がいいとは思うけど、もっと仲良くなりたいっていうか、幾を知りたいっていうか。大体、幾って僕を好きになって当然だと思うし」
「ちょ、ちょい待ちみほりん。なにその自信」
普がとめると、御堀が言った。
「幾ってさ、雪ちゃん先輩大好きだろ」
「あー、確かに」
「あー、あれはね、スゴイよね」
「だったらさ、僕だって雪ちゃん先輩に似てるわけだからさ、幾だって僕を好きになっていいと思うんだよね」
確かに、と全員はうなづく。
瀧川が言った。
「むしろ、幾久君が雪ちゃん先輩に恋をしているのっていうのはわかる気がするよね。憧れの目が凄いから」
品川が強くうなづく。
「ワカル。あれはすごい。もう雪ちゃん先輩の声だけでもついてっちゃうからな、あいつ」
入江も真剣にうなづく。
「雪ちゃん先輩がそっちの人だったら、とっくに手を出されてるし、喜んで手を出されちゃうよなあれは」
うんうんと全員がうなづく。
「なんかさ、悔しいんだよね、僕」
御堀が言うと、全員が「ん?」と首をかしげた。
「だってロミジュリで幾の相手って僕だし。ウィステリアではロミジュリのファンクラブも出来たっていうし」
「え?マジそれ?」
山田が驚くと瀧川が頷いた。
「マジだよ。凄い人気でミニコミ誌みたいなのも出まわっているらしいね」
「すげー」
「なのにさ、僕ばっかり幾と仲良くなりたいって思ってる」
はあーっとため息をつく御堀に、普が言った。
「それって、いっくんもそう思ってるんじゃない?だっていっくんだって、みほりんのことスゲー好きじゃん」
「そうだけどさ。なんか僕ばっかり気にしてるみたいで悔しいんだよね」
「うーん、つまり、みほりんはいっくんが気になって仕方ないし、仲良くなりたいのに、いっくんはそこまでじゃなさそうなのが『腹が立つ』と」
「そう」
頷く御堀に、普はしばらく考えて、「あ、そっか」と一人でひらめいた。
「なにが『あ、そっか』なの?」
御堀が尋ねると普は説明しようとして、一瞬噴出した。
「なに笑ってんの、普」
「いや、だってみほりんってけっこうアレ」
「なにがアレ?」
「うーん、説明したらみほりん怒りそう」
「怒らないよ」
御堀にだってこれが恋に似ているだけの、なにか別なものらしいというのは判る。
ただ、あまりにも恋に似すぎていて、その違いが判らない。
「じゃあ、絶対に怒んないでよ」
「いいよ。僕だって知りたいんだし」
一人だけ理解している普に、山田と品川が近づいた。
「おい、俺らにも教えろよ」
「普一人ばっかわかってずるい。教えて」
入江も楽しげにニヤニヤしているので、普はふっと笑って答えた。
「みほりんのそれって、ぶっちゃけぼくとしてはさー、いっくんと付き合ってくれたほうが面白くてたまんないんだけど」
「つきあおうか?」
御堀が言うと、普が笑った。
「いっくんが本気で悩むからやめろよ。こういうの、絶対に本気で大真面目に悩むよ。冗談でも言っちゃいけないタイプ。御空と一緒」
「なんだよ」
自分が巻き込まれて山田が文句を言うも、普は言った。
「みほりん、それってさ、いっくんにライバル心むき出しにしてるだけじゃん」
「ライバル?」
御堀は驚いた。
なぜなら、これまでそんな存在を意識したことがなかったからだ。
びっくりとする御堀に、普は苦笑しながら説明した。
「その様子じゃこれまでみほりん、ずっと一人勝ちしてたんだろ?ライバルとかいなさそうだもんね」
普に言われて、御堀はゆっくり思い返していた。
(ライバル、……って?)
塾でも学校でも部活でもユースでも、競ってばかりなのは間違いなかった、
御堀は負けるのが大嫌いなので、誰にも負けないようにずっとがんばってきたし、負けたこともまずない。
団体ではともかく、個人で出来る勉強なんかはずっとトップを走ってきた。
「みほりんって、誰か、仲がよくてもよくなくても、だれか一人でいいから、これっていうライバルって居た?」
普に言われ、じっくりと考えてみたが、御堀は首を横に振った。
「いない、と思う。誰かに意識されたり、なんか言われた事はあったけど、負けるかって思ってたし」
やっぱりな、と普は笑った。
「じゃあ、それっていっくんに『負けたくない』んだよ。みほりん、やっとライバルを見つけたんだね」
「……ライバル?」
「これまでは一人勝ちだし、今もそうかもしれないけど、サッカーか、他の何かはわかんないけど、みほりんはいっくんになにか負けてんだよ。だからいっくんに相手して欲しいんだよね。『勝ちたい』から」
「勝ちたい……?」
御堀はうーん、と考え込んだ。
確かに、サッカーでは幾久には勝てない。
御門寮で遊んでいても、幾久は御堀とタイプが違いすぎる上に、そもそもポジションの相性が悪い。
幾久は中盤をおさえる役目なので、御堀のようなタイプには慣れていて、いかに御堀に仕事をさせないかがお仕事になる。
だから毎回、幾久にチャレンジするも、攻撃的なタイプの御堀は幾久に負けてしまう。
それに、弱いところを見せてしまったということもあるけれど、幾久に協力を頼んでしまっている。
つまり、御堀は幾久に負けっぱなしだった。
「―――――確かに、そうかも」
そう言われれば、なにもかもしっくりくる。
幾久のことが好きで、恋に焦がれるといった感じではない。
むしろ、なんで相手してくれないんだ、とか、こっちばっかり意識してない?とか、もっと意識してほしいとか、そんなことばかり考えていた。
(恋に似てるけど)
むしろ、恋そのものの本質のようですらあるのに、実際はそんなことはなかった。
「ライバルか。そっか、僕、幾をライバルだと思ってるのか」
なるほど、だから相手の行動が気になり、なにをしているのか知りたいし、負けたくない。
「みほりんってほんっとチートだよね。やっとみほりんが認めるライバルが出てきたって事か」
普が言うが、御堀は尋ねた。
「でもさ、普だって僕がいなけりゃ報国院のトップだったろ?ライバルは?」
「ぼく?ぼくのライバルはみよちゃんだもん」
みよちゃん、とは報国院の教師である三吉だ。
「みよちゃんスゲースパルタで厳しいし、杖術でも勝てたことないし」
教師の三吉も、普も、杖術という武術を習っている。
だから教師の三吉は常に棒状のものを持ち歩き、生徒はめったになかったが、同じ教師の毛利の尻をよくひっぱたいていた。
瀧川も頷いた。
「ボクは弟かな。出来が良くてソツがなくて、サボってたらすぐに追い抜かれそうだなって思うよ」
ははは、と余裕をもって笑っているのでそうは見えない。
「俺は逆に兄貴かな。ま、負けないけど!」
そう言うのは入江だ。確かに年がひとつ、ふたつしか違わないなら競ってしまうだろう。
「ライバル……」
山田が考え込んでいる。山田にとってあこがれは、間違いなく特撮のヒーローだが、ライバルとなると。
(児玉かな)
そう考えていると、入江が言った。
「ま、みそは児玉スゲー意識してたもんな。ライバル心ばりばりだったし。児玉は気づいてなかったけど」
「ばっ、おま、ちげーよ!」
「反論すんなって。見えまくりだったぞ」
「だからちげえって」
「またまた。児玉ってどっかハル先輩にイメージ似てるじゃん。一見、そっけないところとか」
山田は二年の高杉にあこがれているので、当然意識しているのだが、児玉も雰囲気がどことなく高杉に似ているので、山田も気にはなっていた。
しかし隠しているつもりのことがばれてしまうのはやっぱり恥ずかしい。