好きな人はいますか?
(幾に尊敬されるようになりたい)
幾久は御堀に対し、目が甘い。
幾久のあこがれる雪充に、御堀が似ているタイプだからというのもあるし、御堀が寄せているというのもあるだろう。
だけど、御堀は雪充に自分が勝てるとは思わない。
人を使うセンスは抜群だし、頭の回転も半端ない。
その上、自分でできる能力の図り方もバランスがいい。
もし雪充だったら御堀のように、桜柳会や地球部や、そのほかの仕事を一気に引き受けて、逃げ出してしまうような事はしなかっただろう。
いずれそうなるのでは遅い。
いますぐ雪充のようになりたい。
自分の憧れでもあるし、目標でもあるし、幾久にとってもそうだからだ。
つらい時にただ、自分の傍にいてくれた幾久のように、単純に人の能力値だけで、誰かを魅了するような能力は御堀にはない。
能力が高く、外見が整って、お愛想をふりまいて肩書きがあって、やっとだ。
それには努力が必要になる。
(どうすれば雪ちゃん先輩みたいに)
あんな風になれるだろう。
幾久が食堂で喧嘩を売られ、売り返して居た時、その場に御堀も居たのだ。
あんな弱そうで甘そうなのが、よくも喧嘩を売りかえすものだとちょっと驚き、好奇心もあって見ていたが、雪充の登場でその場は全部かっさらわれた。
あれは本当に見事だった。
その後の幾久の快進撃も見事だったが、それが決して先輩たちのお膳立てだけでなく、本人の必死の努力もあるのはすぐに判った。
友達の為に自分の事のように怒り、協力し、一緒に笑う、まるで小学生のように幼稚だと笑うこともできるのに。
―――――いいな
御堀は素直にそう感じた。
やがて地球部に所属して関わって、一緒にすごすようになって、なぜ先輩たちがあんなに幾久に関わるのかが判るようになった。
(だから、もっと好きになって欲しいんだよね)
そう考えて御堀は少し噴出してしまった。
(なんだこれ)
まるで自分は、幾久に恋をしてしまったみたいだからだ。
(うーん。幾かあ……)
御堀は楽しくなって、ペンをくるくると回し始めた。
(確かに少女マンガなら考えられないこともないかな。学校で知り合って、部活が同じで、気になって、実はこんな魅力があって、弱ったところを助けられて、二人でロミオとジュリエット、って、なんだ、完璧じゃん)
御堀は授業中なのに笑ってしまいそうになり、必死でこらえる。
(駄目だ、笑うな、僕)
確かに考えれば考えるほど、状況は恋におちるには完璧すぎて、その完璧さに御堀は体を震わせた。
おかしすぎて涙が出そうになる。
(そりゃ好きになるかぁ)
やばい、本当に爆笑しそう、これって幾に言ったら絶対にいやな顔するやつだ、と思うと益々言わないといけないな、と御堀は考え出して楽しくなってきてしまった。
必死にどうでもいいことを考えて、やっと落ち着いて、ふと御堀は思った。
(―――――好きだなあ)
それは恋愛、といえばそうだし、家族といえばそうにも思えた。
(でもなんか、どうでもいいかな)
感情の揺らぎより、とにかく一緒に居て、遊んで、はしゃいで、幾久に凄い、と言われたい。
お山の大将になって、幾久にほめられたい。
(これってやっぱり、好きっていうのか?)
なんだか自分がひどく幼稚な子供になったような気がして、御堀は苦笑してしまった。
「おい御堀、さっきからお前、なにニヤニヤしてんだ」
呆れて声をかけたのは、報国院の国語の教師である毛利だ。
毛利元就の子孫なのだが、格闘が強く柄が悪い。
「すみません、ちょっと考え事を」
御堀が言うと、毛利が尋ねた。
「なんだ?面白いなら授業の題材に使うから、言えるならその考え、言ってみろ」
御堀はなにか言いかけて、ちょっと噴出し、答えた。
「先生は好きな人っていますか?」
御堀の言葉に毛利は一瞬、面食らったが、うーん、と考えてまじめに答えた。
「俺はFカップ以上は誰でも好きになっちゃう」
「聞いた僕が間違っていました」
授業が終わると、御堀の席へと友人たちが集合した。
「ねえねえみほりん、さっきの授業、どうしたの」
鳳クラスの授業のスピードは速いので必死についていかないとならないのに、首席の御堀が先生に注意を受けるとはめずらしい。
三吉普が尋ねると、お調子者の入江がニヤニヤしながら言った。
「好きな奴でもできたんか?」
「誉だったら好きな奴がいたらもう即、彼女になってるだろ」
山田が言うと、「みそとは違って」と入江が言う。
「饅頭ともな!」と山田が返す。
二人が互いに頬の引っ張り合いをしている中、御堀はひじをつき、手を組み、自分の顎を支えながら言った。
「正直、恋かどうかは判らない。すごく恋に似てるしシチュエーションはばっちりなんだけど」
御堀の言葉にがばっと皆がくいつく。
「なになに、微妙じゃん!」
「ってことは、まだみほりんの片思い?」
「誰か言えよ、協力するぞ?」
「絶対に両思いにさせるって」
いつの間にか品川まで参加して、入江、山田、三吉の三人はわくわくとして御堀を覗き込んでいる。
と、瀧川がやってきた。
「キミ達、なに楽しそうな話をしているんだい?そんな時はボクの協力が欠かせないだろ?」
「いや、恋バナだから。タッキーは自分大好きっしょ?」
「なにを言っているんだい?ボクに恋焦がれる女の子や男の子たちの悩みを解決してあげているのはボクだよ?」
瀧川が得意げに言うが、山田が肩をすくめた。
「いや、意味わからんし」
「まあいいじゃないか。御堀君がこんなに悩んでいるなんて珍しいんだから、ぜひ協力をさせて欲しいんだよ」
「タッキーってけっこうヤジ馬」
品川が言うと瀧川は首を横に振った。
「そうじゃないさ。だって御堀君はボクを下した唯一の相手だからね。もしこれで試験に影響して、ボクが首席を取ったとしても、気持ちよく勝った気分を味わえないじゃないか」
瀧川にあきれて山田が言った。
「お前、三番手からあがったことねーじゃん。普はどうした」
「そういえばそうだっけね」
まあ、と瀧川はごまかしつつ御堀に告げた。
「御堀君の恋とやらを、さっさと我々で解決しようじゃないか。内容が何であれ、どんな悩みも一瞬で解決できなけりゃ、鳳の価値がないだろ?」
鳳の価値、といわれると突然スイッチが入るのが、鳳クラスの面々だ。
「確かに、みほりんが悩むなんて珍しいし、みほりんが判らない悩みを解決できたとしたら、なんかレベルはアップしそう」
品川が目をきらきらさせて近づいた。
「これは人生のボーナスステージ?」
御堀は苦笑した。
「大げさだな。これまでだって悩みはなかったわけじゃ」
言いかけて、御堀は気づく。
そうだ、これまでだって悩みはないわけじゃなかった。
特に桜柳祭の頃はひどかった。
仕事の多さに追い立てられて、悩む暇すらなく、何を考えていいのか考える隙間にも仕事のことを詰め込んで、結局抱えきれずに逃げ出してしまった。
(―――――そうか)
御堀は気づく。
御堀が逃げ出したことを、同じ寮の面々は当然知っているのに、どうしたのかとは聞かなかった。
なんとなく、笑顔で、わかってる、そんな雰囲気だけ出して、唯一、山田だけが『ちゃんと自分をいたわれよ』みたいな声をかけただけで。
(みんな、気にしてくれているのか)
御堀は今まで、悩んではいても、悩む姿なんて誰にも見せたことがなかった。
考えることはあっても、悩むなんて時間の無駄でしかないし、誰にも解決はしてもらえないからだ。
だからこうして、御堀が悩む姿を見て、気にかけて話かけてくれているのだ。
(じゃあ、別にいいか、なんて言えないよなそりゃ)
自分だけの悩みなんだから、他の面々には関係ない。
確かにそうではあるのだけど、抱えすぎて逃げたことのある御堀を気遣ってくれているのだから、やはりここは頼ったほうがいい。
「そうだな。僕一人じゃもう判らないし、ここはみんなの意見を聞くしかないかなあ」
御堀が言うと、普がうなづいた。
「だよね?だったらさっさと言っちゃおうよ!ねえ、誰が好きって?どんな子?やっぱウィステリア?」
恋バナと信じて疑っていない普に、他の面々も興味深々に御堀を覗き込んでくるので、御堀は苦笑しながら答えた。
「幾」
「は?」
全員が御堀をじっと見つめたので、御堀はもう一度、微笑んで答えた。
「幾だよ、幾。乃木幾久」
しばらくの沈黙のあと、全員は顔を見合わせて、声を上げそうになった入江の口を山田と御堀ががつっと押さえ、ぽつりと言った。
「……マジで?」
「だから言っただろ。よくわからないから困ってる、って」
全員が大人しくなったところで、御堀は自分でもどうなんだろうと思ったことを素直に説明した。
「なんていうかさ。幾っていいじゃん」
「うわ。もうそれって落ちてる台詞」
普があきれるが、山田が首を横に振る。
「いや、そういう意味にとるのはまだ早い。確かに幾の奴はいい奴だし、面白れーよな。鳳じゃないのが不思議なくらい」
「あ、それはわかる」
品川もうなづく。
鳳に入る連中には特徴がある。
鳳クラスは誰もが個性的で誰も誰かに似ていない。
鷹や鳩、なんていうのはクラスのカラーというのが色濃く、割と似ている風になっていく。
「児玉ってさ、けっこう鷹っぽいタイプだったじゃん」
山田が言うと、入江もうなづく。
「判る。ずーっと一生懸命勉強してるのに、鳳には上がれないってタイプ。うちの兄貴連中みたいな」
「言うなあ万寿」
「事実だし」
三年、二年には年子の入江の兄がいるが、どちらも鷹だ。
「でも幾の奴はなんていうか、大人しくしてたら鳩って判るし、鷹としても鳩ベースの鷹、って雰囲気だったじゃん」
全員がうなづく。
前期、一緒だった児玉は寮が違うこともあって、誰とも関わりが深くなかったし、休み時間もずっと勉強していたから、付き合いは深くなかった。
なんとなく、あの雰囲気では鷹落ちするんじゃないか。そう思っていたら案の定、中期は鷹に落ちてしまった。
硬派な雰囲気で、寡黙で、ボクシングをやっていたので山田はひそかに児玉を尊敬してライバル視していたから、鷹落ちしてしまった時は悔しかった。